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魔界の、奇妙に薄れた色彩の中を俺達は歩いていた。
暗いと言うのではなく、いや、確かに暗い事は暗いのだが、
それよりもどこまでが地面でどこからが空なのか、
境界線すら判別しない空間──それが魔界だった。
目を凝らして見ても何も見えないが、手で触れてみると確かに草は生えているし、
夜(かどうかも怪しいのだが)になれば月は出るものの、
それが人間界と同じ月と言う保証はどこにもない。
俺は特に青い空や白い雲が好きな訳では無かったが、
こうも無味乾燥な景色が続くと流石に人界が恋しくなる。
そんな愚にもつかない事を考えながら歩いていると、視界の端を健康的な肌色がかすめた。
それは、今俺が仲魔として召喚しているイシュタルの物だった。
ビナーの海でアスタロトと言う仲魔が彼女になった時は驚いたが、
その後改めて召喚した彼女は俺の中の女神と言うイメージを完全に壊してくれた。
成熟した母性をたたえる顏立ちとは裏腹に人懐っこく、そして性に奔放な古代バビロニアの主神。
その身体は世の全ての男達の欲望を疼かせ、あらゆる女達が理想とする肉感を備えていた。
普段はなるべく見ないようにしているのだが、
今のようにうっかり目にしてしまうともう抑えが効かなかった。
さりげなく左手を伸ばして豊満な尻を撫でる。
彼女の豊かな尻を包む衣服は呆れるほどその面積が小さく、
その気になれば直接素肌に触れる事だって簡単なのだが、
昼間はそこまではしないのが俺達のルールだった。
「きゃっ! ……もう、止めなさい!」
イシュタルはその叫び声ほど驚いたようには見えなかったが、
許しも無く勝手に触れた不埒な俺の手を思いきり叩いた。
「だってしょうがないだろう? そんな薄着で目の前を歩かれたら」
「貴方は仮にも救世主なんでしょ? 少しは自覚ってものを持ったらどうなの」
一日一回は行われているこの手の会話。
もう毎度の事で馬鹿馬鹿しくなっているのか、
他の仲魔達もにやにや笑うばかりで参加して来ない。
俺が少し距離を置いて謝るポーズをとると、
イシュタルは蹴ろうか迷ったが止めてやる、といった表情をしてそっぽを向いた。
俺は仲魔達に頭を掻いて照れ笑いを浮かべると、再び彼女の隣に並ぶ。
背後から仲魔達の下卑た笑い声がしたが、
これもまあガス抜きのような物だと思っていちいち気にしない事にしている。
俺とイシュタルは本当の恋仲と言う訳ではなかったが、
慈愛豊かな聖娼であり、そしてそれ故に二千年の長きに渡って悪魔として貶められていた彼女は、
本来の姿を取り戻した後はそれまでのうっぷんを晴らすかのように貪欲に性を求め、
そして俺もその手の事が嫌いではなかったから夜は大概睦んでいた。
今日も例外ではなく、食事を終えた俺達はすぐに身体を交えはじめる。
昼間は他の悪魔達の手前俺を拒絶する
(奴等が俺達の関係に気付いていないとはとても思えないが)
イシュタルも、二人だけになればその本性を表わし、淫らな聖娼となる。
その昼と夜のギャップの激しさは、
マグネタイトの消費も構わず常に彼女に傍にいてもらうに充分値するものだった。
鎧を脱いだ俺が地面に腰を下ろすと、その横にかしずくようにイシュタルが座る。
俺は彼女と主従の関係であると思った事は一度も無いが、
ごく自然に男を立ててくれる彼女の振舞はそれだけで欲望をそそられてしまう。
イシュタルの腰に手を回すと彼女は積極的に近づいて俺の腕にしなだれかかってきた。
「今日は暑かったわね。汗かいちゃった」
神様でも汗はかくのか。
俺は以前疑問を抱いて、イシュタルに直接尋ねてみた事があった。
その答えは、
「神界ならそういう事は無いが、
人間の目に見えるようにする為にはよりこちらの側に近い形をとらなければならない為、
同じように汗はかく」
と言うものだった。
説明になっているのだかそうでないのだか解らない答えだったが、
「あ、なんか変な事考えたでしょ」
そう言われて鼻頭を弾かれてはそれ以上聞く事は出来なかった。
その時の事を思い出して笑う俺に、イシュタルが不思議そうな顔をする。
「どうしたの?」
「なんでもない」
俺はそれ以上突っ込まれるのを避ける為に彼女の二の腕に口付けた。
確かにほんのわずかだが汗の残り香が鼻腔をくすぐる。
「もう……匂いなんて嗅がないでよ」
俺の仕種にイシュタルは顔をしかめるが、すぐに自分もまねをして鼻を軽く突き出す。
「あなたも……汗の匂い、するわね」
「嫌な匂いじゃないだろう?」
「嫌よ……くさいもの」
そう言いながらも顔は離すどころか逆に押しつけて来て、遂にはそのまま俺を押し倒す。
魔界の大地に寝そべった俺達は、幾度と無くその位置を変えながらじゃれ合う。
全裸のまま転がり回る事に始めこそ照れがあったが、
今ではすっかり彼女のペースに乗せられて俺もこの前戯を楽しんでいた。
「ねぇ……キスしてよ」
上になったイシュタルの求めに応じて、彼女の頭を引き寄せる。
とは言っても二人とも牽制するように軽く唇を合わせるだけで、本格的なものではない。
どちらが先に折れて相手に負けを認めるか、
または不意を衝いて相手に負けを認めさせる事ができるか。
このゲームはカジノやロシアンルーレットなどとは比べ物にならない甘いスリルに満ちていた。
少しずつ唇を合わせている時間が長くなってきたが、
まだイシュタルは仕掛けてこようとしなかった。
舌をねじ込みたくなって来たのを堪えながら少し強く唇を吸うと、
イシュタルが鼻にかかった声を漏らす。
計算してか否か判らなかったが、俺の忍耐はそれで弾けてしまった。
もう何度目かも判らないキスを始める。
ゲームの始まりもキスだったが、終えるのもまたキスが合図だった。
我慢出来なくなった俺はそれまでの軽いキスから一転して、イシュタルの口の中に舌を踊りこませる。
しかし向こうも同じ事を考えていたのか、俺の舌が口に入る寸前に彼女の舌に絡めとられてしまい、
そのまま口の外でお互いの舌を貪る。
今日は引き分けと言った所だろうか、
舌を離した俺達はどちらからともなく笑うと、半転して俺が上になった。
足を軽く開いたイシュタルが俺の身体を挟みこむと、
雌の身体を求めるペニスが彼女に当たる。
「やだ……キスでこんなになっちゃったの?」
それは決して馬鹿にした言い方では無かったが、
子供っぽい反抗心を刺激された俺は彼女の下腹部に触れる。
そこは予想通り既に蜜にまみれていて、俺はわずかに余裕を取り戻す事が出来た。
「お前だって、今日はいつもより濡れてないか?」
「もう……そういう事言わないの」
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