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だが、九龍はついに決断した。
「わかった。……けど、お前が先に入れ」
「ああ、そのつもりだ。……開けるぞ」
扉を押し開けた龍麻は、その体格から想像もつかないしなやかさで中へと入った。
銃を握りしめた九龍も、一人分の隙間ができると同時に飛びこむ。
半歩の助走で宙に身を躍らせて着地すると、そのまま一回転して起きあがった。
そのまま身体は固定し、眼球だけで素早く状況を把握する。
これまでの部屋とは格段に広さが違い、
向こうの壁は薄暗くて良く見えないほどだ。
そして空間であることが重要であるかのように、室内は空っぽだった。
龍麻は……いる。
龍麻がいるといった何かは、いない……?
龍麻の後方に位置取った九龍は、目を細めて前方を見やる。
そこに遅れて明日香が入ってきた。
「すごい、葉佩クン映画みたい」
しかし、そこから派手な銃撃戦が始まるようなことはなく、
それどころか龍麻が居ると断言した何かとやらも見あたらず、
せっかくの九龍のアクションもやや空回りしてしまった感があった。
「……誰も、いない……?」
「いや」
明日香の囁きに九龍は銃を構えたまま答えず、
やはり前方の薄闇に向けて構えを取りながらも答えたのは龍麻だった。
「明日香ちゃんは下がってろ、危ないから」
龍麻が斜め前方へと移動する。
敵に近づくと同時に、九龍とも距離を取ることで、目標の分散を狙うのだ。
その意図は九龍にも理解できるので、指示は出さず、
つま先で距離を稼ぐように間合いを詰める。
一番後方に位置する明日香からは最初、何も見えなかった。
だが九龍と龍麻の視線の先に目を凝らしていると、
やがて薄闇の中から一人の男が現れた。
暗くて顔までは判別できない――
でも、特徴のあるシルエットが明日香の記憶層を刺激する。
こんな場所にいるはずがないという思いが名前とシルエットの一致を
妨げたが、しかし、やはり見間違いではなかった。
「あれは……」
「知ってるのか、お前」
「う、うん。隣のクラスの取手クン……でも、なんでこんなところに……?」
混乱する明日香をよそに、九龍と龍麻は戦闘態勢を維持する。
「おい……お前、ここの生徒なのか? どうしてこんなところにいる?」
「……眠りを妨げるものには、死を……」
返ってきた返事はまるで噛みあわず、取手という男は何かに操られているようだ。
敵愾心も露で、話し合いが通用する雰囲気などまるでなかった。
さらに彼に従うように巨大な蜘蛛のような、
しかし龍麻の言った通り、犬ほども大きさがある異常な生物が数匹、
耳障りな音を立てて近づいてくる。
九龍が手にした銃を油断無く取手に向けると、慌てたようすの明日香に腕を掴まれた。
「だッ、だめだよ、同級生なんだから撃っちゃ」
「……」
名も知らぬ同級生など他人と同じだ。
その点で九龍にためらいはなかったが、人間を撃つのはやはり気が引けた。
かといって取手は異様な眼光を放ちつつ、いつでも襲いかかれる体勢であり、
一戦交えなければこの先には進めそうにない。
そこで九龍は数分前に知り合った男のことを思いだし、彼の方を見た。
緋勇龍麻と名乗った男は九龍の視線に気づくと、その眼差しで問いかける。
どうするんだ、やるのか、やらないのか――
一応リーダーと認めているのか、それとも責任を回避したいだけなのか、
九龍には判断がつかない。
「殺さずに倒せそうか」
弱気と取られるのが嫌で、感情をこめずに九龍は言った。
それでも龍麻は小さく笑い、九龍の背を瞬間的に怒りが走ったが、
彼の笑顔は否定的なものではなかった。
「たぶんな。俺があいつを倒すから、
お前は明日香ちゃんを護って雑魚を蹴散らしてくれ」
「ちッ、命令しやがって……!」
だが悔しいことに、今はそうするのが最善だった。
それに作戦に異を唱える時間もない。
九龍は明日香をかばうように立ち、愛用の銃を構えた。
人間に撃つのはためらわれても、化け物相手なら気兼ねなく撃てる。
息を吸いながら狙いを定めた九龍は、呼吸を止めると同時に発砲した。
