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表への移動は、醍醐の戦意をいささかも減じさせることはできなかった。
それどころか一歩毎に膨れ上がる怒りの氣は肉眼でも見えるほどだ。
醍醐も、そして凶津も長年の怨嗟に決着をつけようと対峙する。
今にも爆ぜそうな気迫が空間に満ちる中、最初に気配に気づいたのは京一だった。
ここにいる五人以外の気配に、袋から木刀を抜き放って構える。
京一の動きに醍醐も感応し、虎のごとく吼えた。
「凶津……そこまで堕ちたかッ」
見ればいつのまにか、先ほど葵に絡んできた連中と同じ制服を着た人間が、
全部で十人ほども周りを囲んでいた。
それぞれが鉄パイプやチェーンやら、何か武器を持っていて、
じりじりと包囲の輪をせばめつつある。
「いいかおめぇら、そこの女はくれてやる。好きにしな」
凶津に応じて下劣な口笛が吹き荒れ、葵の一身に下卑た視線が集中した。
暴力と劣情が混ざった、純粋な悪意を一身に受けた葵は、顔面を蒼白にして半歩後ずさる。
怯えた獲物に、より増幅した悪意が、まず葵の精神を犯そうとしたとき、
彼女をかばうように龍麻が前に立った。
「緋勇君……」
龍麻は葵を犯しかけた男であり、この不良達より性質が悪いともいえる。
しかしこのとき葵は、自ら防壁となった龍麻に心から安堵した。
「凶津とか言ったな」
深く氣を練りながら、龍麻が訊ねる。
「なんだ、てめェはァ?」
「一つだけ聞く。お前が石にした人達を治す方法はあるのか」
龍麻の質問は嘲笑で報いられた。
「はッ、ねェよ、んなモンはッ!! 俺を殺しでもしねェ限りなァッ!!」
もはや怒りも頂点に達した醍醐が、一歩進みでる。
「ここは任せてもらうぞ、緋勇」
過去と現在の双方に闘う理由がある醍醐は、龍麻の返事が当然彼の望むものであると確信していた。
怒りで倍ほどにも膨れて見える巨体は、だが、龍麻によって阻まれた。
「駄目だ」
「……!!」
強く、一片の情も篭ってはいない声に、
醍醐の怒りは向くべき方向を変えてしまうほどだった。
消しきれない怒りを友人に向けて、醍醐が再考を促そうとしたとき、
すでに龍麻は凶津の前に躍りでていた。
「なら、死ね」
短く答えると同時に龍麻は地面を蹴った。
氣で増幅された身体能力は、翼を持つ者のように軽やかに龍麻を動かし、
ほとんど一息に凶津の許へと移動させる。
一瞬の停滞もなく繰りだされた龍麻の右拳を、嘲笑を収めた凶津はかろうじて避けたが、
口の端にはわずかに引きつった笑みが貼りついたままだった。
「てめえ……ッ!!」
激昂した凶津が攻勢に出る。
かつて醍醐と共に行動していたというだけあって、凶津は強かった。
触れただけで人を石にする邪手で牽制して龍麻を近づけず、
龍麻が避けたところを狙って蹴りを放つ。
スピードと体重が十分に乗った蹴りを龍麻は避けきれず、鈍い音が二度、三度と響いた。
「……」
出番を譲る形となった醍醐は、知らず両の拳を固める。
今からでも龍麻を押しのけて自分が凶津と闘うべきではないかと考えたほど、
龍麻の闘いぶりは彼に歯がゆさをもたらした。
「おい醍醐ッ!!」
だが、京一の怒声が彼を我に返らせる。
手下の不良達が九対二なら与しやすしとみて、一斉に襲いかかってきたのだ。
龍麻に対する不満があったとしても、今は抑えねばならなかった。
凶津の手下達にとって、醍醐の不満は災厄でしかなかった。
凶津と龍麻、二者に対する彼の怒りは、普段なら無意識にかけている手加減を、
全くすることなく不良達にぶつけたからだ。
「ぐゥェッ!!」
間合いを測ろうとする不良の一人を無造作に捕まえ、投げ飛ばす。
抵抗する術もなく、力任せに地面に叩きつけられた不良は、
背中からまともに落ちて息もできずにのたうち回った。
圧倒的な実力の差に、チェーンを持った不良が醍醐の頭を狙って振りおろす。
直撃すれば昏倒しかねない一撃を、左腕で防いだ醍醐は、そのままチェーンを腕に巻きつけた。
お互いに動きを封じられた形になったが、不良が仲間に攻撃させようとチェーンを引いた瞬間、
