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 上半身をあらかた舐め尽くした舌は、さらに下方を目指す。
ズボンをはぎ取り、腰に、そして太股にも、餌を求めるなめくじさながらに、
濡れ光る粘液の跡を残しながら、上半身と同じように隙間なく。
だが、もっとも惹きつけられるであろう下腹の、厳然とそそり立つ勃起には、
なぜか亜柚子は興味をみせない。
きわどいところまで近づき、否応なしに九龍の肉体を反応させておいて、
何事もなかったかのように大腿から膝へと、舌を淫靡に操って下りていった。
 長い時間をかけて足の先にまで辿りついた舌は、そのまま指をも舐める。
「うぁ、せんせ……い……」
 慣れないくすぐったさに九龍は足を引こうとするが、亜柚子はそれを許さない。
瑞麗の協力もあって容易に九龍を押さえつけると、一本ずつ指を口に含んで吸い立てた。
「……っ……」
 短い時間とはいえ担任であった教師の、奇行ともいえるふるまいに九龍は戦慄する。
登攀や跳躍、もちろん走るのにも足は重要であり、九龍のそれはよく鍛えられている。
だが、九龍の関心はそこまでで、思い通りに動く以上のものを
腰から下の器官に求めたことはなかった。
 それが、亜柚子の口の中で指をしゃぶられて、九龍は異様な感覚に目覚めていた。
弱く、優しく、そして執拗に、唾液で潤滑を増してねぶる舌に、背筋を走るものがある。
快感という名のその律動は、九龍がこの遺跡、より正確に言うなら
その上に立つ学舎に来るまで知らなかったもので、若き肉体を容赦なく苛み、虜にしていた。
時折髪をかきあげながら、童顔を淫らに変貌させて口淫に励む女教師を見せつけられ、
彼女によってもたらされる、身体の先端がふやけていく、恐ろしくも甘美な感覚に溺れていく。
高く掲げられた、ほとんど丸見えの尻が揺れるたび、
彼女が傅き、奉仕するのが正しいことなのだと刷りこまれていくのだ。
「いい顔になってきたな……ほら、こっちを向いて見せろ」
 その刷りこみは、もう一人の教師の手によって確固たるものとなる。
瑞麗の左手で顎をつままれ、その冷たさに自分の身体の火照りを知らされる九龍は、
ようやく亜柚子から取り戻した口唇を再び奪われてしまった。
「フフ……本当に可愛いな、お前は」
 そろそろ日本の法律で成人になろうかという年齢で可愛いと言われるのは不本意だ。
そのはずなのに、瑞麗の囁きは心を縛り、彼女の求めるままに舌を差しだしてしまう。
「そう……いい子だ。ん……」
 両腕を吊った、身体を突っ張った状態で顔をひねっているので相当に苦しい。
なのに、身体を浸食する二枚の舌が、まるで脳内麻薬のように苦痛を和らげ、
快楽を供給して、思考を奪っていくのだ。
亜柚子に較べて薄く長い瑞麗の舌がもたらすキスは、亜柚子のそれよりも情愛に劣り、快楽に優る。
口の中を縦に入ってくる舌に、脳まで掻き回されるような快感を受けた九龍は、
瑞麗の打ってかわった優しいくちづけに、芯からとろかされてしまった。
「あ……うぁ……」
「そろそろ限界か? だが、まだだぞ」
 もう崩れてしまった九龍の防波堤を、瑞麗はなお容赦なく完全に壊しにかかる。
息を継ぐ間を与えない、けれどどこまでも甘いキスを、
何度も、何十度も浴びせ、感覚を麻痺させてしまう。
そうして九龍が従順になったとみるや、親が子にするように彼の頭を撫で、無心に導くのだった。
 九龍が瑞麗に心を委ねたころ、亜柚子は彼の両足を舐め尽くし、反対の足から身体を上っていた。
すっかり脱がされた九龍の両足は、もうほとんどに唾液が塗られている。
その中で唯一手つかずの性器を、いよいよ亜柚子は口をつけようとしていた。
「こんなに大きくして……うふふ、可愛い」
 そそり立つ、大きくえらが張った、血管の浮き出る器官は
