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「ふぅ、出来たっと」
リリーは大きく伸びをすると、釜から新しく出来たばかりの調合品を取り出した。
何かを試すように軽く振り、出来映えに満足したのか、独り大きく頷く。
「見た目はきれいに出来てるけど……効果は、さすがに使ってみなければわからないわね。
……ま、いいわ。腐る事も無いし、その内使う時もあるでしょ」
無造作に調合品をポケットにしまうと、気分転換に外へ出る事にした。
外はもう薄暗く、街のお店もそろそろ店じまいをしようか、
という気配を見せていて、人通りもまばらだ。
「イルマももう帰っちゃったみたいだし…そうね」
工房に一人こもりきりで調合を行っていたリリーは少し喧騒が人恋しくなって、
新しい依頼が入っていないか酒場を覗いてみる事にした。

「おう、姉さん、こっちだこっち」
リリーが金の麦亭の扉を開けると、中はもう満員で、通るのも大変なくらいだった。
時折ジョッキを鳴らす音がする時以外は、常に豪快な笑い声が店内中で響いているのに、
どういう訳か店主であるハインツの声は必ず目的の人物の所へ届く。
店に入るなりハインツに呼ばれたリリーは、
人混みの中を巧みに泳いでカウンターの方へ近づいていった。
「丁度良い所に来てくれたよ。まあこいつは俺からのおごりだ。とりあえず一杯やってくんな」
一席だけ開いていた席にリリーが座ると、
ハインツはグラスになみなみと注がれたミルクを差し出す。
「ちぇ。どうせならワインが良いんだけどなぁ」
憎まれ口を叩きながらも、リリーは一息にミルクを飲み干した。
井戸で冷やされたミルクが身体に染み渡り、一日の疲れを癒してくれる。
しかし、満面の笑みでジョッキを下ろしたリリーの前にあったのは、
ほとんどため息が出る寸前のハインツの暗い顔だった。
「頼みたい事があるからな、酔っ払ってもらうと困るんだよ」
「……? なに?」
「シスカの事なんだけどよ」
「……まさか」
酒場でシスカの名前が挙がった事に、
リリーはミルク一杯で安請け合いしてしまった事を早くも後悔しはじめていた。
「そう、そのまさか……酔っ払っちまってるんだよ」

シスカ・ヴィラ──女性初の聖騎士を目指しているというその女性は、
リリーも街の外に出る際に何度か護衛を頼んだ事があり、
まるきり知らない仲、と言う訳でもなかった。
赤い鎧に身を包み、すばやい身のこなしで敵を倒すその能力は戦士としては充分だったし、
冒険に出ても髪の手入れや化粧を怠らない彼女は、
リリーにいささかのコンプレックスと共に、大人の女性を感じさせる理想の女性だった。
ただひとつの欠点……酒に悪酔いする事を除けば。
そもそも、酒豪のシスカが酒に酔う所を見る機会など滅多にはないのだが、
それだけに酔った時はあたり構わず暴れるので始末におえないのだ。
「どうして飲ませちゃったんですか!」
以前の惨状を知っているリリーはついハインツを咎めるような口調で言う。
固く緘口令が敷かれている為に知る者は少ないが、
前に暴れた時は片手の指ではきかない数の怪我人が出てしまい、
もう少しで王室警備隊が出てくる所まで騒ぎが広がってしまったのだ。
ハインツとリリーの尽力でなんとかシスカが連行される事態は避ける事が出来たものの、
それ以来常連達はシスカが金の麦亭に現れると、
いつでも逃げ出せるように軽く身構えて呑む様になった、という後遺症が残ったほどなのだ。
「目を離した隙に他の客から奪って飲んじまったみたいでな…面目無い」
「それで、今はどこに?」
「あ、ああ、奥の部屋で寝かせてあるんだが……姉さん頼むよ、彼女を家まで送っていってくれないか?」
リリーは小さくため息をつくと、グラスを置いて立ちあがる。
ミルクは美味しかったし、何よりシスカが醜態を晒すのは見たくなかった。
「わかったわ。で、家ってどこなの?」
「すまねぇ姉さん、恩に着るぜ」
ハインツは拝むように手を合わせると、
リリーの気が変わらない内に手早くシスカの家までの地図を書いて渡す。
地図を受け取ったリリーは、ヴィラント山に行く時のような緊張感を覚えながら奥の部屋へと向かった。

