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 地下は予想外に広く、三人ほどが並んで歩ける程度の幅があった。
もちろん舗装などはしてある訳もないが、地面はほどほどにならしてあり、歩きにくさは感じない。
道はどうやらなだらかに下っているようで、徐々に空気が冷たくなっていった。
夏場の今は涼しくて気持ち良いくらいだが、
向かう先のことを考えれば気を緩めることなど出来なかった。
 それでも、全く黙って歩くのも味気なく、小声で会話が始まる。
口火を切ったのは、やはり一同の中でも最も元気な小蒔だった。
傍らにいる醍醐を見上げ、さすがにいつもの陽気さは潜めて話しかける。
「あの時と一緒だね」
「ああ……そうだな。とすると、鬼道衆やつらの狙いはやはり」
 『門』を開き、東京の壊滅を謀る──そのようなことは、絶対にさせるわけにいかなかった。
 頷いた小蒔は、今度は絵莉に訊ねた。
「ボク達今、どの辺にいるのかな」
「そうね、感じとしては江戸川に沿って進んでいるみたいだけれど。
でも、『門』の真上には封印するための何か・・があるはずよ。
港区の地下にあった『門』を封じていた増上寺のようにね。
──そういえば、『門』に関して、というかクトゥルフに関してなんだけど、新しい情報があるの」
 言葉を切った絵莉は、数秒無言になる。
頭の中で情報を整理しているようだった。
「あるオカルト神話に造詣が深い先生の話なんだけど、古代中国の文献の中に、
鬼歹老海クイタイラオハイという表記があるの。
直訳すると『古代の邪悪な海の悪魔』って意味なんだけど、
これがクトゥルフ、またはその眷属を表しているんじゃないか。そう先生は仰っていたわ」
 絵莉の情報はどちらかといえば不急のものだったが、
古代から邪神と人間との間に関わりがあったというのはやはり驚きだった。
「そういえば、水角とかいう奴はどうでもいいと言っていたが、
水岐は『海の底に眠る神』と言っていたな」
 醍醐の言葉に、アランと絵莉を除いた一同は増上寺の地下でのことを思い出していた。
 水岐涼──人の世に絶望した繊細すぎた詩人。
鬼道衆にそそのかされ、邪神を復活させて世界を海の底に沈めようとした彼は、
最後はおぞましい深きものディープワンに変化させられるという哀れな最期を遂げていた。
その彼が復活させようとした邪神は、水の精クトゥルフの配下であり、
同じく海を棲家とするダゴンである──とは、
この手のことは計り知れない知識を有している裏密ミサの説明だった。
「そう、海の悪魔と海の邪神、これらは単なる偶然の一致ではないと思うの。
その証拠のひとつとしては、中国でも数多くの『門』が発見されているわ。
更にその先生は、『鬼』という文字の起源は、丸い頭部と、そこから伸びる長い触腕……
クトゥルフそのものを表すものじゃないか、とも仰っていたわ」
「クトゥルフが、鬼?」
 クトゥルフとやらを見たことが幸いにしてない龍麻は、逆に鬼の漢字を思い浮かべ、
そこから化け物を結びつけようとしてみるが、どうにも上手くいかなかった。
節分などで出てくるいわゆる普通の鬼の方がよほど簡単に想像出来る。
出っ張りは角で、ムの部分は金棒を持っている腕で。
しかし絵莉は、どうやらその先生とやらの主張を信じているようだった。
「世界各地に溢れていたクトゥルフの邪神達が、
この日本で鬼として人々から恐れられていたとしても不思議は無いわ……そう思わない?」
 かなり強引なようにも見える論理の展開も、絵莉が語るとなんとなく信じこまされてしまう。
それにクトゥルフが鬼かどうかはともかく、彼らが実在しているのは確かなのだった。
「鬼道衆はそれを知って復活させようと……?」