おせじにも可愛いと呼べる代物ではなかったが、
亜柚子は幸福そうに目を細めると両手で勃起を包みこむ。
「昨日、きれいにしてあげたのに少し臭いがするわね」
 用を足すときですら自分で触れず、触ったのといえば亜柚子と瑞麗の二人だけであり、
しかも、臭いがついてしまうような行為をしたのは彼女たちの先導によってなのだから、
九龍には何の責任もない。
しかし亜柚子には責任を追及するつもりはないらしく、
むしろ臭いがあることを歓迎するように、形の良い鼻を膨らませて臭気を存分に嗅いだ。
「それじゃ……舐めるわね」
 予告されただけで震えた肉茎の、根元に亜柚子はくちづける。
陰嚢と竿の継ぎ目、硬い部分と柔らかい部分との境界線上からはじめ、
どちらに進むか迷うかのように舌を波打たせながら平行に進んだ。
「うぅ……ッ……」
 柱の半周ほどを、それほどの時間もかからず舐めてしまった亜柚子は、
九龍が過度の刺激にはもう耐えられないだろうと見て取り、
先に袋の方から愛することに決めた。
熱い肉柱を押さえ、精液が蓄えられている玉を、袋の上から舐める。
表面の皺を伸ばすように丹念に、時折は口に含みながら男性器に奉仕する顔には、
深い陶酔が浮かんでいた。
「んふッ……あむ、ゥ……ん……」
 袋の裏側にまで舌を這わせた亜柚子は、びくびくと跳ねている男性器に、
しばしの休息を与えてやるが、興奮が鎮まったと見るや、より激しい愛撫をはじめる。
「くッ、あ、せんせ……い……ッ……!」
 最後に残しておいた九龍そのもの。
自分の身体より愛着をもっているかもしれない、十数センチの猛々しい熱杭。
口の中に湧いた唾を溜め、亜柚子は広がった傘をひといきに咥えこんだ。
たとえようもない濃密な味が口腔に満ちる。
だが、唇だけでなく喉の奥まで味わいたい衝動を抑え、亜柚子はすぐに口を離した。
「あ……?」
 高まる期待を打ち砕かれて、九龍が恨みがましい目で見る。
ペニスから手を離さないまま、亜柚子はその視線を受けとめた。
「駄目よ、我慢しないと。ルイ先生のおっしゃった通り、これは罰なのだから」
「そ、んな……」
 どんな困難を前にしても不敵に輝いていた少年の瞳が、
叶えられない欲望に曇り、ひびが入る。
それを見ると亜柚子の下腹には火が点り、ぐつぐつと煮えた雫が釜からしたたり落ちるのだ。
 数度射精寸前まで昂ぶらされた九龍は、もう壊れかけている。
四肢が動けば大人の女二人でもはじき飛ばし、組み敷いて犯すだろう。
しかし今の九龍は自由を奪われた哀れな猛獣に過ぎない。
どれほど凄んでみせようと、いずれは猛獣使いに屈するしかないのだ。
 再び亜柚子が亀頭を咥える。
前よりも深く、少しだけ舌を這わせて。
「あ、ああ……!」
 待ち焦がれた刺激、切望していた快感。
今度こそ射精を、準備の整った男の劣情をぶちまけたいという本能は、
だがあえなく閉ざされる。
「頼む……頼むから……」
「頼むから、なあに?」
 幼稚園児の話を聞いてやるような満面の笑みも、屈辱とは感じない。
九龍にもうそれだけの思考能力は残されておらず、
性欲が満たされるか否か、それだけしか考えられなかった。
「頼むから、最後まで……ッ、んぐッ……!」
 ろれつも怪しくなった舌を、それでも懸命に動かそうとするが、
最後まで言い終えないうちに瑞麗に口をふさがれてしまった。
流しこまれる唾液にさえ屹立は反応し、瞼の裏で光が明滅する。
肉体はとっくに準備を終え、解放の時を待っている――なのにどうしても
ピラミッドの頂に置かれるべき最後の石、
ここまで来たらどれほど禁欲的であろうと欲するしかない最後の一刺激が与えられないのだ。
それが二人の怒り、哀しみ、そして愛情を凝縮しているがゆえに置かれないのだとは、
溶けた九龍の思考でも理解できる。
