<<話選択へ
<<前のページへ

(4/4ページ)

 脇で小さなメロドラマが演じられている間にも、メインストーリーは進行している。
卑猥で、どこか滑稽なところもありながら、真剣さだけは何にも勝る愛の交歓。
「霧島くんっ、霧島くんっ……!」
「さやかちゃんッ……!」
 深く一つになりながら、互いの名前を呼びあう二人のうち、先に諸羽が達する。
「うッ……!!」
 さやかが尻を沈め、根本まで屹立が埋没した瞬間、諸羽は小さく腰を浮きあがらせて己を解き放った。
極小の時間に莫大な快感が脳を満たす。
幾度かに分けて、精の全てを放った諸羽は、世の中のどんな理屈も意味を持たない、
数少ない物事の一つ――愛する女の中で果てるという悦びを思う存分満喫した。
 やや遅れてさやかも絶頂を迎える。
喘ぎと同時に握っていた諸羽の手の力が強くなり、さやかは恋人が達したことを知った。
精液を吐き出し終えて息を吐く彼の、わずかに歪んだ顔が映る。
それはさやか自身が導いた法悦の表情であるという認識が、彼女を上り詰めさせた。
「あぁ……ッ……!!」
 波が押し寄せる。
騎乗位で開放感があるからか、さやかはこれまでよりも大きな波が来るのを感じた。
「霧島……君ッ……!!」
 それが務めであるかのように愛する男の名を呼び、波に身を任せる。
一度、水面下から顔を出すように大きく身体を伸ばしたさやかは、
一転して沈降するように上体を沈め、諸羽の胸にしがみつくのだった。
 葵の教導によってこれまで知らなかった快楽を得た二人は、
絶頂を迎えた後も余韻を味わうように密着したまま離れなかったが、幸福な時間は長く与えられなかった。
しなだれかかるさやかを片腕で抱き、まどろみかけている諸羽が、何気なく視線を動かすと、
龍麻の部屋にある時計が目に入る。
逆さまに見たため時刻を把握するまでに数秒かかったが、
まばたきを数度して夢から現へ切り替えると、さやかごと跳ね起きた。
「たッ、大変だ、さやかちゃんッ!」
 諸羽よりも深く夢に耽っていたさやかは、跳ね起きた彼の緊張がすぐには伝わらず、
むしろ多幸感が増してもう一度するのかと甘く訊ねようとしたくらいだった。
だが、青ざめた顔で時計を指差す諸羽に、たちまち事態を察して彼に劣らず顔を青ざめさせる。
それはアイドルとはとてもいえない、仕事をする社会人の顔だった。
「いっけない、もうこんな時間ッ! 緋勇先輩ッ、シャワー借りますねッ!」
 さやかに先輩と呼ばれて顔をにやけさせる龍麻に目もくれず、さやかは駆け足で浴室に消えた。
自分も帰り支度を始めながら、諸羽が説明する。
「六時から次の仕事なんです」
 時計を見るとまだ余裕がありそうだが、芸能人は色々大変なのだろう。
 実際、十五分ほどで――それでも龍麻は長いと思ったのだが、全然足りないらしい――
シャワーを浴びて出てきたさやかは、その後も慌ただしく支度を整えると、
シャワーを浴びる時間などなかった諸羽を連れて、魔女のような素早さで玄関に立った。
「あのッ、今日は本当にありがとうございましたッ」
「僕もッ、ありがとうございましたッ」
 こんな時でさえ律儀に頭を下げて礼を言う二人に、パンツも履かないまま龍麻は鷹揚に頷いた。
「うふふ、またいらっしゃいね。今度はもっとゆっくりしましょう」
 家主のように振るまう葵はシーツを巧みに巻きつけ、ギリシア神話の女神のようないでたちで二人を見送る。
「は……はいッ」
 葵が言っていることの意味を理解した二人は、揃って声を裏返らせると、
油を差し忘れたロボットのような動きで龍麻の家を後にした。
 後輩たちが帰るのをぼんやりと見送っていた龍麻は、葵が隣に座っても気づかぬふりをした。
行為を中断され、その後もほったらかしにされていた龍麻だが、葵を怒るつもりはない。
それどころか、さやかが腰を振り、達するところまで見られたのだから、感謝すらしている。
