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 首筋に、吐息がかかる。
背筋がぞくりとする甘い呼気に遅れて、柔らかく、微かな温もりを感じた。
 長い沈黙の果てに、閉じていた目を龍麻は開けた。
それを契機きっかけにして、半ば覆い被さっているマリアの身体が大きく傾いた。
「先生……っ」
 柔らかな腹部に押し当てていた掌を腰に回し、龍麻は彼女を支えた。
斃してしまわぬよう、最後の瞬間に加減した一撃は、狙い通りにマリアから戦闘能力だけを奪っていた。
 抱きとめた姿勢のまま、龍麻は彼女に膝をつかせる。
苦しそうな呼気と共に、薔薇の匂いが散った。
「先生……すみません」
 襲ってきたのは彼女の方で、こうしなければ殺されていただろう。
にも関わらず、龍麻は苦しげに喘ぐマリアに謝っていた。
おかしなことだとは思わない。
今耳元に息遣いを感じる女性は担任の教師であり、教師に暴力をふるうなど許されないことだからだ。
 二人の男女の影は、抱き合っていた。
しかし影の支配者は、一方は戸惑い、一方は震えていた。
「ワタシは……彼のようにはなれない。
全てを掠奪した人間達に混じって生きるなんて、ワタシには到底できない」
 呪詛に満ちたマリアの独語を、龍麻は彼女の身体のように受け止めてやることは出来なかった。
抱いた身体を離すことも、引き寄せることも出来ないまま、
彼女をこれ以上救ってはやれない自分の未熟を嘆くしか、十八歳の少年にはなすすべはなかったのだ。
 だがこのままでは無情に時が過ぎるだけだ。
これから寛永寺に行き、柳生宗祟と決着をつけなければならない。
マリアにかけるべき言葉を見出せないまま、彼女を置いて龍麻は立ち上がろうとした。
 その時、地面が揺れた。
昨日の夜から幾度も感じた揺れの中では、最も大きなものだった。
まだ完全に立つ前だった龍麻は、バランスを失って倒れてしまう。
一層強くなっていく揺れに起きあがることも出来ず、コンクリートの床に身を投げ出していると、
目の前の床に亀裂が走った。
「先生ッ!!」
 なんという悪意に満ちた運命なのか、龍麻とマリアを引き離すように生じた亀裂は、
深手を負って動けないマリアの側の校舎を崩壊させていった。
 なすすべもなくマリアの身体が闇に落ちていく。
不安定な足場の中、龍麻はマリアを呑みこんだ亀裂に身を投げ出した。
我が身も顧みず深い穴に向かって手を伸ばす。
つま先を床にひっかけ、上半身をほとんど乗り出して、ようやくマリアの腕を掴んだ。
体重がかかり、支えにしている左手が掴んでいるコンクリートが崩れる。
バランスを崩しそうになるのを必死に踏ん張り、龍麻はマリアを引き上げようとした。
「放しなさいッ!」
 闇の中からひび割れた声が龍麻を撃つ。
たすけられるべき者が、救けようとしている者を叱咤していた。
だが手を離すわけにいかない。
懸命に手を掴む龍麻に語りかけるマリアの声は、諭すようですらあった。
「もう、かせて……永く生きすぎて、少し……疲れたの。
今なら闇の住人なかま達の為に闘った誇りを胸に抱いて逝ける。だから……お願い」
 マリアの手には力が全く入っておらず、彼女は本当に永遠の安息を望んでいるのだと伝わってきた。
 龍麻にはマリアの哀しみは解らない。
数奇な宿命を背負っているといっても、たかだか十八年しか生きていない身だ。
愛するものを全て奪われ、種族の最後の一人となり、
それでもなお永劫に近い時を生き続けなければならない存在である彼女の哀しみなど、
地球上の誰にも理解しえるものではないのだ。
 それでも、龍麻は救けなければならない。
目の前でとがなき人を死なせるわけには、もういかないのだ。
しかし、どうやって──肉体を救うだけではいけない。
マリアの精神こころも救ってやらなければ、マリアは生き続けることをよしとしないだろう。
 それは十八歳の少年にとっては、途方もない難題だ。
どんな言葉をかければ、遥かな年月を哀しみと憎悪を糧にして生きてきたマリアを救えるというのか。
