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 あろうことか龍麻は、よそを向いていた。
制服を脱いで可愛らしいがやや少女趣味が見てとれる下着姿になったさやかを、
鼻の下を限界まで伸ばして、しかも眼球だけを動かすという狡猾さで、しっかり眺めていた。
それに対して葵は大声を上げたりはしない。
ただ無言で、軽く手を動かしただけだった。
「おふッ……!?」
 突然乳首に激しい痛みを感じて、龍麻は思わず悲鳴をあげた。
もちろん心当たりが大いにあるので、大急ぎで眼球を正面に戻す。
 葵は微笑んでいた。
怒るでも悲しむでもなく、ただ自分のするべきことをしなさいといったように。
すっかり降伏した龍麻は、葵が好きな首筋へのキスを何度も与え、若い二人の先達となるべく愛撫を再開した。
 さやかの乳房を揉みながら諸羽は、次にどうしたらよいか決められないでいた。
自分の欲望のままに触ってしまってよいのか、性急すぎはしないかと迷うのだ。
さやかに直接訊ねるのも恥ずかしく、無為な時間を費やしつつあるところに、龍麻たちが視界の端に映った。
 龍麻は葵に反対を向かせ、背中から抱きしめている。
美しい乳房を下から支えるように腕を回し、その表面を愛おしげに撫でていた。
葵は軽く背を反らせて龍麻の後頭部に手を添え、彼の耳を甘噛みしている。
こういった時は正面からしかさやかを見たことがない諸羽にとって、二人の交わりは何度目かわからない衝撃となった。
そこかしこでゆるやかな曲線を描く葵の肉体と、無骨なまでに直線的な龍麻の肉体。
二人がたわむれ、触れあい、求めあっている光景に、諸羽は深く感動していた。
さやかを見ると葵のように自分からもたれかかったりはしないが、大きな瞳は明らかに期待で潤んでいる。
諸羽は今度はためらわず、さやかに後ろを向かせて抱きしめた。
「ああ……!」
 さやかの深い恍惚が、腕に触れる乳房から伝わってくる。
龍麻に倣って乳房を下から持ちあげるように掴むと、さやかは葵には倣わず、
胸を隠したまま彼の手に自分のそれを添えた。
「霧島君を……たくさん感じる……」
 斜め下から見上げたさやかから、甘い香りが漂ってくる。
これまでのあらゆる写真集やビデオでも見たことがないさやかの表情に、
諸羽は自分が恥ずかしがるあまりに大切なものを見落としていたことを知った。
彼女の頬にくちづけ、さらに唇を重ねてささやく。
「僕も……感じるよ、さやかちゃんをたくさん」
「うふふッ、ちょっと恥ずかしいな……でも、嬉しい」
 たくさんのキスで甘えるさやかに、諸羽は彼女の乳房に触れて応じる。
感じたことのない柔らかさ、知らなかった温かさが掌を捉えて離さなかった。
もっとたくさん、もっと詳しく、さやかを欲する心が、彼女の肉体をたぐり寄せさせる。
諸羽は初めて小賢しい理性ではなく、ただ物理的にさやかをモノにしたいと思った。
そしてそうされることをさやかも望んでいると知ったのだ――言葉ではなく、触れあった肌から。
 二組の恋人達が醸す雰囲気は、いよいよ濃くなっていた。
「ああ……愛しているわ、龍麻……!」
 心の中で龍麻は眉をひそめる。
葵がこんな台詞を口にしたことはなく、おそらく計略だろう。
先輩として、後輩に理想の愛を見せてやらなければならないという大義名分の下、
言い争いなどは絶対に見せられないという狡猾な。
「俺も……愛してるよ、葵」
 そうと解って龍麻は策に乗った。
愛してるなどと囁くのは健全な男子高校生にとってジンマシンを発症させかねないが、
さっきの浮気未満の件もあったので、謝罪も兼ねて思いきりよく言った。
「龍麻……!」
 ……それにまあ、喜ぶ葵を見るのは気分の悪いことではなかった。
唇の裏側までくっつくような熱いキスはかなり気分が良いことで、
おっぱいが潰れるくらいにくっつくのは極上の気分だった。
 龍麻が生まれて初めて口にさせられた台詞にまんざらでもない気分になっている一方で、
諸羽とさやかにそれらが与えた影響は尋常なものではなかった。
あまりの感激に涙すら流してしまったさやかは、諸羽の手をかたくかたく握りしめる。
そしてさやかの涙に気がついた諸羽は、純情のメーターが一気に振り切れ、
これまでしたことがない、さやかの腰に腕を回し、明確な意思をもって引きよせた。
 諸羽がスカートを脱がせる。
その手つきはあまりにもぎこちなかったけれども、さやかは一切邪魔をせず、諸羽のしたいようにさせた。
 諸羽に不満などない。
命を救い、ずっとそばにいてくれる頼れる男性。
出会う前から知っていたような錯覚がするほど心が通じ合うたったひとりの騎士に、
