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薄暗い迷宮に軽快な足音が響き渡る。
八千穂明日香が迷宮内を走り回っているのだ。
リーダーの葉佩九龍はもう注意することにも疲れたのか、完全に無視して自分の探索を行っている。
雛川亜柚子は軽いため息を交えつつも、教師としての責務を放棄せずに教え子の行動を戒めた。
「八千穂さん、あまり走り回ると危ないわよ」
幼児にするような注意を、もう今日だけで何回繰り返しただろう。
確かにここには興味をそそるものがたくさんある。
現在の通説では全く説明のつかない超文明の遺跡は、こういったものにさほどの関心がない亜柚子でさえ、
計り知れない価値があるのだと十分に理解できるのだ。
たとえば、突如として現れた密林。
それも、熱帯気候のような、巨大な植物が部屋中を埋め尽くす、異界とも思えるほどの環境。
これほどの環境が遺跡の一部分だけに存在するのは驚異で、
これも九龍に言わせれば人工的に作りだされた可能性が高いという。
それほどの技術を持ちながら、作った者達はなぜ滅びたのか、亜柚子には皆目見当もつかないが、
はっきりしているのは、この密林を抜けなければ遺跡の最奥部には辿りつけないということだった。
丸太ほどもある根や茎は、歩くだけでも困難で、
三人は転びこそしないものの何度か足を滑らせたり、つまずいたりしている。
特に三人の内一番の年長者である亜柚子は、彼らよりもバランスを崩す頻度が多く、運動不足を痛感させられていた。
服のところどころが緑に塗れた亜柚子は、この濃密な臭いが今日中に除去できるのかどうか心配になっている。
風呂に入り、洗濯機を回して、日付をまたぐのは避けたいところだ。
教師の宿舎はマンションに匹敵するほどの防音が設けられてはいるが、
生身の身体の方が深夜零時を過ぎると途端に翌日に影響がでてしまう。
もう若くはないのだと自嘲しながら、まだ年齢というものを意識しないでいられるであろう九龍と明日香を、
いくらかの羨望と共に見やった。
先に目に入ったのは明日香で、彼女は壁面に咲く、
美しいというよりもけばけばしい花を近くによって眺めたりしていた。
さながら蜜を求める蝶といったところだが、亜柚子はとても近寄ってみる気にはなれない。
原色の、顔よりも大きな花弁は、人を丸ごと呑みこみそうにさえ見えるのだ。
危うきに近寄らず、という方針をまだ捨ててはいない亜柚子は、
同じように歩いているのになぜか自分ほど汚れてはいない制服に向かって呼びかけた。
「八千穂さん、あんまり近寄ると危ないわよ」
明日香からの返事はない。
期待していなかったが、このまま放っておくわけにもいかず、亜柚子はわずかなため息を押しだすと、
もう少し近づいて声をかけようとした。
数歩歩いたところで突然、亜柚子の視界が曇った。
明日香の近くにあった花が、脈打ったかと思うと大量の花粉を撒き散らしたのだ。
「きゃッ……!!」
明日香の悲鳴がもやの中からあがる。
煙幕のように立ちこめるもやは、入るのをためらうほど濃かったものの、
教え子を見捨てるわけにはいかず、亜柚子は大きく息を吸い、止めるともやの中心に向かった。
柔らかな地面や蔦に足を取られながら、どうにか辿りつくと、
へたりこんでいる明日香の腕を掴み、全力で立たせ、この場を離れる。
咳きこむ彼女を連れて十数メートル離れたところで、ようやく息を吐いた。
「八千穂さんッ、大丈夫!?」
明日香の上半身は黄色い粉にまみれている。
亜柚子はこのエリアに入ったときに九龍に言われて嵌めていた手袋で、粉を払い落とした。
「うえぇ……せんせー……」
明日香は傘を持たずにどしゃぶりに行き会ったような顔をしている。
だから言ったでしょう、という言葉を呑みこんで、亜柚子は丹念に花粉を取ってやった。