「鬼道衆の狙いが、この東京の転覆ならね」
 そう絵莉が話を締めくくると、それまで一言も口を挟まなかったアランが感動したように言った。
「ボクには話難しくて良くわからないケド、ミンナ……とても勇気あるネ。
もしもあの時、ボクにもう少し勇気があれば」
 思わせぶりなことを言うアランだったが、
龍麻達がじっと見ているのに気付くとあからさまに視線を避け、先に進んだ。
「みんな、急ぐねッ。嫌な風の臭いがしマース」
 彼の言葉に誘われるように鼻を動かした醍醐は、
感じ取れる臭いは何もないことを確かめてから龍麻に囁いた。
「また、風か──緋勇、どう思う」
「別に臭いなんてしないけど、でも急いだ方がいいのは確かだ」
「そうだな、今は鬼道衆を斃す事が先決だ」
 自分を説き伏せた醍醐は、一瞬でもアランを疑った自分を恥じつつも、
嫌ってはいても疑いはしていない龍麻の度量の大きさに感服したのだった。

 おおよそ一時間ほども歩いた頃、洞窟は少しずつ幅を広げ、巨大な空間が前方にあることを知らせた。
先頭を歩いていた京一が、後ろを向いて報告する。
「どうやら、終点らしいぜ」
「この氣……間違いないな」
 醍醐の言う通り、広間には目視出来そうなほど禍々しい陰氣が充満していた。
龍麻達は胸が悪くなるのを感じ、特に葵は今にも倒れそうなほど顔が蒼ざめている。
彼女が倒れたらいつでも支えてやれるよう、
慎重に葵の氣の乱れを窺っていた龍麻の耳に、小蒔の呻き声が聞こえて来た。
「あ……あれ……」
「『門』……!」
 禍々しい門が、威容を誇っていた。
上から視線を落としていった龍麻は、一番下にあるものを見ても、始めは見過ごしてしまっていた。
あまりに凄絶な光景はかえって非現実感を生み出すものらしく、
龍麻がそれに気付いたのは、葵の悲鳴によってだった。
「嫌ぁっ!!」
 人の生首が、地面に置かれていた。
何かの紋様と共に規則性を持って配置されているそれは、
一様に恐怖を張りつかせたまま龍麻達を見ていた。
さりげなく葵の前に立って不快なものをこれ以上見せないようにしながら、
龍麻は軽く目を細めて陰惨な光景を観察した。
 女性のものばかり、片手では到底足りない数の頭部が薄気味の悪い正確さで置かれている。
目を細め、最低限しか見ないようにしていても、
生首から放たれる妖気は吐き気を催させるほど身体を蝕んだ。
葵はほとんど抱きつかんばかりに背中に身を寄せていたが、それを嬉しいと思う余裕すらなかった。
 逃げ出したい衝動を必死に堪える龍麻の耳に、冷静な絵莉の声が響く。
「外法とかやまつるに、かかる生首の入ることにて
──南北朝時代の『増鏡ますかがみ』という書物に記された外法の一部よ。
外法を行うには、生首が必要だと言われているわ」
「増鏡って……そんな内容だったんですか」
 古典や日本史で覚えさせられた書物が、そんな内容であったことに龍麻は驚いた。
だが驚き、とにかく何かを話したことで、恐怖は薄れていく。
それでも目を離した瞬間に生首が襲いかかってくるのではという悪寒は消せず、
見たくないものを見なければならないという二律背反にいつまでもつきまとわれなければならないのだった。
「もちろん増鏡は歴史書だから、そんな記述はごくわずかよ。
それに増鏡には古本系と呼ばれるものと、
それをもとに追加の記述をされたと考えられている増補本系というのがあってね、
生首が、って話が出てくるのは増補本系の方だけなのよ」
 せっかくの絵莉の講義だったが、半分も頭の中に入っていかなかった。
それどころか今後増鏡と言う名前を聞くとこの光景を思い浮かべてしまいそうで、
あまりありがたくない解説とすら言えるのだった。