自分の罪はこれほどの罰に値するほど大きかっただろうか、という思いもよぎるが、
それよりも今はとにかくこの狂いそうな渇望から解放されたかった。
「あ、謝るよ……謝るから、早く……早く、してくれよ……」
「ふむ……それなら、少なくとも両腕が完治するまではここに居ると誓うか?」
 九龍に選択の余地などなかった。
「誓うよ、誓うから……だから」
「だから?」
「だから、射精……させてくれよ……!」
 その一言が極めて危険だということに、九龍は気づかなかった。
九龍の欲望を、自らもまた限界まで追い詰められながら制御していた女二人は、
いたいけな少年の叫びにそれぞれの喉を大きく鳴らした。
「私が先でいいですか?」
「ああ」
 そそくさと九龍の上に乗った亜柚子は、ベッドに膝立ちになる。
成熟した女らしい、よく張った腰に対してあまりにも小さな布は、
やはりあまりにも細い紐によってかろうじて支えられていたが、
それを亜柚子は彼に良く見えるよう、腰をわずかにひねって解いた。
「……っ……」
 物理法則に従って落ちていく紐に、九龍の目は吸いつけられる。
ただ紐が解けただけだというのに、頭の中は熱湯を注がれたように熱く沸き立った。
両手が健在だったなら、彼女の両の腰を思いきり掴んでいたかもしれない。
 片方の支えを失った下着は、本来隠すべき部分を露にしながら、
未練がましくぶら下がっていた。
赤い下着に白い肌、そして黒い蔭り。
三つの色が九龍の網膜を灼き、世界にはその三色しかないかのように錯覚させる。
垂れた紐が直下にある屹立に触れたとき、亜柚子が動いた。
さっきとは反対に腰をひねり、同じ動作で紐を解く。
彼女の両手は右の腰にあり、全ての支えを失った赤い下着は、
拾われることもなく落ちていったが、着いた先は白いシーツの上ではなかった。
亜柚子に全身を舐められて一時的に感覚を喪い、身動きもままならなくなった
九龍の肉体で唯一脈打っている男性器の上に、音もなく落ちた。
「う、ぁ……」
 ほとんど重さのない下着が触れただけでも、九龍には苦痛にも近い衝撃となって襲いかかる。
さんざんに焦らされ、限界まで高められた鋭敏さは、
意志と関係なく腰を跳ねさせ、数十センチを隔てた場所にある肉穴を渇望させた。
自分から挿入できないもどかしさに、汗か涙か判然としないものが九龍の目元に浮かぶ。
「九龍さん……欲しいの?」
 てらてらと輝く亜柚子の口唇に、九龍は一も二もなく頷いた。
「じゃあ、ちゃんと見ていてね」
 もとより九龍は亜柚子が下着に手をかけたときからまばたきすらほとんどしていない。
彼女の秘裂から愛蜜が零れ、滴るところまでつぶさに見続けていて、
結合のときを今かと待っているのだ。
 自身の穴をくつろげた亜柚子が、腰を落としていく。
気が狂いそうなもどかしさは、二人のいずれがより感じていただろうか。
だが、ついに性器が触れあった瞬間に大きな快楽を得たのは間違いなく九龍の方だった。
「う、あァ……ッ……!」
 情けないほどの悲鳴がほとばしる。
まず淫蜜が亀頭を包みこみ、すぐに肉の質感が続く。
ただそれだけの、慣れているはずの感覚に、初めてかのように全身が震えた。
ほどなく亀頭だけでなく屹立全体が肉と粘液に満たされ、柔らかな圧力が加わる。
そこで射精してしまわなかったのが不思議なほど、折れた腕にまで快感がほとばしった。
「あ……ん……入った、わ……!」
 根元まで男根を呑みこんだ亜柚子は、歓喜に唇をわななかせる。
腹の中に彼がいる、という認識だけでめくるめく快楽が身体を駆け巡るなか、
まだ挿入の衝撃もさめやらぬ九龍に、夢中で唇を重ねた。
「ンッ……ぷ、うゥ、九龍さん……動く、わね……!」
 九龍の肩に手を置き、腰を前後にゆする。
膣壁を肉柱が擦りあげる快楽に、亜柚子はたちまち酔いしれた。
