<<話選択へ
<<前のページへ

(3/3ページ)

 中央公園の桜は満開で、花見客も公園のほとんどを占めるくらい大勢来ている。
場所取りがさぞ大変だろうと思われたが、運良く空いた一角に、龍麻達三人が突進すると、
ガタイの良い高校生が三人、それも一人は木刀を担ぎ、一人は高校生離れした大きさの彼らに
対抗しようという者はおらず、三組ほどのグループが、ひきつった顔をして場所取りを諦めていった。
「それではァ、緋勇龍麻クンの真神への転校を祝ってェ、かんぱーいッ!!」
「かんぱーいッ!!」
 小蒔達の唱和に混ざって、なぜかあちらこちらで声がする。
すでに酔った何組かの花見客のようで、調子の良い京一などは、
その中からめざとく女性のグループを見つけて手を振っていた。
「もうッ、いいかげんに座んなよ、恥ずかしい」
 小蒔に制服の裾を引っ張られて、ようやく座った京一は、さっそくジュースを飲みほした。
「かーッ、やっぱりオレンジジュースじゃ風情がでねェな」
「京一の風情ってなんだよ……」
「そりゃあお前、花見酒に月見酒だろ」
 小蒔に即答する京一に、複数のため息が漏れる。
「蓬莱寺クン。まさかとは思うけど、アナタ」
 マリアが居ることをすっかり忘れていたらしく、京一は頭を掻いた。
「や、やだなあ、あくまでも想像ですよ、想像。だったらイイなっていう」
「どうだか……」
 しみじみと呟く小蒔に、京一は指先を突きつけた。
「やい小蒔ッ!! さっきからネチネチ絡んできやがって、
言いたいことがあるならはっきり言いやがれッ!!」
「べーだ。制服着てお酒の話なんかするアホに言うことなんかないよーだ」
「ぐッ……」
 言い負かされた京一は、ヤケを起こしてたこ焼きやら焼きそばやら、用意されたつまみを食べ始めた。
「ちょっと、全部食べないで少しは残しといてよ」
 警告も無視してかきこむ京一に危険を覚えたのか、小蒔も食べ始めた。
元から食べている醍醐と三人で、片っ端から食べ進めていく。
マリアを含めた四人は、次々と空になっていく器に呆れるしかなかった。
「もう……お腹壊しても知らないわよ、アンタ達」
 言い終えたアン子は、彼らが食べているものが相当にたくさん用意されていることに気がついた。
「ところでこれ、誰が用意したの? ずいぶんたくさんだけど」
「俺が」
 全員が驚いて発言主である龍麻を見た。
「えッ、緋勇クンが買ったのコレ!? 緋勇クンの歓迎会なのに」
「そう思うんなら食うのを控えろよ」
「京一だってずっと食べっぱなしじゃないか」
「俺はいいんだよ、俺は。なあ緋勇」
「じゃあボクだっていいじゃない。ねえ緋勇クン」
 もとより代金を請求するつもりなどない龍麻は、小さく頷いただけで二人の食欲を咎めなかった。
 教師であるマリアは、それなりの金額になったであろうと察したのか、
やや複雑な表情で龍麻を見たが、東京を闊歩する、高級バッグを携えた女子高生のように
分不相応な金遣いとまでは言えないので、静観することにしたようだ。
代わって、新たなスポンサーになるとでも思っているのか、
愛想良く龍麻にジュースを注いでいるアン子に話しかけた。
「そういえば遠野サン、旧校舎に入って犬神先生に怒られたんですって?」
 マリアに言われてアン子は肩をすくめた。
ただし表情から本気で反省してはいないのが明らかで、マリアもそれ以上咎めるつもりはないようだ。
「それで、何か見つけたのかしら?」
「いやそれが先生、見つかったのは埃ばっかりで。もう大変だったんですよ、
あたしいつもは早風呂なんですけど、あの時ばかりはじっくりたっぷり入って。
……コラ男性陣、あたしの裸想像したでしょ今!」
「馬鹿野郎、誰がお前の裸なんて想像するかッ! 飯がマズくなるだろうがッ!」
 男性陣を代表したのは京一で、彼の怒声には疑いようのない凄みがあった。
一方で確かにスタイルは良いと思われるアン子は、しな・・を作って龍麻にウインクしてみせた。
「アラ、こう見えて脱いだら結構凄いのよ、あたし。
緋勇君にならと・く・べ・つに見せてあげてもいいわよ。ただってわけにはいかないけど」
「やめとけ緋勇、ケツの毛まで毟られんぞ」
 意図してか否か、アン子は茶化してみせ、生徒達に釣られてマリアも笑った。