九龍は先に行ってしまったのか見あたらない。
二人ともいなければ、そのうち戻ってくるだろうと見当をつけて、まずは明日香の状態を確かめることにした。
「どこか痛くなったりはしていない?」
「うん、平気」
明日香は笑ってみせるが、亜柚子は険しい顔をしたまま慎重に花粉を取り除いた。
花粉といえどアレルギーを引き起こしたり、それ自体が毒を持っている植物もある。
ましてこの部屋に満ちる植物は、この迷宮内に存在する他の生物同様、未知の物である可能性が高い。
どのような毒を持っているか判らず、充分に警戒するべきだった。
「いい、部屋に帰ったらまず服を脱いで、すぐ洗濯するのよ。それから身体もちゃんと洗って。
なるべく熱いお湯で、隅々までね」
「うん」
さすがに堪えたのか、明日香は常の明るさを失って神妙にしている。
亜柚子が彼女を立たせてやったとき、ようやく先行していた九龍が戻ってきた。
「ん? どうしたんだ?」
「八千穂さんが花粉を浴びてしまったの」
亜柚子の真剣な表情に反して、九龍は明日香と花とを等分に眺めやったかと思うと、忍び笑いをはじめた。
「おおかた食えやしないかって囓ってみたら花がびっくりしたんだろ」
「そんな言い方をするものではないわ」
亜柚子がたしなめると、九龍は肩をすくめた。
芝居がかった仕種が亜柚子の癇に障る。
それは明日香への同情に転じ、亜柚子は無言でいる彼女の肩を抱いた。
「ま、とにかく、そろそろいい時間だから戻るとすっか」
あくびをしながら同級生を気遣いもしない九龍に憤りを覚えつつ、
亜柚子はしょげかえった明日香の腕を取って地上への帰路についた。
翌日、八千穂明日香は授業に出てこなかった。
学校にはきちんと連絡があったので、亜柚子は彼女が疲れたのだと軽く考え、
翌日に疲れを持ち越すほど探検に夢中になるのは良くないと思っただけで、それほど深刻には受けとめなかった。
昨夜地上に戻るまでも彼女の体調に変化はなく、彼女自身も大丈夫だと言っていた。
だから、午後にその明日香から相談したいことがあるから遺跡に来て欲しいというメールを受け取ったときも、
相談というのは懲りずに遺跡に赴く口実に過ぎないと考え、その場で叱ってやらなければならないと思った。
九龍には話せないことだから、一人で来て欲しいというのも、おそらくはアリバイ作りの文言だろう。
明日香はスカートの短さや男性の経験人数を競ったりするような少女ではないが、
好奇心を全てに優先させる性格なのは亜柚子も知っていたので、
まして面と向かってではない、携帯電話の文章だけで彼女の真意を計ることはできなかったのだ。
約束の時間の五分前に、亜柚子は遺跡に居た。
墓石に隠された秘密の入り口から、学園下に眠る古代遺跡の広間に入る。
学校の下にこれほどの規模の遺跡が存在するのも驚きだが、
これが現在知られている日本の歴史には登場しない文明の遺跡であるとは、何度説明を聞いても信じられなかった。
もっとも、この遺跡の存在をはじめから知っていた九龍はともかく、
同じ驚きを共有したはずの明日香はすぐに順応してしまい、
これが今時の子なのかと感心すると同時に、亜柚子は年齢の差を思い知らされもする。
巨大な遺跡に人の気配は当然なく、一人立つ亜柚子は心細さを覚える。
迷宮の中で待ち構えている、禍々しい生物群は当然心安らぐものではないが、
高さは五メートル以上、面積は天香學園の敷地全体に及ぶこの広間も、
打ち捨てられた廃墟の趣があって、決して心地の良い場所ではなかった。
両腕をかき抱いて軽く身震いした亜柚子は、上着を持ってくれば良かったと後悔する。
地上は晩秋から初冬といった季節だが、地下の気温は通年一定だ。
とはいえ十度は超えないから、動かないでいれば肌寒さを覚えるのだ。
この後九龍が来れば探索を行うのだから、軽く体操でもしておこうかと亜柚子は考えた。