「はァッ、あ、んッ、あはァッ、あ、あ、あ……ッ」
 ぐっと膝を開き、腰を深く落として亀頭に奥を抉らせる。
自らの感じるところを強く、激しく刺激する亜柚子の、肌から汗が飛び散った。
「く、あ、先生……ッ」
 教え子の悲痛な声も、今の亜柚子には届いていない。
下腹に満ちる女の悦びが大きすぎて、ほかの感覚が断線しているのだ。
背中を反らせ、あるいは丸め、亜柚子はただひたすらに快楽を求めた。
 屹立に温かな肉がまとわりつき、柔らかく締めあげる。
亜柚子が足を開いて腰を突きだし、腹をへこませて尻を引く、
それぞれの挙動で複雑に形を変える、成熟した女の媚壁がもたらす絶妙な気持ちよさに、
九龍は翻弄されるばかりだ。
「うッ、く、あ、あぁ……ッ」
 亜柚子が腰を引いた瞬間、屹立を抉るように媚肉がぶつかってくる。
四肢が動かせないがゆえに、腰の一点に快感が集中する。
それは抗うにはあまりに大きく、耐えるにも強すぎる波だった。
「だ、駄目……だ、出る……ッ……!」
 今日何度目かの宣告は、ついに邪魔されることなく叶えられる。
亜柚子の膣深くにまで侵入した亀頭が吐きだした歓喜は、一瞬のうちに膣内を満たした。
「――ッッ!!」
 九龍は己の一部が爆ぜたかのような凄まじい快楽に見舞われる。
幾度も腰が跳ね、その一度ごとに蓄積された白濁を苛んできた肉壺に注ぎこんだ。
「あッ――く、九龍、さんッ……!」
 膣内で膨張し、精を吐きだした男根は、亜柚子をも絶頂に導く。
胎へと通じる路の最奥、避けようのない女の中心でまともに灼熱の飛沫を浴びた亜柚子は、
たまらず豊満な肉体をぶるりと震わせて恍惚の果てへと旅だった。
「あッ……あ、はァッ……九龍さんのが……いっ……ぱい……」
 粘液に満たされた腹を愛おしげに撫でさすり、亜柚子は九龍の上から下りる。
その拍子に粘度の高い白濁が、名残を惜しむようにゆっくりと垂れた。
「はあッ、はぁッ……」
 溜まりに溜まった精を吐きだした九龍はそのまま気を失いそうなほど放心している。
だが、若き『宝探し屋』に休む暇は与えられなかった。
「次は私の番だな」
「ちょ……ちょっと待ってくれよ」
「あれだけ我慢したんだ、一度きりでは到底満足できないだろう?」
 亜柚子と場所を替わった瑞麗は、哀願する九龍の股間にひざまづくと、
力を失いつつある、体液にまみれた男根をためらいなく口に含んだ。
「う……!」
 しごくのではなく、いたわるように舌で転がす。
それでも射精直後の男根には過敏な刺激で、九龍は幾度か顔をしかめさせられたが、
肉体はやがて刺激に従って血を再び集めた。
形を取り戻した男性器に、瑞麗は嬉しそうに目を細め、亜柚子と同じように直上に跨る。
「さあ、九龍、お前の精を私に注ぎこんでくれ」
 チャイナドレスを着たままで、瑞麗は亜柚子よりも大胆に腰を落とし、
肉茎を奥まで導きいれた。
「く……ッ、こ、これが好き……なんだ……最初に、奥まで挿れる……のが……」
 九龍には女の性的な嗜好などまだわからない。
瑞麗と亜柚子の本性が、それぞれ表に出ているものと正反対であるとは知るよしもなく、
瑞麗はいつも強引で、亜柚子はそれに引きずられているのだと決めつけていた。
だから頬を紅に染め、紫煙ではない、腹からの熱い呼気を吐きだす彼女が、
苦痛の中に悦びめいたものを浮かべた顔をしているのにも気づかなかった。
 ただ、瑞麗の膣内が、亜柚子のそれとはまるで違うのは判る。
こじ開けているかのような狭い穴は、挿っているだけでぐいぐいと締めつけてくる。
同じ快感ではあっても、亜柚子の場合は溶かされそうな感覚であるのに対し、
瑞麗は搾り取られるという感覚に近かった。
「あ、ァ……判るか、九龍……っ、お前のが、私の、中を、ひろ……ひろげ、て……!」
 じっとりと汗を浮かべ、狂乱の眼光で睨みつける瑞麗に、九龍はただ頷くほかない。
