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幽花は終ったあと、必ずこうして小指だけを絡めてくる。
何か意味があるのかと問うと、もつれあった指の形が好きなのだという。
激しい快楽のみを欲する九龍には、幽花のそういった気持ちは理解できなかったが、
事後の女を邪険に扱うほど人でなしでもむろんなく、同じベッドに横たわってしたいようにさせていた。
幽花は出会った時よりは幾分柔らかさが出てきた表情で、睦む指を眺めている。
薄桃に残っている肌と、しどけなく開いた唇は、たとえすぐに眠りたかったとしても、
今しばらくは見ていようと考え直させるもので、ひとつの任務を終え、
心身ともに解放されている九龍は硬いベッドに身を沈めた。
それが一転、下着も履かずに跳ね起きると部屋の片隅に向かう。
いきなりの行動に、幽花は大層驚いたらしく、彼女らしくもない響きが声にこもっていた。
「どうしたの?」
訊ねる幽花に背を向けたまま、九龍はおもむろに何もない空間に手を伸ばす。
腹の前あたりに突き出された手は、何かを摘まむような動きをした。
「い、痛い……!」
悲鳴はひとつで、声は二種類。
きれいに重なった声は九龍が手を離すと止み、代わりに二人の少女の姿が浮かびあがった。
「あなたたち……!」
幽花が驚きの声をあげる。
知っていて、知らない存在。
人の形をした、物に宿った魂、付喪神である少女。
長脛彦の復活に先だって消えてしまったはずの小夜子と真夕子という名を持つ勾玉が、そこにはいた。
「覗き見すんなよな」
おしおきのつもりで九龍は、二人の頬をさんざん引っ張ってから離してやった。
彼女達には遺跡に生き埋めになるところを救ってもらった恩があり、同志めいた連帯感もある。
しかしそれとこれとは話が別で、見た目は幼女の彼女達はやはり、
こうした男女の睦事を見るにはまだ早いと九龍は考えていた。
ところが頬を離した途端、両足に信じ難い激痛が走る。
双子とも言ってよい少女二人が、無防備な脛を思いきり蹴り上げたのだ。
「ぐうっ……!!」
思いもよらない反撃を受けて、裸の九龍は両脛を抱えて悶絶する。
それは何千年も続いた忌まわしき呪縛を解き放った宝探し屋にしては
あまりにぶざまな姿で、幽花ですら部屋を転げまわる肉塊を見ないようにしていた。
「久しぶりです、巫女よ」
被害者になど目もくれず、少女達は幽花に笑いかけた。
三人は数千年前の記憶を共有する仲間であり、その点は九龍など足下にも及ばない。
もっとも幽花が九龍によって呪縛を解かれ、巫女としての役目を終えた今は、
もう接点はないはずであった。
それどころか。
「だいたいお前ら消えるとかなんとか言ってただろうが」
ようやく痛みが立てるほどに弱まった九龍が、鋭く指摘した。
古代人が卓越した科学力で生み出してしまった人であって人ならざる存在、
人であった頃は長脛彦と、人でなくなってからは荒波吐と呼ばれた怪物は
それを生み出した者達でさえ存在を滅することができず、地下深くに墓を築き、
そこに封印するのがやっとであった。
しかしそれでもなお荒波吐の、自分を異形へと変えた者達への恨みは尽きることなく、
数千年を経て呪縛を解き、甦ろうとしていたのだ。
その際に放出された悪しき波動によって、荒波吐と封印の為に古代人が用意した安全弁である
『巫女』を見守ってきた、物に宿った精神体である小夜子と真夕子は消滅してしまった。
彼女達はその最後の力を用いて九龍達を救ってくれ、
その時は確かに九龍も感動し、感謝したのだ。
ところが見た目は小学校低学年の幼女にしか見えない小夜子と真夕子は、
全裸の男を前にしても一歩も退くことなくしれっと(言い返した。
「巫女の力が弱まったら消えるとは言いましたけど」
「弱まらなかったから消えなかったんです」
「ねー」
「ねー」
「お前ら……散々『去りなさい』としか言わなかったくせに、随分性格違うじゃねぇか」
皮肉たっぷりに九龍は言ってやったが、全裸では何の説得力もないようで、
小夜子と真夕子は完全に無視していた。
いささか威厳を傷つけられた九龍は、ベッドに近寄る小夜子と真夕子の首根っこを捕まえ、
頬を膨らませる二人に偉そうに言った。
「いいからどっか行け、子供が見るもんじゃねぇんだよ」
小夜子と真夕子は子供どころか何千年もこの地で人の歴史を見てきた付喪神だが、
九龍はあえて見た目でのみ二人を判断し追い払おうとした。
途端。
「ぐぉぉぉぉぉっっ!!」
頭の中でどでかい鐘を鳴らされたような悶絶感が九龍を打ちのめす。
頭を抱え、髪を振り乱して九龍は全裸のまま部屋を転げまわった。
狂態を晒す男を声もなく見ている幽花に、小夜子と真夕子は笑顔で説明した。
