<<話選択へ
次のページへ>>

(1/8ページ)

 闇の中で、指が蠢く。
ためらいながら、その実辿る道筋に迷いはない。
なだらかな平原を進み、ゆるやかな丘を下って渓谷を目指す。
それは葵が自ら探し求めて辿りついた、秘境へと至る道だった。
「……っ」
 生じた微かな吐息を、葵は押し殺す。
雪崩を恐れるかのように、美しい唇を歪に噛んで。
 それなのにその原因となった指の戯れはやめようとせず、しばらくその場に留めはしても、
また徐々に谷を下っていった。
「……」
 ほとんど一直線に下って目指す場所に着いた指は、今度はゆるやかな円に動きを変える。
獲物を探して旋回する鷹のようなゆったりとした動きに、長い吐息が漏れた。
 沈黙を破った吐息をきっかけとして、指の動きが変わる。
擦り、こそぎ、そして弾く。
動きは複雑さと激しさを増し、葵は時折肩を震わせながら、
自らの身体に隠されていた禁断の場所を蹂躙した。
「あ、ぁ……」
 ついにはっきりと色を持った声が漏れる。
自分以外に聞く者はいないその声に、目を閉じたままの端正な顔がつかの間、悔いるように歪んだ。
 けれども、後悔の原因となっている快楽の探求を、葵は止めない。
再開された自慰は、むしろ、余計な理性を生じさせまいとするかのように
荒々しささえ感じさせるものとなった。
「う……ん……」
 少し前までは考えもしなかった行為。
男女が愛しあう、という漠然とした知識しかなかった葵にとって、
独りで悦びに浸る、ただそれだけのための行為があるなどと知りもしなかったし、
自分がそんな行為に耽ってしまうなどと、およそ信じられることではなかった。
 だが、ここのところ毎日、葵は夜、布団に入ると眠りに落ちる前に、
身体を触るようになっていた。
 きっかけとなった日のことを、葵は覚えている。
 学校の廊下で同級生の緋勇龍麻に、突如抱きしめられたとき。
おそらくは校舎の外にいた佐久間猪三に見せつける、ただそれだけのために、
彼の腕の中に取りこまれたとき。
葵はどうしようもない身体の火照りを覚え、あろうことか、
学校の保健室で生まれて初めての自慰に耽ってしまったのだ。
その快感は、これまで十八年かけて築きあげてきたはずの美里葵という人格をたやすく破壊し、
以来葵は、毎夜、性の探求者と化すようになった。
 指と掌を使い分け、陰部をまさぐる。
快感を極めたいという欲望と、早々に上り詰めては惜しいという、
これもまた欲望となる二つを明滅させながら、葵は自らを昂ぶらせていく。
火はすでに点っているが、身を灼きつくすような炎にはなっていない。
指先をじりじりと敏感な尖りに近づけ、触れる寸前で止める。
何かに抗うように一度は閉じた唇が再び開いた時、葵の脳裏はある色で染まっていた。
 部屋を包む闇よりももっと深い、黒。
理性も常識も羞恥も染めてしまう漆黒に葵の指は操られ、
触れるか触れないかの微弱さで弄っていたクリトリスを、圧した。
「あ……ッ、ぁ……!」
 望んでいた以上の快感に、葵は喘ぐ。
瞬間的に全身を満たした痺れに酔いしれ、指を当てたまま、刺激を続ける。
「あぁ……ん……」
 膝を擦りあわせた拍子に、パジャマと下着を半分だけ脱いだ、
あられもない格好であることを思いだす。
けれどもそれもすぐに漆黒に溶け、その後はむしろ自ら羞恥をかきたてようとするかのように、
膝をずらし、薄く足を開いてみた。
「……!」
 わずかに空気の流れが変わっただけで、酔ってしまいそうなほどに気持ちいい。
生じた太腿の隙間にねじこむように指を入れ、より激しく、葵は陰部を擦った。
「ん……う……っ」
 快感が、耐えがたいほどに速く、強くなっていく。
すっかり馴染みとなったその感覚を、葵はどうすれば良いか知っていた。
