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先輩二人のキスは、後輩二人に実際の年齢差以上の落差を感じさせていた。
キスはしている――まだ、両手で数えられてしまうくらいの回数だけれど、
同級生たちよりは進んでいると、大人に近づいていると思っていた。
でも、龍麻と葵が交わしているくちづけは、これこそが大人のくちづけだった。
ただ龍麻の方から唇を触れさせたにすぎないキスは、映画のワンシーンよりも諸羽とさやかに感銘を与え、
二人は期せずして同時にため息をついた。
自分たちのは恥ずかしくて、でも気持ちだけが先走った、そんなキスに過ぎなかった。
龍麻と葵のは違う――きっと二人は、心から愛しあっている。
そう信じさせてくれる、諸羽とさやかにとって理想のくちづけだった。
恥ずかしさも忘れて龍麻と葵に魅入られている諸羽の手に、何かが触れる。
意識が視覚に注がれていたので、それがさやかの指先であると認識するまで極小の時間差があったが、
諸羽はすぐに彼女の爪に自分の指を重ねた。
おそらくはさやかも無意識だったのだろう、わずかな驚きが伝わってくる。
だが、それも一瞬のことで、すぐに指は指を求めて絡みあい、手は手を追って握りあった。
龍麻と葵がそうしているように、手を繋ぐ。
たったそれだけのことで、鼓動が高鳴り、かつてない感情が諸羽を包んだ。
さやかが、欲しい――理屈でも理性でもなく、男として彼女を抱きたい。
もどかしく繋がった手から欲望が伝わってしまうかもしれない。
否、伝わっているだろう。
それでも諸羽は手を離すつもりはなく、むしろ引きよせるように指に力をこめた。
さやかは、逆らわなかった。
舌を伸ばし、葵を求める。
「ん、う……っ……」
葵は苦しげにうめき、どこか嫌がっているようなそぶりさえ見受けられる。
けれども、それが誘う演技だと龍麻は見抜いていた。
諸羽にこういった場面におけるもう少し積極性、というか男らしさを与えてやりたいという意図は、
言葉を交わさずとも理解するのは簡単だった。
身体を捕まえて舌を入れ、正座を崩させて口を吸う。
こんな一方的なキスはずいぶん久しぶりで、龍麻も興奮を抑えきれない。
いつもならなんとなしに計る呼吸を無視して、唇を重ね続けた。
「あ……ぁ……龍、麻……」
いつしか見られていることも忘れてキスに没頭していた龍麻が、ようやく葵を解放する。
上気した頬に瞳を潤ませ、唇の端を淡く光らせている葵は、普段の知性的な面影などどこにもなかった。
昂ぶったというよりも息ができなかったので意識が朦朧としているのだが、
変貌といえるくらいの色っぽい顔に居合わせた全員が息を呑んだ。
さらに龍麻が葵を抱き、今度は深く長い、穏やかだけれども淫靡さは増したキスをしかける。
これには葵も積極的に応じ、たちまち二人は自分たちの世界に没頭してしまった。
「ん……んっ……ん、ふぅ……っん……」
ひそやかな吐息が部屋に響く。
龍麻と葵が放つ熱気は着実に部屋を満たし、この場にいる者全てに影響を与えていた。
「……」
諸羽が我知らず乾いた唇を舐めると、その拍子に身体がわずかに動く。
動いた、といっても実際には繋いでいるさやかの手の、甲に触れている指が滑っただけだった。
しかし、小さな雪玉が雪崩を誘発するように、動いたかどうかも判らないくらいにしか動かなかった指は、
大きな変化をもたらした。
さやかの手に力が篭もる。
フェンシングの試合に用いるセンサーよりも鋭敏にそれを察知した諸羽は、
けれども自分の感覚にこの時は自信が持てなくて、息を殺してさやかを横目で見た。
片目分の視界一杯に、さやかが居た。
頬を上気させ、瞳を潤ませた、葵と同じ顔の、それよりもずっと美しい。
諸羽はすぐに片側だけでなく、両目でさやかを見た。
視線が重なり、そして閉ざされる。
諸羽の視界の内でたったひとつ、彼女の睫毛だけがスローモーションで動いた。
視線を固定させた諸羽は、まだ瞼に焼きついている、先輩達のくちづけを真似して身体を傾けた。