倍する力で醍醐に引っ張られ、無防備な顔面に強烈なパンチを浴びた不良は
血と折れた歯を撒き散らしながら倒れた。
「おいおい、やり過ぎじゃねェのか」
醍醐の戦いぶりに肩をすくめながら、京一は挑みかかってきた不良の胴を打ち、
返す刀で別の不良の面を叩く。
木刀でありながら、氣の光が真剣のようにまばゆく輝く刀が一閃する都度、
不良達は反撃もできぬまま倒れていった。
二分とかからず半分以上の不良達がやられ、残る半数は尻込みしている。
余裕ができた醍醐は、龍麻と凶津の闘いに目をやった。
連続して凶津の蹴りが命中し、龍麻が膝をつく。
そこに襲いかかる蛇のごとき邪手が伸び、醍醐は息を呑んだ。
「……!!」
凶津の右腕が龍麻の左肩を掴んでいる。
そこは早くも変色を始め、離れた場所にいる醍醐からさえ、その範囲が拡大しているのが見えた。
もはや勝負はついたとばかりに、凶津の顔に凶相が浮かぶ。
一方の龍麻は、凶津の懐に潜りこみ、右の掌を彼の心臓に添えていた。
絶好の位置ではあるが、威力のある打撃を加えるのは難しく、
しかも、あの勢いではあと数秒で龍麻の上半身は石と化してしまうだろう。
凶津の許に行くか、先に不良達を倒すか。
逡巡する醍醐の前で、事態は急変した。
龍麻の身体が淡く光り、輝きが急激に増す。
視界全てが白に染まるほどの光が満ち、数秒と経たずに消えたあと、
龍麻の前に立っていたはずの、凶津の姿はなかった。
「かはッ……!!」
短い、発する力さえ失ったかのような悲鳴が、床に伏した凶津の口から漏れる。
一言発したきり痙攣すらせず動かなくなった彼の肉体から、生命が喪われたのは明白だった。
「……!」
凄惨な結果に龍麻を除いた者達は言葉を失っていた。
こうするしか小蒔を元に戻す方法がないと分かってはいても、
眼の前で人が死ぬ、という衝撃は高校生の彼らには容易に吸収できるものではなかったし、
人を殺めておいて平然としている龍麻にも、畏怖混じりの衝撃を受けていたのだ。
凶津を倒された不良達は、とっくに逃げ散っている。
せめて凶津の躯を引き取ろうなどという殊勝な考えを持つ者などおらず、いたとしても、
凶津の傍らに立つ、未だ凄まじい気配を纏う龍麻を排除できるはずもなかった。
膝をつき、凶津の胸に手を当てて彼の死を確かめた龍麻は、
仲間達の方を振り向かずに言った。
「美里」
「は、はいっ」
「石にされた人達を見てきてくれ。石化が解けるはずだ、解けたらすぐに教えてくれ」
嫌いな男の命令ではあったが、この場を離れられるのが嬉しくて、葵は駆けだした。
隣の部屋に飛びこむように入り、小蒔と、石にされた女性達を見る。
奥の方から、小さな音がした。
何かにひびが入ったような音は、次第に部屋のそこかしこから聞こえてくる。
同時に、部屋の明度が上がったように、葵には感じられた。
それは気のせいではなく、部屋の置かれた十体以上の石像が、少しずつ明るくなっている。
ほどなくして、完全に石化の解けた女性が床に倒れ、次々に他の女性も元に戻っていった。
彼女達の無事を横目で確認しながら、葵は小蒔の許へ急ぐ。
果たして、葵が彼女の石像の前に着いた時、もっとも後に石にされた彼女が元へと戻るところだった。
「小蒔……っ!」
「あ、葵……!? え、どしたの……?」
血色を取り戻した小蒔に、葵はたまらず抱きついた。
親友の温かさをずっと確かめていたかったが、龍麻に命じられたことを思いだす。
「すぐ戻るから待ってて」
戸惑う小蒔に言い置いて、葵は部屋の出口に行き、龍麻に声をかけた。
「よし」
葵の返事を聞いた龍麻は集中を始めた。
ほどなく、彼の身体が淡く光りだす。
氣を練っているのが三人には判ったが、
それで何をするつもりなのかは見当がつかなかった。
「おい、何するつもりだよ、そいつはもう……」
人を殺したショックで錯乱しているのかと京一は疑い、醍醐も渋面を作っている。
道を違えたとはいえかつての友であり、死体をなお冒涜しようとする龍麻には
嫌悪を抱かずにいられない。