さやかが文句を言ったことなど一度もなかった。
ただ、たった一点――それも裏返せば長所になるのだけれど、
あまりにも控えめなところがあるのを、さやかは心の片隅で気にしていた。
たとえば、何か食べに行くとき。
たとえば、どこかに遊びに行くとき。
何を食べるか、何をするかはもちろん、さやかの次のスケジュールまで把握して諸羽は自分で決めない。
たまには彼の知っているお店や遊びを、そして時間など無視して連れ回して欲しいという願いを、
諸羽は一度も叶えてくれなかった。
それはもちろん叶ってはいけない願いであり、自分のわがままと諸羽の誠実さとをさやかは十分に承知している。
それでも、いつかは――
おくびにも出さずにさやかは待ち続け、ついに今日、願いが叶えられたのだ。
葵の提案を聞いたときには不安でたまらなかったが、今では心の底から感謝していた。
 さらに葵は、さやかにとって良き先輩であると同時に、理想の女性でもあった。
龍麻の手綱をしっかり握りながら、最終的に立てるところは立てている。
すでにして円熟の夫婦のような振るまいを見せる葵に、さやかは崇敬の念を抱いていた。
特にさやかに衝撃だったのは、葵の方からも積極的に龍麻を求めている点だった。
はじめこそ葵は龍麻にリードさせていたが、龍麻の愛撫が熱を帯びてくると、
応えるように彼の身体に触れ、くちづけた。
愛されるのではなく愛しあうのだという葵の身をもった教えはさやかをいたく感動させ、
さっそく実践してみようと決意させた。
「さ、さやかちゃん……?」
 諸羽の方を向いたさやかは、彼のズボンに手をかける。
驚いた諸羽が凝固しているうちに、手こずりはしたもののなんとかボタンを外しおえた。
とはいってもそれで精一杯で、それ以上はどうしてもできない。
彼の下着と、明らかに盛りあがっている股間を直視してしまったら、
たちまち恥ずかしさが沸点に達してしまったのだ。
「う、うん……脱ぐね」
 幸いなことに諸羽は意図を察し、あとは自分で脱いでくれた。
 いそいそと諸羽がズボンを脱いでいるあいだに、さやかは龍麻と葵の方を見る。
すると龍麻が今まさに葵を横たえたところで、たまらず目を伏せてしまった。
だが、二人がタイミングを計って自分たちが次にすべきことを教えてくれているのを今では理解しているので、
その好意を無下にはできないと勇気を出して顔を上げた。
 葵を優しく寝かせた龍麻は、彼女の両膝に手を乗せ、そっと押し開く。
おそらくは女性にとってもっとも恥ずかしい瞬間だろうが、
葵は過度に恥ずかしがるでもなく、穏やかな笑みを浮かべて龍麻を見つめていた。
龍麻も性急に繋がろうとせず、組み敷いた葵の身体の端々に触れ、
やはり微笑しながら最後の瞬間までお互いを高めようとしている。
見ただけで真似をするのは難しいとしても、二人が心からお互いを求め、身体の触れあいに結実させようとするさまは、
さやかに深い感動を与え、その沈みこんだ想いは、大きなうねりとなってあふれようとしていた。
「さやかちゃん」
 呼ばれて振りむいたさやかは、諸羽と向きあう。
張り裂けそうな鼓動は、世界でただひとつの場所でしか鎮まらない。
だからさやかは飛びこんだ――諸羽の胸に。
鼓動が混じり、溶けあい、再び高まっていく。
それは何よりも気持ちよく、幸福な体験だった。
 諸羽はさやかを抱きしめたまま横たえる。
近づいた顔をそのままにキスを交わし、抱きあう。
そして最後の下着に手をかけ、取り去った。
以前は考えすぎてまるで上手くできなかったことが、自然にできた。
たったそれだけのことなのに、自信がみなぎり、組み敷いた少女が己のものなのだと実感する。
「霧島君……!」
 さやかの呼びかけに、諸羽は笑顔で応じた。
そうするだけの余裕があり、その余裕こそが、さやかが欲していたものだ。
もう諸羽は龍麻たちの方を見ず、最も愛しい女の子だけを視界に収めた。
「いくよ、さやかちゃん」
 猛る性器をさやかの同じ場所にあてがう。
どうして以前は失敗したのだろうというくらい自然に挿れるべき裂け目を探りあて、
背中を駆けのぼるわずかな緊張をぐっと溜めると、さやかの体内へと挿入した。
「うっ……んぁ、あッ……!」
 前回よりはずっとなめらかに入っていったが、それでもさやかは苦悶の表情を浮かべている。
頭の先まで満ちていた興奮も醒め、諸羽が声をかけようとすると、それに先んじてさやかが口を開いた。
「霧島君、大好き……!」
「さやかちゃん……痛く、ないの?」
「ううん、平気……それよりも、嬉しいの。嬉しくて、とっても幸せ」
 さやかにこんな風に微笑まれて感極まらない男はいない。
霧島諸羽ですらそれは例外でなく、頬が沸騰したかのように熱くなるのを感じながら、