地の底から揺れているような振動に耐えながら、龍麻は思いあぐねる。
そうしているうちにも右腕は痺れはじめ、マリアの重みが何倍にも感じられるようになってきていた。
このままでは、いずれ力尽きてしまう──焦った龍麻は、とっさに叫んだ。
「先生は……俺達の担任じゃないですかッ!」
 その言葉に、マリアは明らかに虚を突かれたようだった。
「担……任……」
「俺達の卒業を……見届けてくれないんですか」
 自ら落ちようとすらしていたマリアの腕が、わずかに強張る。
その隙を見逃さず、龍麻は渾身の力で彼女を引き上げた。
 右腕一本で強引にマリアを持ち上げる。
女性とはいえ大人を片手で引っ張るのはかなりの力が必要で、酷使された筋肉が悲鳴を上げたが、
龍麻は彼らの訴えを無視した。
「く……ッ」
 失われた血液のせいで意識が遠のきかける。
しかしここで手を離しては、何もかも意味がなくなってしまう。
龍麻は歯を食いしばり、マリアを闇から引き上げた。
マリアの上半身がコンクリートの割れ目から現れたところで左手も使い、一気に彼女を手繰り寄せる。
支え切れず、もつれ、抱き合ったまま倒れてしまったが、
とにかく大きな怪我もなくたすけだすことが出来たようだった。
 龍麻も全身の力を使い果たし、しばらくは声も出せない。
それでも、マリアが気になって目だけでも動かし、彼女を見張る。
役目を終えた人形のように腕を垂らし、うなだれていたマリアから、やがて低い失笑が聞こえてきた。
「まさか……そんな風に諭されるとはね」
 マリアは自嘲気味に笑った。
数百年に及ぶ哀しみと憎しみが、よもやたかだか数年程度の、
それも目的を遂げる為の手段でしかなかった行為に霧消させられてしまうとは、
全く想像外のことだったのだ。
 しかし、偽りの仮面だと思っていた教師という職業を、確かにマリアは嫌いではなかった。
物を教えるという建設的な仕事は、教える相手が憎むベき人間達であったとしても、
穏やかな充足感を与えてくれたのだ。
真剣に学ぼうとする生徒と、真剣に教えようとする同僚。
彼らと共に語らうのは、とても楽しいことだった。
しかしそれはあくまでも、『黄龍の器』──緋勇龍麻を監視し、
彼の力を手に入れる為の方便に過ぎない。
そのはずだった。
 それが──最後の望みもついえ、永久とこしえの闇に抱かれるだけとなった最後の瞬間に、
かげを払うひかりになろうとは。
マリアは灰色の床を凝視したまま笑い続ける。
それが過去と決別し、現在と未来を受け入れる為の、彼女の儀式だった。
「あの……先生」
 下から気遣わしげな声が聞こえる。
自分が教え子に跨っていることに気づいたマリアは、再び小さく笑った。
 巨大な満月が照らすマリアの顔に、憑かれたような諦観はなかった。
否、光と影に顔を半分ずつ与えている彼女は、この世ならぬ美しさだった。
 龍麻は束の間、何もかも忘れて彼女に魅入られる。
すると、もう落ちついた輝きを取り戻している蒼氷の瞳が視線を重ねてきた。
永い年月を経て醸成された、澄んだ瞳。
蒼は月光によって乱反射され、どのような想いがそこにあるのか、龍麻には解らない。
ただ至近で見る蒼氷グレート・ブルーの光を、呼吸すら止めて浴びていた。
 マリアが乱れてしまった髪をかき上げ、同じく乱れてしまっていた服を整えて立ちあがる。
肌はあちこちが汚れ、普段の彼女からすればみすぼらしいことはなはだしかったが、
それでも、マリアは教師に戻っていた。
「行きなさい……アナタが護りたいものの為に」
 彼女に起こされて立ち上がった龍麻が頷いた直後、片側の頬が急激に熱くなった。
抗う間もなく、年上の女性の成熟した肢体が、全身を包みこんだ。
「あ……あのっ」
「これは……約束よ。アナタが帰ってくる場所に、ワタシはいる。
だから帰ってきなさい。そして……アナタの未来をワタシに見せて」
 龍麻が屋上から出ていくのを見送ったマリアは、崩壊した旧校舎と、その真下から現れたものを眺める。
