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濡れた亜柚子の瞳が、俺を捕らえる。
瞳に命じられるままに口を開けると、しっとりとした感触が唇を塞いだ。
三度目となる衝撃に、ようやく耐性がついた。
そう思ったのは束の間で、歯先を掠めた感覚は、たちまち俺の意識を浚っていった。
亜柚子が、俺を探っている。
生まれてこのかた歯医者にすらかかったことのない俺は、
亜柚子の舌が歯や俺の舌に触れる都度、痛みこそ伴わないが、
剥き出しの肉に触れられた時のような衝撃を受けていた。
頭をかきむしりたくなるような感覚が爆発的に広がっていく。
少々の怪我など慣れっこになってしまったはずなのに、身体が勝手に跳ねた。
すると亜柚子は、華奢な肢体からは想像もつかない膂力で俺を押さえこむ。
組み敷かれ、身動きを封じられた俺の口腔は、亜柚子に蹂躙された。
清楚な春風を想起させる声を紡ぐ口とは思えないほど舌は蠢き、俺をまさぐる。
「ん……んっ」
口の中を掻き回される快感に、俺は酔いしれていた。
これまでのどんな快感、死の危険をかいくぐって秘宝を手に入れた時の恍惚ですら、
こんな身近にある愉悦にかき消されていた。
亜柚子の舌が俺の口の中で立てる水音に、気が狂いそうになる。
あれほど偉そうに語っていたことも全て忘れ、いつ敵が来るかもわからない遺跡の中で
ただこの快感を求めていたかった。
ぐちゃぐちゃになった俺の顔を、亜柚子は離さない。
自身も白く泡だった唾液を顎にまとわりつかせながら、幾度も俺の舌を吸い、
唇を甘噛みして俺に亜柚子を植えつけていく。
行為のひとつひとつに俺は溺れ、彼女を求めた。
「九龍さん」
囁きは熱いまま、反響することもなく俺の耳を灼く。
「あなたが好き」
俺は答えようとしたが、口がうまく動かない。
だから代わりに俺は、彼女の身体を強く抱きしめた。
鼓動は、完全なひとつに重なった。
「ブラ……外してくれる?」
亜柚子はひどく艶めかしい声でそう言った。
だが俺はそんなものの外し方など知らない。
間近に迫る彼女の顔を、正面からは見られずに首を振ると、右手が掴まれた。
亜柚子は自分の背中の中央に俺の手を導き、下着に触れさせる。
「つまむように持ちあげて」
言われた通りのことを俺は実行したつもりだった。
しかし簡単なはずの留め具は、俺がこれまで解いたどんな罠よりも解除するのは困難だった。
動揺が焦りを呼び、いつまで経っても外せないでいると、亜柚子が小さく笑う。
「難しかったら左手も使っていいのよ」
諭すような口調に反発心が芽生えたが、そうも言っていられない。
言われた通り左手も使って、どうにか外すことに成功した。
重みに従って下着が落ちる。
数十グラムにしか過ぎないだろう布地がひどく重く、
腹の上に落ちたせいで呼吸が困難になってしまっていた。
「……」
亜柚子が無言のまま俺の顎先にくちづける。
鼻腔を掠めた、どこかで嗅いだ覚えのある亜柚子の匂いを、
俺はどこで嗅いだか必死に思い出そうとしていた。
どこかの密林、マレーシアかアマゾン流域か、その辺りなのは間違いないが、
はっきりとは思い出せない。
いや──どうしてそんな人跡未踏の地と同じ匂いが亜柚子からする?
もっと簡単なところに答えがあるのではないのか?
