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見渡す限り、同じ景色。
荒涼たる砂漠に、藤咲亜里沙は立っていた。
「ど……どういうことッ……!?」
亜里沙は自分を見下ろす。
なじみの高校の制服ひとそろい。
鞄や小物を持っていない他、おかしなところはない。
本当に?
亜里沙の視界に映るものは、空と砂だけ。
制服を着ているのなら東京にいるはずで、東京にいるのならこんな砂漠にいるはずがなかった。
「でも、ここ……まさか……そんなはずは……」
亜里沙の呟きには、怖れが混じっていた。
知らない場所に突如として放りだされたことにではない。
知っている場所に戻ってきてしまったことに対する、怖れが。
数ヶ月前の話だ。
亜里沙は同じ高校に通う、嵯峨野麗司という少年と企み、
美里葵という少女を拐かそうとしたことがあった。
麗司が持つ夢への干渉という不思議な能力を用い、葵が眠りについた時、
彼女を麗司が構築した夢の世界へと引きずりこんだのだ。
毎晩毎夜戒めを受け、精神を嬲られた葵は、あと少しで一生目覚めぬ廃人と化すところだった。
彼女が救われたのは、やはり不思議な能力を操る彼女の友人達によってで、
人の生命を弄んだ代償として麗司は自らが昏睡状態となった。
葵の仲間の代表格である緋勇龍麻に許された亜里沙は、どういう気まぐれによるものか、
彼女たちと共に戦う道を選び、今に至る。
もちろん許された、といっても上辺だけで、
美里葵と彼女の親友である桜井小蒔は明確に隔意を抱いている。
亜里沙としては葵本人になら謝罪する気持ちがなくはないものの、
取り巻きにすぎない小蒔の居る前で謝る気などはさらさらなく、
そして小蒔は四六時中葵のそばを離れないので機会は永遠に訪れそうになかった。
今、亜里沙が立っている場所は、まさしく亜里沙と麗司が葵の精神を幽閉した砂漠だ。
砂漠でありながら牙を剥く太陽の熱さも、陽炎のゆらめきもない、
写真で見たものを具現化しただけのような、
麗司が構築したあの世界とうり二つの薄っぺらい世界。
だが、あの世界は麗司が昏睡状態に陥ったことで崩壊したはずだ。
亜里沙には夢の王国を築く能力も、誰かの夢に忍びこむ能力もない。
「じゃあ、誰が……」
新たな、麗司と同じ力を持つ敵が現れたというのか。
自分と麗司が葵にしたことを思いだし、亜里沙は身震いした。
夢の世界は支配する者が絶対的な力を持ち、当人が目覚める、
あるいは誰かに起こされる以外は脱出する方法がない。
亜里沙が龍麻達に敗れたのは、魂の牢獄を完璧なものにするため、
葵が信じる人間の前で彼女を絶望させようと、彼らを招き入れたからだ。
絶対に負けるはずがないと高をくくっていた亜里沙達の前で、
龍麻は驚異的な精神力で呪縛を打ち破り、麗司を倒した。
希望を見いだした葵は目覚め、絶望を突きつけられた麗司は眠りについた。
事件はこれで終わったはずだった。
なのに。
亜里沙はその場に座りこんだ。
凄まじい孤独感に、立っていられなくなったのだ。
誰かが、麗司と同じ目的で亜里沙を夢の世界に連れこんだのなら、亜里沙に抗う術などない。
毎夜精神を陵辱され続け、しかも目覚めても漠然とした悪夢としてしか記憶には残らず、
助けを求めることさえできずに、いつかこの世界で永遠の囚人と成りはててしまうのだ。
「嫌よ、そんなの」
うつろな呟きは砂に呑みこまれていく。
亜里沙は両手で顔を覆い、うずくまった。
やがて静かな嗚咽がはじまる。
弟の死以来初めての涙は、しかし、すぐに止んだ。
「……ふざけるんじゃないわよ」
顔を上げ、砂と涙を払い落とした亜里沙は立ちあがる。
砂漠に独り立つ彼女に絶望はもはやなく、激しい怒りが彼女を衝き動かしていた。
「どこのどいつだか知らないけど、黙ってヤられるあたしじゃないわ」
誰を相手にしたのか思い知らせ、必ずここから脱出してやる。
強い決意と共に、亜里沙は歩きはじめた。
あてなど何もないから、とりあえず太陽の方へと向かう。
あの太陽が本物の太陽であるかどうかはともかく、方角の目安にはなるだろうと考えたのだ。
砂質は硬く、足が沈みこまないのが救いだった。
革のローファーはこういった場所を歩くのに適しているとはいえず、
すぐに砂が靴の中に入ってきて不愉快をそそる。
「ッたく、どうせ引っ張りこむなら服装も考えなさいよ。
ッつーか、さっさと出てきなさいってのよ」
まだ見ぬ相手に対する怒りを原動力にして亜里沙は進んだ。
同行者は砂を踏む音だけだ。
寂寥に叫びたくなるのをこらえて、砂漠を独り歩む。