それが、戦闘の始まりを告げる合図だった。
龍麻が前方へと走りだし、取手との間合いを詰める。
ただ一直線に走るだけのように見えて、
取手を守ろうとするように襲いかかる異形の化け物を巧みに躱し、
間合いを詰めていく。
その動きはたしかに素人のものではなく、
あっという間に取手との交戦距離に入った。
取手はシルエットで明日香が気づいたように腕が常人より三十センチは長く、
当然それは戦闘において圧倒的な有利になる。
取手に一気に肉薄した龍麻の、想定した距離よりもさらに遠くから
初弾が襲いかかってきた。
無造作な、リーチを除けば格闘経験者ではないのが明らかな動きに、
龍麻はいささか拍子抜けしつつ受ける。
大きく避けるよりも踏みこみを優先し、一気に片をつけようという瞬時の判断だった。
「!?」
だが、パンチとすら言いがたい取手の攻撃が頬をかすめた瞬間、
龍麻の膝から急激に力が抜けた。
膝だけではない、全身から失われる氣に驚きながらも、
勢いに逆らわずとっさに前転して取手の横をすり抜け、大きく距離を取る。
「なるほど、ただ手が長いってだけじゃないんだな。面白いじゃないか」
不敵に呟いた龍麻は両手を握り、前方に突きだした。
へその下から頭頂へ、快い氣の塊が走り抜けていく。
失われた量を補って余りある氣を体内にみなぎらせ、
龍麻は再び取手に挑んだ。
明日香からは遠くてはっきりとは判らなかったが、
龍麻の全身が淡く光ったように見えた。
「え、何……?」
思わず目を擦ってもう一度凝視してみても、もう輝きはどこにもなく、
きっと九龍の銃から出る火花を見間違えたのだろうと自分を納得させる。
実際、深く考えている暇などないくらい、目の前では激しい戦闘が繰り広げられていた。
銃で三匹の蜘蛛を倒した九龍は、ナイフに持ち替えて接近戦を行っている。
敵の動きはそれほど速くないものの、何しろサイズとそれに伴う気持ち悪さは
尋常ではなく、かなり苦戦しているようだ。
助けてやりたいが武器を持っていないので、明日香にはどうすることもできない。
ラケットでも持ってくれば良かったと歯がみしつつ、九龍を応援するしかなかった。
「葉佩クン、頑張ってッ!」
明日香の応援は九龍に届いていた。
本当は気が散るから聞きたくなかったのだが、
いやに通る声は銃声よりも九龍の鼓膜に響いたのだ。
うるさい、と口の中で罵りつつ、飛びかかってくる化け物をしゃがんで躱し、
腹をナイフで裂く。
体液に毒が含まれている可能性もあるので大きく避け、
近づいてくる二匹目を思いきり蹴飛ばした。
「キキィッ!!」
不快な感触を気にする暇もなく、三匹目を相手取る。
異様な興奮が体力は充分にあるはずの九龍の息を切らせかけていたが、
意地でナイフを蜘蛛の口に突きたて、思いきり押しこんだ。
「はァッ、はァッ……」
周りに動いている敵がいなくなったのを確かめ、ようやく膝をつく。
前方では、まだ龍麻と取手が戦っていた。
間合いの五十センチ近く遠くから伸びてくる腕を、龍麻はかいくぐる。
手に触れられると氣を吸い取られるので、手首や二の腕を払いのけねばならず、
中々近づくことができなかったのだ。
だが、龍麻はそろそろ頃合いと見ていた。
取手は恐ろしい『力』を持っているようだが、戦闘技術に関しては素人で、
体力もそれほどはないようだ。
短い攻防でそう見切った龍麻は、小さな動きで躱していたのを一転、
大きく左右に揺さぶりをかけた。
もくろみ通り、切り返した動きに取手の反応が遅れる。
その機を逃さず取手に肉薄した龍麻は、彼の腹に拳を当て、
練った氣を徹した。
「うッ……!!」
氣と呼ばれる生命エネルギーを体内で増幅させ、他者に向けて『力』として発する。
龍麻は氣を自在に操れる『黄龍の器』と呼ばれる特殊能力の持ち主であり、
かつては同様の力を持つ仲間たちの中心となって
龍脈と呼ばれる地球自体の生命エネルギーを巡る戦いに身を投じていたのだ。
それから数年が経っても、龍麻の『力』は未だ健在だった。
腹から身体の内側へと攻撃を受けた取手にそれを防ぐ術はなく、短くうめいて昏倒する。
彼が動かなくなったのを確かめた龍麻は振り返り、
