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「今日はここまでだな」
 言うなり九龍は亜柚子を抱きよせた。
素早く、力強い動きに、亜柚子は抗う暇も与えられない。
「ん……ッ……」
 奪われた唇の隙間から舌をこじ入れられて、蹂躙される。
暴力的なまでのくちづけは、亜柚子の息が詰まろうともお構いなしに続いた。
乾いた汗のざらついた感触が唇に擦れる。
塩の味のする男の分泌物。
干上がりかけていた口の中では、粘度の高い唾液が混じる。
不快な――たとえ身体を許した男のであっても、不快な感触には違いない。
亜柚子は眉をしかめ、束縛から逃れようとしたが、教え子であると同時に男でもある九龍の肉体は、
万力のように締まり、亜柚子を逃がさなかった。
「んッ……ぷぁっ、んんぅッ」
 彼の息継ぎに乗じてようやく一息だけついた亜柚子は、必死で酸素を取りいれる。
地下の冷えた空気と一緒に吸ったのは、男のきつい体臭。
広い遺跡を縦横無尽に駆けた肉体は当然の臭いに満ちていて、亜柚子は眉をしかめた。
臭い。苦しい。痛い。
それらの不満を、だが亜柚子は口に出す権利すら与えられない。
引きずり出そうとするかのように舌を吸われ、
歯茎や舌の裏側に至るまで舐め尽くされて、気が遠くなりかけているのだ。
九龍に抱きしめられ、倒れる心配がないのだけを頼りとして、亜柚子は荒ぶる男の欲望に翻弄された。
「……っ、だ、駄目よ九龍さん……」
 常識に訴えかけようとするのは無意味だ。
何度かの探索で思い知らされているはずなのに、亜柚子には他に手段がなかった。
教師たる人間が生徒に求められて受けいれてしまうなど、許されるはずがない。
なのに毎回こうして彼の欲望を制することができないでいるのは、
教師として指導力が足りないのだろうかと自己嫌悪もしてしまう。
たとえ、ここが学舎ではなく、教師としての威光が届かない地下であるとしても。
「先生の尻すっげえエロくてさ、もうムラムラしっぱなしだったよ」
 そんな亜柚子の自己嫌悪をあざ笑うように、九龍は性欲を隠そうともせずぶつけてくる。
九龍がほとんど性欲の塊というくらいの年頃であることを差し引いても、たしかに言うことには一理があった。
 彼の命令で亜柚子は今日、下半身にスパッツしか履いていない。
学生の頃ラクロスをしていた時に使っていたのを履いているのだが、
スパッツの上に履くスカートはなく、下に履く下着も身につけていないのだ。
成熟した女の曲線をくっきりとあらわにしたスパッツが、
遺跡の薄暗い灯りに照らされて作りだす光沢は、劣情を刺激せずにはおかない淫らがましさがあった。
 腕の中でもがく女を愉しむように笑う九龍は、両手で尻たぶを捏ねる。
なめらかなナイロンをたどる指先は、いささかの引っかかりもなく曲面の隅から隅までを巡った。
「どうだった、ノーパンで探索した気分は? 興奮した?」
「そ……そんなわけ、ないわ」
「へえ、俺なんて歩きにくくて大変だったのに、ほら」
 九龍が腰を強く押しつける。
彼の中心にある硬い、芯のようなものの存在に亜柚子は言葉もなくうつむくしかない。
命じられたからといって、どうしてこんな格好で来てしまったのか、今更後悔しても後の祭りだ。
罠に満ちた遺跡を探索するのに服装など意識する余裕はないし、他者に出会うおそれはない場所でもある。
だからといって、下着を着用しない、という事実そのものが恥辱の泥濘に亜柚子を漬けこむことに変わりはない。
ましてそれが彼の性欲から発せられたとあれば、
自分が金で身体を売る女になったような錯覚さえ起こしてしまうのは、
この歳まで身を焦がすような愛欲どころか、恋愛そのものもほとんど経験せずにきてしまった亜柚子ならば
やむを得ないことなのかもしれなかった。
 そして、なお亜柚子にとって不都合なことに。
「ヘヘッ、やっぱり先生も興奮してたんじゃねえか。少し濡れてるぜ」
「う……嘘よ、違うわ、そんなの」
 亜柚子が九龍の胸に顔を埋めたのは、見られたくなかったからだ。