約束の時間になっても明日香はまだ来ない。
呼びだした方が遅れてくるのは、いや、そもそも待ち合わせに遅れること自体がマナーに反する。
まだ十歳とは離れていないのに、今時の高校生の考えというものについていけなくなっている亜柚子ではあるが、
時間を守るのはいつの時代、どんな場所でも基本中の基本であるはずだ。
明日香が来たら最初に一言言ってやらなければならない、
と軽く身体を動かしながら亜柚子が考えていると、前方で小さな音がした。
この遺跡には地上の生態系とかけ離れた生物がいる。
地上に最も近いこの階層では不思議と見たことがないが、吐気を催すほどの、
しかも侵入者に明確な悪意を持つ種も亜柚子は直に見ていた。
そのため、このままここに居るよりは、一旦地上に戻った方が良いと考えた亜柚子は、
前方に目を凝らし、何も居ないことを確かめると、後ずさりで縄ばしごまで戻った。
はしごを掴み、もう一度安全を確かめる亜柚子に、今度はまぎれもない人間の声が聞こえた。
「せんせー……?」
物音と同じ方向からした声の主は明日香だ。
この広間は良く音が響くが、明日香の声はそれでもぎりぎり聞こえるかどうかというほど小さかった。
亜柚子ははしごから手を離し、近づいていく。
柱の影から姿を見せた明日香は、彼女を形作る要素をどこかに忘れたかのようにしぼんでいた。
「八千穂さん……どうしたの……?」
話しかけながら、亜柚子はただごとならぬ事態を予感する。
なぜか半歩後ずさりした明日香は、元々薄暗い空間の、さらに暗がりに隠れるようにして、
ようやく亜柚子と目を合わせた。
「あの……あのね、せんせー」
しかし、そう切り出した後が続かない。
こうした場合急かすのは良くないと心得ている亜柚子は、焦れながらも明日香が話す気になるまで辛抱強く待った。
その間に、亜柚子はできる限り明日香を観察する。
一体何がこの太陽のような笑顔が似合う少女に、土砂降りの雨の中、
傘も差さずに歩いているがごとき表情をさせているのか。
クラス内で問題を抱えているようには見えないし、昨日の今日でそんな大問題が発生したとも思えない。
だとすると、生徒会と関係があることだろうか。
目を伏せている明日香からは何もくみ取ることができず、亜柚子は自分の無力を痛感した。
明日香はスカートの前で手を組んだまま、まだ話そうとしない。
痺れを切らしかけた亜柚子が、促そうとしたとき、明日香は今にも泣きそうな顔で訴えた。
「これ……見て……」
「え? ちょっと、八千穂さん……!」
明日香がスカートを持ちあげる。
全く予想外の行動に亜柚子は声も出ない。
東京の女子高生の平均よりは長いが、亜柚子の基準からは充分短い丈のスカートが、
舞台の緞帳のように上がっていくと、彼女が見せようとしたものが露わになった。
淡い黄色のパンティが、異様に盛りあがっている。
足の付け根に隙間を生じさせるほどの隆起は、女性にはついていないはずの、男性の器官そのものだった。
この遺跡や九龍に関わって以来、常識というものがいかに脆いか思い知らされてきたはずの亜柚子だが、
教え子に生じた異変は、十秒ほど彼女を自失させた。
そこから醒めたあとも、脳はなかなか機能を回復せず、ようやく動かした舌はもつれきっていた。
「ど……どうしたの、これ……?」
教師として、あるいは年長者としての経験がまるで役に立たない事態に、
亜柚子は明日香に劣らぬくらいに狼狽している。
目の前にいるのが受け持っているクラスの生徒でなければ、衝動的に逃げだしていたかもしれなかった。
「今朝……目が覚めたら生えてたの」
「何か、心当たりは」
言いかけて亜柚子は気づき、明日香を見た。
明日香はついに涙を頬に伝わせて頷く。
「たぶん、昨日の……花のせいだと思う」
昨日かぶってしまった花粉に原因があると考える彼女に、亜柚子も同意した。