と、屋上の隅に強い気配を感じた。
最初からは居なかったその存在・・に、マリアは心当たりがあった。
「ずっと見ていたの? 趣味が悪いわね」 
「気配を殺している間は煙草も吸えなくてな、死ぬかと思ったよ」
 悪びれずに影から姿を現したのは、同僚である犬神杜人だった。
言葉通り煙草に火を点けて現れた彼は、今にも崩れ、広がりそうな亀裂をものともせずに跳び越えた。
「ここもいつ崩れるかわからん、避難した方が良さそうだな」
 自分が跳び越えた亀裂を見て犬神は言ったが、マリアは動こうとしない。
犬神も急かそうとはせず、紫煙をくゆらせた。
旨そうに目を細め、もう一度同じ動作を行う。
 月が近い夜は、特に煙草が旨い。
永く人の世を見てきた犬神だが、彼らが生み出してきた物の中でも、
煙草は最も優れた嗜好品であると思っていた。
肺の奥まで導き入れた時のあの感覚は、他の何物にも代え難いものだ。
そして満月は、その感覚を倍化させる。
もう人の世に馴染んで長い犬神だが、それでも稀に、例えばこんな夜は血が騒ぐことがある。
そんな時にも、煙草を吸えば本能を抑えることができた。
 一本目を吸い終えた犬神は、すぐに二本目を取り出したが、
火を点けようとしてふとその手を止めた。
「人間と同化して生きていくことは、誇りを捨てることとは違う」
「……」
 犬神はマリアを──種族は異なるとはいえ、同じ闇の眷属を穏やかに諭した。
 人狼──人の姿に狼の強さを持つ、人ならざる者──それこそが、
真神学園の生物教師である、犬神杜人の真の姿だった。
なぜ誇り高き杜の守護者が、人の世で暮らしているのか。
当人にしか解らないその理由を、犬神が語ることは決してないだろう。
しかし彼はこの地に留まる。
人と交わした、約束を護る為に。
「俺はもう行く──君も長居はしない方がいい」
 吸い終えた二本目を捨てた犬神は、黙したままのマリアに言い、再び亀裂を跳びこえた。
 やや遅れて、気配が後を追ってくる。
建物を出た犬神は、そのまま、一度も後ろを振りかえることなく姿を消した。
 これで、ひとつは片付いた。
後は緋勇、お前が帰ってくるだけだ──満月を見上げた犬神は、裡にそう呟き、新たな煙草を咥えた。
煙は月に隠れ、すぐに見えなくなった。

 校門を出た龍麻は、背後を見た。
つい今しがたまで居た旧校舎から、巨大な塔が威容を見せていた。
もともと都内の高校にしては木々が多く、昼日中でもやや暗い雰囲気のある真神ではあるが、
突如として現れた塔が月の光を遮り、周りはほとんど暗黒と化していた。
 遂に柳生が起動させた龍命の塔は、地上に姿を見せるまでに大地の氣を吸い上げたのだ。
もう塔による音叉効果で増幅された氣が、柳生の用意した陰の『器』に注ぎこまれる最終段階まで、
いくらも時間はないだろう。
龍命の塔の起動を止めることは出来ない。
柳生を斃し、陰の『器』に施された呪法を解くしか、東京を救うすべはないのだ。
 マリアが気になるが、彼女は帰ってきなさいと言った。
だから帰ってくれば、必ず彼女は迎えてくれる。
 意を決した龍麻は、柳生が居る寛永寺に向かって走り出した。
 それにしても、まさか龍命の塔のひとつが、通っていた高校にあるとは思いもしなかった。
立ち入りを固く禁じられた旧校舎の地下には、このような驚くべき秘密が隠されていたのだ。
恐らくこれこそが、楢崎道心が「龍麻が真神に居ることに驚いた」理由に違いない。
やはり肝心なことを教えようとしない道心に、内心で愚痴りながら角を曲がると、
いきなり京一に出くわした。
「よう」
 この異常な状況に、京一は悠然と言えるほどのんびりと手を挙げ、
龍麻は一気に肩の力が抜けるのを感じた。
どうやら知らず、随分と緊張していたようだ。
 気負いなく立つ京一は、ここからでも見える龍命の塔を見上げて言った。
「始まりやがったな……まさか塔の片方が真神ウチにあるとは思わなかったぜ。
大丈夫だろうな、学校」
「ああ、校舎は無事だった。旧校舎は壊れちまったけど」
