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快感が薄れ、俺はいつのまにか閉じていた眼を開く。
俺とアルケニーの舌で捏ねられた唾液が、太い糸となって唇を繋いでいた。
アルケニーが嗤うことで切れたそれが、重力に従って俺の許へと落ちる。
閉じることも出来ない口中は薄い粘液で覆われ、そこから零れた幾筋かが顎から首にかけて垂れていた。
「だいぶいい顔になってきたねぇ。快楽に溺れる、だらしない顔に」
麻痺するほど舌を嬲(られた俺は、それに答えることさえ出来なかった。
アルケニーの言う通り、口をだらしなく開いて呼吸をするのが精一杯で、
しかもその口中は、ただれた快感にまみれている。
もやのかかった思考に、アルケニーの声が響いた。
「さぁ、それじゃあんたのモノを見せてもらうとしようか」
アルケニーの手足は蜘蛛のそれであり、衣服を脱がすことなど出来はしない。
そうたかをくくっていた俺だったが、それは甘い考えだった。
アルケニーがにたりと嗤うと、現代の技術の粋を集めて作られた繊維の鎧がたやすく引き裂かれる。
すぐにその下に着ていた肌着も破かれ、俺はほとんど全裸にされていた。
「驚いたかい? あたしの糸は鋼だって切り裂ける。こんなモノ容易いもんさ」
首筋に舌を這わせたアルケニーは、そこから俺の身体を下っていく。
胸から腹、そして下腹へ、時間をかけ、時には戻りながら。
それは俺が完全にアルケニーの餌食となったことを刻み込む儀式だった。
口許に溜まっていた快感が、全身に塗りたくられる。
「う、あ……」
「人間にしては、中々のモノを持ってるじゃないか」
恍惚の喘ぎを押し殺すことも出来なくなった俺が、恥も無くひとつひとつの刺激を拾い始めた時、
本気とも揶揄ともつかないアルケニーの声が、下から聞こえて来た。
羞恥で我に返った俺は、悔し紛れに減らず口を叩く。
「偉そうに言って、やる事が結局それか。見下げ果てたもんだな」
「なんとでも言うがいいさ。精神を食われた人間は魂の抜け殻となって、
永遠にあたしのオモチャとなるのさ」
返ってきたのは、恐ろしい宣告だった。
死後の世界というものがあるのかどうか、俺は知らない。
しかし、宗教家が語るそんな世界が無いとしても魂は解放され、何も無くなるはずだった。
それが、未来永劫に渡って縛り付けられ、悪魔の支配下となるなどというのは、
これまでの闘いの中で幾度と無く抱いた死の恐怖などとは比較にならない恐ろしいものだった。
その恐怖はアルケニーが目にしているものに如実に現れたらしく、悪魔は喉の奥で嗤う。
「そんなに怖がることは無いさ。お前は中々気に入ったからねぇ、
あたしの傍に置いて、快楽だけを感じさせてやるよ」
その言葉と同時に、俺の全身を何かが包んだ。
指先に触れる小さな感触が、糸だと識(らせる。
この悪魔は床一面を覆い尽くすほどの糸を生み出せるのだから、
人間一人を包むなど造作もないのだろう。
しかし、糸で身動きの取れない俺を改めて糸で包むことにどんな意味があるのだろうか。
その答えは、すぐに出された。
細い糸が、肌を撫でる。
それは今までに味わったことのない快感で、俺は思わず身体を仰け反らせていた。
もちろんそれは意識だけのことで、実際は糸に搦めとられた全身はぴくりとも動いていない。
しかし、その糸を支配しているアルケニーには、俺の快感が余す所無く伝わったようだった。
「ふふっ、中々敏感だねぇ。いいよ、可愛い子は大好きさ」
「こ、れは……」
「さっきよりも細い糸なのさ。人間の毛穴にだって入れるくらいのね」
再び襲いかかる、強烈な快感。
肌を撫でる女の掌でさえ、この糸がもたらす快感に較べれば大河に落ちる雨の一滴でしかなかった。
掌や足の裏、およそありとあらゆる部分の肌が、狂喜の歓声を上げる。
そしてたちまち一点に凝縮したそれは、猛りとなって股間の一物を押し上げた。
血が通い、一瞬ごとに大きさを増すそこにも、すぐに糸が巻き付いてくる。
「く……っ」
一度軽く締め上げた糸は、触れるか触れないかのところまで離れる。
ただそこにあるだけで射精しそうなほどに快い糸は、それだけに留まらなかった。
性器に巻き付いた幾千もの糸のそれぞれが、個別の意思をもったかのように
ゆっくりと蠢きはじめたのだ。
「く、ぅ……っ」
微細な刺激が根元から先端まで、余す所無く襲いかかる。
先端の鈴口にまで入りこんできた糸に、腰が拘束している糸を振りきって跳ねた。
「随分元気がいいねぇ。しばらくは愉しくなりそうだ」
もう充分過ぎるほど昂ぶりを覚えていた俺は、
もう一度柔らかく締め上げられただけであっけなく果ててしまった。
ペニスを、夢精した時のような不快な感覚が濡らす。
しかも、精を放って力を失うはずのそこは、糸に支えられ、直立したままだ。