二十一世紀の東京という常識からかけ離れた驚異は、亜柚子達が通う学校の下にこそ眠っているのだ。
つい数週間前まで、足下に日本どころか世界の歴史をも覆す文明の遺跡があるなどと知らなかった
亜柚子は、これでもかなりそういった常識外の出来事に耐性ができたつもりだったが、
明日香に生じた異変は、理性の枠を大きくはみ出すもので、いきなり知らされた分、当事者よりも混乱してしまっていた。
「く、九龍さんに相談を……」
「できるわけないよこんなの!」
明日香の叫びが鋭く遺跡に反響する。
少し動転したくらいで、安易に専門家に頼ろうとした亜柚子は深く反省した。
こうした迷宮を探検することを生業としている九龍は、このような未知の事態にも少なくとも亜柚子よりは詳しいだろう。
しかし、彼は男であり、そして明日香の同級生だった。
事態の解決を第一に考えるなら最善に近い選択肢も、少女の気持ちを慮れば最悪の選択肢となる。
いくら責が明日香にあったとしても、下手をすれば一生の心の傷となりかねないことは、教師としてするべきではなかった。
たとえ九龍が治す方法を知っていたとしても、彼に頼るのは最後の手段とするべきだ。
「そ、そうね、ごめんなさい。……と、とにかく、もう少し良く見てみましょう」
両手で顔を覆ってしまった明日香に謝りながら、亜柚子はかがみこんだ。
下着は柄こそないものの、女性というよりは少女が好むデザインで、明日香にはよく似合っている。
しかし、その下着が大きく前に引っ張られ、形を変えているのは、いかにもおぞましかった。
今にも突き破りそうにシルエットを浮かびあがらせている異形の茎に、亜柚子の呼吸は浅く、早くなる。
「痛くはないの?」
「う……うん」
鼻を近づけるとわずかに異臭が漂ってきた。
どこか、田舎で嗅いだことがあるような臭い。
決して良い臭いではなく、鼻の奥に溜まり、しかも容易には消えない、はっきり言えば不快な臭いだ。
臭いだけでも女性には辛いはずで、亜柚子は同情せずにいられなかった。
いたわりをこめて大きな膨らみを、下から上へとなぞってみる。
「あっ、やっ……!」
痛くはないと聞いて安心していた亜柚子は、明日香の急な反応に驚いた。
「あ、ご、ごめんなさい、大丈夫? 痛くなかった?」
「う、うん、平気……ちょっとびっくりしただけ」
もう一度、今度はもっと慎重に触れてみた。
直径は三センチほどだろうか。長さは亜柚子の手首から中指の先よりも長いようだ。
古い記憶にある本物の男性器とそれほど変わらないようで、下着の上からでもほのかに温かさまで感じるこれは、
いったいどこまで似ているのか、不謹慎ながら亜柚子は興味を持ってしまう。
中指と人差し指、それに親指を、茎に添えるようにしてあてがい、ゆっくりとなぞった。
「や……ん……」
微弱な刺激に明日香が吐息を漏らす。
同性とはいえほのかに色の混じった吐息にどぎまぎしながら、亜柚子は先端部分の形を確かめるように指を動かした。
「あ、あっ、せん、せ……」
そこが敏感なのも本物と同じらしく、明日香の腰が切なげに震えた。
それでも亜柚子は指を離さず、下着を押しつけるように指を這わせる。
想像通りの形をしていた亀頭に、いったんは満たされた亜柚子の欲求は、すぐにより大きなものとなって彼女を衝き動かした。
「じ、直に見ても……いいかしら?」
「は、恥ずかしいよ」
「でも、見ないと分からないし」
「うん……そうだよね」
相談することを決めた時点で覚悟はしていたのだろう、明日香はそれほど抵抗せずに亜柚子の提案を受け入れた。
とはいえ、自分から下着を脱ぐのはさすがに恥ずかしいらしく、
膝をもじもじさせたまま動こうとしないので、仕方なく、亜柚子はパンティに手をかけた。
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