艶やかな微笑は桜にも劣らぬ美しさだったが、彼女の蒼い瞳が、一瞬だけ薄い刃のように閃いた。
それは夜の闇に紛れてすぐに消え、誰も気づいた者はいない。
否、たった一人、龍麻だけが、驚いたようにマリアを見ていた。
彼の視線に気づいたマリアは、年長者の老獪さで、彼が何かを口にするより早く、教え子達に話しかけた。
「とにかく、怪我がなくて良かったわ。立ち入り禁止にするのはちゃんと理由があるのだから、
これからは気をつけなさいね」
「はあい」
 生徒達は神妙な顔で同意した。
 一時的に周りの音量が下がったからなのか、遠くの声が聞こえる。
はじめは浮かれて羽目を外した花見客かと思ったが、どうも違うようだ。
低く近づいてくるどよめきに、龍麻は立ちあがって声の方を向いた。
「どうした? 可愛いお姉ちゃんでもいたか?」
 京一を無視して龍麻は目を凝らす。
前方にある人だかりが、騒ぎの源のようだった。
人だかりは少しずつ移動してきていて、その向こう側に何かが居るようだ。
この場所からそれ以上は確認できず、靴を履いて直接見に行こうとする龍麻の耳に、悲鳴が弾けた。
飛びだした龍麻にやや遅れて京一達も続いた。
 後退してくる人々をかき分けて、龍麻は前に進む。
やがて龍麻の前に現れたのは、一人のサラリーマンだった。
スーツの前ボタンを外し、ネクタイを緩めた姿は、今日この場にあっては珍しくはない。
彼の姿が一目で異常だと感じさせ、人々を騒がせていたのは、彼が右手に持つ、
一メートルほどの刃物の存在だった。
「おいおい、本物かよありゃ」
 龍麻に追いついた京一が、彼の横に並んで、どこか面白そうに言う。
反対側には小蒔が、こちらは頭だけを出して呟いた。
「本物って……まさか、アン子が言ってた博物館から盗まれたってヤツ?」
「さァな……だが、日本刀なんてそんなポンポン落ちてるモンじゃねェだろ」
 すると京一を押しのけて、さっそくカメラのシャッターを切りながらアン子がけしかけた。
「あんた、ちょっと行って聞いてきなさいよ。なんなら斬られてきたっていいわよ」
「馬鹿野郎ッ、あの目を見やがれ、話なんざ最初ハナッから通じねえに決まってるだろうがッ」
「何よ、その木刀は飾りなの?」
 目を細めた京一は、しかしアン子の挑発に乗ったりはしなかった。
「ヘッ、言ってもわかんねェよ、お前にゃ」
 京一らしくない達観に、さらにアン子が言い返そうとすると、野次馬達の方から叫び声が上がった。
 親とはぐれてしまったのだろうか、二歳くらいの子供がふらふらと歩いている。
気づいた大人達が口々に叫ぶなか、子供はむしろ彼らから遠ざかるように、
すすんで日本刀を持った男の前に出て行ってしまった。
男を囲む輪から悲鳴があがるが、助けに行こうという者はいない。
全員が等しく呑んだ唾の音に、呼応するように男が子供に気づいた。
正気を失った目で子供を睨むと、狂気に感応した子供がたちまち泣き始める。
 子供に近づいた男は、引きずっていた日本刀を両手で持ち直し、ゆっくりと頭上に掲げた。
これから繰り広げられる惨劇を哀れんでか、舞っていた桜の花片さえ沈黙する。
子供の泣き声は一層高まり、花見客達の中には早くも目を閉じる者もいた。
「まずいな、ありゃ……って、おいッ!」
 京一の横から黒い塊が発射されたのは、彼が呻いたのと同時だった。
 身を低くして飛びだした龍麻は、全速力で子供に近づくと、泣き叫ぶ子供を一気にすくい上げる。
その直後、日本刀が振り下ろされ、一際高い悲鳴が桜の木々を揺らした。
「あの野郎ッ……!」
 木刀の包みを解きながら京一は飛びだした。
日本刀の男と龍麻の間に割って入り、油断なく木刀を構える。
 子供を抱きかかえてそのまま群衆の輪まで走っていき、子供を預けた龍麻は、
一息もつかずに反転すると、日本刀の男に向かった。
 子供の無事に沸き立った観衆は、注目を龍麻から日本刀の男へと戻す。
鈍色の刀の前には、茶色の木刀を構えた京一が立っていた。
「キシャアァァッッ!!」
 子供を仕留め損なった苛立ちからか、日本刀の男は新たに現れた獲物に奇声を放つや否や斬りかかった。
上段、やや斜めから振り下ろされた日本刀を、木刀が迎え撃つ。
誰もが高校生を無謀だと思い、せっかく子供が助かったのに、無謀にも木刀で挑みかかった彼が、
真っ二つにされる光景を思って目を伏せた。
 キン!
