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長風呂ですっかり空腹を覚えた二人は、すぐに食事を始めた。
交代で──正確には、龍麻が二日にマリアが一日の割合で──作る食事は、
今日は龍麻の番だったのだが、風呂場での詫びも兼ねて、マリアが作ることになった。
と言っても、それほど凝ったものを作った訳ではない。
それでも、龍麻はマリアの作ったものなら残さず食べたし、この日も例外ではなかった。
成長期の少年と同じ量の食事など採る必要も無い
──どころか、朝に血を吸っているから食事自体の必要も無いマリアは、
龍麻がテーブルに並べられた食事を片っ端から片付けていくのを、
テーブルの上では幸福そのものの表情で見つめていた。
料理を作るだけでこれほど幸福になれると知ったのは全く予想外のことで、
その一点だけでもマリアはし切れない感謝の念をこの年下の少年に抱いていた。
その思いは幾度同じ経験を重ねても少しも色褪せることはなかったが、
じっと見つめていても気付く気配すら無い龍麻に、
それとは全く別の想いもマリアの裡で蠢き始めた。
テーブルの下の素足を伸ばし、龍麻のすねにちょっかいを出す。
指を触れさせた瞬間だけ、龍麻はわずかに動きを止めたものの、
気付かないふりを決めこむことにしたらしかった。
マリアも木の板一枚隔てた向こうで他愛ない駆け引きを行なっていることなどおくびにも出さず、
学校であったことなどを話しかける。
「そうそう、今日は蓬莱寺クンが来たのよ」
「京一が? あいつ大学行かないのに?」
「ええ、勉強はまるでする気が無いみたいだけれど、出席日数が足りないのよ」
「そっか……あいつしょっちゅうサボってたからな。ってことは明日も来るのかな」
「ええ、多分、これから卒業式まで毎日来ないといけないでしょうね。
ワタシの授業だけならなんとかしてあげられるけれど、他の先生の分はどうしようも無いから」
「それじゃ、明日は俺も行こう」
龍麻がわざわざ口にしたのは、言外に今日はもうしない・・・という宣言を込めているのだった。
それに対して、マリアは静かな微笑をたたえながら両足で返事をした。
「……!」
龍麻の左足だけに狙いを絞り、両足の指で愛撫を始める。
ふくらはぎを裏から支えるようにして、骨を親指と人差し指の間で挟み往復させ、
ごつごつとした感触を愉しみながら、膝の下まで上っていき、そこからまた下る。
浴室のように滑らかには動かせなかったが、
うつむいているところを見ると龍麻はきちんと感じているようで、
調子に乗ったマリアは足の裏も使って遊び始めた。
少し湿り気を帯びた指が、微細な刺激を与えてくる。
どうしてこんな動きが出来るのかと不思議に思ってしまうほど多彩な動きで脛を撫で回され、
龍麻は足下から石化するような感覚を味わっていた。
それはもちろん、東京を護る闘いの中で受けたことのある石化とはまるで違う、
その身を進んで捧げたいとすら思わせる淫蕩なものだった。
龍麻の我慢がいつまで続くのか、じっくりと観察しながら足を組んだマリアは、
膝を支点にして足を伸ばす。
太腿を伝って、龍麻の身体の中心へ。
しかし、いくらマリアの足が長いといってもそこまでは届かず、
マリアは一度足を下ろし、椅子をこちらに引き寄せようとした。
もうテーブルから下の部分はほとんどマリアに奪われてしまい、
更に上の部分へと侵食は始まっていたが、椅子が引き摺られる大きな音が龍麻を我に返らせた。
「っ、ご、ごちそうさまでしたッ!」
すんでのところでまたマリアの毒牙にかかってしまうところから逃れることが出来た龍麻は、
股間の疼きを隠して急いで立ちあがる。
もう少しでめくるめく官能の一時が手に入ったところを逃してしまったマリアだったが、
それを慌てもせず余裕の表情で眺めていた。

食器を洗い終えた龍麻が、逃げるように寝室に入っていく。
食器を洗うのも分担で──こちらは龍麻が三日にマリアが一日の割合だった──
行なっていたが、今日の龍麻は随分と乱暴に洗っていた。
賑やかに音を立てていた皿の一枚を手に取ったマリアは、そこに自分の顔を映しだし、
それでも彼が全く手を抜かずに仕事を終えていることに半ば賞賛し、半ば呆れる。
龍麻の一人暮らしは去年の四月からだったと言うが、このまだ一八歳の少年は、
遥かに長い時間一人で生きてきた自分よりもずっと家事の手際が良かった。
それは彼が還ってきた後、半ば強制的に自分の家に住まわせた時から
マリアにコンプレックスを与えることとなって、
マリアは初めの数日こそ良い所を見せようと努力をしたものの、すぐに諦め、
彼に半分以上の家事を委ねることにしたのだ。
負担が減るのと一緒に肩の力もいささか抜けてしまい、
朝のようなやり取りが日常のそこかしこでされるようになった、
という副作用が生じたものの、今の生活は待ち続けただけのことは充分にある、
とても幸福なものだった。
これが続くのならば、人の世に埋もれても構わないと信じられるほどに。
わずかな時間、過去に──過去、と言っても一月前とそれ以前とでは意味あいが全く異なる──
思いを馳せていたマリアは、
皿の向こうの自分が、過去にはあり得なかった笑みを浮かべていることに気付くと、
食器を戻して彼の待つ寝室に向かった。

