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浴室の中で龍麻が何を考えていたのかは、当人しか知るところではない。
ただしはっきりしていたのは、身体を拭き、頭を乾かす龍麻の顔が、奇妙にさっぱりしていたことだった。
頬を叩き、髪の毛をかき上げ、龍麻は浴室から出る。
ふっと見た部屋の光景に、宙に浮いていた足がその位置で止まった。
慌てて再び浴室に入り、頭だけを出す。
目の錯覚かと思った場面は、そうではなかった。
葵は定位置にきちんと座っていた。
座っているのだが、左腕をちゃぶ台に投げ出し、その上に頭を乗せている。
そして右腕で、茶筒をころころと転がして遊んでいるのだ。
もちろん普段の葵がそんなことをするはずがない。
ちょっと龍麻が食事の後に腹をさすっただけで、悲しそうな瞳で首を振る葵なのだ。
その葵が、なんだか楽しそうに茶筒と戯れている。
小さな毛玉を与えられたネコのように。
葵は顔を向こう側に向けているので、気付かれる心配は無い。
龍麻は音を立てないように注意しながら、しばらく葵を観察することにした。
見られているとは夢にも思っていないだろう葵は、
何かにゃーにゃー歌いながら茶筒と遊んでいる。
その表情までは覗えなかったが、シャツの裾をはためかせている尻尾を見れば、
機嫌が良いのは明らかだ。
しかも、動く量が感情の度合いを示すとするなら、葵はご機嫌の真っ只中にいるはずだった。
裾が舞い上がる度、ちらちらと覗く下着の色が、やけにまぶしかった。
飽きることなく茶筒を転がす葵を、飽きることなく見ている龍麻の目の前で、
茶筒がちゃぶ台から落ちる。
それほど大きくは無い音に、葵の尻尾がぴたりと止まった。
そのまま手の届かない所まで転がっていった茶筒を、どうするのかと龍麻が見守っていると、
葵は身体を起こして取りにいく。
四つんばいで。
それも、ちょうど龍麻に尻を向けるようにして。
それでも、龍麻は理性を総動員して耐えた。
映ったのが程よい太さとたまらない柔らかさを兼ね備えた太腿だけだったなら、耐えられたかもしれない。
包むべき物の大きさに見合わず、
わずかに食いこんでお尻の形をくっきりと浮き上がらせている下着が映っても、なお耐えた。
しかし、シャツを浮き上がらせ、お尻と反対方向に揺れる尻尾を目にした時、
龍麻はもうダメだと思った。
茶筒に追いつき、今度は床で転がして遊んでいる葵の背後に忍び寄る。
何も気付いていない葵のすぐ後ろに立ち、電光石火の疾さで──押し倒した。
「にゃっ!?」
「にゃっ!?」
同じ奇声のひとつめは葵のもので、ふたつめは龍麻のものだった。
「た、龍麻!? や、止めて……んにゃ、ぁ……」
色っぽいのと滑稽なのと、二つが入り混じったこんな声を、龍麻は聞いたことが無かった。
不意を衝かれて泡を食っている葵の身体を強引に仰向けにさせ、動きを封じ込める。
「にゃ、龍麻、駄目、今日は……お願、い……ぁ、ん……」
台詞を、奪い取る。
どんな影響があったとしても、構わなかった。
大体にして、ネコと葵が好きな自分にとって、盆と正月が同時に来たようなこの状況で、
一時間も我慢が出来たことの方が奇跡なのだ。
もう止めるべきどんな理性も龍麻の中には残っていなかった。
「んふ……ん……あ……」
右腕でしっかりと葵の頭をかき抱き、左手は尻尾を優しく撫でる。
身体を硬くしていた葵も、幾度も撫でるうち、根負けしたように力が緩んだ。
尻尾から尻全体へと触れる場所を移しながら、龍麻はキスを繰り返す。
ほんのわずかな湿り気を帯びた唇を甘く咥え、戸惑う口腔を優しく舐める。
数を重ねることに専念していた龍麻は、やがて、一回の長さを愉しみ始めた。
「ん……ぁ……っ」
まだ自身の中に閉じこもっている葵の舌に、軽く触れる。
恍惚が彼女の肢体を走り抜けたのを確かめてから、もう一度、今度は、舌先を押しつけた。
「は、ぁっ……ふ……」
すると驚いたことに、葵はそれではじれったいとでもいうように、
自分から積極的に舌を絡ませてきた。
いつもは下品だ、と言われ、そこまで持ちこむのにも一苦労している龍麻は、
ただそれだけで爆発的な快感が弾けてしまう。