左右の足を何百回か動かしたところで、孤独な砂漠の横断者はふと顔を上げた。
気が遠くなるほど大小様々なうねりが、前後左右を埋め尽くしている。
そのなかのひとつ、左手前方の丘の頂に何か、砂とは明らかに違う何かがあった。
「いよいよお出ましってワケね」
わずかでも手がかりを求めて、亜里沙は歩きだした。
太陽は位置を変えず、あらゆる生の気配がないこの砂漠では、時間の感覚が喪失する。
腕時計でもあれば話は違っただろうが、陸上部である亜里沙は
腕に重量物がついているのを好まず、この世界でも当然嵌めていなかった。
「それにしたって、少しくらい気を利かせてくれたっていいじゃない」
亜里沙は誰に対してか判らぬ愚痴をこぼす。
怒りは相変わらず渦巻いていたが、状況の変化を歓迎する気持ちも少なからずあり、
重くなりつつある足を叱咤して進んだ。
幸いなことに丘はそれほど遠くなく、傾斜もきつくはなかった。
目指す目標物に着いた亜里沙は、舌打ちを禁じえなかった。
これは酷い悪夢だ。
そして、明確な悪意を亜里沙に対して向けている。
誰の企みにせよ、その人物は相当亜里沙を憎んでいるに違いない。
亜里沙は動揺し、動揺しながらも悪夢に近づいた。
丘の頂には、美里葵がいた。
麗司がしたのと同じ、十字架に鎖で縛りつけられて。
罪を見せつけられているようで、亜里沙は苛立ったが、
苦しいのはもちろん磔にされている葵の方だ。
誰がどのような意図でこんな場面を現出させたのかはともかく、
彼女を助けるのは恩を売ることにもなる。
まずは鎖を外してやろうと亜里沙は近づいた。
「誰か……いるの?」
葵の声に亜里沙は立ち止まった。
よく見れば葵の目には黒い布が巻きつけられている。
これは以前はなかったはずで、初めての相違点だった。
だが、それが何を意味するのかはわからない。
とにかく亜里沙は葵の視界をまずは自由にしてやった。
十字架はそれほど高くなく、亜里沙より十センチほど背の低い葵を、
亜里沙がわずかに見上げる形になっている。
そのため、目隠しは難なくほどけた。
「藤咲……さん?」
助けられた葵の声には怯えが混じっている。
それも当然で、砂漠と十字架に亜里沙という組み合わせは、
彼女にとって忌まわしい記憶しかないからだ。
ゆえに仕方ないと思いながらも、顔を見た途端に怯えられるのは、
やはり良い気分ではなく、亜里沙はわずかに険しい顔をした。
それを敏感に見て取った葵が目を伏せる。
「あ……ご、ごめんなさい」
「いや、いいんだけどさ。言っとくけど、今回はあたしじゃないよ」
葵は頷いたが、信じたかどうかは疑わしい。
彼女が口にしたのは、もっともな頼みだった。
「鎖を……解いてくれませんか」
「ああ、そうだね、ちょっと待って」
この異常な世界から脱出のための手段を講じる同行者として、葵は必ずしも最適ではない。
とはいえ贅沢など言っていられず、亜里沙は葵を解放しようと試みた。
「アンタ、ここに来てどれくらいか分かる?」
「……いいえ」
「まあ、そうよね。目隠しして縛られてたんだから」
「藤咲さんはどれくらい前に?」
「一時間くらい前かしらね、歩いた感覚で言ってるだけだから当てにはならないけど」
とにかくも話し相手ができたのだから、コミュニケーションを図るべきだ。
そう亜里沙は考えるのだが、葵は積極的に話しかけるつもりはないようで、
亜里沙の問いかけに応じるだけに留まっていた。
「ねえ、アンタは心当たりないの?」
亜里沙は特に記憶に残る他人との接触はない。
一方で葵は麗司に目をつけられたきっかけが、たまたま公園でうずくまっていた、
虐めを受けた直後の麗司にハンカチを差しだしたことにあった。
赤の他人に善行を施す葵の性格からして、他人の不要な関心を買ってしまう可能性は大いにあるのだ。
「思い当たらないわ」
しばらく考えた末に葵は答えた。
もっとも、覚えていないくらいに誰かに世話を焼いているのかもしれない。
葵と知り合って間もない亜里沙だが、そんな性格では早死にすると
忠告の一つもしてやりたくなるくらい、葵は誰に対しても分け隔てなく親切だった。
「そう、それじゃ誰が出てきても遠慮なくぶっ飛ばせるってワケね」
軽口を叩いた亜里沙は、直後に眉をしかめた。
「……あら?」
不思議なことに、葵に絡みついている鎖は、どこから始まってどこで終わっているのか、
どれほど丁寧に辿ってみてもどうしてもわからなかった。
苛立ちながら亜里沙は何度も、指を鎖に這わせて確かめようとするのだが、
気がつけば必ず同じ部分に戻ってくるのだ。
「どうしたの?」
「ッかしいわね、どうなってんのかしら」