「はぁ……ッ、あぁ……ッ……!」
 刺激を緩めるでもなく、激しくするでもなく、同じ強さで続ける。
ただそれだけで快感は、破裂寸前まで膨らむのだ。
 目を閉じ、闇の中で、その時を待ち受ける。
淫楽に耽りながら、奇妙に冷静な頭のどこかでそれを察知した葵は、
その寸前に指先を曲げ、一度だけ強くクリトリスを擦った。
「――ッ!!」
 頭の中の漆黒が塗りかえられるほどの快感に、葵は痙攣する。
 こぼれていく快感を、一欠片も逃しはすまいとするかのように、身を縮めて。
それでも、吐息が漏れてしまうのだけは防ぎようがなかった。
 身を包んでいた快楽が退くと、羞恥と悔恨が代わりに押し寄せた。
 受験前の夏休みだというのに、またやってしまった。
 夜、明かりを消して闇が訪れると、湧きたってくる欲望。
耐えられたのは始めの数日だけで、一度誘惑に負けて慰めてしまってからは、
身体を苛む桃色の疼きに、ほとんど毎晩流されていた。
 それでも、しばらくはただ肉欲に負けたのだと思っていた。
成長期の肉体が唆す、不可避の通過儀礼だと自らに言い訳をしていた。
 それが違うかもしれない、と思い始めたのは、誘惑に負けまいと強く目を閉じた時に
脳裏をよぎった、ある男性の瞳だった。
 暗くした部屋よりも、閉じた瞼の裏よりも黒い、全てを呑みこむような漆黒の瞳。
唐突に浮かんだその黒は、葵のあらゆる抵抗をたやすく押し流し、
指で触れてさえいないのに下着を濡らした。
蛇蝎の次くらいには嫌っているはずの男でなぜ、と愕然とした葵は、
自らを縛めるように肩をきつく抱いたが、そのまま眠って忘れてしまいたいという願いは叶わず、
むしろどこかで鳴っている時計の針の音が、まだ触らないのかと催促しているようにしか聞こえなくなり、
震える手をパジャマの内側に潜りこませると、とたんに痺れるような快感が全身に走った。
もはや疑問も忘れて夢中で陰部をまさぐり、ほどなく絶頂を迎えた葵は、
当然彼の関与を疑い、以前に彼女が巻きこまれた、夢の中から彼女を支配しようとした少年のように、
龍麻が何がしかの手段で彼女を操っているのだと確信した。
 だが、彼に問いただす機会は中々訪れず、
彼の家に一人乗りこんで止めさせるという手段に訴える勇気もなく、
誰かを誘って同行してもらうというのも事の性質上できない。
結局機会があれば言おう、という消極的な態度のまま、七月も早十日ほど過ぎてしまい、
肉欲は治まるどころか強さを増し、葵は、毎晩自己嫌悪に浸りながら、
夜のひとときの快楽から逃れることができずにいた。
 親友である桜井小蒔から電話がかかってきたのは、そんな折だった。
「あ、葵? 勉強してる?」
「ええ、しているわよ。小蒔はどう?」
「えへへッ、夏休みになったらやろうかな……って」
 小蒔と話すとやましさを忘れられて、葵の声は知らず弾んだ。
「なんか機嫌いいね。いいコトあったの?」
「うふふ、小蒔こそ、今日はどんな用事?」
「あ、うん、今度の日曜日、みんなでプール行かない?」
「皆って……京一君と醍醐君?」
 葵の声がわずかに憂いを帯びる。
あえてもうひとり、『みんな』に含まれているであろう人物の名前を言わなかったことに、
小蒔は気づいただろうか。
少なくとも返ってきた小蒔の声は、疑念など微塵もないものだった。
「うんッ、それに緋勇クン。言い出したのは京一なんだけどね。
ちょうどヒマだったからボクは行くんだけど、ね、葵も行かない?」
「そう……ね。たまには息抜きもいいかしら」
 これは千載一遇のチャンスかもしれない。
そう考えた葵は、提案を承諾した。
「やったッ! それじゃ日曜日ね」
 純粋にプールが楽しみらしい小蒔に内心で謝りながら、葵は受話器を置いたのだった。