 咲き誇る桜の中心で響いた、秋風のように澄んだ、いささか場違いな音は、実は不自然だったのだが、
それに気づいた者は観衆の中にはいなかった。
おそるおそる顔を上げた彼らはただ、目の前で起こったはずの惨劇が、
ただの血の一滴すら流れていないことに、思考力を失ったかのように目を丸くしている。
京一の友人達さえ、にわかには状況が把握できないでいるなかで、ただ二人、
当事者である京一と、彼の後方にいる龍麻だけが京一の技を理解していた。
 日本刀の男はまったく剣術を学んでおらず、太刀筋はおろか日本刀の握り方さえ正しくなかったこと。
京一は使っている刀こそ木刀であるものの、彼の剣術は日本刀を土台としたものであること。
そして、京一は氣に目醒めていたこと。
幾つかの要素が重なって、京一の木刀は日本刀を弾きかえしていたのだった。
 大きく体勢を崩している男に再び構える隙を与えず、京一は攻勢に転じた。
「てやあァッッ!!」
 裂帛の気合いと共に、木刀が打ちおろされる。
日本刀の男とは比較にならない疾さと正確さで繰りだされた剣撃は、
狙いを違えることなく男の右手首に命中した。
 持ち手を痛打された男の手から日本刀が落ちる。
そこにもう一撃、京一が木刀を叩きこもうとした刹那、
戻ってきた龍麻が勢いを減じずに男の懐に飛びこんだ。
野次馬たちの中には、男の腹部に添えられた龍麻の手が光ったのを見た者もいたが、
激しい動きの最中だったので錯覚だと思った者がほとんどだった。
 龍麻の氣による打撃を受けた男は、その場で腹から崩れ落ちる。
男が動かなくなってから三秒後、二人の高校生が勝利をおさめたと知った観衆は、
割れんばかりの拍手と歓声で二人をねぎらった。
 二人のうち、木刀を携えた方の高校生は、あらゆる方向からの賛辞にひとつひとつ応じ、
特に女性に対しては実に愛想良く手を振ったりしている。
一方で先に飛びだした高校生の方は、何度も頭を下げる子供の母親に軽く手を挙げて応じただけで、
さっさと仲間達のところに戻り、さらには仲間を連れて輪から抜けだし、去ってしまった。
 木刀を携えた京一が、龍麻達のところに戻ってきたのは、三分ほどが過ぎてからだ。
「いやァ、善いことをすると気分がいいねェ」
「京一の場合はもてはやされたからじゃないッ、お調子者なんだから」
 小蒔の嫌味にもまったく堪えない京一は、彼の武勲をアシストした男の隣にどっかり腰を下ろした。
木刀を小脇に抱いて紙コップを女達に差しだすさまは、中国の武侠小説に出てくる無頼漢のようだ。
 真神新聞の売り上げ増間違いなしの特ダネを確保したアン子が、上機嫌で京一に注いだのは、
もちろんただのジュースだったが、京一はひと息に仰いで飲みほし、
酔っぱらったかのように龍麻の肩をなれなれしく抱いた。
「さすが、俺の相棒だけのことはあるってモンだ。けどよ、飛び出すんなら一言言ってけよな。
そうすりゃあ、もうちっとカッコいい見せ場が作れたのによ」
「そんな暇はなかった」
「そりゃまァ、そうだけどよ」
 感情をどこかに置いてきたような冷静さで答える龍麻に、浮かれていた京一もやや鼻白んだが、
彼が顔をしかめたのはそれだけではなかった。
不意に刺すような臭気を感じたのだ。
京一が不審を口にしようとした矢先、小蒔が口を開いた。
「緋勇クン、怪我はないの?」
「大丈夫だろ」
 小蒔にそっけなく答える龍麻の声が、徐々に小さくなる。
ふらふらと揺れる龍麻に、不審を抱いて背後に回りこんだ小蒔は、思わず叫び声をあげた。
「うわッ、ちょっとッ、血だらけだよッ!」
 京一達も慌てて龍麻の背中を見ると、小蒔の言う通り、制服が斜めに大きく切り裂かれ、