諸羽の唇は、いつもよりも熱い気がした。
彼が興奮しているかもしれないという認識は、さやかにとって悪いものではない。
少し力の篭もった指先も、明らかに龍麻の動きを真似ながら、ぎこちなさが随所に感じられるキスにも、
さやかは大いに満足していた。
「ん……っ」
息が苦しいふりをしながら、口を自分から開く。
龍麻のような強引さは、まだ諸羽には期待できないのだから、
これくらいは女の子の方からしてもいいはずだ。
誘いこまれた諸羽の舌と、さやかの舌の先端が触れる。
舌を絡めるキスをしたことがないわけではない二人だが、
主に諸羽の方に気恥ずかしさがあって、それほど激しくはしたことがない。
けれども今日は龍麻と葵にあてられているのだろう、諸羽も積極的に舌を挿れてきた。
「はッ……ん……」
さやかに触れ、一旦は戻った諸羽の舌だが、すぐにもう一度侵入を試みる。
さやかはそれに応じ、舌同士を擦るように合わせた。
「……っ、ふ……」
身体がひとりでに震える。
大人のキスは思っていたよりもはるかに凄くて、身体から力が抜けてしまった。
倒れる、と思ったのも束の間、諸羽がとっさに腕を伸ばし、抱きとめてくれる。
その力強さが心地よくて、一緒に力の篭もった左手は少し痛かったけれど、
さやかはそのまま諸羽に身体を委ねた。
代わりに左腕を彼の頬に添え、さらに激しくくちづけを求める。
舌がもつれ、絡み、融けあう。
口を閉じることも忘れて、さやかはキスに夢中になった。
諸羽とさやかが初々しくも情熱的なキスを交わしている間に、龍麻は葵の服を脱がせはじめる。
スカーフを解き、上着を脱がせる。
葵も協力して服を脱ぐさまは、ダンスのように滑らかで淀みがなかった。
動作の合間ごとに見つめあい、キスを交わし、肌を触れあわせる。
リラックスして行われる愛の儀式は、観客二人の眼を釘づけにして離さなかった。
特にさやかが強い印象を受けたのは、葵の方からも積極的に龍麻に触れている点だ。
男の方からリードするべきだという未経験の女の子なら当然の先入観と、
あまり積極的なのも恥ずかしいという、これもまた当然の意識がさやかにはあったのだが、
葵は必要以上に恥ずかしがることなく龍麻の服を脱がせ、肌に触れていた。
それも親愛の情に満ちた、うっとりとしてしまう仕種で。
自分は下着になった葵が、上半身を裸にした龍麻に抱きつく。
龍麻はごく自然に葵の背中に腕を回してブラを外し、背中を優しく撫でまわした。
こぼれ出た葵の乳房は、同性から見てさえ感嘆してしまう美しさだった。
しばらくまばたきも忘れて見ていたさやかは、隣で諸羽が同じように凝視しているのに気づく。
仕方がない、とも思ったけれど、やっぱり嫌だと諸羽に抱きついた。
「あ……さやか、ちゃん……」
さやかの甘い香りで自分がしてはならないことをしていたと目覚めた諸羽は、
慌てて葵から目を逸らし、もっとも大切な女の子へと意識を戻す。
「……ごめんね、さやかちゃん」
小声で謝ってもさやかは応えない。
それだけのことをしてしまったのだと顔を青くするが、
同時に、いつもよりも彼女が無防備なのに気づいた。
まるで、脱がせてもらいたがっているように――浮かんだ疑念を諸羽は打ち消そうとする。
これ以上さやかを怒らせてしまったら、さやかのみならず龍麻と葵にも申し訳がない。
……でも。
諸羽はゆっくりと手を伸ばす。
ブレザーの一番上のボタンを、震える指で外した。
さやかは何も言わなかった。
心なしか抱きつく腕の力が増したような気はするけれど、確かめるすべはない。
いや、ある――諸羽は覚悟を決め、二つ目のボタンを外した。
今度は確かに腕の力が、ふわりからぎゅっとに変わった。
三つ目――最後のボタン。
小さな音と同時に、さやかが身体を寄せてきた。
保持を失ったブレザーと、その内側に着ているブラウスが手に触れた。
息を吸った諸羽は、吐きださずに止める。
そうしてはいけない気が強くしたのだ。
さやかの顔は見えないくらいすぐ傍にあって、ここから先を進めてもいいのか聞くことはできない。