 日曜日の朝、葵と小蒔、それに京一は新宿の街を歩いていた。
待ち合わせ場所である新宿駅にではなく、反対方向に向かっている。
 学生服ではなく白いTシャツを着ている京一が、顎が外れそうなほど大きなあくびをした。
「ふァ〜ァ、ッたく、なんで日曜日だってのにこんなに朝早く起きねェといけねェんだ」
「この時間にしたの京一だろッ。緋勇クンの家に行きたいって言いだして、
葵に道案内までさせて醍醐クンは呼んでないし」
「おッ、そうだったか? まァいいじゃねェか、お前だって興味あんだろ?」
「そりゃ、あるけどさ」
「だろ? 美人のお姉さんか、カワイイ妹か、なんならセクシーな母親でもいいけどよ、
いっぺん拝んでみてェじゃねェか」
「あきれた……先に言っとくけど、恥かかせないでよね」
 そういう気配はなかった、と葵は思ったが、うっかり口にしたりはしなかった。
「道はこっちであってんのか?」
「ええ、少し先の交差点を曲がるの」
 なぜか京一は小首をかしげている。
彼の不審に小蒔も気がついたようだった。
「どしたの?」
「いや、美里が妙に慣れた感じだからよ……もしかして、もう行ったことがあるんじゃねェか?」
「えッ!! それは……重大疑惑じゃない?」
 悪意はないが興味は津々といった二人に、葵は思わぬ窮地に立たされてしまった。
動揺を押し殺してすばやく言い訳を考える。
「前に緋勇君の家に行こうとした時があったでしょう?
ほら、緋勇君が何日か休んだ時。あの時に確かめておいたのよ」
 言い訳としては苦しいが、一応筋は通っている。
現に二人はさほど疑うこともなく、葵の嘘を信じてくれた。
「そういやァ、そんなコトもあったか」
「だよねえ。京一が変なコト言うから疑っちゃったけど、葵が通い妻なんてするワケないもんね。
ごめんね、葵」
「ううん、いいのよ」
 嘘に対して小蒔を謝らせたことに幾らかの罪悪感を抱きつつ、
当面の危機を回避できた葵は胸をなでおろした。
 やがて三人は小さなマンションに到着した。
「ここか?」
「ええ……ここのはずよ。ここの、一〇四号室」
「どれどれ……あ、緋勇クンの表札あった」
 小蒔が呼び鈴を押すと、やや間をおいて返事があった。
「はい」
「あ、緋勇クンのおウチですか? ボク達緋勇クンの同級生の」
「……桜井か? ちょっと待ってろ」
 ほどなく玄関が開き、龍麻が姿を見せる。
龍麻は三人を順に見渡し、抱いた疑問を口にした。
「まだ一時間以上あるだろ」
 そもそも集合場所は新宿駅で、家に来る必要はないのだ。
 単なる興味本位を、京一はおためごかして言った。
「そこはお前アレだ、友人として親睦を深めようという心遣いというわけだ」
「わかったから入れよ」
 小さく頭を振って龍麻は三人を中に招き入れた。
 さしたる遠慮もせずに入る京一に、小蒔が続く。
葵も入らないわけにはいかず、できれば来たくはなかった龍麻の家に再び足を踏み入れた。
「中々いい家じゃねェか」
 さっさとソファに陣取った京一が、部屋を見回して言った。
「こらッ、失礼だろ」
 すかさず小蒔がたしなめるが、彼女も室内を見渡しているのは変わらない。
新築の、というよりモデルルームのような部屋は、古い木造の酒屋が実家である彼女にとって、
ずいぶんと新鮮に映るらしく、一通り見終えたあと、深くため息をついた。
「でも、ホントにいいおウチだね」
「どうも」
 それほど嬉しそうでもない龍麻に、ふと小蒔は思った。
口にして良いか迷い、言葉を選んで質問する。
「えっと……ご両親は? 今日はお仕事?」
 小蒔が思ったのは、この家は家族で住むには少し狭いのではないかということだった。
小蒔の家は人口密度で言うともっと狭いが、龍麻の家は間取り的に家族向きでない気がしたのだ。
