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旧東京へと降りた俺を最初に出迎えたのは、天空に輝く黄金球だった。
センターが臭い物に蓋をするように埋め立てたこの場所だが、
完全に覆うには資金も時間も無かったらしく、ここからでも太陽を拝める。
と言っても当然ミレニアムで見るよりは遠いはずだったが、
こちらで見る方が眩しく見えるのは気持ちの問題なのだろうか。
俺は柄にもなくそんなことに考えると、
随分と長い間太陽を見ていなかった気がして、軽く手を広げて全身で日の光を浴びた。
たったそれだけで、ディアラマに匹敵するくらいにも活力が漲る。
見渡す限り悪魔の気配も無く、俺はとりあえず基本中の基本
──腹ごしらえをしようと手近な街に向かうことにして、何気ない一歩を踏み出した。
突然、頭上に突然影が差したかと思うと、肩に軽い力が加わった。
顏を上に向けようとすると、目の前に銀色の輝きが煌いて視力を奪われてしまう。
眩しさに反射的に目を閉じ、開いた時には胸元に剣が突きつけられていた。
虚を突かれたとは言え、こうも完全に先手を取られたのは初めてだ。
いささかの興味深さも手伝って、俺は一旦相手に好きなようにさせることにした。
ゆっくりと両手を上げて降伏の合図を送る。
「いい子だね。物分りのいい子は好きだよ」
良く通る美しい声でそう一声を告げた相手は、蒼白の肌に黒い甲冑を纏った女だった。
いや、正確に言うなら女性型か。
俺とさほど変わらぬ位置にある肩の向こうには、
陽の光に溶け込んでしまいそうに鮮やかな黄金色の髪と、
広げれば腕よりも長いだろう翼が見えていた。
「あたしはモリーアン。そのコンピュータってのでは妖鳥っていうのかい?
メシアってのが居るっていうからどんなのか見に来たら、案外大したことないんだね」
そう名乗った彼女は、俺に剣を突きつけたまま片手で器用に兜を脱いだ。
押し込められていた前髪をわずらわしげにかきあげると、
髪よりもわずかに薄い色をした勝気な瞳で俺を正面から見据える。
整った眉目は充分に美しかったが、彼女を印象付けているのはその活力に溢れた目だった。
俺は胸元に剣があるのも忘れて彼女の顔に見入ってしまう。
彼女は見られることに慣れているのか、俺の値踏みするような視線にも動じる色も見せず言葉を続ける。
「ま、残念だけどメシアとやらはしばらくお休みだね」
「しばらく……って事は殺す訳じゃないのか?」
「あんたがその気ならそうしてもいいけどね。
大丈夫、あたしが飽きる前に怒らせたりしなければそのうち解放してあげるさ。
どっちにしてもあんたの命はあたしが握ったってコトさ」
なるほど、良くある話だ。
どこの神話にも人間を誘惑して、愛し、あるいは殺す悪魔や妖精達は必ず登場する。
モリーアンの名前は知らなかったが、彼女もその一人だったと言う訳だ。
見た所剣の腕は中々の物だし、背中の翼は人間には出来ない動きで敵を切り刻めるに違いない。
しかし、その均整の取れた身体は色事に使われることをこそ望んでいるようだった。
俺は頭の中で素早く計算を始める。
戦士として優秀な彼女を仲魔に引き入れ、更にその肢体をも味わう方法を。
恐らく後者は簡単だろう。彼女もそう望んでいるのだから。
しかし、仲魔にする為には、少なくとも俺の方が強い、と彼女に納得させなければならなかった。
それがどんな形にせよ、だ。
このままだとやはり色事が一番手っ取り早そうだったが、
心理的に機先を制されてしまっているし、普通にしただけでは彼女を満足させるのは難しいだろう。
そんな事を考えながらモリーアンを見ていると、
俺が思ったよりも怖がらないのに苛立ったのか、彼女はやや声を大きくして話題を変えてきた。