 京一に醍醐、そして如月も一様に顔をしかめながら辺りを見渡している。
これらの生首は何かの邪悪な儀式──絵莉の言う外法の為に置かれているのは明白で、
となればそれを執り行う人間がいるはずだった。
 油断無く気配を探る龍麻達の前方、そして上方から、年老いた声が響く。
「ようこそ、常世の縁へ」
 龍麻達は一斉に声のした方を向いた。
 門の屋根の上に、先ほど江戸川大橋から飛び降り、ここへ続く穴へと消えた人物がいた。
港区で斃した水角と名乗った女性と同様に面を被り、服装も同じ忍者装束であるが、
こちらは彼女の着ていた濃色ではなくうぐいす色であり、体格も男性のそれであった。
 屋根から飛び降り、恐れる様子も無く龍麻達の前まで来た男は、うやうやしく名乗った。
「鬼道五人衆がひとり、我が名は風角」
 やはり、この男も鬼道衆の一員であり、
幾人もの女性が殺された事件も彼らが引き起こしたものだったのだ。
九割の確信が十割に変わり、一同は風角を睨みつける。
「てめェ──罪も無い人間を大勢殺しやがって」
「くくく……青い事をぬかしよるわ。我らは鬼道を使い、外道に堕ちし者。
幕末の世より甦り、この地を闇にいざなわんとする者ぞ」
 京一の憤怒を笑殺した風角は、自分が設置した生首を見やり、再び口を開いた。
「餓鬼共……お前らは人の首が持つ意味を知っておるか。
教えてやろう、人間がものを視るのは何処だ。
人間がものを考えるのは何処だ。人間が痛みを感じるのは何処だ。
頭部には、全てが集まっておるではないか」
 風角が吐き出しているのは、呪詛だった。
言葉そのものに途方もない毒素が含まれているのに加え、
込められた悪意がそれと化学反応を起こし、触れる者から生気を奪っていく。
 歯を食いしばって耐える龍麻達を、風角の呪言が更になぶった。
「鋭利な大気の刃に切断された頭は、肉塊と化したおのが身体を見る。
最後の最後の瞬間まで、じわじわとこみ上げる苦痛と死への恐怖に苛まれ続けるのよ。
そうして最後に残るのは切り落とされた頭一杯に詰まった恐怖と雪辱、生への執着、
そして──狂わんばかりに助けを求める懇願の呼び声。
それが『門』の封印を破り、常世とこよから混沌を呼ぶ声となるのだ」
「てめェ、思い通りにさせるかよッ」
 哄笑で締めくくった風角を、木刀が薙ぎ払う。
京一の意思そのものを具現化したように、薄い氣の刃が毒に満たされた空間を斬った。
やや距離があった為に風角はこれを容易に躱したが、
空気すら断つが如き斬撃は龍麻達を呪縛から解き放つ効果があった。
邪神の復活を止めるべく氣を練り、それぞれに構え、風角に対峙せんとする。
 その時龍麻の頬を、奇妙な風が撫でた。
どこかから吹いてくる風ではない、まるで自分の立っているこの場から起こったような風だった。
生温く、熱く、そして冷たい。
いくつもの性質を同時に備えた、地球上のあらゆる種類の風とは異なる、異界の邪風だった。
「何……この風」
「遅かったようだな。見るがよい、常世から甦りし、荒ぶる神の姿をッ!!」
 目の前に現れた光景を、龍麻達は信じられなかった。
 巨大な異形が、忽然と宙に浮かんでいた。
いやらしいぬめりで全身をてらてらと光らせているそれは、全体としては腸を連想させる姿をしていた。
しかしその表面には狂気にも近い嫌悪を催させるこぶのようなものがついており、
無節操に生えている二つの口からはだらりと舌が垂れ下がっている。
瘤は時折脈動を行い、この怪物の持つ印象を一層穢らわしいものにしていた。
「コノ風……コノ臭い……やっと、見つけタ……盲目者フライング・ポリープ
 小声でのアランの呟きは、邪風にかき消されて誰にも聞こえなかった。
 いかなる禍々しい力なのか、異形の神は切れかけの電灯のように明滅を繰り返している。