後ろの戦闘も終わったと知ると、二人に向かって笑いかけた。
「やるじゃないか。あの銃は伊達じゃなかったんだな。それにナイフも使うのか」
「まあな」
お前も、言うだけのことはある――実力を認めるのがしゃくで、
そう九龍が言えないでいると、明日香が駆け寄ってきた。
「すッごーい、凄い凄い二人とも!!」
「まあね。明日香ちゃんに喜んでもらえたなら、頑張った甲斐があるってもんだな」
軽い調子で応じる龍麻に、九龍はやはり言わないで良かったと思った。
こんな軽薄そうな男を褒めたところでロクなことにはならない。
「さて……と。取手君だったか、どうしてこんなところにいるのか
訊くのがセオリーだよな」
しかも少し油断していると九龍が言うべき台詞を横取りする始末だ。
だが、取手の方を向いた九龍は、龍麻に対する苛立ちも忘れて
口を間抜けに開いてしまった。
九龍の異変に二人も同じ方向を見やり、ほとんど同じ動作をした。
「な、何……あれ」
「どうやら本命のおでましってところらしいな」
九龍が驚き、明日香が放心し、龍麻が不敵に拳を打ち鳴らす。
まだ昏倒している取手の辺りに、いつ出現したのか、
空間の大部分を占める巨大な怪物がいた。
それを的確に表現するすべを、九龍は持っていなかった。
四つん這いになった人間、というのが一応の輪郭ではある。
だが足は百八十度ひねった、つまり関節が逆になっており、
しかも足首より先についているのは足ではなく手だ。
首にあたる部分には胴体に比して小さな顔がついていて、
その上にはもう一つの巨大な顔が載っていた。
ところどころに面影があるのが、人間に対する冒涜を具現化したような姿だが、
首に掛けられた飾りや、上の顔が被っている左右に張った衣装のようなものが、
否応なしに知性を感じさせて見る者の胸を悪くさせずにおかなかった。
見習い『宝探し屋』として各地の遺跡に行ったこともある九龍は、
世界の神話や崇められてきた存在にもある程度知識がある。
彼らの中には邪神と呼ばれる存在もあったが、
ここまで禍々しい、涜神的なものは初めて目にした。
膝が震えている。
九龍が自分の怯えに気がついたのは、手にした拳銃がカタカタと鳴る音によってだった。
あれほど頼もしく、全能の支配者になった気分さえ与えてくれた鈍色の道具は、
目の前の存在に対してあまりに無力に思われた。
逃げようという気力さえ湧かず、ただ畏れだけが足首を掴んでいた。
「葉佩クン……?」
明日香の呼びかけも遠くにしか聞こえず、
まばたきもせずに前方を見つめている。
「おい、しっかりしろ!」
龍麻の声も同様に彼方から聞こえるのみだったが、
突然、身体の中心に仰け反るような衝撃を受けた。
「……!? な、何だお前!」
にわかに感覚が戻ってくる。
まばたきした九龍は目の前に龍麻がいるのに驚き、思わず叫んでいた。
「何だじゃねえよ、あいつを倒すんだろ」
後方を指した龍麻の親指を目で追い、その先に居るものを直視する。
邪悪な怪物は変わらずいたが、もう怖くはなくなっていた。
「よ、よし、やるぜ」
「ああ。ありゃどう見ても顔が弱そうだ。俺が惹きつけるから狙って当てろ。
弾はまだ残ってるな?」
「ああ、大丈夫だ」
「よし……行くぞ!」
銃を持っていない方の肩を強く叩くと、龍麻は怪物に向かって突進していった。
恐怖を微塵も感じさせない後ろ姿に、ごく短い時間ではあるが九龍は頼もしさを覚える。
果敢に突進した龍麻は、速度を保ったまま横に跳んだ。
突進を悠然と見守っていたかに見えた怪物が、
いきなりその巨体からは想像もつかない身のこなしで身体を反転させたのだ。
隠れて見えなかったが怪物は尻尾を有しており、
電柱くらいはありそうな太さのそれを横薙ぎにぶつけてきた。
「ちッ……!」
どこかを殴って動きを止め、その間に九龍に撃たせるという大雑把な作戦しか
考えていなかった龍麻は、怪物の俊敏さに舌打ちを禁じえなかった。
こうなったらなんとか懐にもぐりこんで打撃を与えるしかない。
反対方向から戻ってきた尾を再び頭を沈めて躱し、低い姿勢のまま接近を図る。
怪物がさらにもう一度尾を使って薙ぎ払いをかけようとする寸前、
