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葵がベッドに腰かけると、龍麻は迷うふりもみせず彼女の膝の間に割って入った。
黒いストッキングに包まれた足をうやうやしく押し頂き、両肩に乗せる。
さらに自分から顔を圧迫させるように葵の足を操り、満足げに吐息まで吐いてみせた。
「ねえ、だんだん恥じらいがなくなってきているわよ」
呆れ気味に呟く葵は、かといって足をどけようとはせず、
むしろネクタイのように首筋から身体の中心へと揃える。
浅いベッドに座る長い足は楽に龍麻の腰下まで届いていて、
今にも触れそうな近さで股間を遊泳していた。
「お前だってそんなもんないだろ」
至近に映える黒と白との絶妙な陰影に、
ほころぶ顔をとりあえずは抑えて龍麻は見上げる。
微笑を浮かべる葵は美しくて怖ろしく、
そっと頬を撫でる掌は冷たいくせに身体を火照らせた。
「私は、龍麻の気持ちよさそうな顔を見るのが好きだもの」
指先が、顔の起伏をなぞっていく。
床屋で顔を剃られる時にも似た、しかしそれよりもはるかに気持ちがいい。
男の沽券だのプライドだのといったものを固守するくだらなさからは
とうに解放されていた龍麻だが、この関係はあくまでも対等であると考えているので、
あまりだらしのない顔を見せ続けるわけにはいかなかった。
だが、この姿勢から反撃に出るのは極めてむずかしい。
この世界に至福の場所があるとすればこの二本の美脚の間こそがそうで、
ここに居るだけで心身双方がとろけ、
戦おうなどという気を微塵も起こさなってしまうからだ。
この聖域がある限り、『黄龍の器』はその秘めたる力にふさわしい野心を抱かず、
聖域の門番として怠惰な生涯を過ごすことだろう。
「それにしたって、なあ」
「あら、龍麻はこういうことをされるの、嫌?」
「……悪かったよ」
右手で貴重品を扱うように右足を抱えたまま、
左手だけで器用に上着とシャツのボタンを外した龍麻は、
完全降伏とばかりに聖なる黒柱を身体の中心に置いた。
足の裏の適度な固さ、あるいは柔らかさが、
足先から数センチのところにあるものに血を与えていく。
腹の上に両足をきちんと揃え、喜悦の笑いを浮かべる龍麻だった。
「……っ」
葵はたまらず吐息を漏らす。
待ち焦がれていた彼の体温は想像以上で、
鋭敏さを増している足の裏には少し強すぎるほどの刺激だった。
気がつけば龍麻が見上げている。
誘導した足からまだ手は離さず、悪びれない降参の表情に、葵の胸はいよいよ高まった。
こんなただれた行為が間違っていないのだと証明してくれる笑顔を、
葵はやみくもに撫でまわしながら、同時に辿りついた約束の場所を存分に満喫する。
胸を、肋骨を、腹を、ストッキングが包む蒸れた足の裏で踏みしめた。
たくましい男の肉体を蹂躙する、倒錯的な悦びが全身を巡る。
それは、龍麻も共有している悦びなのだ。
足で腹を撫でまわされて、龍麻は陶然としている。
その薄く開いている口を眺めながら、葵は、起伏に富んだ荒野を、
足の裏全体に体重をかけて踏みしめた。
「ぐ、うッ……!」
腹部に当たっている指先が沈む。
龍麻が頭を起こし、息を止める。
束の間葵は迷い、そこからさらに指先に力をこめた。
肌が密着し、一体感が生じる。
慣れない姿勢で慣れない力のかけ方に、足が辛くなってきた。
それでも、葵は力を緩めない。
息を止めながら、龍麻が張りつめた足を凝視しているのが見えたから。
ふくらはぎに宿る美を一瞬たりとも逃すまいと、
ストッキングを溶かさんばかりに見つめ、酔いしれる彼を、
邪魔することなどできるはずもなかった。
葵は足の位置を微調整する。
へその上、もっとも柔らかく、そして、彼が愛する部位がもっとも良く見える場所に
肌から髪の毛一本分も浮かせることなく足を滑らせ、
胸骨の下端にかかとを乗せた葵は、息を溜め、つま先に体重を乗せた。
「……う、っ……!」
龍麻も腹に力をこめるが、無理な姿勢なので充分には腹筋を使えない。
葵が指先を突きたてている場所は人体の急所であり、
女の力であっても大の男を苦しませるのには充分なのだ。
葵は容赦なく、左足に全力をこめた。
ヒールを履いた時のように、ぴんと張りつめた足が目の前にある。
惜しむらくは膝が曲げられている点で、もしも垂直に、
つまり龍麻に全体重をかけるように立っていたなら完璧だっただろう。
むろん、膝から下だけでも充分に美しく、このまま死ぬのは一種の理想かも知れないと、
腹部を強く圧迫されながら龍麻は思った。
薄手のストッキングは葵の肉体が有する曲面を最大限に引き立てていて、
黒と白とが目のくらむような妖しいシルエットを描きだしている。
もちろん同じクラスにもストッキングを履いている女の子は居るのだが、
彼女たちと足だけを較べても葵のそれは群を抜いていた。
それが龍麻だけが持つ感想でないのは、葵の下半身に注がれる視線を数えれば自ずと判る。
蠅のごとき彼らのことごとくを追い払いたい龍麻であっても、実行に移すわけにもいかず、
学校ではせいぜい彼らの視線を遮るように立つくらいしかできない。