「我ヲ呼ブハ、誰ゾ。我ガ目醒メルニハマダ星辰ほしノ位置ガ悪カロウ。
……ソモ、此度ノ眠リハナント短キカナ。
あすてか・・・・ノ王ニしいサレテヨリ千六百余年、
最後ニにえヲ食ロウテカラマダ八年トタタヌ。此度ノ贄ハ如何ナル味ゾ」
 アランが盲目者と呼ぶ異形の神は、風が音を成し、声になったような喋り方をした。
耳のすぐそばで喋っているようでもあり、遥か遠くから聞こえるようにも感じる。
それも一瞬ごとに強弱を変える風のせいで、きわめて聞き取りにくいのだ。
それでも、断片的にしか捉えられない邪神の言葉は、その端々だけで絵莉に驚愕をもたらした。
「八年……ですって!? まさか」
 その数字に絵莉は心当たりがあった。
昼に龍麻達に話した、メキシコで村が消失した事件。
あれが起こったのが、まさしく八年前だったのだ。
 彼女の疑問に、アランが答える。
怒りを漲らせて。
「八年前……アイツはボクの村に現れた。古いイセキで発掘された祭壇カラ……出てキタ。
ボクから大切なモノを全て奪ったヤツ。ボクを愛してくれたパパ、ママ。
村のトモダチ、生命がたくさんの森、キレイな滝……ミンナ、アイツが奪っていった」
 アランの声もまた風にかき消され、全ては聞き取れない。
しかし言っていることよりも彼の全身が、その内容を雄弁に伝えていた。
拳を握り閉め仁王のように肩をいからせるアランが奥歯を噛み鳴らす音が、
この場に発生しているあらゆる音を凌駕して龍麻達の耳に響く。
「アイツが……アイツがァァッ!!」
 アランが咆哮する。
元より筋肉のあった彼の身体が、一回りほど膨れ上がったように見えたのは、
彼の身体から立ち上る青い氣によるものだった。
ほのかな青い光はゆらめきながら明度を増し、彼を覆い尽くす。
輝きが閃光となり、そして消えた時、アランの手には一丁の銃が握られていた。
「アラン──お前、その銃」
 彼の氣が具現化したような、青い銃。
銃身だけでなくグリップまでも染め抜く青は、見る者に神聖な色彩という印象を与える蒼だった。
これも、『力』なのか──
思わせぶりだった彼の秘密を知った龍麻に、アランは語る。
「コレは、風の『力』が宿った霊銃ネ。
この霊銃ガンが、ボクをこの東京まちに導いてくれた──アイツをたおせと」
 そこには初めて会った時の軽薄さは微塵もなく、復讐に己を燃やす一人の修羅がいた。
龍麻はそこに、自分と同じものを見る。
紗夜の為に鬼道衆を斃さんとする、薄暗い猛りを。
俺は許さない……貴様をアイ・ネヴァー・フォーギヴ
「贄ヲ──贄ヲクレ──」
貴様は、俺が──殺すゴー・アヘッド・メイク・マイ・デイ
 アランが放った銃声が、闘いの合図だった。
風角の合図により彼と同じ服装をした手下が幾人か現れ、包囲の環をせばめてくる。
「ありゃ素手はヤバそうだな。龍麻と醍醐と美里は忍者共を相手しろ。如月と小蒔は俺とヤツをやるぞ」
「承知」
「うんッ」
 頷きあった龍麻と京一は、口の端にわずかな笑みを閃かせると、散開してそれぞれの敵にあたった。
 攻撃が届く間合いまで詰めた京一は、既に何発かの銃弾を撃ちこんでいるアランに向かって叫ぶ。
「いいウデしてんじゃねェか」
 京一の軽口にもアランは答えず、『氣』をチャージしてはすぐさま霊銃に込め、
不可視の弾丸を盲目者に向けて放つ。
切り裂く風によってそこにあると認識出来る弾丸は、正確に異形の眼のひとつを撃ち抜いていた。
それを嫌い移動しようとする盲目者の触手のような足を狙い、京一は木刀を振るった。
「ガァッッ!!」
 汚らしい叫びをあげ、化け物が悶える。
木刀そのものではなく、そこに凝縮された氣が生み出す刃は、
真剣よりも切れ味鋭く盲目者を斬り裂いていた。
「てめェの相手は俺達だ……来いよ」