すると瑞麗は業を煮やしたのか、烈火の勢いで九龍の顎を掴み、噛みつくように唇をふさいだ。
「う……ッ、う、んむッ……」
 離れたときに音がしたほど激しいキスの終わり際に、瑞麗が何かを言った。
正確には言ったような気が、九龍にはした。
泥濘のごとき快楽の中、霞む目の向こう側で、
瑞麗の口唇が意味のある形に動いたように見えたのだ。
だが、それを確かめるすべはない。
しばしの静寂のあと、怒濤のような快感が襲いかかってきたからだ。
「くッ、あッ、あ、うッ……!」
 根元から先端へ、痺れが走り抜ける。
それも一度ではなく、二度、三度と。
解放への誘惑に、本能的に九龍は抗おうとするが、もうそうするだけの力は残されていなかった。
「いいぞ、九龍……私の膣に思いきり、出せ……!」
 瑞麗の命令が九龍を解き放つ。
亜柚子の時ほど爆発的ではない、けれども凄まじい快楽に、九龍は全てを委ねた。
「くッ……ん……ッ……!」
 噴きあがるマグマさながらの精液が、瑞麗の腹を蚕食する。
射精の寸前に沈めた腰が、一瞬気を失うほどの苦痛を腹の奥底に与え、
常に余裕ある態度を崩さない美女の顔を激しく歪ませた。
「う……あ、九……龍……ッ……!」
 とどめ、とばかりに放たれた精液に灼かれ、瑞麗は長身を丸めて苦悶する。
だが髪に隠されて見えない、そこに浮かんだ表情には、
彼女自身にしか判別しえない苦痛以外のものが浮かんでいた。
「あ……ぁぁ……」
 満足するだけの精を受け、瑞麗はゆっくりとくずおれる。
チャイナドレスのスリットから覗く股間から、白濁がどろりと零れだした。
その不快さに顔をしかめた瑞麗は、今度は一滴残らず飲みほそうと勃起を口に含む。
そして回復したがまだ欲望を充足されない亜柚子も、九龍に身体を寄せていった。

 一ヶ月後、九龍は旅立った。
 新たな指令が来たので行く、とだけ書かれた置き手紙を見つけたのは
亜柚子の方で、血相を変えた彼女から手紙を渡された瑞麗は、
一言も発さずに読み終えると、その場で手紙を破り捨てた。
「……!」
「さんざん世話になっておいて挨拶もなしとは、どこまでも礼儀を知らないやつだ」
 もはや興味なし、とばかりに目を細める同僚に、亜柚子はすぐには応じなかった。
彼女が口を開いたのは、瑞麗が煙管に火を点けて一服してからだった。
「また……会えますよね」
「ああ」
 短い文面の意味を、二人とも正しく洞察していた。
九龍は礼儀を知らなかったのではなく、知っていて書けなかったのだと。
礼を言ってしまえば、すなわち昼も夜もなく与えられた愛欲についても感謝したことになる。
それはあの、まさしく子供と大人を日々往復している愛すべき少年にとって、
直面できない恥ずかしさに違いなかった。
 だがいつの日か、九龍は必ず戻ってくる。
戻ってくるつもりがないのなら恥じらう必要もない。
また会うつもりがあるからこそ、面と向かって礼が言わずに発ったのだ――
それが、二人の出した結論だった。
 用のなくなった生徒会室から、瑞麗は出て行く。
その後を、後輩の女子生徒のように亜柚子が追いかけた。
「ねえ、ルイ先生」
「ん?」
「今日は呑みましょうか」
 前を向いたまま瑞麗は応じた。
「振られた女が肩を並べて愚痴るのは情けない気がするな」
「あら、私は振られただなんて思ってませんよ。
ライバルがいなくなるのなら、一人で祝杯をあげに行きますけれど」
「……酔いつぶれたら結局私が呼び出されるんだぞ」
「だから、それなら最初から一緒にいた方がいいと思いませんか?」
 やはり前を向いたまま、瑞麗は肩をすくめる。
その後ろをどこか楽しそうに、亜柚子がついていった。



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