「そんなに……見ないで」
「ち、違う」
俺はいつのまにか、亜柚子の胸を凝視していたらしい。
下着を脱いだ亜柚子が、右腕で膨らみを隠した。
しかし、隠そうとするはずが、かえって胸の豊さを強調することになってしまっていることに、
亜柚子は気づいていなかった。
今度は意識して、形作られた谷間を見る。
すぐに俺の目の動きに気づいた亜柚子は、視線を遮るように顔を寄せ、顎をついばんだ。
「やっぱり見てる」
甘えた声に狼狽し、俺は思っていたことを口走ってしまう。
「見て……ねぇよ。匂いが」
「え?」
「匂いが、気になったんだ」
どうやら俺の言葉を取り違えたらしく、亜柚子は急に顔を埋めた。
隠れるような仕種が、妙に愛らしい。
「やだ……恥ずかしい」
「そうじゃねぇよ、どこかで……嗅いだことのある匂いだけど、思いだせねぇんだ」
「どこ?」
「だからわからねぇって」
「そう……少し、妬けるわね」
「妬けるって、何が」
「あなたが嗅いだ匂いを、持っていた女のこと」
「女? ジャングルに女はいねぇよ」
どうも噛みあっていないな、という俺の疑念は、亜柚子のまばたきで終りを告げた。
やや目尻の下がった愛嬌のある目が、丸くなることで一層、小動物のようになる。
何度見ても飽きない、声に出して笑いたくなる顔だったが、亜柚子はいたって真面目だった。
「ジャングル? ……それ、もしかして花の匂い?」
「ああ、多分そうだ。そうか、そういや一杯花が咲いてるところがあったな……痛て」
大いに納得した俺の鼻を、亜柚子の指が弾く。
「何すんだよ」
「知らない」
目を丸くしたり、頬を膨らませたりと忙しく表情を変えた亜柚子は、俺に体重を預けてきた。
確かな、けれど苦には感じない重み。
俺の呼吸に合わせてゆるやかに上下する、剥き出しの背中をそっとなぞると、亜柚子は喉の奥で笑った。
「でも、少し安心したわ」
「安心って、何がだよ」
「ふふ」
身体を起こした亜柚子が、俺を見据える。
黒い瞳に幾つかの輝きが踊ったかと思うと、それは急降下してきた。
「教えてあげない」
亜柚子の手が俺に触れる。
そうなっていることが途方もなく恥ずかしくなって、俺は払いのけようとした。
しかし、先回りした亜柚子がそれを封じる。
「平気……だから」
掠れた声で囁く亜柚子に、俺は喘ぎでしか答えられなかった。
亜柚子は硬く膨れあがっている屹立を、形を確かめるように撫でる。
上下に、やわやわと往復する手の心地良さに、ズボン越しだというのに劣情が高まっていく。
浮き上がろうとする腰を懸命に抑えつけ、平静を保とうとする俺を嘲笑うように
亜柚子の手は弱い部分を探っていった。
執拗に蠢く亜柚子に、抗うのを諦めた俺は、彼女がズボンを脱がせ、
じかに触れようとした時も何も言わなかった。
今更声をあげるのも恥ずかしいと思ったからでもあるし、
もっと強い刺激を欲していたからでもあった。
片手で器用に脱がせていく亜柚子を手伝い、腰を浮かせる。
服を脱ぐために力を合わせるのは滑稽な気がしたが、亜柚子は笑わなかった。
俺と目を合わせないにしてくれながら、膝まで下着をおろす。
奇妙な沈黙が生じかけたが、それが俺達の上に停滞することはなかった。
唐突に冷たい刺激が、屹立を包みこんだからだ。
「……っ」
強烈すぎる刺激に、もう少しで叫ぶところだった。
いや、叫ばなかったのはたまたまに過ぎない。
快感が一足飛びに脳に届いたので、反応が遅れたのだ。
自分で触った時とは比較にならない快感は、やや勢いを弱めたものの、まだ持続している。
沸騰して火を止めた直後の湯のような状態で、少しの刺激ですぐにまた沸騰してしまうだろう。
その予感は、半分は正しく半分は外れていた。
亜柚子の手はズボンの上からと同じように、細やかに撫でる。
今度はじっくりと、背筋を上ってくるえもいわれぬ感覚を俺はだらしなく口を開いて享受していた。
血が満ちていく。
身体中の血がその一点に集中しているのではないかというほど、俺は滾(りを覚えていた。
亜柚子の手が触れることで、俺にも脈動がわかる。
異常なほどの脈動を、だが亜柚子は嫌がらず、むしろその熱を愛しむように指を巻きつかせていた。
やがて俺は声だけでなく、もうひとつの衝動をも堪えなければならなくなった。
亜柚子が触れている部分が、破裂しそうになっている。
疎い俺でもそれが何かはさすがに知っており、彼女の手を汚すまいと耐えた。
「びくびく……してきたわ。出そうなの?」
ところが亜柚子は興味深げにそんなことを訊ねる。
知っていて愉しんでいるのだ、とわかった時にはもう限界が近かった。
「あ……ああ、だから」
刺激を止めてくれ、と言おうとした俺は、そこで遮られてしまった。
屹立を、それ以上の熱が包みこんだのだ。
「……っ!!」
耐えていたものが一気に噴出する。
何が起こったのかもわからず、俺は迸る快感に押し流された。
腰が二度、三度と跳ねあがり、数瞬、意識が飛ぶ。
快楽の果てから戻ってきた俺が聞いたのは、むせぶ亜柚子の声だった。
「けほっ、けほっ……あんなに勢いがあるなんて……」
喉を押さえる彼女の唇の端が、白く汚れている。
それを見ても、俺は亜柚子が何をしたのか信じられなかった。
しかし現実に俺の身体は特有の気だるさに覆われ、
飛び散ったはずの体液はどこにもない──彼女の口許を除いて。
「お、おい」
俺は彼女からしたにも関わらず、ひどく恥ずかしいことをさせてしまった気がして、
身体を起こしかけた。
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