それにもう一つ、こちらの方がより大きな疑問だった。
 この家には生活感がほとんどない。
弟たちが暴れまくってそこら中に穴やら傷やらがある小蒔の家はともかくとして、
龍麻の家はあまりにも綺麗すぎた。
 それは葵が初めて龍麻の家に連れてこられた時に抱いたのと、同じ疑問だった。
 京一と小蒔と葵、三人ともが興味を抱いた質問に、龍麻はあっさり答えた。
「この家に住んでるのは俺だけだ」
「何ィッ!?」
 京一が叫び、小蒔は目を丸くし、葵も控えめながら驚いた。
「真神に通うためには実家はちょっと遠いからな。借りたんだよ」
「緋勇クンの家って……お金持ちなの?」
「そうでもない、と思うな」
 短い返答は三人を満足させなかったらしく、それぞれの表情で続きを促している。
「俺が氣に目醒めたのは半年くらい前で、その後半年間で修行して使いこなせるようになったんだけどな、
修行の半分くらいは実戦で、日本全国飛び回って化け物を倒してたんだよ。
それがずいぶん金になったらしくてな、いよいよ真神に行くって時に結構な金をもらったんだ。
俺はこの『力』の謎が、真神に行けば解けると聞いた。
だったら、『力』を使って手に入れた金は、『力』のために使おうと決めたんだよ」
「それじゃ……高校を卒業したらここも出てっちゃうの?」
 小蒔がいかにももったいなさそうに訊ねる。
大家族の楽しさは解っていても、自由な一人暮らしに憧れるのも無理はない年頃だ。
「まだそこまでは考えてないけどな。就職か進学かも決めてないし」
「まァ、とにかくまだしばらくはここに居るんだろ? いいアジトになりそうじゃねェか」
「アジトって、何するつもりだよ」
 嫌な予感を隠さない龍麻に対する京一の答えは明快ではなかった。
「そりゃあお前、青春を語らうのに必要なモノって言ったらワカんだろ?」
「あッ、だめだよ緋勇クン、京一なんかホイホイ家に入れてるとあっという間に
エッチな本とかお酒とかで一杯になっちゃうからね」
「こら小蒔ッ、俺の理想郷を作る前から壊そうとするんじゃねェッ!」
「ベーッだ。緋勇クン、緋勇クンちが汚染されちゃわないように、ボク時々見にきてあげるね」
「何が『見にきてあげる』だ、お前だって遊びにきてェだけじゃねェかッ!」
 いずれにしても溜まり場になるのは避けられそうになく、龍麻は渋面を作るが、
京一と小蒔はすでに領有権を巡って小競り合いを始めていた。
 無邪気に談笑する京一と小蒔をよそに、葵は考えている。
 小蒔をこの家に遊びに行かせるわけにはいかない。
両親がおらず、龍麻一人の密室に女性を行かせるなど危険極まりなく、
ひとたび友人とみなすと男性であっても警戒心を薄れさせる親友を、守らなければならないと。
 龍麻が一人暮らしと知った途端、京一は元から存在するのかも怪しかった遠慮をきれいさっぱり捨てて、家の探検を始めている。
小蒔もちゃっかりついていって、洗面所やトイレに至るまで、居住者本人よりも詳しく調べあげた。
「乾燥機あるんだ、いいなあ」
「洗濯物放りこんでスイッチ押せばいいのは楽だな、確かに」
「緋勇クンってシャワー派?おフロ派?」
「シャワーだな。風呂は洗うのが面倒くさい」
「あー、ボクん家は兄弟順番で掃除するんだけど、一人だと確かに大変だよねえ」
 和やかな会話をする龍麻と小蒔をよそに、京一は怒っていた。
「おい、冷蔵庫の中なんにもねェじゃねェかッ!」
「料理までする時間はないからな、外で食ったり弁当買ったりだ」
「そうじゃなくて、酒がひとつもねェぞ」
「お前な……一人暮らしの高校生の家に酒があったら問題だろうが」
「道徳の話なんざしてねェよ、健全な男子としての生き様を俺は語ってるんだッ」
 処置なし、と龍麻は頭を振る。