彼に薄い布地一枚だけを隔てた部分を触られずとも、そこが湿り気を帯びているのに亜柚子は当然気づいていた。
それはおそらく、強い力で抱きすくめられたときから。
年下でありながら、同僚の教師などよりよほど男らしい九龍の腕の中にいるとき、
彼の男を五感で味わわされるとき、何よりも身体が先に反応してしまうのだ。
「それじゃ、確かめてみようか」
 片方の尻を掴んだまま、もう片方の腕が動く。
蛇のような素早さで腰回りを伝った手は、あっという間に亜柚子が最も見られたくない場所に触れてしまった。
「ほ、本当だから……ッ、お願い、触らないで……っ」
 亜柚子の股下には、一目見てそれと判る楕円形の染みがあった。
それも小さなものではなく、両足の付け根にまで届こうかというくらいに広く、尻の方まで続く長いものだ。
黒いスパッツとはいってもこんなに間近で見られれば濡れているのは判るし、
何より直接触れられてしまってはどうしようもなかった。
「……すげぇ濡れてるな」
 九龍が本当に驚いている様子なのが、かえって亜柚子には恥ずかしい。
そして彼が布地を弄んでたてる水音は、両耳を塞ぎたくなるほどいやらしい音だった。
「わ、私……」
「先生、嘘ついた?」
「ち……違うの、これは……ひッ」
 濡れている部分をなぞられ、その場にくずおれてしまいそうになりながらも、
亜柚子は虚勢を張るが、いきなり尻を強く掴まれて虚勢は悲鳴に変わった。
「違う? 先生さっき濡れてないって言ったよな」
「そ……それは……ひぅんッ」
 今度は尻を叩かれる。
それほど痛くはなかったが、この年齢になって尻を叩かれたという衝撃は、亜柚子の心を挫かせるには充分だった。
「ご、ごめんなさい……」
「嘘をついたって認める?」
「……ひぅッ、み、認める……わ……」
 少し口ごもっただけで再び叩かれる。
こんな年下の少年にいいように誘導されているという情けなさに、ついに亜柚子の目から涙がこぼれた。
両手で覆ってもあふれる悲しみは止まらず、指の隙間から落ちていく。
遺跡探索には細心さを、遺物を扱う時は優しさを忘れない十八歳の少年は、
どういうわけか亜柚子には悪魔的ともいえるくらいに冷たいのだ。
「じゃあ、自分で言い直して」
 低く細い声は遺跡には反響せず、亜柚子の聴覚だけを震わせる。
耳から侵入してきたそれは、しなやかな鎖でできているかのように全身を縛りあげ、
彼の命令通りに身体を動かしてしまうのだ。
慰めを期待していたわけではないにせよ、泣いているのに構わず命じる九龍に怒りめいたものも生じるが、
それをぶつけるだけの勇気もまた亜柚子にはなく、何十秒か言うことを聞かないのだけが精一杯の抵抗で、
結局従ってしまう。
「わ、私……嘘を、ついて……たわ……」
 口に入ってくる涙が苦い。
いくら学園の闇を払うためとはいえ、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのだろうか。
それとも、自分の覚悟が足りないのだろうか。
答えは出ず、ただ九龍の低い声だけが時を進める。
「どんな?」
「……本当は……か、感じて、濡れていたのに……濡れていないって……」
 しゃくりあげながらも答えると、九龍が頭を撫でた。
たったそれだけのことで、亜柚子の感情の堰は決壊してしまい、彼の胸にすがってしまう。
この今すがっている胸を持つ男こそが悲しみの源になっているというのに、
どうしてこんなに広く、びくともしないのか。
亜柚子はありったけの力で彼の胸を握りしめ、そして泣いた。
そっと頭を押しつけられて、ますます涙は止まらなくなった。
 激情の波が引き始めた頃、九龍が囁く。
泣きやむのを待っていたのは優しさか、それとも狡猾さか。
低く、遺跡の床に反響する九龍の声にどちらが含まれているのか、亜柚子には聞き分けられなかった。
「先生が生徒に嘘をついちゃ駄目だよな」
「……ごめん、なさい……」
 九龍の胸を掴んだまま、亜柚子は謝った。
そう――九龍の言うとおりだ。
どんな理由でも、嘘はいけない。
