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恋 唄 2へ>>
六月の空は、奇跡的に青かった。
前日まで四日続いて雨だったのが、嘘のように晴れている。
湿気こそ残っているものの、久しぶりの太陽に、
龍麻は久しぶりに心ゆくまで睡眠を楽しむことが出来た。
目を開けると飛びこんでくる、青と白に染め抜かれた世界。
現実感を失くすほどの眩い日は、しかし決して記憶からは消えないものとなるのだった。
「せんせー、さよなら」
「さようなら。気をつけて帰るんですよ」
生徒達が行儀良く挨拶している。
真神の教師の中でも最も人気のあるマリアを担任に持った三年C組の生徒達は、
女子生徒だけではない、男子生徒も軽く手を挙げて挨拶し、
他のクラスの生徒達より彼女と多く話せるという特権を満喫して帰るのだった。
わずかに順番待ちさえ出来ている教え子達と、
マリアは笑みを湛えてひとりひとり言葉を交わす。
それは、あるいは単に彼女が愛想が良いだけなのかも知れなかったが、例えそうだとしても、
彼女の受け持っているクラスは宿題を忘れてくる生徒が少なく、
そしてテストの平均点が高いのは事実で、生徒はおろか、
真神の全関係者の誰一人として彼女に不満を抱く者など居はしないのだった。
クラスの半分ほどの生徒と挨拶を交わし、その波が一段落すると、
マリアは教壇から離れ、一人の生徒の所に向かう。
その生徒は、マリアが近づいていることにも気付かず、呑気に教科書を鞄に詰めていたが、
彼女が机の前に立つと、さすがに顔を上げた。
豊かな黒髪は、やや乱れて跳ねている。
眠っていた訳ではないのだろうが──ただしHR(の時間は、だが──
その整った顔立ちとのギャップに、マリアはつい笑いそうになった。
折り曲げた人差し指を唇に当てることでそれを封じ込めると、軽く息を整えて話しかけた。
「緋勇クン、後で職員室へ来てくれないかしら。話があるの」
「え? ええ……いいですけど」
答えつつ、龍麻は自分が最近、
個人的に呼び出しを受けるような問題行動を起こしただろうか、と自問していた。
少なくとも学校内では教師の目に付くようなことはしていないはずで、
学期末テストが近づいてはいるが、特に成績が酷いわけでもない。
普通の学生として、教師の呼び出しなどというものに有り難味など全く感じない龍麻は、
美貌の女教師が大した用事ではない、と微笑んでも顔色を輝かせたりはしなかった。
「緋勇」
用件は終わったはずなのに、何故か中々離れようと──
いや、視線さえ逸らそうとしないマリアに困惑する龍麻を救ったのは、友人の声だった。
「それじゃ、後で」
龍麻が反射的に声の方に顔を向けると、マリアはそれまでの凝視が嘘のように颯爽と身を翻し、
そのまま、モデルもかくやというような美しい姿勢で教室から出ていった。
入れ替わるように彼女のいた場所に立った京一は、後姿が見えなくなるまで見送り、
好色そうな目つきを隠そうともせず龍麻に話しかける。
「ん……? なんだ、呼び出しか? 羨ましいねェ」
「そうか?」
疑問を多く含んだ龍麻の返事に、京一は自信たっぷりに答えた。
「そうさ。例えこっぴどく怒られるとしても、
あんな美人に呼び出されるってのは、男としてイイ気分だよなァ。
俺も手取り足取り腰取り教えて貰いてぇもんだ」
京一の手が空中でカーブを描いているのは、マリアの身体のラインをなぞっているのだろう。
答える気にもなれない龍麻が忘れ物が無いか机の中を覗きこんで時間を稼いでいると、
心底呆れたような声が元気良く鼓膜を震わせた。
「京一の場合、教えてもらいたい意味が違うだろッ」
「小蒔かよ。人の話を立ち聞きするなんて趣味が悪いな」