そこから少なくない量の血が出ていた。
「そうか? 避けたつもりだったんだけどな」
「おいおい、のんきに答えてんじゃねェよ。氣じゃ治せねェのか?」
「手が届かない」
 冗談で言ったのかと京一は思ったが、龍麻は真剣のようだ。
そもそも氣とは呼吸によって生成されるものであるから、
今の龍麻のように重傷を負っては氣を練ることも困難だった。
「じゃあ病院に」
「注射は好きじゃないな」
「ンなこと言ってる場合じゃねェだろがッ!!」
 他人事のように語る龍麻の、顔がどんどん白くなっている。
こうなったら担いででも病院に連れていくしかないと考える京一の眼前で、ついに龍麻は倒れてしまった。
「ひ、緋勇クン……!?」
 小蒔の呼びかけにも答えず、シートに滲んでいく血が怪我の深刻さを伝える。
「醍醐、緋勇を担げッ!! 病院に連れていくぞッ!!」
 京一の指示に頷き、醍醐は龍麻を背負おうとする。
その彼を、葵が一歩進み出て制した。
「待って。……私が治すわ」
「葵……?」
 一同が驚くなか、葵は龍麻の傍らにかがんで彼の傷口に手をかざす。
傷を治したいと強く念じていると、下腹部から強い熱を感じた。
球状に感じる熱は、葵の意志に応じて上昇し、肩から腕へと伝わっていく。
手の先端に到達した、と感じた直後、掌が熱くなり、何かのエネルギーが放出された。
 昨日葵は、龍麻が葵自身を治療するところを見ていたが、彼の態度はともかく、
治療の後に疲れたようすは見せなかった。
しかし、葵は今、少なからぬ虚脱感を受けている。
龍麻を癒す前に、自分が倒れてしまわぬよう気を張らねばならなかった。
 龍麻を治療することに、ためらいがなかったわけではない。
危うく純潔を散らされそうになった記憶もまだ生々しく残る葵は、
彼に死んで欲しいとまでは願わなくても、積極的に関わりたいとは思わなかった。
突如として身に宿すこととなった氣という怪しげな力も、使いたくはなかったけれども、
子供を助けようとする龍麻の行動は、葵の胸を強く打った。
同じ場に居合わせながら、怯えて声さえ上げられなかった自分と較べて、
誰の力も借りずに、日本刀の恐怖に竦むこともなく飛びだした龍麻の、何と勇敢なことか。
少なくとも、この傷は治す必要がある――そう決心し、葵は治療を始めたのだった。
「……」
 葵の身体が淡く光っているのを、京一達は声もなく見ていた。
その輝きは昨日旧校舎で見たのと同じ輝きで、彼女が今使っている超常的な力が龍麻の説明通り、
旧校舎での出来事と密接に関係していると信じさせる。
それは、彼らにも間違いなく同種の力が宿ったのだという証明でもあった。
 治療を開始して数分が過ぎた頃、龍麻の肩が動きはじめる。
呼吸が戻ってきたのは間違いなく、葵の『力』は龍麻を救ったのだった。
「う……ッ……」
 身体を起こした龍麻は、葵を見て顔をしかめる。
だがそれは彼女に非があったからではなく、背中がつったからだった。
「治してくれたのか?」
「……ええ」
「そうか……助かったよ」
 礼が返ってくると、葵は思っていなかったのかもしれない。
短く、武骨ではあっても素直な謝辞に、彼女は戸惑った顔をした。
そんな葵を黙って見ていた龍麻は、すぐに立ちあがった。
足どりに力強さはないが、ふらつきもしておらず、確かに回復したようだ。
これは葵の『力』が優れていることを意味していた。
「アナタ達……その力は……」
「あ、あのッ、これはね、せんせー」
 マリアが険しい目をしているのは、全員で担いでいると疑っているのではないか。
そう思った小蒔は、慌てて事情を説明した。
「昨日、旧校舎に行ったら何か急に身体が光って、