「そうか……俺達の校舎も壊れてくれりゃ、どさくさに紛れて卒業決まるかと思ったんだけどな」
 確かに京一にとっては、東京を救っても卒業出来なければ同じことに違いない。
しかしこの危急時に何を考えているのだろう、と龍麻は呆れずにはいられなかった。
 肩どころか全身の力が抜けてしまった龍麻に、京一が目を細める。
どうやら京一は、ある一点を凝視しているようだった。
「ん? なんだそりゃ、血か?」
 顔に向けて注がれる視線に、マリアとの闘いの最中に切ってしまった所を気づかれたのだろうかと
頬に手を当てた龍麻は、京一が血と見間違えたものの正体に気付き、慌てて隠した。
「いや、こりゃさっきまでこたつで寝てたからよ、跡だ、跡」
「あん? そりゃヘンだろ、赤いのはそこだけなんだからよ。どっちかっていうとよ、キ──」
 妙な勘の鋭さを発揮する友人に、龍麻は窮地に追い詰められる。
新たな緊張に心臓が激しく鳴り出す龍麻だったが、持つべきものは友人だった。
「なんだお前達、ずっと一緒だったのか」
 背後から現れた醍醐に、龍麻は心から感謝した。
「いや、今会ったところだ。塔……見たか?」
「ああ……まさか真神ウチに龍命の塔があったとはな」
 醍醐と共に白々しく塔を見上げる龍麻だったが、こういう時に限って京一はしつこかった。
「おい待てよ、今はそれより龍麻こいつの追及を」
 そんな場合じゃねぇだろ、と血が減っているせいか、気が短くなっている龍麻は声を荒げかける。
もしそうしていれば、柳生のところに行く前に仲間割れを起こしていたかもしれなかったが、
やはり持つべきものは友人だった。
「あ、やっぱりひーちゃん達も見に来てたんだ」
 騒いでいる龍麻達のところにやって来たのは、小蒔と葵だった。
実に良いタイミングで登場してくれた小蒔に感謝した龍麻は、
小蒔の隣にいる葵の、さらにもう一人いるのを見て、思わず大声を出してしまっていた。
「マリィ! なんでここに」
「家を出ようとした時に見つかってしまって」
 申し訳なさそうに葵が謝るが、見た目は十ニ、三歳にしか見えない少女は、
いつも彼女と一緒にいる黒猫を胸に抱いて、きっぱりと宣言した。
「マリィも一緒に行く……いいでしょ、タツマお兄ちゃん」
 マリィの持つ火走りファイアスターターの『力』は大きな助けになるのは間違いない。
しかし今回は、危険があまりに大き過ぎる。
止めさせようとして龍麻は、マリィの瞳が、
彼女の使う焔にも劣らないくらいはげしく輝いているのを見てしまった。
身体は小さくとも、彼女も紛れもなく宿星の一人なのだ。
この分ではマリィは帰れと言っても全く聞かないだろうし、それを説得する時間もない。
強気で言ってはみたものの、
追いかえされはしないだろうかと不安げにライトグレーの瞳をゆらめかせるマリィと、
彼女の胸元で飼い主が悲しそうにしているのは全部お前が悪いのだ、
とばかりに翠玉エメラルドの眼光で威圧する黒猫に負け、龍麻は彼女の同行を受け入れた。
「わかった。でも葵の傍を離れちゃだめだよ」
「ウンッ!」
 喜びのあまりマリィは飛び跳ねる。
その歓声に、けたたましいタイヤの音が重なった。
「あなた達!」
 白い、ありふれたワンボックスの車の運転席から顔を出したのは、意外な人物だった。
「絵莉さん!」
 彼女と会うのは、拳武館の事件以来だ。
だが再会を喜ぶ間もなく、絵莉は口早にここに現れた理由を告げた。
「乗って、寛永寺まで送ってあげるわ」
「でも」
 『力』を持たない絵莉が寛永寺まで近づくのは、マリィよりも遥かに危険だ。
しかし、続く彼女の一言で龍麻達は提案を受け入れる羽目になった。
「ラジオで言ってたけど、交通はほとんどマヒしてるわよ」
 原因不明の地震と停電により、都内は大混乱に陥っているという。
そういえば屋上にいた時も、灯りが減っているような気がしていたことを龍麻は思い出した。
最後の決戦に間に合わなかった、では話にならない。
彼女の機転に素直に甘えるしかないと思い、龍麻は仲間達と車に乗りこんだ。