「べー。でかい声でそんな話する方が悪いもんね。ね、葵」
そう言う小蒔の声も、京一と同じくらい大きく龍麻には聞こえる。
まさか葵にもそう聞こえている訳ではないだろうが、
親友の肩を持つことはなく、静かに笑っているだけだった。
龍麻と葵が口を挟まないので、舌戦は二人の一騎打ちとなる。
「あのな、美里。お前もこんな男女(の言うこと真に受けるなよ」
「なんだとォ」
「こいつはナンだ、ほら、見てわかるだろ? 女の服なんて着てるけどよ、きっと男だぜ。
その証拠に、何しろ胸が無い」
「……」
「……」
龍麻は気付かれないよう、素早く視線を京一が指摘した箇所に滑らせる。
確かに葵と較べると、小蒔の胸は制服の上からでもその大きさの違いは明らかだし、
自分達の中で一番食欲が旺盛で一番手が早くて一番威勢も良いのだが、
だからといって京一の言葉はあんまりに思えた。
もっともその程度のことでめげたりしないのが小蒔の小蒔たる所以(で、
京一の暴言に軽く目を細めただけで敢然と立ち向かう。
「ボクは、ちょっと誤解してたよ。キミのこと、アホだアホだって思ってたけど、間違ってた」
「そうだな。過ちは誰にでもあるもんだ。問題はそれに気付くかどうかだからな。
俺のように完璧な人間はなかなかいるモンじゃねぇしな。な、緋勇」
あまりの京一の勘違いっぷりに、
龍麻は小蒔が実は皮肉を言っていないのではないかと勘違いをしてしまった。
思わず完璧な人間とやらを見直す龍麻に、京一の勘違いは続く。
「だろ? やっぱりお前は解るヤツだと思ってたぜ。それに引き換え」
「なんだよ」
「ま、男は背のデカさだけじゃないからな。気を落とさず生きていくこった。な、桜井くん」
「えへへッ」
「へへへッ」
気色悪い笑みを交わす二人だったが、突然、小蒔の腕が稲妻のように伸びた。
正確に顎を狙った拳を、京一はすんでのところで仰け反って躱(す。
「京一……死んでくれ。キミみたいな男は全人類の女の敵だ」
「ま、待て小蒔。いくら俺の方が背もナニもデカいからっていきなり殺すこたァ」
なお挑発する京一に、小蒔は本気を出して襲いかかった。
繰り出される拳を躱していた京一も、次第にその速さについていけなくなり、
徐々にバランスが崩れ出す。
そこに机に足を引っ掛けてしまい、大きく体勢が崩れた。
「ひっさつ!」
目を不敵に輝かせた小蒔は、固く拳を握り締め、渾身の力を身体の一点に撓(めた。
強い陽射しに遮られ、はっきりとは見えないが、何やら陽炎のようなものが立ち上っている。
それは、紛れもなく氣だった。
身の危険を感じた京一は、とっさに小蒔の背後に向かって指を突きつける。
「お、おい、醍醐がナンパしてるぞッ!」
「え? ──あッ!!」
そのタイミングといい内容といい、全く天才的なものだった。
京一のどんな戯言にも耳を貸すつもりなど無かった小蒔も、
これには意表を突かれ、思わず振り向いてしまう。
騙されたと気付き、再び前を向いた時には、もう京一の姿は無かった。
「じゃあな、また明日遊んでやるよ」
「待てーッ!!」
鞄を引っ掴んで教室の出口まで走った京一は、小馬鹿にしたように手を振ってみせる。
たちまち怒気を沸騰させた小蒔も、それを追いかけて行ってしまった。
二人して出口を見ていた龍麻と葵は、顔を見合わせ、揃って吹き出す。
本人達は決して意図していないにせよ、二人が残してくれた雰囲気は、
龍麻にとって格好のチャンスだった。
開けていた胸元のボタンを留め、軽く深呼吸して言葉を選ぶ。
「えっと……あのさ」
「あ……もうこんな時間。私もそろそろ行かなくちゃ」
意識してか否か、ようやく口を開いた龍麻が勇気を形にしようとした瞬間、
