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賑やかに下校する生徒達に混じりながら、のんびりと歩いていた龍麻の背中を、突然誰かが叩いた。
その痛さを何故か快いものに感じつつ、龍麻はわざとらしく顔をしかめて自分を叩いた少女を見る。
赤みがかった茶色の髪を小気味良く揺らし、龍麻の顔を斜め下から見上げながら、
小蒔は軽く片目を閉じた。
「お前……もうちょっと普通に挨拶できないのかよ」
「痛かった? 元気無さそうに歩いてるからさ、景気づけようと思って…一人なの?」
「ん? あぁ、京一は授業終わったらすっ飛んでどっか行っちまったからな。お前こそ一人かよ」
悪びれもせず、楽しそうに自分を見る小蒔に、しかめ面を苦笑に変えさせられた龍麻は鞄を抱えなおす。
その横に並んで軽く龍麻の顔色を伺いつつ、小蒔はやや声のトーンを変えて話しかけた。
「うん。……ねぇ、一緒に帰ろっか」
「ん? あぁ」 
何を今更、と言った風な龍麻の声に、わずかに顔をほころばせた小蒔は一緒に歩きはじめた。
小柄な小蒔が歩きやすいようさりげなく歩幅を調節すると、
爽やかな秋風に乗って髪の匂いがほのかに漂ってきて、龍麻はなんとなく落ちつかなさを覚えてしまう。
「なんかさ、二人だけで歩くのって初めてじゃない?」
「そういえばそうかもな。俺はいっつも京一か醍醐と遊んでるし、お前は大抵葵と一緒だもんな」
手を頭の後ろに組みながら歩いていた小蒔の、ふと思い出したような呟きに、
龍麻は、改めてこの学校に転校してきてからはいつも五人で行動していたのを思い出す。
それはもちろん楽しい時ばかりではなく、辛く、苦しい時もたくさんあったが、
この上なく充実していたのは間違いなかったし、
そしてこれからも、残されたわずかな高校生活を充分に満たしてくれるのだろう。
恐らくその中でも中心になる少女は、龍麻の返事にややくすぐったそうに笑った。
「うん……そうだね。なんかさ、ヘンな感じだよね」
「悪かったな」
「そういう意味じゃなくって! ちょっとは嬉しい、とか言ったらいいじゃないッ」
口を尖らせる小蒔に笑いながら、もうすっかり身体に馴染んだ、漫才めいたやり取りを始める。
それは京一という朱に交わって赤くなったのか、
それとも龍麻自身が元から持っていた陽性が真神に来てから開花しただけなのかは判らないが、
とにかく、出会ってからまだ半年も経っていないのに、
特に小蒔とはまるで幼い頃からの馴染みのように息が合っていた。
京一などに言わせると、「お前らはガキっぽいから気が合う」らしいのだが。
龍麻はいちいち反論するのもバカバカしいから黙っていたし、
小蒔はそう言った直後の京一のむこうずねに
したたかに蹴りを入れてやった以外は気にした様子もなかった。
それが今の二人の関係だった。

ごくありふれた高校生として新宿の街を歩いていた二人は、
いつもならここで別れる──事など滅多にないが、家の方向は一応ここで別々になっている──
場所まで来た所でなんとなく立ち止まった。
龍麻から切りだそうかどうか迷っていると、
小蒔が龍麻の期待に応えるように鞄を後手に回して、小さい子供がお願いするような仕種をする。
「ね、せっかくだからさ、もうちょっと二人で遊ぼっか」
「いいけどさ……どうする? ラーメンでも食べに行くか?」
「もう、それじゃいつもと変わらないじゃないかッ!」
五人でいる時は二言目にはラーメンを食べたがるくせに、何故か今日はそんな気分ではないらしかった。
夏のうだるような暑さもようやく鳴りをひそめはじめ、吹く風は心地良く、
絶好のラーメン日和だと龍麻は思うのだが。
「そんな事言われてもな、じゃあどうしたいんだよ」
「うーん……中央公園でもいこっか。……つまんない?」
「いや、いいよ」
小蒔にどこか行くあてがあると思っていた龍麻は肩透かしを食らった気分だったが、
公園に行く事に反対はなかった。
身体の向きを変えると、もうすっかり通い慣れてしまった新宿中央公園へと歩き出す。
「なんだよッ、龍麻クンだってその気だったんじゃないッ」
あまりにも淀みなく歩きはじめた龍麻にそう嫌味を投げながら小蒔も慌てて後を追いかけ、
二人は再びにぎやかに歩き出した。