「私は高周波を」
「私は低周波を」
「自在に操れるのです」
どんな屈強な男でもこの攻撃は防げない。
肉体を鍛えたところで脳を直接揺らされたら耐えられるものではなかった。
「うぅぅ……」
二つのカーブが頭の中でグラフを描いている。
二つの周波はハーモニーとなって響き、九龍を打ちのめした。
恐るべき完全犯罪を成立寸前でやめた幼女二人は、
天使の笑顔でのたうちまわる九龍に語りかけた。
「わかりましたか?」
「くっ……」
どうにか共鳴が収まりつつあった九龍は立ちあがる。
どうも三半規管までやられたらしく、まともに立つのも難しかったが、意地で立った。
全裸であることはすっかり忘れて。
「そんでなんだ、俺達が愛し合ってるところを見たかったってわけか」
「別にあなたは見たくありません」
「私達の興味があるのは巫女だけです」
「あ、そう……」
それくらいでめげていては宝探し屋など務まらない。
三ヶ月に及ぶ探索が徒労に終わり、土埃のみを戦利品として持ち帰った挙句
『協会』の連中から思いつく限りの嫌味を言われても笑顔で次の宝探しの情報を
おねだりできるようでなければ、世界で最もイカれた職業である宝探し屋などやっていられないのだ。
それにいくら九龍が人でなしでも、
制服の上だけでワンピースになってしまうような幼女を相手にはできない。
「だ、そうだ幽花。こいつらはお前の裸が見たいんだとさ」
いやらしく笑った九龍は、助走もなしでベッドに飛び乗った。
諦観と共に生き、何事にも動じなかった幽花もこのなりゆきにはついていけないらしく、
目を見開いたまま固まっている。
背後に回った九龍は、幽花が胸元にたぐりよせているシーツを優しく引き剥がした。
やや起伏に欠ける、それでも充分に女らしさは有している肢体が三人の前に晒される。
「ああ……」
「綺麗……」
魂を打つ彫刻に接したかのように、小夜子と真夕子は胸の前で手を組んで感激していた。
その声はあまりに清らかで、その表情も九龍のようにぎらついてはいなかったので、
幽花も接近を許してしまう。
肉を持たない少女達は、穏やかな微笑みを浮かべながら、
幽花の母性を感じさせるとは残念ながらまだ言い難い隆起に同時に吸いついた。
「あ、あなた達……!」
胸に、正確には胸の一点に甘い刺激を受け、幽花が悲鳴に似た声をあげる。
しかし後ろから九龍に両手を押さえられ、なすすべもなく愛撫を受け入れさせられてしまうのだった。
「あっ……ぁ……」
幽花はすぐに蕩けた吐息を漏らしはじめた。
情交の直後でまだ余韻がくすぶっていたにしても、尋常ではない早さだ。
黒髪をかき分け首筋から背中にかけてにくちづけていた九龍は、
明らかに自分の時よりも感じている女にショックを受け、肩越しに幽花を喘がせているものを覗いた。
小夜子は唇を使って弱く吸いたて、真夕子は舌でねっとりとねぶる。
常人には見分けのつかない双子は、乳房の吸い方に特徴が出ていた。
決して強くはせず、絶妙な加減で乳首を弄ぶ。
それぞれが舌を巻くほど巧みな愛撫が、
二箇所から同時に行われては幽花がこれだけ感じるのもあたり前だろう。
「お前ら本当に勾玉なのか? バイブかなんかだったんじゃ」
うっかり口走った途端、あの激痛が頭の中で爆発した。
声すら出せずに頭を抱える九龍に、涼やかな双子の声が響く。
「良かったですね、九龍さん」
「巫女がいなければ殺してましたよ」
「くっ……お前ら……」
逆らうたびにこうやって苦しめられる主人公が出てくる話があったな、
と思ったが、あまりに頭が痛過ぎてそれ以上は考えられない九龍は、
ずっと揺れているような気がする脳を、直接掴んで止めたいという猟奇的な願望すら抱きつつ、
どうにか立ち直る。
九龍に瀕死の重傷を負わせた最強の双子は、すでに九龍になど目もくれず、
超高速漫才を繰り広げるトリオに日頃の落ちついた雰囲気も失い、
口を空しく開閉させるばかりの幽花の前にちょこんと座っていた。
「私達はずっと人の営みを見てきました」
「生まれ、愛し合い、子を生み、死んでいく」
恐ろしいほどの技巧で愛撫していたことなど知らぬ顔でそれぞれ幽花の腕を取り、しおらしく語る。
「巫女には苦労もあったでしょうけれど」
「幸せになってほしいと思います」
「お前ら……」
九龍はいささかならず感動し、幽花に至っては目許を拭ったりしている。
言っているのが二人の妹くらいの年齢の少女でなかったら、結婚式の一場面にありそうな光景だった。
タキシードならぬ全裸であぐらを掻いて座っている九龍は、
あどけない笑顔で微笑んでいる殺戮兵器を見なおすことにした。
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