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久しぶりに入った妹の部屋は、記憶の中のそれとは随分と違って見えた。
それが本当に変わっているからなのか、
それとも妹に対する自分の見方が変わったからなのか、雪乃には解らない。
ただ確かなのは、これから先、この部屋を訪れる機会がずっと増えるだろうということだった。
今、この場所には自分を含めて三人がいる。
自分と妹、それに自分達の親友の小蒔。
……親友と言うのは、今はもう違うかもしれない。
もちろん親友であることに変わりはないけれど、そうでないものも彼女との間には育まれつつあった。
そして、妹。
妹は……双子の妹は、未来永劫、例えどちらかが結婚したとしても妹であるはずだった。
今の雛乃を、雪乃はなんと呼んで良いか解らない。
それは踏みこんではならない領域であり、最初からそうあるべき領域でもあったから。

「姉様」
雛乃が、いつもと変わらない声で呼ぶ。
口元に浮かんでいるけぶるような笑みも、十八年間ずっと同じものだった。
しかし、目は違う。
自分に対する尊敬と親愛の情は相変わらずだけれど、そこにもう一つ、
漆黒を引き立たせる濡れ羽色が加わっていた。
妹にそんな顔をされて、雪乃は困ってうつむいてしまう。
じっと見つめる熱っぽい視線が、耳朶の温度を上げ、呼吸までも支配する。
こうなることを望んでいた──その自分の内心に気付いたのは今日だが──にしても、
あまりにも急な事態の推移を、まだ完全に受け入れると言う訳にもいかないのだ。
「雪乃」
距離感の無い声が、火照った鼓膜を叩く。
快活なはずの友人の声は、しっとりとした憂いを帯びていた。
顔を上げた先に待っている顔を思い浮かべると、雪乃は面を上げることなどできなかった。
妹よりも数段明瞭な輪郭を取っている思慕の情。
後輩の少女達から向けられても疎ましいだけだった瞳を、小蒔は宿しているに違いなかった。
見てしまえばきっと応えてしまうに違いないその瞳が、嫌いなのではない。
受け入れてしまうのが怖いのでも、今はもうない。
受け入れることで今までの自分を裏切ってしまうのが怖いのだった。
「やっぱり……嫌なの?」
「そっ、そうじゃない。そうじゃないんだけど」
不安に震える小蒔の声を、慌てて打ち消す。
その拍子に、じっと自分を見つめているニ本の視線と目が合ってしまった。
そこに宿る、苛烈なほどの想いに、雪乃は息を呑む。
これほどの想いが向けられていて、どうして今まで気付かなかったのだろうか。
もちろん彼女達が巧みに隠していたとしても、
全く気付かない自分はとんでもなく鈍感なのではないだろうか。
苦笑いしそうになった雪乃は、表情を隠す為に首を振った。
「なんか、まだ落ちつかなくってさ」
「良かった……ちょっと強引だったからさ、嫌われちゃったんじゃないかって不安だったんだ」
「……あれは……もういいんだ」
わずか数時間前の出来事が、記憶の遥か遠くに霞んでいる。
何とかそこまで行って引き出しを開けようとしても、
逃げ水の如く決して辿りつくことは出来なかった。
どこか自嘲気味にも聞こえる姉の声に、雛乃が臆病な表情を見せる。
ああでもしなければこういう関係にはなり得なかったと解っていても、
一時の狂熱から醒めれば、やはり無茶をし過ぎたのではないかと不安で一杯になるのだ。
「姉様……お願いです。姉様に嫌われてしまったら、わたくし……」
「大丈夫だって。嫌いになんかなりゃしねぇよ」
雪乃の言葉に嘘は無い。
実際、すがるように手を握ってくる妹が、こんなに可愛いと思ったのは初めてだった。
「良かった……」
雛乃の潤んだ瞳が、ゆっくりと閉じる。
わずかに突き出された、ふっくらとした唇に、雪乃は戸惑いながらも自分の唇を重ねた。
「ん……」
手を握る力が、強くなる。
興奮した血が血管の隅々まで行き渡り、全身が異様に賦活化していた。
「……ぁ……っ」
キスをするまでが精一杯で、それ以上動く事も出来ない雪乃に、
雛乃は少しずつ顔を動かして短い口付けを放つ。
柔らかな妹の口唇が触れる都度、腰に甘い衝撃が生まれ、
雪乃の身体に刻まれたばかりの快感が甦った。
あの時は混乱していてただ身体が反応していただけだったのが、
今は余裕も生まれ、思考が溶けていくのが良く解る。