自身の身長よりも高い怪物の右後脚に、渾身の一撃を放った。
「アグオォォッ!」
怪物が悲鳴を放つ。
男声と女声とが同時に奏でる、それは合唱だったが、美しさには欠けるもので、
至近で聞いた龍麻はたまらず顔をしかめた。
だが、攻撃はどうやら通用すると判明もしたので、一気にたたみかける。
何しろ的は大きいのだから外す心配はない。
手甲を装着した両腕をフルに稼働させて殴り続けた。
「凄い……」
隣で明日香が感心している。
声には出さなかったが、九龍も同感だった。
見るだけで足を竦ませるような異形の怪物に、臆することなく立ち向かっていく龍麻。
俺は強い、と豪語するだけのことはあり、攻撃を避け、
逆に当てる動きはプロを感じさせるものだった。
いったい奴は何者なのか――
だが、疑問を抱く前にするべきことがあった。
龍麻の攻撃は確実に効いているようで、怪物の動きは鈍っている。
九龍は銃を構え、狙点を定めた。
と、龍麻が怪物の胴体をくぐってこちらに飛びだしてくる。
つられて怪物が向きを変え、九龍の正面を向いた。
「……ッ!!」
ためらう暇もなく九龍はトリガーを引く。
自分では冷静に撃ったつもりだったが、
発射された六発の弾丸は、二発は外れて四発が当たった。
「グガオアオアァッッ!」
怪物の咆吼が銃声の残響を圧して響く。
その足下では龍麻が、とどめとばかりに両の拳を怪物の腹に叩きこんでいた。
「――!!」
ついに怪物の動きが止まり、奇妙に時が停滞する。
だがそれも数秒のことで、怪物はぐらりと首を傾げたかと思うと、前のめりに倒れた。
自分の方に怪物が倒れてきたので、九龍は慌てて距離を取る。
しかし、巨大な人間の頭が地面に接するかどうかというところで、
怪物の姿は霧消してしまった。
直後に黒い霧のようなものが立ちこめたが、それもほどなく消え去り、
辺りは何もない、ただの空間に戻った。
「……終わった、みたいだな」
龍麻がつぶやき、構えを解く。
彼にならって九龍も両肩の力を抜くと、銃の重さがずしりと伝わってきた。
「上手くいったな」
気さくに手をあげた龍麻が近寄ってくる。
彼が何を求めているのか九龍にはわかったが、応じはしなかった。
「何だよ、ノリ悪いな」
「うるさい、なんでお前とハイタッチしなきゃならねえんだ」
「あっそう。じゃいいよ、明日香ちゃんとするから。明日香ちゃん、イェーイ」
「……」
「あれ、明日香ちゃんもノリ悪い人?」
「イェーイって、なんかおじさんみたい」
「……」
形だけ手をあげた明日香に、思ってもみない辛辣な口をきかれた龍麻は
がっくりとうなだれる。
それを見た九龍が笑いだし、龍麻はますます悄然とするのだった。
戦いが終わって一息ついたところで、
三人は部屋の隅で倒れている取手のところに近づいた。
取手は三人が近づいても気を失ったままだ。
龍麻が活を入れると、小さなうめき声を発して意識を取り戻した。
「う……」
取手はさかんに首を振っている。
九龍と龍麻は警戒を怠っていなかったが、
彼に戦う意志は感じられなかったので質問を始めた。
「ここがどこで、どうしてここにいるかわかるか?」
「ああ……」
取手は答えたものの、まだ多少混乱しているらしく、言葉が続かない。
苛立つ九龍を制して、龍麻が穏やかに問いかけた。
「俺たちを襲った理由と、君が気絶したあとに出てきた
怪物のことを知っているなら教えて欲しい」
「僕は……『墓守』なんだ。『墓守』は辛い記憶を消してもらう代わりに
『力』を与えられ、墓を守る役目を言い渡される。
怪物については知らないけど、きっとそれも『力』に関係あるんだと思う」
「……ってことは、今まで消息を絶った『宝探し屋(』は」
「僕か……僕以外の墓守が倒したんだろう」
思いもしなかった事実に、三人は思わず顔を見合わせた。
この遺跡は今も侵入者を好まず、しかも学園内から番人が選ばれ、守護を務めているのだ。
「ね、取手クン、他の墓守って誰かわかる?」
「いや……僕が契約をしたときは、一人だったから」
明日香に答えた取手は、三人を見渡して困惑気味に告げた。
「正直に言って、僕は君たちと戦った記憶がないんだ。