緋勇クンが言うにはその時に氣が使えるようになったんじゃないかって」
「馬鹿、ペラペラ喋ってんじゃねェよ」
 京一に肘でつつかれてようやく、余計なことを言ったと気がついた小蒔は、
慌てて両手で口を塞いだが、時既に遅かった。
 だが、生徒会長まで立ち入り禁止の旧校舎に入っているという自白を聞いても、
教師であるマリアは咎めようとはしなかった。
「そう……信じられないけれど、実際に見てしまったら信じざるを得ないわね」
 そう言ってマリアは、龍麻や葵の見せた『力』が、手品やトリックではないと納得した。
その態度は生徒達を信じる、堂々たる教師の姿ではあったものの、
いやにすんなりと納得したものだ、と疑問に思う者もいた。
龍麻はその一人だったが、これ以上事態をややこしくしても意味がないと考え、
マリアに何か言ったりはしなかった。
 納得しなかったのはマリア以外にもう一人、この場にいて『力』を使えない遠野杏子だ。
「『力』って……あんた達、何よそれ。なんであたしにはないのよ」
「しッ、知らねェよ。お前は旧校舎には居なかっただろ、あん時」
「すぐ近くにいたじゃないッ!!」
 まるで『力』を得られなかったのは京一が悪いとばかりにアン子は京一を難詰する。
これ以上詰め寄られてはかなわないと、京一は龍麻に話しかけた。
「それで、怪我の方はすっかりいいのかよ」
「ああ、痛みはないな。血が止まってるかどうか、見てくれないか」
 龍麻が上着を脱ぐと、白いシャツは背中一面赤く染まっていた。
多量の血による臭気に京一は顔をしかめたが、新たな血は出ていないようだった。
「止まってるみてェだな。大したモンだな、美里の『力』は」
「ああ、本当に助かったよ」
 葵は二人に褒められてもさほど嬉しくはなく、むしろ『力』などというものを
手に入れられなかったアン子が羨ましいくらいで、微妙な表情を保つのがやっとだった。
「キリが良い、というのもおかしいけれど、そろそろ帰りましょうか。緋勇クンは大変だったことだし」
 マリアの常識的な提案に、一同は帰り支度を始めた。
 大きく切り裂かれた制服を見て、龍麻は嘆いた。
「参ったな、また制服を買いに行かないといけない」
 龍麻の台詞を聞いて、葵は内心でどきりとしたが、
彼は単純に転校してきた際のことを言っているらしかった。
「お、ならよ、短ランにしようぜ」
 京一の提案をすかさず醍醐が一蹴した。
「こら京一、緋勇を悪の道に引きこんでどうする」
「短ランのどこが悪の道だってんだよッ! お前だって長ランじゃねェか」
「俺はサイズがないから仕方なくだ」
「外から見りゃ一緒じゃねェか、なぁマリア先生」
「え、そ、そうね……」
 堂々と校則違反をしていると言われて、さすがのマリアも歯切れが悪い。
実のところ、彼ら以外にも桜井小蒔のスカートの丈も短いのをマリアは気にしていたのだが、
花見の席で指摘するのも野暮な気がして黙っていたのだ。
 それにしても、とマリアは思う。
あの旧校舎には何かがあると思っていたが、まさかこのような秘密が隠されていたとは。
犬神杜人が知っていれば、もっと厳重に立ち入り禁止の措置を施しただろうから、
おそらくは彼でさえ知らないことだったのだろう。
 都合の良いことに、旧校舎で『力』を授かった五人は全てマリアの受け持ちである。
監視するのはたやすく、男子生徒三人、中でも緋勇龍麻という転校生を中心に
動向を注視しておけば、何が起こっても対応できるだろう。
龍麻の背中――大きく斜めに切り裂かれた上着にさりげない視線を送る
マリアの眼光には、教え子に向けるそれとは異なった輝きが満ちていた。



<<話選択へ
<<前のページへ