たとえ子供じみた道徳観でしかないとしても、教師という職業を選んだ以上、
その子供じみた道徳観に殉じる覚悟を、亜柚子はしたはずだった。
この学園には今地下にいる遺跡も含めて常識では計り知れない何かがあり、
それを突きとめるために亜柚子は九龍と共に探索行に赴いている。
けれども、常識を取り戻すためなら非常識な行いをして良いというのなら、
この学校を支配する生徒会と同じになってしまう。
同じ轍は絶対に踏んではならないのだった。
 九龍の手が亜柚子の背中を撫でる。
慰める、というには淫靡な動きは、亜柚子に声を出させない、表面張力のようなきわどさだった。
こんな風に生徒に抱かれ、身体を許してしまうのも、非常識な行いだ。
だから本当はしてはいけないはずなのに。
 生じた矛盾を、亜柚子はあえて無視する。
それほど彼の腕は力強く、心地よかった。
疲れているのに、泣いたばかりなのに。
十字架のように縛りつける腕に、律法のように戒める声に、どうして安らぎを覚えてしまうのだろう。
 這いまわる掌から逃れるように、亜柚子は身体をくねらせる。
自分ではかなり抵抗しているつもりでも、実際にはほとんど動いていないのかもしれない。
愛撫は止むことがなく、発せられた声に乱れはなかったから。
「悪いことをしたら、叱られるよな」
「……そう、ね」
 九龍の言葉に嘘はない。
成人するまでも、してからも、亜柚子はほとんど叱られることがなかった。
悪いことをしなかったからだ、と言ってしまうのは簡単だ。
実際、亜柚子は犯罪やそれに類する行為とは無縁に生きてきたし、これからもそうだろう。
東京に住む大部分の人間がそうであるように、何が悪いことなのか、ほとんど意識すらせずに暮らしているのだ。
 けれども、亜柚子は今日、悪いことをした。
裁かれるような大罪ではなく、謝ればその場で終わるような、軽い嘘。
だがそれを、亜柚子は自分のためについた。
恥ずかしいから、みっともないから。
それは、やはり罪だった。
「じゃあ、罰として……俺のを舐めて」
 なぜそんな行為が罰となるのか、考える力はもう亜柚子にはない。
罪を清算できるのだ、という一心で亜柚子は小さく頷き、彼の前にひざまづいた。
九龍の股間は一目見てそれと判るくらいに勃起している。
ベルトを外し、ズボンを下ろして露出させるとそれは一層いきり立ち、亜柚子の目を奪った。
 見たい、と思ったことはない。
そういうものだと頭で理解はしていても、血管の浮きあがった肉茎は醜怪にしか見えないし、
色が変わる亀頭部分はもっとグロテスクな印象を与え、こんなものが体内に入るなどと想像したくなかった。
 けれども、九龍は見せつける。
亜柚子に女を感じて隆起したのだということを誇示し、あまつさえ挿入する前に舐めさせるために。
嫌だ、と拒めたのは最初の一度だけだった。
その時に半ば強引に咥えさせられて以来、九龍は必ずペニスを舐めさせ、
どうすれば気持ち良くなるのか細かく指示した。
九龍がいいと言わなければ終わらない――口腔を言わば人質に取られて、
亜柚子は探索の都度フェラチオをさせられた。
今日のように帰り際、あるいは地下に入ってすぐ、時には探索の途中でも。
亜柚子の事情などお構いなしに要求され、咥えさせられているうちに、
見ても気にならなくなり、見ると唾が湧くようになった。
技巧も身につき、彼の反応をうかがいながらできるようにもなっていた。
認めたくない身体の変化だった――たとえ反射的なもので、決して心が望んでいるわけではないとしても。
 そそり立つ男性器を前に、亜柚子は唇を閉じる。
それが唾を飲むための前動作であることに気づき、慌ててやめたが、
唾液は意思よりも先に口腔に染みだしていた。
垂らしてしまうわけにもいかず、不自然に口を閉じ、飲み下さないよう口の中に溜める。
ぬるりとしたものを頬の内側に感じたとき、外側の皮膚は別のものを感じとっていた。



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