 乗った直後、龍麻は気づいたことがあった。
「でもそれじゃ、車でだって」
「フリーのルポライターを舐めないで。東京の裏道なら把握してるわ」
 絵莉さんは普段徒歩のはずじゃ──再び問おうとした龍麻は、危うく舌を噛みそうになってしまった。
六人を乗せた車は、一瞬、車体を震わせて重量に不満を漏らしたかと思うと、
結構な勢いで走り始めたからだ。
右に左に、前に後ろに、激しく揺さぶられる龍麻達は、しばらくは話すことも出来なかった。
 その中で絵莉はギアを忙しく動かしながら一人で話す。
「織部神社の神主さんをお見舞いに行ってきたのよ。まだ会わせてはもらえなかったけど」
 絵莉は旧日本軍が極秘に行っていた研究の成果、
すなわち織部神社と靖国神社に保管されている『鍵』の存在を突きとめていた。
それこそが龍脈の『力』を手に入れようとする者にとって、
必要不可欠なものであることも判っていたが、『鍵』が奪われるのを阻止することは出来なかった。
織部神社の神主の方には一応注意を喚起はしておいたのだが、
絵莉もまさか敵がこうも直接的な手段で奪いにくるとは思っていなかったのだ。
 『鍵』を手に入れた敵は、すぐに龍命の塔の起動を始めるに違いない。
その場所を突き止めるのはさすがの絵莉もてこずったが、全ての仕事をキャンセルし、
膨大な資料をしらみつぶしに当たった結果、
二つの塔は天龍院高校と真神学園の位置にあると判明したのだった。
 龍麻達にこの事実を教えに行く途中、見舞いに寄った桜ヶ丘中央病院で絵莉は新井龍山に会い、
彼らを助けてやるよう頼まれた。
当然そのつもりだった絵莉は、レンタカーを借り出すと真神学園に向かった。
そこに彼らはいるという、確信を抱いて。
「本当はもうちょっと格好いい車で迎えに来てあげたかったんだけどね」
 信号で止まったので後ろを振り向いた絵莉は、茶目っ気たっぷりに片目を閉じてみせた。
「いや、ありがてェ……んだけどよ、ちょっと運転荒くねェか? 絵莉ちゃん」
 京一がぼやくのももっともで、交通量が少ないのを良いことに、
絵莉はほとんど交通ルールぎりぎりで運転していた。
角を曲がるたびに龍麻達の身体は大きく左右に振られ、
マリィは葵が支え、その葵は龍麻が支え、更に龍麻は醍醐にもたれかかる羽目になっていた。
「細かいことは気にしないで、しっかり掴まってなさい」
 後部座席の悲鳴は、威勢良く鳴るタイヤの音にかき消されていった。

 寛永寺の近くでワゴン車が止まると、転げ落ちるように龍麻達は車外に出た。
しばらくは腹をさするのがやっとで、柳生が罠を張っていたら闘う前に全滅していたかもしれない。
「あと五分乗ってたらボクもうダメだったかも」
 小蒔の感想は全員が共有するところで、京一でさえもがややぐったりとしている。
その中でマリィは意外にも平気なようで、逆に葵を気遣ったりしていた。
「それにしても……凄ェ氣だな」
 どうやら回復したらしい京一は、龍麻の隣に立って言った。
それを機に、他の仲間も表情を引き締める。
 京一の言う通り、天海が怖れ、封じたと龍穴があるという寛永寺は、凄まじい氣に満ちていた。
まだ龍命の塔によって増幅された氣がこの地めがけて流れこむという
最後の段階には達していないはずなのに、既に物理的な圧力を感じるほどの氣だ。
「ありがとうございました、絵莉さん」
 龍麻が礼を言うと、絵莉は気さくに手を振った。
「いいのよ、わたしにはこれくらいしか出来ないんだから。それよりも皆、必ず帰ってきてね」
「ヘヘッ、任せとけよ。柳生はきっちりブチのめしてきてやッからよ。な、龍麻」
 豪語する京一に笑って同意した龍麻は、仲間の顔を見まわした。
醍醐、小蒔、葵、マリィ、京一。
龍麻が順に視線を合わせると、皆、小さく頷いた。
「よし……行こう」
 東京このまちを、護るために──
龍麻達は、最後の闘いの場へとおもむく。



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