マリアが東京で家を選ぶ時、浴室とこれだけは妥協しなかったベッドは、
日本ではなかなか見られない大きなものだった。
ヨーロッパから取り寄せた逸品は、
どちらも平均を大きく上回る身長のマリアと龍麻が並んで寝てもまだ余裕がある。
おかげで寝室は本当にベッドを置くだけになってしまっているが、
初めてマリアの家に入った時大量のワインに呆れた顔をした龍麻も、
このベッドはすぐに気にいったらしく何も言わなかった。
その龍麻は、熱心に明日の用意など整えている。
自由登校なのだから授業を受ける必要はなく、極端な話、
受験用の参考書を持っていってずっとそちらの勉強をしていても構わないのだ。
しかし、変な所で融通の利かない龍麻はそれを好まず、
一度は持ち帰った辞書さえ持っていこうとしているようで、
まだしばらくかかりそうだと思ったマリアは、
白い、豪奢なナイトガウンを脱ぎ捨てて先にベッドの中に潜りこんだ。
音で龍麻も気付いてはいるはずだが、何も反応を示さない。
それが意図しないものなのか、それとも焦らしているのか、
マリアは判断がつかないまま辛抱強く待ち続けた。
待つことには慣れていたはずの心が、鼓動よりも早くさざめく。
それは、今となっては忌まわしいだけの血の衝動にも似た渇望。
目の前で呑気に背中を掻きながらこちらを向こうともしない牡に放つ瞳には、
砕けた氷山のような乱反射が浮かんでいた。
しかし、見た者を狂おしい熱情に駆り立てずにはいられない魔性の眼光も、
見られなければどうしようもない。
なお気付く気配もない龍麻に、自分から声をかけようかマリアが迷っていると、
ようやくベッドに入ってきた。
満月の夜よりもそれを待ちわびていたマリアは、
シーツが落ち着くいとまさえ与えず龍麻を求める。
「ちょ、マリア先生、今日はもういいでしょう……俺は明日学校に行きたいんですって」
「大丈夫よ……目立つところに痕は残さないから」
真摯な叫びを豊かな胸で押し潰して、少年に覆い被さる。
跳ねかえそうとした龍麻は、
マリアの乱れた髪と立ちこめる石鹸の匂いに何も出来なくなってしまった。
それはあまりに急激な硬直だったので、マリアも動きを止めて訝しむ。
「どうしたの? そんなに嫌なのかしら?」
「い、いえ……そうじゃないんですけど」
答えた龍麻の目は、行き場を求めてあちこちさまよっていた。
「はっきり答えなさい」
こんな所で教師根性が顔を出し、マリアは詰問するように瞳を覗き込む。
珍しいことに、それでもなお龍麻は口を割らなかったが、答えは意外なところから返って来た。
太腿を、熱い何かが叩いたのだ。
「……あら」
理由が解ったマリアは、二度ほどまばたきをすると、そっぽを向く龍麻の上で含み笑いを漏らした。
「別に恥ずかしがらなくてもいいのよ」
「違うんです。……その、ちょっと節操が無いかな、って」
「アナタは若いんだからそれくらい当たり前だし、それに……ワタシもその方が好きよ」
更に喉の奥で笑い、龍麻の、やや長目の前髪に自分のそれを触れさせる。
「ん……」
睦み合う、唇。
雛が卵から出るようにおずおずと伸びてくる龍麻の舌を、マリアは優しく外へと導いた。
静かに、それが当然のように絡み合わさる舌に、感覚を集中させる。
唾液が伝い、膜を張る。
お互いの口はすぐに卑猥な輝きに包まれていったが、もう龍麻も気にすることは無かった。
それどころか、股下で昂ぶりを一身に受け止めている生殖器をマリアに押し付け、
牡らしいストレートな欲望をアピールしてくる。
マリアが触れただけで爆ぜそうな太い柱を巧みに転がして刺激してやると、
龍麻は両手を尻に回して強く揉みしだいた。
乱暴な、尻の谷間をこじ開けられるような強い愛撫も、マリアは不快ではない。
時々加減を忘れた龍麻が指を食いこませる時でさえ、
サキュバスと成り果てた時の彼女には快楽としか感じなかった。
「ふ……ん、ぐ……むむぅッ、っは、はぁっ」
みっともない鼻息を漏らしながら、我を忘れて桃色の肉と白く泡立った粘液を貪り合う。
次第にお互いに抑えが効かなくなり、ベッドの上を転げて情欲を叩きつけた。
平衡感覚も一時的に失くしてしまうくらい激しくもつれあっていた二人は、
いつのまにか元の位置に戻ってきている。
「はぁっ、はぁっ……」
全力疾走をした後のように肩で息をしていた二人だったが、先に動いたのはやはりマリアの方だった。
乱れた髪をかきあげ、龍麻のも同じようにしてやると、首筋に勢い良く顔を押し付ける。
朝と同じ場所に唇を貼りつかせたマリアは、
自分の台詞を思い出して強く吸うのは控えることにした。
その代わりに箇所を増やし、龍麻の身体を薄いキスで満たしていく。
脂肪の薄い、筋肉質の身体を丹念に辿り、下腹へ。
やがて微かな臭いと共に現れた屹立にも、同じようにキスの雨を降らせた。
熱気を放つそれは、更に一回り大きくなって刺激を求めてくる。
毎日絞り尽くす勢いで身体を重ねているのに、
まるで衰える気配も無いのは、若さなのか、龍氣のせいなのか。
マリアは屹立にうっとりとした眼差しを向けながら、ゆっくりと舌を滑らせた。



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