リリーが奥の部屋に入ると、シスカは鎧を着たまま机につっぷして寝ていた。
できればこのまま起きずにいてくれた方がありがたい、と思いつつ、軽く身体を揺すってみる。
「シスカさん、シスカさん」
「ん……何よ、リリーじゃないの。何の用?」
ヤバい。
リリーは直感した。
ろれつが回っていればまだ救いはあるのだが、もうその段階は通り越してしまっているようだ。
「え……あ、あの、ここだと冷えるからお家に帰って寝ましょうよ」
無駄だと思いつつも、一応提案してみる。
「フン、どうせ酒場の親父に言われたんでしょう。嫌よ。私は動かないわ」
シスカはすっかり座った目でリリーを睨みつけると、
リリーに話かけているのか独り言なのか判らない口調でブツブツと言いはじめた。
「何よ、二言目には女の癖に……って。その癖、いやらしい目で胸ばっかり見るし。
そりゃね、男に較べたら腕の力はないわよ。でもそんなの大した事じゃないでしょう!
だいたい、聖騎士ってのは実力さえあれば男とか女とか関係ないはずでしょう!
そう思わない、リリー?」
「あ、はい、そうですね……」
誰に何を言われたのかは判らなかったが、
もう何を言っても無駄だとは判っているリリーはひたすら相槌を打つ。
「それに何よ、女の幸せは結婚とか決めつけて。
いい、リリー。男なんてねぇ、する事とさせる事しか頭にないんだから」
リリーが黙っているのに調子づいたのか、シスカの絡む勢いは激しさを増し、
暴れだすのはもはや時間の問題だ。
(とほほ……困ったなぁ。どうしよう……そうだ、これ使ってみようかしら)
リリーは、突然ポケットに入っている作ったばかりの丸薬を思い出した。
(シスカさんで実験するのは悪い気もするけど、この際、しょうがないよね。ごめんなさい、シスカさん)
迷ったものの、ここにこうして薬があると言う事はきっと神様のお導きよ。
そう都合の良い決断をしたリリーは立ちあがると、コップに水を汲んですばやく丸薬を砕いて溶かす。
「ね、シスカさん、とりあえず水飲んで落ち着いてください」
「なによ、お酒はないの?」
ブツブツ言いながらも、シスカは手渡された水を一気に飲み干した。
コップを置いた途端、2、3回まばたきして、少し首をかしげて不思議そうにリリーを見る。
(……効いた、かな……?)
「あ、あの、シスカ……さん?」
「はい……なあに?」
(!?)
自分で作った薬とは言え、あまりにてきめんに効果が現れ、リリーは驚かずにいられなかった。
しかし驚いている場合では無いのを思いだし、すかさず提案してみる。
「あ、えと……シスカさん、お家に帰りましょうか?」
「そうね。ここで寝てしまったら、女性としてちょっと恥ずかしいものね」
シスカはすっと立ちあがり、呆然としているリリーを尻目に歩き出す。
しかし、薬の効果は表れたものの、酔いまでは醒ませないのか、
二、三歩歩いた所でよろめいてしまう。
「あ、シスカさん、送っていきます!」
「そうね、悪いんだけど、お願いしようかしら」
普段ならいくら同性といえども、他人に肩を借りる事など絶対にしないシスカが、
今は自分より年下の少女に容易に肩を預けてくる。
(なんか……すごい物作っちゃったのかなぁ、あたし)
リリーはそんな事を考えつつ、シスカの身体を支えながら、彼女の家に向かって歩き出した。

歩いた時間は十分ほどだったが、シスカの家に着いた時はリリーは汗だくになっていた。
いくら夜は涼しい季節とは言え、鎧を着たシスカを支えながらでは無理も無い。
(水浴びたいなぁ……でも、その前にシスカさん寝かさないと)
リリーはとりあえず長椅子に座らせたシスカに向かって、寝てもらおうと話しかけた。
「ね、シスカさん、もう家だし、鎧、脱ぎましょうよ」
「そうね」
シスカは即答すると、その場で鎧を外し始めてしまった。
リリーも手伝ってやるが、胸鎧が外れた時につい視線を走らせてしまう。
(はぁ、シスカさんの胸、大きいなぁ……これじゃ、男の人が見るのも無理無いよ)



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