さやかと繋がったまま、何度も大きく首を振った。
「僕もだよ、さやかちゃん。僕もさやかちゃんのこと、大好きだ」
 聞き耳を立てていた龍麻も感心するほど断言し、くちづけを交わす。
そして固く抱きあう二人は、葵も感激するほど愛に満ちていた。
 この時龍麻は挿入したがっていたが、葵がそれを許さず、生殺しの状態になっている。
それでも龍麻がどうにか我慢できたのは、さやかを見ても葵が怒らなかったからで、
もしそれまで制限されていたら、これまでの流れを台無しにするほど暴走したかもしれなかった。
「……」
 さやかの裸身を眼に焼きつけつつ、つい龍麻は最も身近な対象と比較してしまう。
女らしさは葵が上だが、なんといってもさやかにはアイドルというボーナスがあり、
しかも美貌もスタイルもほぼ互角といってよい。
総合的にはまさしく甲乙つけがたい、などと偉そうに採点する龍麻は、
それはもう完全に眼球だけを動かし、その他の筋肉は一切一ミリたりともそよがせもしなかったのだが、
意気軒昂な愛息もしぼむほどの一撃を手の甲に受け、改めて菩薩も怒れば修羅となるのだと思い知った次第だった。
 横で奇妙な踊りを始めた先輩のことも、諸羽は気づく余裕がない。
ようやくさやかとひとつになれたという感動が過ぎ去ってみると、
これまでに経験したことのない快楽が津波のように襲ってきて、耐えるのに必死だったからだ。
さやかの膣肉、などという卑猥な言い方は考えもしなかったけれども、
男性器が入っている場所の熱とぬめりと刺激とは、だらしなくなってしまいそうなくらいに気持ちよく、
諸羽はまったく自覚のないままに抽送を始める。
「あ……っ、あ……!」
 感じているわけではなかったにしても、少しかすれたさやかの声は、
諸羽が持っていたごく微量の劣情を刺激するのに充分で、
忠誠を誓った姫が苦しそうな顔をしているのにも構わず、
快楽の源を探りあてようと何度も屹立を擦りつけた。
腰を引き、また打ちつけ、そのたびに快感と、さらなる充足を求めた欲望が頭の中でスパークする。
どこまで続くのか、果てのない階段を上るがごとき繰りかえしは、だが、唐突に終わりが訪れた。
 何かが来る、という予感とほぼ同時に訪れた破局。
腰が爆発するかという気持ちよさはなんら抑制する術を持たぬまま弾け、諸羽は快楽の頂に上りつめた。
「うァッ……!!」
 塊となった快感が先端から爆ぜる。
さやかのことを気遣う余裕も失せ、ただ初めての悦楽に打ち震えた。
「はぁッ、はぁッ……」
「霧島……君……」
 下から手を差しのべられて、ようやくさやかを置き去りにしてしまったことに気づいた諸羽は、
頬に流れる血流を一層多くした。
「ごめん、さやかちゃん」
「ううん、気にしないで」
 その言葉に偽りはないと、さやかは彼の頬に手を添える。
 こうして二人は無事に本懐を遂げ、龍麻があくびを出す寸前に至るまで、
長いくちづけを交わしたのだった。

「あ、あのッ、今日は本当にありがとうございましたッ」
 揃って頭を下げる二人に、龍麻は鷹揚に、葵は控えめに頷く。
さすがに事後に談笑するのは恥ずかしさの限界を超えるようで、
最低限の礼儀を守りつつ、諸羽とさやかは可能な限りの早さで帰っていった。
 二人を見送った龍麻は、ややわざとらしくふう、とため息をつく。
「こんなんでいいのかね」
 龍麻の声に棘があるのは、結局中断させられたまま終わってしまったので、
ひどい欲求不満状態にあるからだ。
再戦しても即臨戦態勢に入れるのだが、葵は事は済んだとばかりにそぶりも見せない。
それなら葵も帰ってくれ、俺を一人にしてくれという魂の叫びが、
副音声からボリューム最大で漏れているというのに。
「とりあえず、といったところかしら。まだまだだと思うわ」
 だが、性欲を妨げられた男というのがどれほど切ない存在なのか、この女にはまるで危機感がない。
玄関で襲いかかってそれを教えてやろうか、などと物騒な考えが血といっしょに下半身を巡りだした龍麻に、
葵が静かに話しかけた。
「二人はきっとまた来るでしょうから、その時のために私達も勉強しておかないと」
「……へ?」
 葵が口にした言葉があまりに菩薩に聞こえ、龍麻は間の抜けた返事しかできなかった。
「それとも」
締め直したばかりのスカーフを緩めながら、葵が縁なき衆生に説法するように語りかける。
「龍麻が一人でさやかちゃんのことを思いだしたい、というのなら私は帰るけど」
 葵が言い終えないうちに、龍麻は居間までの短い距離を飛ぶように滑り、彼女の御前に正座していた。



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