 あとは葵が帰ってくれれば、感謝は完璧なものとなるのだ。
 一秒でも早く一人にして欲しい。
 今ならまだ、鮮明に記憶に焼きついているさやかの痴態を思いだして三回はいける。
さっさと葵が衣服を整えて帰ってくれること、その際は記憶が薄れないよう、
できるだけ何も言わずに出ていって欲しいと、どこかにいるかもしれない神に龍麻は心の底から願った。
 そんな龍麻の願いを一蹴するかのように、葵は龍麻の肩に頭を乗せてきた。
まだシャワーを浴びていない葵の身体からは、下半身の血流を促す淫臭が漂ってくる。
それはそれで良いものであるが、今は、今だけはさやかの記憶を薄れさせる廃棄物でしかない。
 どう言えば葵が帰るか、一点に集まる血液のせいでまともに考えられない龍麻が必死に考えを巡らせていると、
いきなり葵にその血液の集積地を握られた。
強すぎず弱すぎず、絶妙な握り心地に龍麻の記憶は飛びかける。
 せっかくのさやかの記憶を失うまいと持てる集中力の全てを振り向ける龍麻に、葵が耳元に口を寄せて囁いた。
「さやかちゃんのこと、考えているでしょう」
 急所から血の気が引きかけるのを龍麻は感じた。
実際に引かなかったのは、身体に戻っていこうとする血がせき止められたからだ。
そして葵は手の全てを使ってペニスを愛おしみ、去ろうとする潮を呼び戻す。
萎びてよいのか勃起を維持すべきか、判断を仰ぐ生体に脳のほうが混乱した。
「い、いや、そんなことは……」
 額を伝う冷や汗を気取られないよう、龍麻は何食わぬ顔で答える。
すると、耳に生温かな風を感じた。
いやに甘い匂いのするその風が、耳から頭の中に侵入して何か大切なものをかき回していく。
失ったものが何だったのかを確かめるには、葵の囁きが近すぎた。
「素敵だったものね。でも、駄目よ」
「駄目って、何が」
 絞りだすように龍麻が言うと、葵はさらに身体を寄せて龍麻の鼻先に口づけた。
 唇、顎、胸、腹、そして屹立。
龍麻の肉体を縦に、縫うようなキスを施した葵は、とりわけ深く亀頭に唇を当て、そして呑みこんだ。
「お、あッ……!」
 思考が消し飛ぶほどの、快感。
勃起してはいるが、完全に硬くはなっていないという状態だった屹立に、
ほとんど一瞬で血流が漲り、痛いほどに硬くなった。
「ふぐッ……」
 必然的に口腔を埋め尽くした怒張に、葵がたまらずうめく。
けれども半分以上を咥えた男性器は容易には抜けず、葵も、
抜こうとはせず口を動かすことで苦しさを和らげようとした。
「んふゥッ……ん、ンッ……」
 鼻から息を漏らしながらも、決して歯を立てはしない。
彼女の意思そのものであるかのように、太い肉茎にまとわりつき、
少しずつ気道を確保しながら、同時に歓待もする。
 それは記憶だけの興奮とはまるで異なり、龍麻は、
美少女がかしずいて一心に奉仕するという状況に、文字通り夢見心地となった。
「ふ……ゥ、ん……ふッ……」
 だらしなく宙を仰ぐ龍麻の、股間に顔を埋めた葵は、口唇で激しくペニスを扱く。
ふっくらとした唇をたわめ、溜めた唾液を潤滑液にして、雁首から根本までを丹念に、何度も往復した。
「ん、ん、ンッ」
 黒髪の光沢が指揮棒のように波打ち、嗚咽と唾液を啜る音が混じった、
卑猥なハーモニーが鼓膜を撃つたび、魂が蕩けるような悦びに龍麻は囚われた。
これ以上の幸福があるだろうか、これ以上の快楽などありはしないという陶酔に、
今この時以外の記憶が崩落していく。
 何もしなくてももたらされる快感。
 自慰など及びもつかない悦楽。
すべてを与えられる赤ん坊のように受け身で、無限の悦びに龍麻は沈んでいく。
永遠に記憶に焼きつけておいたはずのさやかの裸身も、すでに色あせていた。

 腰に昂ぶりを覚えた龍麻は、それを伝えるかどうか迷った。
言うべきではあるが、葵の口内に思いきり精を放ち、むせる彼女を見たいという欲望もある。
あるいは、頭を押さえつけて、無理やり呑ませるということも――
