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「それとも九龍さんは、いやらしい女は嫌い?」
 合わせ目を滑る指先に、九龍の目は吸い寄せられた。
今にも自然に外れそうな合わせ目は、だが決してほどけはしない。
その縁を横に、時に縦に滑って合わせ目の内側に消える指に、
催眠術にかかったように九龍の意識は薄れていった。
「今さら……決まってるだろ」
「こういうのは何回口にしてもいいのよ」
「嫌い……じゃねえよ」
 遊んでいた指先が戻ってくるが、まだほどきはしない。
「いやらしい女は何人も居たけど、そいつらは嫌いだったよ。でも亜柚子は別だ」
 九龍が言い終えた直後に、秩序が崩壊する。
小さな要石を抜き去っただけで崩壊した石橋のように、
一カ所留めただけで正しく長方形に亜柚子を包んでいた白いバスタオルが、
支えを失って一気に落下した。
 現れた乳白色の裸身に、九龍は声もない。
たっぷりとボリュームのある、以前九龍が発掘したことがある原始時代の女性の像も
かくやという乳房を筆頭とする、豊かな、だが決して過剰ではない柔和な曲線。
幾度も見ているはずなのに、初めて『秘宝』を見つけたときに勝る興奮が全身を駆け巡った。
「良かった」
 裸身を隠しもせず、亜柚子は九龍の頬に触れた。
乳房に釘づけになっている彼の視線を、わずかに上向けさせる。
交差し、重なる視線は、徐々にその距離を縮め、やがて限りなくゼロに近づいた。
「好きよ……九龍さん」
 唇の先端を触れさせたまま、ささやく。
亜柚子の剥きだしの本心は、だが九龍をややためらわせたようだった。
「俺も……だけど」
「だけど?」
「だけど……俺はこの任務が終わっても、次の指令が来たらすぐ行かなきゃならないし」
 それは亜柚子も最初から聞いていた。
むろん亜柚子はそれを承知で九龍と身体を重ねることを選んだのだが、
地下とはいえ東京で非合法に銃を撃つことを躊躇しない少年も、
女と割り切った関係を結ぶのには抵抗があったようだ。
 こころもち身体を寄せた亜柚子は、彼の頭を引き寄せた。
今度はバスタオルに邪魔させず、じかに肌を――女の肉体を触れさせる。
「うふふ、そんなこと、わかっているわ。
でも、今……したいと思う気持ちは嘘ではないでしょう?」
「……そう、だけど」
「それならいいの。帰ってきたいというどんな小さな理由にでもなれば」
 思うところがあったのか、九龍は亜柚子の胸に埋めていた顔を上げた。
若々しい傷心と怒りが混ざった表情が、亜柚子を激しく揺さぶる。
「そんな動機なくたって、俺は帰ってくる」
「……そうね、少しずるかったわね。したいのは私。
あなたと……九龍さんと、一秒でも長く一緒に居たい」
「俺だって」
 続きを言いかけて九龍は口ごもってしまう。
そしてどうしてもその先が言えないのか、いきなり亜柚子の腰を抱き寄せた。
 力強い腕の中で、亜柚子は小さく喘ぐ。
いやらしい、というのは自虐でも何でもなく、真実だった。
九龍の手が触れている背中が、痺れて蕩けそうになっている。
彼の頭を感じる胸が、熱く張りつめている。
もう受けとるだけでは我慢できなくて、亜柚子は受けとめた彼の頭から首筋、
さらには肩や背中をやみくもに撫でまわした。
「亜柚、子……」
「……立って、九龍さん」
 立ちあがった九龍と抱擁を交わした亜柚子は、壁を背にして彼を招く。
足を開き、九龍に片足を抱えさせると、屹立を逆手に支えて導いた。
「あぁ、ぁ……!」
 すでに疼ききっていた亜柚子の女唇は、
九龍の熱を感じただけで狂おしいほどに反応してしまう。
背中が拾うタイルの冷たさが、男の体を余計に熱く感じさせて、
亜柚子はあられもなく叫び、九龍を求めた。