京一はなお収まらないようで、彼が目指す健全な男子像とやらを龍麻に指導した。
「それにお前、家中探してエロ本もエロビデオも一個もねェとはどういう了見だ」
 図らずも龍麻の潔白を証明した発言に、小蒔が意外そうな顔で彼を見ると、
龍麻は真顔で言い切った。
「余計なモノを増やしたくねえんだよ」
「かーッ、人生の潤いを余計なモノたァ、こりゃ本格的に教育が必要だな」
「要らねえよ」
 龍麻の拒絶などどこ吹く風で、京一は物資の搬入計画を立てはじめる。
 家を不健全高校生の巣窟になどするつもりのない龍麻は、落ちついて時計を見た。
「ところで、そろそろ出ないとマズいだろ。四人遅刻したら醍醐だって怒るだろう」
「あァ? いいだろ、別に。誰も来なきゃ帰るだろ、そのうち」
 京一は本気で暑い夏の東京を歩くのを嫌がっているようだった。
エアコンがまだ稼働していなかったのが幸いで、もし適温になっていたら、
テコでも動かなかったかもしれない。
「こらッ、そんなヒドいコトしたらダメだろッ」
「ちッ、しょうがねェな、美里の水着を拝むために行くとすッか」
 小蒔にたしなめられて、渋々京一は立ちあがる。
だが部屋を見渡すこの男の視線を見ると、龍麻の家の危機は、まだ去ったとは言えそうにないのだった。
 新宿駅の入口にごった返す人々の中から、長身の醍醐を見つけるのは簡単だった。
だが、彼を見つけた途端、龍麻を含めた誰もが率先して近づこうとはしなかった。
「おいおい、マジかよ」
 京一が呟き、龍麻も同意する。
友人でありながら声をかけるのをためらっていると、向こうから気づいて近づいてきた。
「おう、皆揃ってきたのか」
 醍醐が龍麻たちに手を上げると、人の波が割れて道が現出する。
さながら将軍が号令をかけたかのようで壮観ではあったが、龍麻たちは誰も彼を直視できなかった。
 朝も早くから日が差し、何もしなくても汗が滲んでしまう今の季節。
龍麻と京一はTシャツだし、小蒔に至っては少年と見紛うようなホットパンツだ。
葵のロングスカートでさえ、この暑すぎる時期には少し辛いのではないかという真夏に、
醍醐は全身黒づくめの学生服だったのだ。
いかにも武道を修めていそうな大柄な肉体に、いかにもバンカラといった学生服という組み合わせは、
一般常識に生きる人々にとって、触らぬほうが良い神でしかなかった。
 龍麻たちの逡巡に気づかない醍醐は、微妙、という他はない友人たちの態度に太い首をかしげる。
 彼の疑問に疑問で答えたのは、この中で醍醐と最もつき合いの短い男だった。
「醍醐……なんだその格好は」
「ふんッ。学生が学ラン着て何が悪い」
 京一はともかく、龍麻に言われるとは思っていなかったらしく、
醍醐の顔にありありとショックが浮かんでいる。
「このクソ暑い中、良くそんな格好してられんな、って緋勇は言ってんだよ」
 こんなのと一緒では女性をナンパなど夢のまた夢だとばかり、京一も龍麻の肩を持つ。
二人に罵倒されて、醍醐はかえって開き直ってしまったようだった。
「心頭滅却すればなんとやら、だ。
まぁ忍耐とか我慢とかいう言葉を知らないお前らには縁のない話かも知れんがな」
「ヘッ、余計なお世話だ」
「もう……いいから早く行こうよ」
 いつまで経っても話が進まない男たちに、小蒔が痺れを切らす。
直射日光の照りつける、こんなに人の多い場所で話しこむなど、
三人ともどうかしているとしか思えなかった。
「す……すまん、それじゃ行くとしようか」
 額の汗を拭いながら、醍醐は駅構内へと入っていった。
巨漢の学生服姿の男にぎょっとした人々が飛びずさり、再び一本の道ができる。
その後を、龍麻達は悠々とついていったのだった。



<<話選択へ
次のページへ>>