背徳の過ちを犯しているという意識はまだ残っているものの、
それ以上に暖かな感覚が雪乃を満たしていた。
「……ふ……ぁ……」
最後に、少しだけ深く口を重ね合わせた雛乃が、満足の吐息と共に顔を離す。
それをぼんやりと見送る雪乃の頭は、ゆらゆらと揺れてしまっていた。
頬を上気させて視点の定まらない視界に、やや赤みがかった黒髪が近づいてくる。
「ね、ボクも」
二人のキスが終わるのをずっと待っていた小蒔が、同じように唇を突き出す。
雪乃は雛乃の視線を感じつつも、まだ妹の温もりの残っている唇を小蒔にも与えた。
小蒔の薄赤のそれは帰って来るまでに冷えてしまっていて、ひんやりとした心地良さが伝わってくる。
雛乃より積極的な小蒔は頭をかき抱くように密着してきて、
数時間前の行為の名残である汗の臭いが雪乃の鼻をついた。
普段なら嫌悪する臭いも、今は心を刺激する魅惑の香りとなって鼻腔をくすぐる。
「ん…………ん……」
そして、むずかる赤ん坊のように啜りあげる小蒔の声が、幾重にも耳の中で反響する。
これまで抱いたことのない情緒的な反応を、雪乃は戸惑いつつも受け入れていた。
「えへへッ……雪乃……」
小蒔が顔を赤らめて嬉しそうに呟く。
自分と同じくボーイッシュ──この言い方はあまり好きでは無かったが──な顔が、
どきりとするほど色っぽい。
わずかに下がった目尻などは、誰にも渡したくない、と思わせるものだった。
雪乃からキスをもらった二人は、それを自慢するように口を触れ合わせる。
ただ押し当てていただけの自分とのキスとは違う、軽く音を立てながらの、情欲に満ちたキス。
最も身近な二人が愛しげに唇を触れさせている光景は夢幻的でさえあり、
雪乃は口を薄く開き、荒くなる呼吸を逃がしながらひたすらに見つめていた。
可愛らしい音を立てていた二人のキスは、次第に唇を合わせている時間が長くなっていく。
聞こえてくる鼻息にさえ雪乃が興奮していると、やがて薄桃色のものが口の間を見え隠れし始めた。
自分の時にはされなかったキスに、嫉妬めいた気持ちが湧き起こる。
「っぅ……んふっ、ぅぁ……」
ちらちらと覗いているだけだった舌が、艶かしく睦み合い始めていた。
舌腹を軽く合わせ、表面を滑らせる。
清楚な顔立ちを崩し、淫らな表情で小蒔の舌を絡め取る雛乃。
やはり整った目鼻を蕩けさせ、呆けたように応える小蒔。
二人の間で、ひとときも止まることなく舌がうごめいている。
口の周りが光って見えるのは、唾液を拭おうともせずにキスを続けているからだろう。
自分から隠すように顔を傾ける雛乃に苛立ちを感じてしまった雪乃は、
意識しないうちに自らの唇を指でなぞっていた。
目の前で波のようにくねる器官に合わせ、自らの舌で指先をつついてみる。
下から上へ、そろそろと。
舐めること自体ではあまり気持ち良くはならなかったが、
彼女達が感じている快感を自分にも重ね合わせることで、それに似たものは得られた。
スカートの裾を掴み、指を折り曲げて咥える雪乃に、小蒔が気付く。
半ば押し倒されかけていた身体を起こし、不満気な顔をする雛乃をよそに、
切なげに眉を寄せてぎこちない動きで自らを慰めている彼女に近づいた。
「ごめんね」
顔の下半分を覆うようにしている右手を握って優しく口付け、
そのまま唇を重ねてから指を抜き取った。
ぬめぬめになっている小蒔の下顎が触れ、唇が割られる。
一瞬驚いて口を閉じそうになった雪乃は、
もう少しで小蒔の舌を噛んでしまうところだったのを慌てて免れると、思いきって舌を突き出した。
すると、よほどびっくりしたのか、小蒔は顔を離して目を白黒させる。
「なッ……なんだよ」
「ううん、ちょっとびっくりしただけ」
「そ……そッか。悪ぃ」
「いいんだ。ボク、凄く嬉しいよ」
満面の笑みを湛えた小蒔は再び顔を近づけ、
子猫のようにちょこんと舌を出し、雪乃の頬の端、薄紅に色付いている器官との境界をくすぐった。
「あっ……」
雪乃が思わず口を開くとその隙間にするりと滑りこませ、
そのままたっぷりと時間をかけ、口の真ん中へと移動させる。
ここで小蒔は一度顔を離し、自分の唾液で濡れた雪乃の唇をそっと拭ってやった。



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