 射精感と共に増幅する劣情は、だが、いずれも叶えられなかった。
散々に口淫をしておきながら、葵は悪魔的としか言いようのないタイミングで、
肉茎から口を離してしまったのだ。
「葵……っ……!」
 龍麻の切羽詰まった苛立ちを無視した葵が、彼の前に立つ。
隠そうともしない、おびただしく濡れた下腹部に、龍麻は続ける言葉を失って魅入られた。
 眼球が下に向く。
白い肌にそびえる、黒い三角を追いかけていたら自然とそうなったのだ。
視界の下端に達したヘアを、頭を下げてなお見続けようとすると、いきなり両頬を手で挟まれた。
 濡れた瞳と、やはり濡れた唇。
絶世、という装飾がそれほど大げさでもない顔に、龍麻の心臓は大きく鳴る。
それを契機としたかのように、唇が塞がれた。
「うッ、うぅッ……」
 不意を衝かれた龍麻は、なすすべなく葵の舌を受けいれる。
力強さはなくても、舌の裏側までねぶり、根本から絡めとるような口づけは、
舌が溶けそうな心地よさだった。
 瞼と耳を指で塞がれ、龍麻は闇雲に舌を出す。
舌と舌が無造作に絡みあい、啜る手間さえ惜しまれた唾液が口の端から滴り落ちた。
乱れた息さえ吸われ、快楽器官と化した口腔が、白く濁った桃色の舌に蹂躙された。
「はッ、はァッ……」
 咥えられていた舌が、束の間の自由を取り戻す。
同時に塞がれていた眼も開放されて、龍麻は目蓋を上げた。
圧されていた眼が視力を取り戻すのに、数秒かかる。
戦いでは致命となるその数秒が過ぎた後、龍麻が見たのは欲情にまみれた葵の顔だった。
興奮と理性、恋慕と淫欲が不可分に混ざった、世界で唯一龍麻だけが見ることを許された顔。
この顔の前では、国民的アイドルになりつつある美少女の裸でさえも、
出来損ないのシュールレアリスムに過ぎない。
 脳に焼きつけていたさやかの痴態が、葵のそれに上書きされる。
今しがたまで口の中で淫蕩の限りを尽くした舌が唾液に濡れた唇を舐め、
掬った唾液を飲んで艶かしく喉が動き、薄く開いた口の間から恍惚の吐息が漏れる。
それらは全て龍麻の性欲に直結した倉庫に保存され、龍麻を葵のこと以外考えられなくするのだ。
 ほとんど自動的に龍麻は腕を伸ばし、葵の腰を抱く。
もう片方の手も尻に添えて彼女を引き寄せると、今度は龍麻の方から口づけを迫った。
激しく舌が絡みあう。
口の中に湧く唾液をすするのももどかしく、ひたすらに葵を求める。
さやかは十五分もかけてシャワーを浴びたが、葵とのキスは三十分でも足りなかった。
 ペニスに手が添えられて、龍麻は自分がまだ射精していなかったことに気づいた。
とはいえ快感は頭の芯まで達していて、ほんの一刺激で爆ぜてしまいそうだ。
葵の手の中で出すのもよいが、やはり最後は葵の膣内で出したい。
そう思った龍麻は、葵も同じように考えていると信じ、
まさに彼女が自ら彼を迎えいれようとするのを、心から歓迎した。
 あと数センチで膣口に触れる。
その瞬間に暴発してしまわぬよう構えた龍麻は、避妊具をまだ着けていないことに気づいた。
「ま、待ったッ……!」
 叫んだ。
正確には、叫びかけた。
発音の最後に被せるように、鋭敏な先端に痛烈なほどの刺激を受けて、吐きだすはずの呼吸は逆流した。
「……ッ!」
 直接感じる葵の膣内は、龍麻の直近の記憶のほとんどを一瞬で吹き飛ばした。
泣きそうなくらいの快感が頭の中で荒れ狂い、龍麻は口を開けてそれを逃がすことしかできない。
バケツで水を汲みだすように、何度も息を吐いていると、屹立に新たな刺激がもたらされた。
「あ、葵……ッ」
 ゆるやかに前後する葵の腰が、深く呑みこまれた龍麻を苛んだ。
撹拌と圧搾が蛇のように絡みあって襲ってくる。
これまで経験したあらゆる快楽を凌駕した、宇宙の真理さえ垣間見たような陶酔に痴れ狂い、
龍麻は口を力なく開けたまま葵を見た。
「ああ……龍麻。素敵よ……っ!」
 素敵? 素敵なのは葵ではないのか?