授業が終わって部屋に戻ったのは間違いないけれど、そこから先が思いだせない。
きっと、君たちがこの近くに来た時に、『墓守』としての義務が発動したんだと思う」
「じゃあ、君を『墓守』として任じたのは誰なんだ?」
「それは……」
取手はしばらく考えていたが、やがて静かに首を振った。
「それも覚えていないんだ」
申し訳なさそうに答えた取手が、今度は逆に質問してきた。
「君たちはこの墓……迷宮の奥まで行くつもりなのかい?」
「ああ」
「そうか……」
邪魔するつもりなのか、と目で問う九龍に、取手は小さく首を振った。
「いや、ただ、この迷宮はどこまで深いのか、僕も気になってね」
「それなら、一緒に行ってみるか」
とんでもないことを言いだした龍麻に、九龍がおい、と言いかける。
しかしその前に取手は再び同じ動作を行った。
「いや、君たちを邪魔するつもりもないけれど、
僕が契約した人が誰であれ、裏切るつもりもないよ」
結局判ったのは、この迷宮には今なお侵入を妨げる何者かがいるのと、
この先にも墓守と呼ばれる敵が何人かはいるということだけだった。
「さて……と。今日はここまでかな。取手君も連れて帰るべきだろうし」
龍麻が大きく伸びをして、九龍を振り返る。
仕切られるのはしゃくだが、確かに過信は禁物であるし、
取手を連れて先に進むのも色々な意味でリスクがある。
何より、今日は予定外のことが多すぎて疲れてもいた。
銃をホルスターに収め、九龍は今日の探索はここまでにすると二人に告げた。
龍麻は軽く、明日香は大きく頷く。
「ね、ね、次はいつ探検するの? あたしはいつでも平気だよ」
まるでこれから探検を始めるかのように元気一杯の明日香に、
九龍はもう皮肉を言う気も起こらなかった。
完全に邪魔なのだが、同じクラスである以上、
抜け駆けした日には何を言われるかわからず、
こっそり探索することなどとてもできそうにない。
単独での初仕事だとうかれて、周辺警戒を怠った罰として甘受するしかなさそうだった。
「俺もいつでも構わないが、なるべく早く……そうだな、
今年中くらいにはケリをつけたいところだな。できそうか?」
そしてもう一人の邪魔者(だ。
戦闘能力は確かに高そうだし、今日のところは役に立った。
しかし逆に、それだけの力を持っていながら秘宝には興味がなく、
ただ最深部に辿りつければ目的は達成できるのだという。
人の良さそうな、というより間の抜けた顔をしている男だったが、
見た目で人は判断できない。
警戒を怠ってはならないと肝に銘じ、表面的には九龍はうなずいた。
「ああ、この遺跡の大きさにもよるけど、俺も今年中には結果を出したい」
授業などというものがなければもっと探索のスピードを上げられるだろうに、
いくら必須条件とはいえ一日の半分近くを拘束される状況がいかにも歯がゆかった。
「じゃあ、探索する日は呼んでくれ」
「……お前、どこから来るんだ?」
アドレスを交換して九龍が問う。
質問した側はそれほど重要だとは思わない問いだったが、
された側はとたんに目を泳がせ、露骨に怪しい無表情を作ったものだった。
「うん、まあ、上かな」
「……」
「それじゃ、そういうことで。またね、明日香ちゃん」
愛想良く手を振ったが早いか、全速力で逃げていく龍麻を、
九龍は呆然と見送るほかなかったのだった。
「……なんだ、あいつ」
「ねえ、あたし達も帰ろうよ、葉佩クン。あたしお腹すいちゃった」
「寝る前に食うと太るぞ」
「あーッ、ひッどーい! 葉佩クンってそんな意地悪だったんだ」
「事実を教えて意地悪呼ばわりされる筋合いはねえよ」
「べーッだ。女の子にそんなこという男の子は嫌われるんだよ」
「おう、嫌われて結構。お前と一緒に探索するのなんてこっちから願い下げだね」
「もう、やっぱり意地悪!」
出口に着くまで続いた言い争いの声も、やがて遺跡の壁に消えていく。
こうして葉佩九龍の『宝探し屋』としてのデビュー戦が、
東京の地下で幕を開けたのだった。
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