根元までどろりとした液が垂れ、再び蠢き始めた糸が、それを塗りつける。
不快感が淫悦にまみれ、ペニスに再び、一層の血が集まっていった。
しかし、破裂しそうに脈動する屹立を、糸に封じこまれる。
今度はピアノ線のように硬くなっている糸が、鋭敏になっている感覚に激痛をもたらした。
「たまらないだろう? 早く、ブチ込んでみたいだろう?」
その囁きに抗える理性は、もう無かった。
俺の顔を挑発的に覗きこむアルケニーの口から、紅い舌が見え隠れする。
触れんばかりに近寄ったその舌に、俺は服従の誓いを立てた。
「そう……いい子だよ」
操り人形(のように自らの意思によらずして立たされた俺は、四つ足の悪魔の背後に回る。
ほとんど真横になるまで開かれている足の付け根は、
覆うべき体毛が全く無い以外は、人間と変わらなかった。
薄桃色の秘唇は、透明なコーティングが施されて例えようも無い輝きを放っている。
そして既に開いている内奥に見える、剥き出しの肉は更に鮮やかな、
見る者を淫らにさせる色に染まっていた。
その色彩に衝き動かされるまま細い腰を抱いた俺は、一気にアルケニーに挿入する。
自分の精液で白く汚れている屹立は、大きく口を開いている淫穴に吸いこまれるように入っていった。
熱い肉と、そこに溢れている淫蜜が、一斉に襲いかかってくる。
それまでの微細な刺激から、強い快楽へと変わったことに、俺は対応出来なかった。
ろくに動く事もしないうちに、二度目の精を、今度はアルケニーの膣に放つ。
あまりにも早い射精にアルケニーは驚いたようだったが、侮蔑することも無く、
気持ち良さそうに腰を震わせて男精を貪った。
「ふふ、濃いのが一杯出てるねぇ。しかもまだまだ元気じゃないか」
そう、今の俺は精神体だからなのか、立て続けに二度射精したにも関わらず、
全く勢いが衰えることが無かった。
無論アルケニーもここで止めるつもりなど無いらしく、
俺を咥え込んだまま器用に身体を回し、俺にしがみつく。
四本の足が背中で束ねられ、俺の目には人間の部分しか映らなくなった。
しがみつくアルケニーの重みを支えようと、尻を抱える。
膨れ上がった勃起が肉を掻き回せば、その礼として隘路が狭窄し、
俺達は共生の関係となって堕淫を貪っていた。
「く、ぁ……っ、いい、よ、そのまま……」
恍惚に色成したアルケニーが俺の耳元で喘ぎ、肢体を密着させてくる。
次の瞬間、灼ける痛みが背中に交差した。
その鎌のような足先が、突き立てられたのだ。
たちまち背中全体に広がる熱がもたらす奇妙な高揚が、疼きとなって腰を突き上げさせた。
「おや、まだ大きくなるんだねぇ。本当、美味しいよ」
アルケニーの膣が、急激に締まった。
欲望をたまらなく焚きつけられて、俺は乱暴に腰を動かし、屹立を撃ちこむ。
「凄い……よ、あぁっ、あっ……」
髪を振り乱して悶えるアルケニーに、牡の征服感を充足させながら、奥深くを抉り抜いた。
「うぁぁっ!」
一際大きな声は、アルケニーだけが叫んだのではなかった。
何かが身体の後ろ側から入ってくる。
下腹を通って身体の中心に、そこから更に全身へと、
気が狂いそうな快感と共に広がっていったのは、紛れも無く糸だった。
アルケニーは、俺の身体に巣を貼ったのだ。
神経の末端にまで、彼女の吐き出した糸が絡みついていくのを、俺は文字通り全神経で感じていた。
「どうだい? たまらないだろう? もうお前はあたしの呪縛から逃れられない。
けれど、可哀想だからこの女の記憶は残しておいてやろうかねぇ」
それがアルケニーの慈悲などではなく、
全くその逆の理由によるものであることも、もう俺には解らなかった。
溶岩の奔流のように押し寄せる快楽を貪るだけの肉人形と成り果てていたからだ。
それでも、助けられなかった彼女への罪の意識が、最後の意志として口を動かせる。
「す……ま……な……」
永劫に続く悦楽の始まりの中で、必死に謝ろうとしていた俺は、
最後まで言いきることが出来なかった。
新たな人影が、ミイラのように糸にくるまれている直人に近づいたのを見たからだ。
黒い闇の中で浮かび上がる裸身は、紛れもなく、アルケニーが俺の記憶に残した彼女だった。
直人を覆う糸を毟(った彼女は、奔放にその上に跨り、腰を振り始める。
「ふふ、解ったかい、どっちにしても手遅れだったんだよ。
ま、悪くないだろう? たまにはあいつともヤらせてやるからさ」
その言葉が引き金になったのかは判らないが、再び俺は絶頂を迎えようとしていた。
「気持ちいいだろう? 肉体の束縛を離れて、射精の快感だけを味わい続けるのは」
今や俺よりも俺の身体を知り尽くしているアルケニーが、妖艶に笑って腰を沈める。
根元までが熱いぬかるみに包まれる中、俺は魂を食らい尽くされる快感と共に精を放った。
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