葵は腕時計を見て慌てたように立ちあがった。
龍麻はもう喉までせり上がっていた音節を、無理やり別のものに変えなければならなくなる。
しかしもっとたくさん話すつもりで吸いこんでいた息は、その音節には少し多すぎて、
中途半端に肩を張った状態で葵を見上げることになってしまった。
「生徒会?」
「ええ。また明日ね、緋勇くん」
微笑みを残して、葵は手元をすり抜ける蝶のように行ってしまった。
残りの息を吐き出し、がっくりとうなだれる龍麻に、
冷やかしの篭った笑いが、まだ残っている級友の辺りから舞ってくる。
それらから逃げるように勢い良く立ちあがった龍麻は、
殊更大声で職員室に行かなきゃ、と言い捨て、大股で教室から出ていった。
職員室に入った龍麻は、思わず固まってしまった。
もちろん自分(達の教室なみとは言わないが、
いつもそれなりの喧騒には包まれている職員室には、ただ一人を除いて誰もいなかったのだ。
そのただ一人、マリアは、無彩色の職員室内にあって、鮮やかな金髪でその存在を主張している。
龍麻が近づくと、机に向かって何か書類を作っていた彼女は軽くのびをして相好を崩した。
「フフッ、待ってたわよ。そこに座って」
「あの……他の先生は」
「会議中なのよ」
落ちつかなげに室内を見渡す龍麻に、つまらない事を聞く、
といわんばかりの態度を取ったマリアは、見せつけるように長い足を組んだ。
無理な格好を強いられた膝丈のスカートの形が崩れ、腿の半分くらいまでを露出させる。
日本人には──いや、白人でもこれほどの白い肌はそうはいないだろうマリアの身体は、
若い龍麻には毒なほどだ。
しかも組んだ膝の上に肘を乗せ、掌に顎を置いたマリアは身体を心持ち前に傾けているので、
C組の男子生徒の間で賭けさえ行われたことのある、
豊かな胸がその形をくっきりと浮かび上がらせていた。
薄紫色(のブラウスは半袖のように見えて、
肩口のところからは凝った刺繍が施されており、素肌よりも見る者を魅きつける。
彼女の何処に視線を固定させたら良いのか判らず、龍麻は忙しくまばたきをした。
そんな龍麻の視界を全て埋め尽くそうとするかのように、マリアは身を乗り出す。
女性の──大人の香りが鼻腔にまとわりついて、龍麻の心臓に一層の負担をかけた。
「アナタを呼んだのは他でもないわ。前に、皆でお花見に行ったことがあったわよね。
──そう、あの時のことよ」
しかし、マリアの話はぼうっとし始めていた龍麻の頭に激しい活を入れるものだった。
二ヶ月程前の、新宿中央公園での出来事。
盗まれた妖刀──村正の狂気に取り憑かれた男が女性を襲い、
その場に居合わせた龍麻達は、女性を救う為、『力』を使ったのだ。
その後新聞では「妖刀を持った男に向かって高校生達が飛び出して行った」などと書かれていたが、
なんとかその正体を特定されることもなく事は済んだ。
その場に居たマリアもそれ以後『力』について訊ねることはなく、
龍麻はそれで話題は終わったと思っていたのだ。
それが実は、彼女が自分達より遥かに真剣に『力』について考えていたことは、
次の言葉からも明らかだった。
「あれからずっと考えていたんだけど、アナタたちのあの──『力』と言うのかしら、
あれは──なんなのかしら。超能力とは違うし、生まれ持った物でもないようだし。
アナタは──あの『力』の源はなんだと思う?」
龍麻はその答えを知っていたが、マリアには言わなかった。
人に、生物に、そして地球に共通する『力』は、宇宙そのもののエネルギーと言って良い物だ。
自らを大いなる流れと一体化させ、その流れからほんの一片の『力』を受け取る。
ほんの一片でも人間の体では膨大過ぎるそのエネルギーを、
受け取る量をコントロールするために、独特の呼吸を学び、