「クー・フーリン。知っているかい? あんたらには英雄って呼ばれている男さ。
あいつもあたしの手で一度死んでいるんだよ」
モリーアンは俺を脅すつもりなのか、
血の色をした唇をサディスティックな形に歪めて笑ってみせる。
その程度の脅迫は本当の意味での死線を越えている
俺には今更片腹痛かったが、彼女を油断させる為に無表情で沈黙を保った。
それを怯えと受け取ったのか、モリーアンは手にした剣の切っ先を俺の顎に乗せて上向かせる。
「ふふっ、そうそう。大人しくしていれば可愛がってあげるよ。
顏もあいつには及ばないけれど、まぁその分こっちで楽しませてもらうよ」
手に入れた玩具にどう奉仕させようか考え始めているのか、
剣を収めると早くも瞳に淫蕩な輝きを浮かべながら一歩踏みこんで俺の下腹を撫で上げる。
間合いは充分だった。
俺は電光石火の速さでモリーアンの身体に右腕を回すと、背中の翼の付け根を掴んだ。
もう片方の腕は彼女の右腕ごと抱きかかえながら尾羽根の付け根を抑えこむ。
鳥族は人型をしていても、緊急の時はどうしても最初の動作は羽根からになる。
だから背中は最も弱い場所であり、翼の付け根を抑えると動きを封じることが出来る。
彼女がその危険を知らない訳が無いが、
人間の俺がそんなことを知っているとは思いもしなかったのだろう。
「なっ、何をする気…!」
完全に油断していたのだろう、彼女の声は滑稽なほどうろたえていた。
「油断したな。気の強い女は嫌いじゃないが、お前は少し躾が必要だな」
抑制を効かせた低い声でそう告げて、右腕の力をわずかに強める。
「痛っ……!」
腕から剣が滑り落ちる。
それを素早く足で踏みつけると、身体を突き飛ばした。
普通の女なら間違いなく尻持をついている所だが、
翼を羽ばたかせて巧みにバランスを取る。
「どうする? このまま逃げたって別に追わないぜ。
ただし、そうしたら剣は返せないがな」
俺はこの世界で悪魔と闘う者としての基本的な知識として、
それなりの過去の文献は読んでいたのだが、
その中に、ヨーロッパの方では剣は命よりも重いという記述があった。
それは騎士に関する記述であったのだが、
きっと彼女にも通用するだろうという俺の賭けは当たっていた。
剣を奪われてしまった彼女は、最初の勢いも目に見えて衰え、
やや呆然とした面持ちで豹変した俺を見ている。
「……どうすれば返してくれるのさ」
「そうだな。しばらく俺と付き合って貰おうか。
俺が飽きたらそのうち返してやるさ」
意地悪く、先ほど言われた言葉にのしをつけて返してやる。
彼女は悔しそうに俺を睨みつけていたが、
俺が全く隙を見せないことを悟ると地獄の底からうなるような声で敗北を認めた。
「…わかったよ。好きにしな」
「物分りのいい女は嫌いじゃないな。……脱げよ」
屈辱感を植え付ける為に、わざと最小限の言葉だけで命令する。
効果はあったらしく、彼女は唇を噛み締めながら鎧の留め金に手をかけた。
恐らく特殊な材質で出来ているのだろう、
硬そうな外見に反して地面に立てさせた音は軽やかな物だった。
全てを脱ぎ捨てた彼女は、矜持がそうさせるのか、
女性にとって恥ずべき場所を手で隠すでも無く俺の前に立ち尽くす。
おかげで俺は彼女の身体を隅々まで姦することができた。
彼女の肌の色は日光の下ではやや不調和だったが、
それでもその身体全体から滲み出ている美しさは凡百の女性とは訳が違っていた。
クー・フーリンが彼女の誘いを断ったと言うのは、
もしかしたら彼は同性愛者ではなかったのか。
そう考えてしまうほど、男を誘い、虜にする、しなやかで熟れた身体だった。
ただ、その気性からして、やはり凡百の男ではあっさりと殺されてしまうだろうが。



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