「あーあ、もうじき中間テストだよね。しばらく遊べないなぁ」
何の変哲も無い公園の中を、何の変哲も無い会話をしながら歩いていく。
それがどれほど貴重なものであるか、幾つもの死線を越えてきた龍麻には嫌と言うほど判っていた。
だからたまには少し真面目に話そうか、などと柄にも無い事を考えたが、
やはりそれは分不相応らしかった。
「どうせあんまり勉強しないだろ」
「失礼だなぁ、ボクだってする時はするんだからねッ!」
「その割にこの前のは赤点ギリギリだったじゃねぇか」
ぼやく小蒔についいつもの調子で返し、すぐに話はあらぬ方へと進み出す。
いつもは葵か醍醐あたりが呆れながら止めに入るまで延々と続けられる舌戦も、
しかし今回はあっさりと終わる事となった。
「龍麻クンは赤点どころか、補習してたじゃない!」
「あ、あれはお前、京一に付き合ってくれって泣いて頼まれて…」
「ウソばっかり。龍麻クンこそ葵にノート貸してって泣いて頼んでたクセに」
「な、なんでそんな事お前が知ってるんだよ」
「アン子に聞いたもん」
京一にも秘密にしていた事をあっさり暴かれて不覚にもうろたえてしまい、
龍麻はこの場の負けを認めざるを得ず、
得意げに小鼻を膨らませる小蒔を横目にふてくされた表情で歩き出した。
「何だよッ、怒らなくたっていいじゃないかッ」
「怒ってんじゃねぇよ」
「じゃ何さ」
「ジュース飲みたくなったから自販機探すんだよ」
「あ、じゃあボクも! ね、たまにはおごってよ」
「やだね。俺は怒ってんだぞ」
「やっぱり怒ってたんじゃないか…」
語るに落ちる、という言葉の生きた見本を演じてしまった龍麻は大股で小蒔から距離を置く。
照れをごまかしているのが哀れなほど良く判るその態度に、
耐えきれなくなった小蒔は笑いながら後をついていった。

二人が目指した場所は以前小蒔が見つけた、
公園の中でも穴場的な場所で、何故かいつでも人気がほとんど無かった。
今日も当然のように空いていたベンチに並んで腰掛ける。
結局龍麻が奢らされたジュースを両手で弄びながら、小蒔は都庁を見上げた。
「ん? なんだ、登りたいのか?」
さっきやりこめられた悔しさがまだ尾を引いていたのか、
今度は龍麻の方から振ってみたが、何故か小蒔は乗ってこなかった。
思いの外真剣な表情でビルを見ている小蒔に、龍麻もそれ以上何も言わず言葉を待つ。
「今更なんだけどさ、ボク達、東京を護ってるんだよね。なんかスゴいな、って思って」
「……そうだな。巻きこんじまってすまないと思ってるよ」
「そういうコトじゃなくてさッ!」
何気なく、相槌程度のつもりで返したのだが、小蒔は本気で怒っていた。
生気を瞳一杯に漲らせて怒るその表情は、怒られているのも忘れてしまうほど龍麻を惹き付ける。
「今までボク達のこと、そんな風に考えてたの!? 醍醐クンだって京一だってほかのみんなだって、
巻きこまれたなんて思ってる人なんて誰もいないよッ!」
「……ごめん、そんなつもりで言ったんじゃないんだ」
「じゃあなにさッ!?」
憤まんやる方ない、といった小蒔の荒れっぷりに、
龍麻は姿勢を直すと、少しずつ、言葉を選びながら説明する。
「…………俺達はさ、相手を殺そうと思って闘ってる訳じゃないだろ?
どんなに向こうが卑怯な手を使ってきても、殺そうとまではしないよな。
でも向こうは違う。隙あらば殺そうとしてくるし、俺達の誰かが死んだって喜ぶだけだろう?
そんな命のやりとりを普通の高校生がしていい訳ないだろ。
だけど、そういう場所に連れてきちまったのは多分、俺のせいだから」



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