 挑発が聞こえたかどうか、盲目者はその巨体に似合わぬ敏捷さで京一の方に移動を始めた。
更に一太刀を浴びせた京一は、盲目者の予想外の速度に飛びずさる。
それでもあまり距離を取ることは出来ず、もう一度回避に専念するか迷う京一の前で、
盲目者がその醜い巨体を震わせた。
「大丈夫か、京一君」
 洞窟の岸壁を蹴り、天井付近まで跳躍した如月が、アランの穿った穴に武器を叩きこんでいた。
 それは水角も用いていた苦無と呼ばれる手裏剣の一種で、
いわゆる十字型の手裏剣よりも道具としての役割が強いが、無論殺傷力は高く、
狙った所に正確な投擲が出来るという点ではむしろより危険な武器と言えた。
 五メートル以上の高所から音も無く京一の横に着地した如月は、新たな苦無を懐から取り出す。
再び跳ぼうとする如月に向かって、京一が青眼の構えを取ったまま囁いた。
れると思うか」
 弱気になったのではない。
攻防の間に生じたわずかな隙が、つい殺気を緩めたのだ。
 一方の如月は、京一と異なり心を抑制する術を身に着けている。
それは彼が宿命を知らされた時より始まった忍びとしての訓練の中で、
最初に叩きこまれた基礎中の基礎であった。
明鏡止水という言葉でも表される、可能な限り己を殺し、
ただ目の前の事象のみを判断することは、闘いに身を置く者として必須の技術なのだ。
いついかなる時にも喜怒哀楽を封じこめるという意識を、
呼吸をするように自然に保っていなければならない。
物心ついてすぐに始められた過酷な訓練は、
副作用として普段の生活にまで感情の抑制を及ぼし、
学校では面白みがないだの付き合いがいがないだの陰口を叩かれる羽目にもなった。
しかし、それは如月にとってむしろ都合の良いことであった。
かげに生きる者には、孤独こそ相応しい。
そこまで孤高を愛する訳でもなかったが、同級生かれらとは住む世界が異なる──
そう自分に言い聞かせ、積極的に関わろうとはしなかったのだ。
 しかし数奇なえにしによって共闘することになった、
緋勇龍麻を中心とした彼らは、未熟と言えど自分と同じ立場に在り、東京を護ろうとしている。
初めて得た同志の存在は、如月にとって疎ましいものではなかった。
だから今如月は、闘いで心を乱すなど笑止なことではあったが、
京一を──仲間を励ますべく口を開いた。
たおさなければ、僕達に未来は無い」
 冷たくも感じられる如月の答えは、奇妙に京一の気に入った。
大きく息を吐き、笑う寸前の表情を作る。
過度の興奮が落ち着きを取り戻したことにより、新たな氣が体内で増幅されていく。
京一は狂おしい闘争心を御し、冷静に敵を視た。
「違いねェ──行くぜッ!!」
 吼え、如月と同時に地面を蹴った京一は、盲目者の右側面に回りこんだ。
アランが撃ち抜いた目は、それが自分達と同じ目なのかは判らないが、
もしそうであるならあの部分は死角になるはずだ。
懐に潜りこんだ京一は力をたわめて木刀を振り下ろした。
刀身から氣が迸り、盲目者の表皮に大きな溝を刻む。
 一本の線が少しずつ開き、厭らしい肉を覗かせはじめた瞬間、鋭い音と共に矢が突き刺さった。
傷口の中央に突き立った矢はすぐに紅蓮の焔を上げ始める。
それがこの化け物に効果を与えていることを知った京一は、
後ろで新たな矢をつがえているであろう小蒔に振り向きもせず、
合図も交わさずに新たな剣撃を振るった。
何処に斬りつけるかさえ判らないだろうというのに、再び刻まれた溝に正確無比に矢が刺さる。
手応えを感じた京一は、小蒔と、そして仲間達と共に一気に異界の化け物を斃すべく突撃していった。



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