体内に眠るチャクラを意識し、目覚めさせようと修行を積むのだ。
しかしそんな話をしたところで、信じてもらえるとも思えないし、
龍麻自身、知っていても理解した訳ではない。
とても話せるものでは無かった。
「そうよね、突然のコトだから解らないわよね」
教師らしくあまり無理に追求はしてこなかったマリアは、口調を改めた。
「ワタシはね、こう思うの。
アナタ達の……いえ、アナタの『力』は、何かの鍵なんじゃないかって。
例えば……何か別の大きな『力』を手に入れる為の」
マリアの物言いは、明らかに生徒に対しての教師のそれではなかった。
困惑する龍麻に、マリアは組んでいた膝を下ろし、心持ち椅子を前に出す。
その分だけ下がろうとする龍麻の膝を押さえ、奇妙に熱の篭った視線を向けた。
「ねぇ、龍麻クン。ちょっと……服を脱いでくれる?」
「ふ、服……ですか?」
「ええ。嫌?」
全く別の方向からのマリアの攻撃に、龍麻は対処出来なかった。
急に『力』の話題を持ち出したマリアに対し、
どう接すれば良いか迷っていたところに不意を衝(かれ、その瞳を直視してしまう。
蒼氷色の宝石は、深い知性と、それ以上に豊かな感情を内側に秘めていて、
その妖しい煌きは絶対的な人生経験が足りない龍麻に到底逆らえるものではなかった。
もちろん、いくら何でもこんな場所でそんなことをするはずがないという理性も
声を大にして頭の中で合唱しているのだが、その声は一秒ごとに弱くなっていき、
万が一と言うこともない訳ではないのだ、という声にとって代わられていった。
龍麻は自分がもてるなどとは思っていなかったが、マリアの態度は、
そう誤解しても仕方ないほど情熱的なものだったのだ。
深い紅に染まる唇が、感情のひとつを優しく撫でる。
若い男にとって抗い難い感情を揺り起こされ、龍麻は我知らず喘いだ。
「フフ……そんなに硬くならないでいいのよ」
今やマリアは吐息さえ届きそうな距離にまで近づいている。
万が一が千が一ぐらいにはなったような気がして、龍麻は目を閉じた。
緩やかな空気の流れと共に、マリアの指先が喉元に触れる。
ほんの少し、水の一滴ほどの感触が、身体中の細胞全てに伝わった。
ボタンが外され、掌が滑りこんでくる。
極上の羽毛で撫でられたような感覚に総毛だった龍麻は、
マリアのもう片方の手が頬に滑るのも、膝の間に足を割り込ませるのも、
彼女の挙動の全てを、目を開けている時よりもはっきりと感じていた。
近づく気配。
頭の中から響く鼓動が、その時が近いと告げている。
呼吸さえ止めた龍麻は、固唾を飲んで記念すべき瞬間を待ちうけた。
「──ッ!」
いよいよ、という時になって、急速に気配が遠ざかる。
何事かと目を開けた龍麻の瞳が捉えたのは、
とてもこれからキスをするようには見えない、唇を硬く引き結んだマリアの顔だった。
既に彼女は自分を見ておらず、その向こうにあるものを見据えている。
大きな瞳に憎悪が宿るのを至近距離で見てしまい、龍麻は外されていた第一ボタンを慌てて留めた。
その背中に向かって、持ち主に相応しくない、やや軽い調子の声がかけられる。
「よォ、緋勇じゃないか。何か悪さでもしたのか?」
「犬神……先生」
呼ばれた龍麻に代わって同僚の名を告げるマリアの声もまた、彼女らしくないひびわれたものだった。
至近距離で見つめる龍麻のことを忘れたかのように、険しい表情は崩さない。
それでもマリアは美しかった──むしろ、感情を露にした今の方が輝きを増しているとさえ言えた──
が、儚い夢を見ていた龍麻は、とても自分の手に負える女性(ではない、と今更に思い知ったのだった。
「どうしましたマリア先生、そんな怖い顔して」