龍麻を制止できなかった憤りもあって、彼を実力行使で止めようと醍醐は一歩を踏みだした。
踏みだした醍醐の半身が、白く染まる。
龍麻から放たれた光は辺りが何も見えなくなるほど眩しく、たまらず醍醐は腕で目をかばった。
光は十数秒ほども続き、ようやく薄れていく。
視力を取り戻した醍醐が見たのは、光る前と変わらぬ光景だった。
「一体何だってんだ……!」
横合いから京一のぼやきが聞こえる。
彼にも何事が生じたか、分からないらしい。
起こったことを己の目で確かめようと、醍醐は横たわる凶津に近づいた。
凶津の傍らで膝をつく、龍麻の上体が揺れる。
もう少しで倒れるところだったが、手をついてかろうじて回避した。
「緋勇……」
醍醐の呼びかけに、龍麻は答えずに立ちあがる。
なぜ無視をされるのか、状況が全く呑みこめないでいる醍醐の耳に、信じられないものが聞こえた。
「う……っ」
それはごく小さな声だったが、確かに死んだはずの凶津の呻きだった。
慌てて確かめてみると、凶津の身体には間違いなく生気が宿っている。
醍醐は驚き、奇跡を起こした男の背中を見た。
幾分小さくなったようにも見える龍麻に、京一が話しかける。
「たまげたな、最初から狙ってやがったのか?」
「心肺停止から一分以内なら、できるとは思った。
骨を折ったり内蔵を傷つけたりして死なせたんじゃ無理だとも」
「それで醍醐に闘らせなかったのか」
「説明してる暇はなかった」
「そりゃあそうだがよ」
京一の声に険があるのは、龍麻が彼の真意を語らぬまま戦ったのが、初めてではないからだ。
龍麻は自分のことを顧みずに戦おうとするふしがあり、
そのたびに京一は苦言を呈していたが、今回は醍醐も京一に倣いたい気分だった。
だが、事実としては凶津も小蒔も救われ、これ以上は望みようのない結果となっている。
自分が闘っていたら両者とも救えなかった可能性もあったと考えれば、
龍麻に文句をつけられる筋合いでもなかった。
「もし失敗したらどうするつもりだったんだよ」
京一はまだ龍麻を許したわけではないようだ。
「その時は死体が一つと殺人犯が一人できるだけだろう」
「けッ、てめェ一人で全部背負おうってか」
おそらくは、それも醍醐に闘わせなかった理由だろう。
龍麻の真意を知った醍醐は、水臭いとも思ったが、同時に大きな借りができたとも感じていた。
「そんなに俺達が信用できねェかよ」
京一がいつになく深刻に怒っているのは、おそらく龍麻を同格の相棒だと考えていたのだろう。
ことに、ひとつ間違えば命を失いかねないこの春からの闘いにおいて、
作戦を打ち明けられないというのは、京一にとって許しがたいことに違いない。
「信用してるから、他の敵は任せた」
「モノは言い様だな」
「他の敵で氣を消耗していたら、凶津を倒して蘇生させるだけの氣を練れなかった」
確かに龍麻は大きく疲労している。
人一人を生き返らせるためには、尋常でない量の氣が必要となるのだろう。
それは京一にも伝わったらしく、彼は唇を閉ざし、大きく曲げたが、
それ以上龍麻を追及しようとはしなかった。
「……しょうがねェ、今日はこれくらいにしといてやる」
「悪いな」
ようやく笑った龍麻は、背を向けたまま醍醐に言った。
「凶津はじきに目を覚ますはずだ。見張っておいてくれ」
「……ああ」
過去にどれほど友情があったとしても、凶津の行為は許されるものではない。
龍麻は醍醐に、凶津と友として語らう最後の時間をくれたのだろう。
小蒔のことは龍麻達に任せ、醍醐は凶津の傍らに座った。
龍麻と京一が石にされた女性達の部屋に入ると、大部分の石像は、元の人間へと戻っていた。
目覚めた順に葵が介抱に回っているが、パニックを起こしている女性もいて容易ではない。
「こりゃいけねェ、事情を説明しねェとな」
京一が嬉しそうなのは、説明して回る相手が女性ばかりだからだろう。
不謹慎ではあっても、その役割は必要なので龍麻は止めなかった。
「あッ……緋勇クン」
ほどなく龍麻の許に、桜井小蒔が駆け寄ってきた。
健康的な肌にも、聞くだけで元気づけられる声にも以前と変わるところはない。