朦朧とする頭でそんなことを考えていると、紅い唇が迫ってきた。
無防備に口づけを受け、無意識に応じる。
舌を吸い、吸われ、唇を食まれ、食む。
何度も繰り返される動きに、ひとつとして同じものはない。
そしてそのいずれもが甘い記憶となって、龍麻の思考をエクレアに詰めるカスタードのように内側から充填していく。
「はァッ、はァッ……」
 霞む視界の向こうに、葵の顔がある。
一心に龍麻を見つめ、その目元には隠しきれぬ淫悦をたたえ、開いた唇の中には唾液に塗れた桃色の舌が揺らめいている。
これほどの女は世界のどこを探してもいない。
葵に較べれば、他の女など塵芥も同然だ。
龍麻は彼女以外の意味がなくなるよう、きつく葵を抱きしめた。
「んッ……ふ、んッ……」
 身動き取れないほどに抱かれても、葵は拒まない。
それどころか、かろうじて動く腰をさやかなど比較にならない淫猥さで操り、
屹立をあらゆる方向から責めたて、あるいはもてなした。
「あ、葵……」
 さんざんにねぶられて満足に動かせなくなった舌で、必死に葵の名を呼ぶ。
それは半ば葵と同化しかけている自分を取り戻すための儀式だったが、
努力を無にするかのように葵に舌をついばまれ、舌に残った音を唾液ごと啜られた。
甘い唇の味を舌に感じて、同化が逆に進む。
「ううッ……ん……う、ああ……ッ……」
 何もしなくても得られる至上の快楽。
知恵の実を知らなかったアダムとイブのように、龍麻の思考はただ葵一色に染まった。
「葵……葵……っ……!」
 葵の名を叫んだ途端、呼応するかのように屹立が絞めあげられた。
激しくまとわりつく媚肉の刺激に、龍麻はたまらず葵の背中に両腕を回した。
「ああ……龍麻……っ……!!」
 葵の腰が痙攣する。
それは頂へと追い詰められていた龍麻への最後の一撃となった。
 弾ける。否、弾けさせられる。
龍麻の最も奥深いところから、熱いものがほとばしった。
 葵の体内で噴出したそれは、たちまち隘路を満たす。
途方もない解放感に全身を打ち震わせる龍麻の、強い力を背中に感じながら、葵も果てる。
「あああッ……!!」
 胎を満たす精液の愉悦に、猛る夜叉のように顔を歪ませ、引き裂くような悲鳴を放って葵は龍麻にしがみついた。
 まだ肩で息をする葵に、龍麻がささやく。
「な……なあ、もう一回いいか?」
「ええ、いいわよ。龍麻が望むなら、何度でも」
 情欲にぎらつく龍麻の瞳に、もはや自分しか映っていないことを見て取った葵は、
彼の両頬に手を添え、甘くくちづけたのだった。



<<話選択へ
<<前のページへ