「い……いえ。どうして……先生がここに?」
「ははは、どうしてって、ここは職員室ですよ。そりゃ僕は物臭(さであまりここには来ませんけどね」
犬神の返事に疲れたように頷いたマリアは、
それまでの態度が嘘のような投げやりな口調で告げた。
「緋勇クン……ありがとう、もう帰っていいわ」
既にこの場では邪魔者でしかない龍麻は、身のほどをわきまえ、そそくさと立ちあがる。
マリアと自分との間に立った龍麻を見る、眼鏡の奥の大神の瞳は、
龍麻が気配を感じるほど鋭いものだった。
しかし、龍麻が振りかえった時にはもうその気配は消えている。
「僕の事なら気にせずに続けてください」
「いえ……大体は終わりましたから。緋勇クン、また今度……ね」
今度、とやらがなるべく来ないように祈りつつ、龍麻は二人の前から立ち去る。
あと一歩で希望の出口へと辿り着くというところで、再び犬神から声をかけられた。
「そうだ緋勇、お前……旧校舎には入ってないだろうな」
もう職員室から逃げることしか考えていなかった龍麻は、急に旧校舎の名を出され、硬直してしまう。
マリアといい犬神といい、学業と関係ない所で生徒を困らせる術に長けているようだった。
もっともこちらの件に関しては、あの日以来、
龍麻達はあそこに近づいたことはなかったから、正直に答えることが出来た。
「は、はい」
「ならいい。──いいか、くどいようだが、旧校舎(には近づくなよ。あそこは……良くない(」
いくつもの意味を込めた、複雑な音(で警告を発する犬神に、龍麻は頷くしか出来なかった。
振り返らずに職員室を後にし、完全に廊下に身を置いてから振り向き、扉を閉める。
何か封印を施したような気分になったが、中で起こった濃密な出来事を考えればそれも当然と言えた。
京一がいない事を残念に思いつつ、厄落としにラーメンでも食べて帰ろうと心に決める。
今日は何味にするか考えることで、気の迷いにも程がある今しがたの記憶を消そうとした龍麻は、
一歩踏み出したところでいきなり目の前に人影があって、よけきれずぶつかってしまった。
「いたた……もう、前見て歩きなさいよねッ……って、緋勇君じゃない。
何、呼び出し? 緋勇君も結構ワルなのねぇ。で、誰に呼ばれたの?」
一気にまくしたてる杏子の声が、ひどく懐かしく感じられて、龍麻は安堵することが出来た。
「誰って、マリア先生だけど」
「ふーん。じゃ、なんだかんだ言って嬉しいんじゃないの。年上の美女に呼ばれるなんて」
「あぁ、もう禁断のレッスンをばっちり受けちゃってさ」
京一と同じ事を言う杏子に安堵は増し、軽口を叩けるまでになっていた。
「……つまんないの」
「へ?」
ところが、杏子の反応は全く予想外の物で、
せっかく平衡を取り戻しつつあった龍麻の心をまた不安定な方向に導いてしまう。
困った顔をする龍麻に、杏子は表情を晦(ませて答えた。
「なんでもないわ。緋勇君は新聞部(のいいネタ──じゃない、お客だから、
期待を裏切らないでよね。それじゃ」
「それじゃって、何処行くの」
「犬神先生に呼ばれてんのよ」
扉を開け、一旦は中に入った杏子は、すぐに頭だけを廊下に出した。
「──ッと、忘れる所だったわ。緋勇君、校門で女の子が待ってたわよ」
「女の子?」
「ええ、真神(の制服じゃなかったわ。全く、隅に置けないわね、えっち」
「遠野」
「ッと、じゃね」
中から犬神に呼ばれ、今度こそ杏子は姿を消す。
「えっちって……」
彼女のいた場所に向かって呆然と呟いた龍麻は、
そんな少女になど全く心当たりはなかったが、とにかく校門に行ってみることにした。
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