諸羽は初めてさやかの意思を確かめずに行動を起こした。
「霧島……君……」
さやかの囁きが遠くに聞こえる。
耳元で囁いているはずなのにそう聞こえるのは、さやかが怒っているからだろうか。
でもさやかは逃げようとはしない。
手伝ったりもしないけれど、嫌がるそぶりも見せない。
数秒ごとにごく小さな迷いを挟みながら、諸羽はさやかを脱がせていく。
今までのときはさやかに自分で脱いでもらっていた。
脱いだ後もあまり直視はしなかった。
欲望はもちろんある。
あるけれど、そういった目で見るのは彼女に悪い気がしていた。
彼女のファンに品のない目をする男達がいたとしても、
せめて自分だけはそんな眼差しを一瞬たりとも向けてはいけないと戒めていたのだ。
けれども今、欲望は止まらない。
龍麻と葵がお互いを求めあう姿に感銘を受けたのもあるが、
さやかを裸にすることに、原始的な興奮を覚えてもいた。
さやかは、それを望んでいる――
好きな男の手で裸にされ、力強く抱きしめられることを。
舞園さやかは霧島諸羽の恋人だということを。
アイドルである彼女を普通の女の子だと意識するあまりに、見失っていた。
最後のボタンが外れた。
その瞬間、小さな喘ぎが二つ聞こえた。
一つは諸羽自身の、そして、もう一つは。
今までのどんな歌声とも違っていた。
こんな声をテレビやラジオで流したら、大変なことになってしまうだろう。
けれども諸羽はそういった自制とは正反対の衝動に激しく駆られていた。
もっと聞きたい。
さやかの口から発せられた、自分が紡がせた声を、もっとたくさん聞きたい。
抗いがたい欲望に衝き動かされるまま、諸羽はさやかの肌に触れようとした。
「待って」
さやかの声は鋭くも大きくもなかったが、諸羽は血管中にセメントを流しこまれたかのように凝固した。
欲望は激しくとも、さやかの拒否を乗りこえて進むまでには至らない。
諸羽は全身の感覚をそばだてて、さやかの次の一言を待った。
「先に……脱がせて」
囁きが、今度は火砕流を血管に流しこむ。
急激に加熱と冷却、そしてさらなる加熱が急激だったので身体が固まっていたが、
全霊をこめて諸羽は手を動かし、言われたとおりに制服を脱がせた。
白い下着が露になる。
抱擁を解き、恥ずかしげに両腕で胸を隠したさやかを、諸羽はまともに見られなかった。
水着なら何度も見ているし、下着も初めてではない。
だが、自分で脱がせたさやかを見るのは初めてだった。
「さやか……ちゃん……」
うわごとのように呟き、触れようとすると、ふたたび押しとどめられる。
今度は何だろうか、苛立ちめいたものさえ覚える諸羽に、さやかは目許を朱に染めて言った。
「ブラも……お願い……」
それは女の子が自分で外すものだと思っていた諸羽は、驚きのあまり声も出なかった。
とても恥ずかしいことだろうから、と遠慮していたけれども、
思い返してみれば、龍麻は確かに脱がせてやっていた。
それならば、と試みるも、何がなにやらさっぱり外し方がわからない。
女の子はいつもこんな難しいものを着けているのか、などと感心しても無意味で、嫌な汗が全身に滲んでしまう。
困り果てて龍麻を見ると、なんと葵のブラジャーを使って実演してくれた。
なんと頼れる先輩なのだろう、と尊敬の念も新たにしつつ、どうにかホックを外す諸羽だった。
ぎこちないながらも諸羽とさやかの愛の行為は着々と進んでいく。
それを見守る愛の伝道師を任ぜられた二人も、少なくとも片方は自分の役割を忘れていなかった。
さっさとスカートを脱がせようとする龍麻を牽制し、阻まれて胸を触ろうとすれば手の甲をつねり、
葵は巧みに進行をコントロールする。
そのたびに龍麻は不満げにうなり声をたてるが、葵はどこ吹く風で若きカップルの進み具合を
仔細に、そしてさりげなく注視していた。
どうやら諸羽もさやかの服を脱がせるのに成功したようであり、そろそろ次に進んでもよい頃合いだろう。
葵はおあずけをさせていた龍麻を促そうとした。
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