その不満を一気に晴らすべく、家ではこんな風に思う存分葵の足を眺め、
他の誰も体験できない至福に浸かるのだった。
ふくらはぎの張りから踏みつけがそろそろ限界だと見てとった龍麻は、
両手でうやうやしく聖なる黒柱を掴んだ。
膝の裏に親指を当て、そこから下に揉みほぐしていく。
肉体の弾力と、生地の滑らかさは親指に尋常でない快感を与え、
龍麻はマッサージしている側なのに興奮していた。
一押し一揉みに最大限の愛情を注ぐことに没頭する姿は、
何かの職人を思わせる威厳すらあった。
ではされる側が何も感じないかというとそんなはずもなく、
絶妙な加減の指圧は、真神の聖女の顔を危ういくらいに艶めかしくさせている。
愛する男が一心に尽くすのは、どんな女であっても快楽の糧となる。
まして龍麻は学校中で知らぬ者とてない有名人であり、休憩時間や放課後など、
彼に話しかけようとする女生徒は後を絶たない。
彼の心が自分――というよりも、自分の足――にしっかりと固定されていると
知っている葵だから、龍麻に何かを言ったりはしない。
むしろ龍麻の方があまり他の女性と話していると、
機嫌を損ねたのではないかと気を使ってくる。
そんなとき葵は、彼のしたいようにさせるのだった――今日のように。
龍麻の指はもはやマッサージなのか愛撫なのか判らない、淫靡な動きになっている。
足の甲や裏にも這いまわり、快美な力を加える指先に、左足はすっかり火照っていた。
ストッキングを履いているのがもどかしいが、龍麻はまだ満足していないようで、
ささくれさえ許さぬ丁寧さでストッキングと皮膚を撫でていた。
作品に魂をこめる芸術家さながらに一心不乱に足を愛する男に、女は恍惚を覚える。
豊かな髪に手を埋め、彼の手が二本しかないために放置されている右足では
わき腹に触れ、葵は末端の全てで龍麻を感じ取った。
頭皮から感じる穏やかさと、左足の裏から伝わる興奮。
右足はその中間の情熱に浸されていて、律動の異なったそれぞれが下腹でひとつになる。
それは敏感な部分に対する直接的な刺激とほとんど等しくて、葵は唇を舐めながら、
もっと龍麻を取りこもうと手足を動かした。
「あぁ……」
美しい双曲線を描くふくらはぎをほぐし終えて満足げな吐息をついた龍麻が、
仕上げとばかりに恭しくくちづける。
単純な、けれども唇同士で交わすよりも情熱的かもしれない、騎士が姫に捧げる接吻。
「……っ……」
葵は姫にはなれなかった。
説話の登場人物としては、あまりにふしだらに過ぎたから。
ふくらはぎにキスされただけで、電流が走る。
快感よりももっと性質の悪い、欲情の電流が、
全身の神経にくまなく行き渡るのに一瞬も必要としなかった。
葵はさりげなく龍麻の眼を手で覆ってから、体内に溜まった熱を一度宙に吐いた。
視界が奪われるのはいい気分ではない。
だが、それが葵の手によるものならば差し引きでプラスになる。
視界を奪われた龍麻は、暗路でのたいまつのように黒い両足をしっかりと持ち、
葵の所在を確かめた。
腹の上、腕の中、顔の周り。
包みこまれているという認識は、
母の胎内にいるときのような絶対の安心感をもたらし、龍麻は、深い吐息をついた。
龍麻の喉が動く。
それを眼下に見た葵は、最大限の愛情を込めてその場所を撫でた。
龍ならば激怒し、猫ならば喉を鳴らす場所だ。
龍麻はいずれに近いのだろうかと、表情には出さずに葵は疑問に思いつつ、
ひそかに男らしさを感じている――口に出せば、
絶対に変だと言われるから秘密にしているが――
喉のごつごつとした隆起を撫でさすった。
「……」
目を閉じて恍惚としているところを見ると、龍ではないようだ。
伝説のように激怒して、めちゃくちゃにされるのも悪くはなかったと妄想しながら、
葵は少し彼の顔を挟む力を強くした。
パンストのなめらかな感触が肌に快い。
それを押しつけるふとももはさらに快くて、下半身に力が溜まっていく。
その下半身は葵の足と接触していて、以前どこかで見ただまし絵のようだと龍麻は、
浸食されていく理性の片隅で考えていた。
複雑に、身体のあらゆる部分を使ってお互いをまさぐりあう男女。
葵が性器を足で刺激し、それに悦ぶ龍麻を見て葵も悦ぶ。
葵は「気持ち良さそうな顔をしているのが好き」と言った。
ならば、気持ち良さそうな顔をするために努力をしてもよいはずだろう。
唇やら鼻やらを飽きもせず撫でる指先に辟易しつつ、
龍麻は、唯一攻撃可能な場所へ反撃に転じた。
「……」
股間をさする足を掴み、同じように優しく撫でまわしてやる。
どの指の付け根が感じるのか、どの指腹が弱点なのか熟知している手で、ねっとりと。
それは龍麻が今受けているのと同じくらい、葵を虜にする愛撫であったはずだが、
葵は触られていることなど気づいてもいない風に表情を変えない。
しかし、龍麻は見逃さなかった。
手が中指と薬指の間を過ぎた瞬間、端正な唇が待ち焦がれたように薄く開いたのを。
やみくもに顔を撫でまわし、虎視眈々と内側への侵入を狙っている指が、
微少の時間止まったのを。
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