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「いいの」
 しかし亜柚子は薄く笑うと、自分の身体を預けるようにして俺を押し倒した。
押しかえそうとしたが、生温かな肌がそれを許さない。
そしてだらしないことに、俺は亜柚子を感じただけで全身の力が抜けてしまっていた。
それで良し、というように頬を寄せた亜柚子は、俺の耳に息を吹きかける。
「上も……脱ぎましょう」
 細い指がしなやかに踊り、上着のファスナーを下ろしていった。
弾薬や救急薬、それに食料なども収める、生命線ともいえるベストが剥ぎ取られていく。
遺跡の中でベストを脱いだことは、これまで皆無といってよい。
だからなのか、妙な不安が俺の心中をよぎった。
死が漂う空間で、無防備になる不安。
 それが霧消したのは、亜柚子が身体を重ねた瞬間だった。
生の感覚。
生きているという喜び。
触れた肌から伝わる、自分のものではない温もりが、自己を認識させる。
胸板に触れる、柔らかな亜柚子の身体の中でも、特に一切の硬さを感じさせない部分。
その熱さを俺は、ひたすらに求めた。
「あ……ん」
 掌を当てただけで、亜柚子は吐息を漏らす。
悦びに満ち、もっと触って欲しいとねだるような喘ぎ。
俺はこの時になって初めて、男と女の身体の違いというものを意識していた。
ふっくらと実った房。
赤ん坊に乳を与え、男を魅了する膨らみ。
初めて触れるものの形を確かめようと、俺は何度も指を這わせた。
特に張り詰めた実の頂にある、控えめに隆起した尖りは、
本能的に惹かれるのか、飽きることなく撫でていられた。
「もう」
 あまりにしつこく触っていたのか、遂に亜柚子は声を荒げ、俺の手を振りほどいた。
もう悪さをさせないつもりなのか、しっかりと指を絡めて握りしめる。
そして潤んだ瞳で俺を見下ろすと、唇を舐めまわして告げた。
「今度は……私の番ね」
 数多くの遺跡でついた、いわば勲章ともいえる傷に、
亜柚子は相当に驚いたようで、傷痕をひとつひとつなぞり始める。
過去を探るような繊細な手つきに、俺は大きく喘いだ。
「あなたは……私や學園のみんなとはまるで違う道を歩んできたのね」
 傷痕に吐息が染みこむ。
「ね、いつか……これまでのこと、話してくれる?」
 傷になど何の意味もない。
そう思っていたのに、亜柚子が舌先でなぞった途端、それは語るべき記憶を俺の裡に甦らせていた。
「ああ」
「本当? 楽しみにしてるわね」
 約束は、未来を結びつける。
数日後には俺はこの學園からいなくなるかもしれない。
命令が下れば行く、それが『協会』に所属する宝探し屋の掟だ。
しかし亜柚子は未来を求め、俺は承諾した。
承諾したからには、果たす──それが、『仲間』とのルールだった。
俺は力強く頷き、亜柚子は、契約の証として最後の衣を脱ぎ捨てた。

 彼女の中に、俺が入っていく。
俺と亜柚子の器官は、一対の鍵と錠のようにぴったりと合わさっていた。
「ああ……」
 長く、深い吐息を宙に浮かべた亜柚子は、わずかに足を開き、上体を倒す。
俺はそれに応え、紅い頬を両手で捕まえると、唇を合わせた。
「はぁ……ん……ぅ」
 舌同士が触れた瞬間、下半身に熱が弾けた。
ひくりと震えた亜柚子の腰が、咥えている俺の屹立に甘美な熱をもたらしたのだ。
とろとろと舌先をくすぐりながら、亜柚子が囁く。
「わか……る……? 私の……あなたの……熱くて……」
 うかされたように喋る亜柚子の言葉は断片的だったが、充分に意味は伝わっていた。
俺は彼女の背中をやみくもに撫でながら、少しでも快楽を得ようと位置を変える。
それは俺以上に亜柚子の快感を呼んだらしく、亜柚子は栗色の髪を波打たせ、
祈るように何度も頭を振った。
「九、龍……さん……あぁ……ぁ……」
 亜柚子は密着した腰をさらに押しつけてくる。
ひどく卑猥なその動きは、もちろん彼女の内部にも伝わっていて、
迎えいれた熱杭を溶かそうと蠢いた。
あの白い腹の中に、俺の身体の一部がある──
寄せては引き、押しては返す快楽の波涛のただなかで、俺は考えていた。
 古代、原始的な文明で人々は崇めた。
太陽を、川を、蛇を、そして──女を。
恵みをもたらし、畏怖を与え、そして全てを捧げるに足る対象。
清楚ななり・・をした亜柚子でさえ艶めかしく肢体をくねらせ、本能に没している。
その結果として意識も白む快感を受ける立場になって、
ようやく俺は、古代人達が女を模した土器や塑像をなぜあれほど大切に扱ってきたか得心していた。
「はぁ……ぁっ、んっ」
 目を閉じ、小さく円を描く動きに耽溺たんできしている亜柚子に、
急激にこみあげるものを感じた俺は、彼女の乳房に手を伸ばした。
「なぁ……に……?」
 生命と母性の象徴を掴まれ、亜柚子ははにかむ。
全身を紅潮させ、快楽をわかちあいながら、なお包みこもうとするのは、
いみじくも彼女がいった通り、女だからなのだろう。
 乳房の中央にある小さなしこりを転がす。
汗ばんだ掌の中でその形を実感していると、亜柚子が手を掴んだ。
「もう……だめよ、そんなに……」
 癇癪を起こした子供をあやすような声音。
同年代の奴らとは違い、一人で生きているという自負があった俺なら反発していたろうが、今は違った。
空いている左手で亜柚子の手を掴み、手繰りよせる。
背を丸め、かしずくように俺の顔の少し下から覗きあげる亜柚子に、
愛おしさを感じた、とはいえなかった。
もっと根源的なもの、一切の理屈を抜きにした感情が、俺を衝き動かした。
「あっ……ん、やだ、急に……っ」
 おびただしい熱の中に押しこむ。
女の──生命の中心に己を到達させる。
快楽が頭の中で渦を巻き、俺は狂おしく貪った唇から亜柚子にもそれを分け与えた。
「んっ──はっ、ああっ、九龍……さんっ……!」
 亜柚子が懸命に俺の名を呼ぼうとする。
俺はそれを遮ろうと、顔を離そうとする彼女を捕まえ、舌をねじこんだ。
それでも亜柚子はどうした意思の強さか、顔をくしゃくしゃにしながらも、幾度も叫んだ。
「九龍さんっ、九龍さんっ……!」
 肉がひくひくと収縮する。
それだけでなく亜柚子自身が腰をあらゆる方向に振りたてることで、
屹立は急激にその役目を果たそうと脈を打ちはじめる。
限界が訪れる──そう頭の片隅で思ったのと、実際に限界が訪れたのとはほぼ同時だった。
「──っ、あ……!! あああぁ……っ!!」
 跨ったまま亜柚子が痙攣する。
降り注ぐ熱気をまともに浴びながら、俺も飛沫を彼女の一点に放っていた。
途方もない解放感。
ひとつになったという幸福に酔いしれながら、俺は倒れてくる亜柚子を抱きとめた。
「あぁ……」
 落ちてきた亜柚子と自然にくちづけを交わす。
力尽き、それでも情動に任せて絡まる舌。
熱い呼気をぶつけあいながらキスを続けた。
 繋がったままの部分に、どろりと垂れるものを感じる。
急速に冷めていくそれはひどく不快だったが、俺も亜柚子も、離れようとはしなかった。