鎖の先端が見つからないというのはさすがに恥ずかしく、亜里沙は執拗に鎖を辿る。
すると唐突に、葵の吐く息が鮮明に聞こえた。
「あ……っ、ん……」
微量の、しかし明確な方向性を持った呼気に、亜里沙は驚いて顔を上げる。
鎖が葵に巻きついている以上、亜里沙が触れるのは当然としても、
もちろん愛撫などするつもりは毛頭ない。
葵にしても亜里沙を嫌っているはずで、多少触れられた程度で感じるのは明らかに異常だった。
「アンタ……まさか感じてんの?」
「ち、違うの。違うの」
葵の否定が消え去るより早く、亜里沙は今度は意図を持って腿の外側を撫でた。
「んっ……!」
砂漠の空気を遥かに超える熱が、亜里沙の胸元に浴びせられる。
制服のスカーフをそよがせた淫風は、亜里沙を勝ち誇らせた。
「へえ、真神の聖女様もエロいことは知ってるんだ」
亜里沙は指の背で足のそこここを触る。
上質のシルクを思わせる心地に、亜里沙は束の間置かれた状況を忘れた。
「や、やめ、て、藤、崎、さん……!」
「いい声出すのね、女のあたしでもムラムラきちゃうわ」
半分は葵を煽るためだが、半分は本心だ。
内腿の中程を、背中側にすっと撫でてやると、葵は鼻にかかった声をたまらず漏らす。
その、堪えようとして失敗した掠れた喘ぎは、亜里沙を駆り立てるのだ。
「これじゃあ痴漢に遭ったら大変よね。あんたの性格からいってとっ捕まえるなんて無理そうだし、いいようにヤられちゃうんじゃない? それとも、むしろそういうのが好きなのかしら?」
「そ、そんな……んっ、あぁ……」
葵は激しく首を振る。
怒っているのかと亜里沙は思ったが、そうではなかった。
「お……お願い、藤咲さん、早く解いて……!」
葵はしなやかな足をしきりに擦りあわせている。
それが意味するものを亜里沙はすぐに理解した。
「アンタ……まさか、漏れそうなの?」
「お願い……!」
葵は髪が乱れるのも構わずに首を振る。
女子高生が尿を漏らすなど、羞恥の遙か彼方にある行為で、
まして決して好いてはいない亜里沙の前でなど、絶対にするわけにはいかないだろう。
亜里沙も他人の排泄など頼まれても見たくはない。
しかし、動かぬ身体を懸命によじりながら尿意に耐える葵の姿は、
ひどくサディスティックな気分に亜里沙をさせるのだ。
「わかったわよ、もう少し我慢しなさい」
鎖を解くふりをしながら、亜里沙は葵の身体を撫でた。
わき腹や内股に情感をこめて触れると、葵は切なげに身をよじろうとする。
鎖で縛られているから実際にはほとんど動いていないが、
その小さな動きが確実に尿意を刺激するのだ。
口紅を塗っていないくせに、惚れ惚れするような深紅の唇を噛み、
あるいは歪ませて葵は堪えている。
その顔にぞくりとする上った律動が背筋を下りていくのを感じながら、
亜里沙は葵の耳筋に息を吹きかけた。
「ひぅッ……!?」
らしからぬ悲鳴を放った葵は、慌てて腹に力を入れなおす。
せわしなく開閉する小鼻を見やり、亜里沙はもう一度息を吹きかけた。
「ふ、藤咲さん……! 何を……お願い、早く解いて……!」
喋るだけでも漏れてしまいそうなのか、葵は喘ぐように哀願する。
醜く歪んだ顔はおよそ清楚な美少女にふさわしくなく、亜里沙の快楽神経を刺激した。
「やってるんだけどね、ずいぶん絡みついちゃってるのよ、この鎖」
快楽と尿意に苛まれ、苦悶する葵に、亜里沙はもはや鎖を解くふりもせず身体を撫でまわす。
「んっ、ふっ、んんっ、んふぅっ」
右に左に、ほとんど動かぬ足を振り、葵は必死に耐えていた。
まだらに色づいた顔にはほつれた髪が貼りつき、般若の形相を呈している。
反撃の恐れもない亜里沙は、追い詰めたネズミをいたぶるネコのように葵の下半身を責めた。
くすみのひとつもない白い肌は、掃くように撫でただけで面白いように反応し、
そのたびに鎖に当たるので、いくらか赤くなっている箇所がある。
痛みもあるのだろうが、今の葵にそんな余裕はなく、
感じてしまうたびに緩みそうになる膀胱を締めるのに必死だった。
亜里沙が感心したほど良く耐えた葵だったが、
最初から勝ち目のない戦いは、当然の帰結を迎える。
「だ、駄目、駄目っ……!」
破局は悲痛な叫びで始まった。
少しずつ内股の深くへと侵入していた亜里沙の指が、パンティのすぐ傍を通過する。
妖精が通り過ぎるときの繊細さで尻たぶまで過ぎたとき、葵の肉体が大きく跳ねる。
それがたがねの一撃となり、限界をとうに超え、
精神力だけで耐え抜いていた尿意が一気に解放された。
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