「緋勇クンが助けてくれたんでしょ? 葵に聞いたよ」
「身体はなんともないのか」
「ウンッ、大丈夫。エヘヘッ、ありがとね」
礼を言った途端、小蒔の腹が鳴る。
「あッ……朝から何にも食べてなかったんだ、そういえば。
石にされてても、しっかりお腹は減るんだね」
「帰りにラーメンでも食いに行くか」
「いいね、行こうッ」
小蒔が指を打ち鳴らした所で、葵がやって来た。
「あ、葵。今お礼を言ったトコだよ」
「ええ……」
葵の顔がすぐれないのは、まだ凶津が蘇生した事実を知らないからだ。
小蒔にも、彼女の石化は龍麻が凶津を殺したことで解けたとは説明していない。
龍麻の名誉よりは小蒔の精神の安定を重んじる葵ではあるが、
どうやって事情を話したものかと悩んでいると、目の前で龍麻が揺れた。
「緋勇クン!?」
小蒔が叫び、葵も恐慌に陥る。
そこに、一通り女性達に事情を説明してきた京一が戻ってきた。
「ふゥ、モテる男はツラいぜ……っておい、どうしたんだよ」
「あッ、京一、わかんないよ、急に倒れて」
「……人一人殺して生き返らせたんだ、相当氣を使ったんだろうな」
「どッ、どういうこと!?」
「石にされた人間は、あの凶津って野郎を殺さねェと元に戻らねェ。
それで緋勇が取った作戦は、一度凶津を殺して、
お前らが元に戻ったところで生き返らせるって策だったのよ。
心臓が止まってた時間は一分もなかったけどよ、こいつの全身が光ってたからな、
こんなぶっ倒れるまで氣を放出したんだろうよ」
「それで緋勇クンはどうなるの? 少し待てば目を覚ますの?」
「さあな……氣ってヤツはそうそう増えたり減ったりはしねェだろ、普通。
それが倒れちまってるとなると、またあそこに行くしかねェか」
京一の声が重いのは、あそこというのが桜ヶ丘中央病院を指しているからだ。
この世にもあの世にも恐れるものがない蓬莱寺京一が唯一恐れるのが、
かの病院の院長である岩山たか子なのだが、龍麻に命を助けてもらった小蒔には関係ない。
薄情としか思えない京一の態度を怒ろうとすると、葵が進み出た。
「待って。私が治してみるわ」
「葵」
二人に口を挟ませず、葵は彼の胸にかざした掌に意識を集中する。
次第に身体を燃えるような昂揚感が包み始め、薄く唇を開いてより深く、
より大きく呼吸を整えていった。
自分の肉体に満ちていく、『力』を意識する。
龍麻を救けようという想いを、一心に念じて。
葵は自分を恥じていた。
小蒔を助けたいなどと思っていても、実際は何もできず、ただ怯えていただけだった。
石にされた彼女を元に戻すには、凶津を殺すしかないと判った時、
それでも何か方法はないかと考えることを放棄し、絶望に陥っただけだった。
龍麻は違う。
凶津を殺して石化の術を解き、後に彼を蘇生させるという信じられない手段を思いつき、
そして、失敗すれば殺人者となる危険を顧みずに実行に移した。
これから起こりうる異変の調査に同行するよう命じたのは、こういった事態を予測していたのだろう。
一方で葵は、脅迫に近い命令を受けただけで、龍麻を信用ならないと断じ、
彼が凶津を殺した後、犯行現場から逃れるようにこの部屋へと向かった。
それらの行動は、葵からすれば正当であったかもしれないが、
親友の危機に際して無為無策であったという事実は、
なんとしても彼を救わねばならないと決意させていた。
強い想いが、掌を通じて龍麻へと流れていく。
五秒にも満たない短い時間だったが、効果ははっきりと現れた。
龍麻の瞼がゆっくりと開く。
全てを呑みこむような黒い瞳を見た途端、葵は自分の迂闊さに気づいた。
気をつけていたのに、彼の眼をこんな近くでまともに見てしまった。
なぜ、龍麻の眼を見ただけでこんなにも心がかき乱されるのか。
思考が吸い出され、落ちていく――不気味な昂揚感に、知らず低く喘いだ。
龍麻は何も言わない。
何か言ってくれれば、拒絶か反発か、この瞳が生み出す不可解な引力に抗う力を得られるというのに、
彼は黙したまま双眸を向けるだけだ。
自分は、どこへ行ってしまうのか――慄く葵を支配する力場が、不意に途切れた。