危うく呑みこまれかけ、慌てて自分も応えた。
「ん……んっ……んっ……」
規則正しい鼻息は、ネコがミルクを舐めるような音にかき消される。
それだけで劣情をかきたてられてしまう音は、大きく、そして長く尾を引き、
新しい音が重なっていく。
息が苦しくなるまで唇を塞ぎ、舌を貪った龍麻は、一度顔を離した。
それを追いかけてきた葵の舌が、いじらしく唇をくすぐる。
「葵……」
情感を込めて名を呼ぶと、葵は舐めるのを止め、唇の端に軽いキスをしてきた。
「葵」
「ん……あ……ぁ」
もう一度、胸に満ちた想いを声に変える。
四つの耳でそれを受け止めた葵は、心地良さそうに眼を閉じ、一層可愛らしく唇を舐めてきた。
頬を、鼻を差し出し、顔中で葵の愛撫を受け入れた龍麻は、
そのさなかに位置を入れ替え、葵の顔を下から見上げる。
「龍麻……私……私」
感情が先走って声にならない葵を、優しく抱き寄せる。
龍麻にとって葵の豹変の理由は大方見当がついていたが、そんなことは言う必要のないことだった。
舌を絡めながら、甘い匂いの漂う髪を幾度も撫でる。
そのうっとりとした表情に、龍麻は葵の耳──ネコ耳の方ではない、彼女本来の方だ──を、
そっとくすぐってみた。
「んっ……ぅぅ……」
心地よさそうに首をすくめ、もっとしてくれとばかりに舌が蠢く。
明らかに葵の反応はいつもよりも大きかった。
「気持ち……いいの?」
機嫌を損ねないように、可能な限り感情を殺して尋ねてみる。
指先を折り曲げ、本物のネコのように掴んでいるシャツを引っ張ったのが、葵の答えだった。
本物のネコよりも可愛らしく、本物の葵よりも色っぽい今の葵が、ずっと治らなくても良い、
と龍麻は不謹慎なことを思った。
「葵」
「ん……にゃ?」
ほとんど吐きかけるような、小さな返事。
その瞳の中ではいくつもの感情がダンスを踊っていて、
物静かな普段の葵には見られない輝きを放っていた。
「俺さ、葵のこと好きだよ」
別に、葵がネコになったから言った訳ではない。
ただ、今の方が言いやすいような気がしただけだった。
そしてそれは葵も同じらしく、二人きりの時でさえ、
否、愛を交わす時でさえ母親のように振舞う彼女が、今は、はっきりと親愛の表情を顔に浮かべている。
「嬉しい……ええ、私もよ、龍麻」
龍麻はすべすべの頬を、そして身体全体を強く押しつけて甘えてくる葵と、
しばらくの間、無垢な愛情だけを込めて抱き合った。
ひしとしがみついている葵の黒髪に、龍麻は自然な気持ちで手櫛を入れ、優しく梳きあげる。
流水のように滑らかに分かたれた髪を、幾本か指先で絡めて遊びながら、
程よく染まった耳朶にそっと唇を押し当てた。
「ん……」
伝わる熱が、心地良い。
初めて唇で触れた葵の耳は、そんな感想を龍麻に与えた。
乳房とはまた違った柔らかさを持つ部分を、そっと咥える。
「ぁ……」
艶やかな声をあげる葵にふと心づいた龍麻は、
本物の耳の方は唇に任せ、指を、ネコ耳の方に滑らせた。
葵の髪の毛も相当に手触りの良いものだが、ネコの体毛はそれを上回った。
すっかり気に入って何度も撫でると、葵は心地よさそうに眼を閉じて頬をすりよせる。
「う、にゃ……」
嬌声が、人からネコのそれへと移ろう。
秘密を知った龍麻は、含み笑いを葵の耳に直接注ぎ込んだ。
「葵……言葉遣いがおかしくなってるよ」
「そんな……ね、どうしたらいいのかしら」
どうもしなくていいと思ったから、龍麻は返事をしなかった。
既に頭の中はネコまっしぐらだった。
不安をキスで和らげてやりながら、シャツのボタンを外す。
「ねぇ、真面目に考えて……にゃっ」
話を聞かない龍麻に抗議しようとした葵は、尻尾を掴まれて悲鳴を上げた。
「あ……」
「そういうこと。耳と尻尾が治ったら言葉遣いも治ると思うよ」
「……でも、治らなかったら」
「その時は、可愛いネコが一匹、家に増えるんじゃないかな」
「もう」
葵は眉を曇らせるが、龍麻に尻尾から背中へ、そしてネコの耳へとすっと撫で上げられると、
人とネコの二つの快感にたまらなくなってしまう。
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