 その後俺達は、どうにか地上に戻ってくることができた。
まだ空は明るんでおらず、強烈な寝不足は覚悟しなければならないが、
なんとか授業には出られそうだ。
今日の探索は大失敗だったにも関わらず、そんなことを考えていると、
亜柚子が内心を見透かしたように言った。
「今日は一時限目から私の授業だから、寝過ごしたりしたらだめよ?」
 どう答えても笑われるような気がして、俺は黙っていた。
「今日も授業が終ったらまた、遺跡に……入るの?」
「……多分」
 俺はしぶしぶ認めた。
亜柚子なら、肯定はしないまでも黙認してくれる──そんな確信が胸の内にあったからだ。
しかし今日は、何度も俺を救ってきた勘は、ヒステリーを起こしているようだった。
「しょうがないわね。私もついていってあげるわ」
「……!」
 ぐらりと景色が傾いた。
疲労と、それ以上の何かのせいで、足の力が抜けてしまったのだ。
不様な姿を見せたくない、という思いも勢いを減じることはできず、俺の身体はすとん、と落ちた。
転ぶ、と思ったが、俺の膝が地面を叩くことはなかった。
 素早い動き、まるで俺が転ぶのを予測していたかのような速さで、亜柚子が俺を支えていた。
「ふう」
 俺が礼を言うよりも先に、亜柚子はいかにも嫌そうにため息をついた。
ただそれは一瞬のことで、すぐに小刻みな振動がわき腹に伝わってくる。
からかわれているのだ、と気づいた俺は、なぜだかひどく頬が熱くなるのを
亜柚子に知られまいと顔をそむけた。
闇にまぎれて向こうを向いたつもりだったが、気づかれていたかもしれない。
亜柚子の声は、いかにもすましたものだったからだ。
「なしだって言ったじゃねぇか」
「でも、一人じゃ危ないでしょう?」
 一人のほうが遥かに安全だ。
俺は憎まれ口を叩こうと思ったが、肩を借りているこのざまではいかにも格好悪いのでやめた。
「もういいよ、離れろよ」
 それでも小声でできる限りの口調を作る。
だが亜柚子は俺の話などまるで聞いていなかった。
「……あ、二人で遺跡に入ったらまた今日みたいなことできるって考えたでしょう。
だめよ、私達は教師と生徒なんだから。
……そうね、この遺跡の謎を解き明かしたら、のごほうびにしましょうか」
誓って言うが、俺は断じてそんなことを期待も、考えすらしていない。いなかった。
そもそも今日のことだって、誘ったのは亜柚子の方からで、
「聞いてる?」
「聞いてるよ」
 あのしおらしさは迷宮の中に置いてきてしまったらしい。
うんざりしながら俺は聴覚の一部をカットした。
適当にあいずちを打ちながら、重くなりはじめた瞼と抗う。
いつもは探索を終えて眠くなることは、授業が始まるまではなかったというのに、
やはり今日は色々なことがあったせいだろう。
どんどん亜柚子の声が遠ざかっていく。
どうせ寮までは数分だ、このままでもいいだろう。
「……」
 不意に亜柚子が何か言ったような気がした。
「今なんて言った?」
「やっぱり聞いてなかったのね」
「なんて言ったんだよ」
 何か致命的なことに頷いてしまった気がして、俺は狼狽しつつ詰問した。
「取り消しはなしよ」
「だから何て言ったんだって」
「もう少ししたら教えてあげる」
 このもう少し、が具体的にどれくらいなのか、この時きっちり聞いておくべきだった。
それを後悔したのは、俺がようやくこの時の台詞を聞き出した、
何百個目かわからないスコーンを胃に収めた後だった。



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