龍麻が深くまばたきをしたのだ。
我に返った葵は、慌てて龍麻から目を逸らした。
ほんのわずかな時間目があっただけなのに、心臓がひどく鳴っている。
それは以前に龍麻が言った、『力』を使う影響なのだと、葵は思うことにした。
龍麻はいつもと異なる位置関係にある葵の顔を見ただけで状況を理解したらしく、
二秒ほど呆けていただけで身体を起こした。
「助かった」
照れもせず、真顔で礼を述べる龍麻に、葵は答えない。
動悸は未だ収まらず、今口を開けば何を言ってしまうか、見当がつかなかったからだ。
幸いに龍麻は無理やりに返事をさせようとはせず、すぐに小蒔や京一の方を向いた。
安堵しつつ、葵は彼らの輪に入った。
「この野郎、美里に治して欲しくてわざと怪我してんじゃねェだろうな」
本気とも冗談ともつかない京一の台詞に、龍麻は小さく頭を振った。
「治療に力を使うのは苦手なんだよ。しかも怪我じゃなくて心臓を動かそうってんだからな、
加減がわからなかった」
「ふえ〜っ、凄いね、止まった心臓が動かせるんなら、どんな怪我でも治せちゃうんじゃない?」
「勘弁してくれ、こんなことは二度とやりたくない」
危機が去った安堵からか、三人は大きな声で軽口を叩きあっている。
そこに、三人を圧する大きな声が外から聞こえた。
「皆、来てくれッ」
醍醐の呼ぶ声に、龍麻達は急いで向かった。
「凶津が妙なことを言いだしたんだ。鬼の力とかなんとか。
俺よりは緋勇のほうが詳しいと思ってな」
側に立った龍麻を凶津が睨む。
その瞳には変わらず邪悪が宿っていたが、その力は弱まっていた。
「おめぇが緋勇か――ヘッ、ざまァねェな、こんな野郎にやられたなんて」
「凶津、さっきの話をもう一度してくれんか。鬼の力とやらの話を」
頼む醍醐に、いかにも面倒臭そうな顔をした凶津は、天井を見上げて独語するように語り始めた。
「俺のこの邪手の力と奴らの持つ鬼の力、
その二つがあればもう怖いものはねェと思っていたのによ。だが……俺は鬼になれなかった」
凶津の話に聞き逃せないものを感じた龍麻は、醍醐に訊ねてくれるよう目で促す。
頷いた醍醐は、三年前とは異なる口調で友に問い掛けた。
「奴らとは……一体?」
「いいだろう、教えてやるぜ」
凶津の話は、異様極まるものだった。
「この東京は、もうすぐ鬼の支配する国になる。
俺達『力』を持つ者と、鬼達の支配する国に。
鬼達の名は──鬼道衆。この東京は、間もなく狂気と戦乱の波に包まれるだろうよ」
声も無い龍麻達に、凶津は歪んだ笑いを浴びせる。
その口の端から、血の筋が滴った。
「そして奴らはいずれ醍醐、おめぇの前にも現れる」
自分達の『力』がなければ、そして邪手の『力』を持つ凶津の言葉でなければ
たわ言としか聞こえない話だった。
龍麻達は顔を見合わせる。
凶津の話をどう解釈すればよいか、不安がそこには浮かんでいた。
ためらいつつ、更に醍醐が訊ねようとすると、サイレンの音が遮る。
「お巡りが来たみてェだな……ちっとばかし派手にやり過ぎちまったみてぇだ」
「行けよ、醍醐。俺は塀の中からのんびり見物させてもらうぜ。
この東京が地獄に変わり、その中でお前らが逃げ惑う様をな」
「行くぜ、醍醐」
足早に立ち去っていく仲間達を見送った醍醐は、最後にもう一度だけ凶津を見た。
凶津の瞳は、笑っていた。
その瞳は邪に満ちてはいたが、どこか、過去の輝きをも取り戻しているようだった。
何か言いかけた醍醐は、結局何も言わず、仲間の後を追いかける。
醍醐が立ち去るのを見届けた凶津は、疲れたように目を閉じた。
気を失った凶津の前に、人影が現れる。
「ふん……所詮はヒトか」
突然に現れたその人影は、凶津を見下ろし、つまらなそうにそう呟いた。
次の瞬間、一陣の風が吹き抜け、止んだ時には人影は影も形も無く消え去っていた
もし凶津にまだ意識があったなら、その人影を見て叫んだかも知れない。
鬼道衆、と──
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