 肉唇に先端が当たる。
そこから、腰に溜まった快感が背筋を伝って脳へと辿りつくよりも速く、
九龍そのものが亜柚子の中枢へと襲いかかった。
「ッ……!!」
 目がくらみ、涙がこぼれる。
稚拙に侵入してきたペニスは、亜柚子の全てを奪い去っていた。
「く、九龍……さんッ……」
 身体が裂かれたかのような衝撃に、彼の肉体を掴み、爪を立てる。
意図的ではあったのだが、九龍は気づかず、結合の快楽に酔いしれて
男根を押しこんでくるばかりだった。
 九龍をたしなめるのを諦めた亜柚子の裡に、新たな感覚が目覚める。
苦しさの中から、体内に収まった異物から生じる、押しあげられるような感覚。
苦しさはまだ失せないものの、少しずつ肉体をむしばんでいく、抗いがたい痺れ。
身体の力を抜いた亜柚子は、九龍の首に腕を回して、若い情動に身を預けた。
 あれほど恥ずかしがっていたのに、九龍は抽送を容赦なく繰り返す。
女のことなどお構いなしで、快楽のみを追い求める稚拙なセックス。
乱暴なセックスは嫌いだったはずなのに、膣奥を小突くペニスの激しさも、
身体を掴む手の痛さも亜柚子は好きになっていた。
「あっ……はっ、ん……」
 股が裂かれ、逃げ場のない抽送が亜柚子を捉えた。
タイルに背中が押しつけられ、それでもなお奥まで入ってこようとする肉茎に、
頭の芯が支配されていく。
このままでは、あっという間に終わってしまう――
薄れる意識でそう考えた亜柚子は、九龍の両脇から腕を入れ、彼を抱き寄せた。
「はぁッ、はぁッ……」
 激しい息づかいが交錯する。
呼気をぶつけあうように見つめあった二人は、亜柚子の方からくちづけを交わした。
「ん、ん、んっ」
 激情に駆られ、抽送の勢いもそのままに舌を絡める。
息が続かなくなるまでのくちづけは、いくらか二人の理性を回復させたが、
密着するお互いの素裸は、理性など無用だと二人に告げた。
「ねえ、今度はこっちから……お願い」
 足を下ろした亜柚子が後ろを向く。
 突きだされた豊かな臀部を、九龍は声もなく眺めた。
白い双つの丘はその谷あいをちらりちらりと覗かせながら、
艶めかしく揺れて全貌を見せはしない。
そのくせ征服されることを望むかのように上下に、あるいは左右に蠱惑する肉の塊を、
興奮のただ中にいる九龍は、ほとんど力任せに掴んだ。
「ん……ッ」
 鼻にかかった声をあげる亜柚子を、あざといなどとは思わない。
実際に彼女は九龍を待ちきれないはずであり、九龍もまた、格好をつける余裕などなかった。
 まだ開いたままの匂い立つ淫門に、血流も最高潮に達している勃起を添える。
粘液に塗れた敏感な部分は、触れただけで中断された官能を再度甦らせ、
張りつめた肉茎はたちまち洞の中へと消えた。
「あンッ……!」
 小さな浴室に喘ぎが反響する。
それが己の腰の一突きで発せられているかと思うと、九龍はたまらなくなった。
亜柚子の腰をしっかりと捉え、彼女の膣内から屹立を引きずりだす。
「ん……う……ッ」
 絞りだすような亜柚子の声が、消え去る寸前にまた挿入した。
「あ、はァ、ッ……」
 それでいいのだと褒めるような吐息に、同じ動きを繰りかえす。
一度、二度、動作に区切りのあった挿入と抜去が連続した動作になっていった。
「うッ、んんッ、く、九龍……さんッ……!」
 挿入するときの快感、抜去するときの淫楽。
温かな肉壁が屹立を擦るたび、荒ぶる欲望が九龍の裡で脈動する。
人跡未踏の遺跡さながら、隘路の隅々までを調べ尽くしたいという願望に憑かれ、
闇雲に性器を突きいれた。
「あくぅッ!」
 荒ぶる神のような激しさの交合に、亜柚子が壁に押しつけられる。
それでも彼女に嫌がる様子はなく、肌はいよいよ濃桃色に色づいて、
蹂躙を受けいれていた。
亜柚子の腰を捉えた九龍は、何の技巧もない、若さに任せたストロークで彼女を追いつめていく。
「あぅ、ん、はッ、あ、あ、あんッ、あぁッ」
 仮借のない突きあげに、亜柚子がたまらずのけぞる。
その拍子に髪がほつれ、栗色が一気にこぼれた。
無秩序な滝に背中までが隠されてはじめて、九龍は亜柚子の肩口にひどく色気を感じた。
「亜柚子……!」
 背後から抱きしめ、乳房を握り、掌に女を余すところなく感じさせる。
その強さは加減していてもやや強すぎたが、亜柚子は痛がるどころか尻を突きだして、
より激しく求めているように九龍には思われた。
それが正しいかどうか確かめる余裕は九龍になく、乳房を握りしめたまま、
尻を叩くように腰を打ちつける。
肉と肉とが擦れあう、もっとも原始的な快楽がパルスとなって身体を駆け巡った。
「く……九龍……さんッ……!」
 あまりの激しさに放たれた、壁に当たる亜柚子の悲鳴も、女体に溺れている九龍には届かない。
もはや快楽を積み重ねた頂上に至ることにしか関心がない『宝探し屋』は、
亜柚子の秘宝を手に入れようと一心に淫洞を探索し続けた。
「あッ、あぁッ、九龍さんッ、私っ、わた、しっ……!」
 辺りをはばからない淫らな叫びが、九龍の鼓膜を撃つ。
残響が頭の中にこびりつき、九龍は振りはらうように腰を叩きつけた。
「あッ、あぁッ――!!」
 亜柚子の肩甲骨が盛りあがり、全身が硬直する。
その瞬間、九龍は屹立が折れそうなほどの刺激を受け、
とうに限界に来ていた劣情を一気に解きはなった。
「く、うッ……!」
 凄まじい解放感が背筋を駈けあがる。
亜柚子の尻をしっかりと掴み、奥まで勃起をねじこんだまま、九龍は射精の悦びに満たされた。
罠をくぐり抜け、秘宝を見つけたときにも勝る恍惚が収まるまで、
亜柚子の尻を捕らえて離さない九龍だった。
 壁にもたれたまま、亜柚子がずるずると床にへたりこむ。
大きく上下する背中に、九龍はおそるおそる触れた。
「だ、大丈夫か……?」
 振り向いた亜柚子が見せた、気怠げな笑みが、たちまち九龍を魅了する。
少女のような顔に浮かぶ、しかし少女には決して浮かべられない笑顔。
そして少女のような唇から紡がれた言葉も、やはり少女のものではなかった。
「凄かったわね……九龍さん」
 快感を反芻しているような彼女に、九龍はいっぺんで魅了から醒めて鼻白む。
しかし亜柚子はお構いなしに、蛇のように腕を男の肉体に巻きつかせた。
「やっぱり、違ったわ。あなたがしたいからじゃなくて、
私がしたいから、あなたに帰ってきて欲しい」
 亜柚子の掌に微量の力が加わる。
九龍は逆らわなかった。
柔らかな肌と密着して、新たな欲望が首をもたげたとき、若き『宝探し屋』は突然に気づいた。
全身の強ばりに亜柚子が驚いたほどで、だが、九龍は、正面から彼女を見据えた。
「俺も違ったよ。……したいから、帰ってくる。
亜柚子とするために、俺はどんな危険からも帰ってくるよ……絶対に」
 簡単なことだった。
『宝探し』と亜柚子は、どちらか一方しか選べないものではない。
どちらかが重荷になるわけでもない。
貪欲に、欲しい秘宝は全て手に入れれば良かったのだ。
 突然変貌した九龍に、亜柚子は大きな目を数回しばたたかせた。
彼が一回りも大きくなったように見えたのだ。
年下のはずが追い越されたような気がして戸惑っているうちに、九龍の方から抱き寄せられた。
「だから、一杯しよう……今日から」
「駄目よ、もうそろそろ寝ないと……あッ」
 九龍が成長したのか単に助平になっただけなのか判断がつかぬまま、
亜柚子は彼にやみくもに抱きしめられたのだった。



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