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「……うン。言いたいコトはなんとなく解るよ。
でもさ、せっかく今まで皆で一緒にやってきたのにさ、
今更そんな風に言われて、ボクもちょっとショックだったんだ」
「……だから、悪いって」
龍麻の説明に一応は納得したようだったが、いつになくしつこく絡むのが、
小蒔の抱いた怒りの大きさをあらわしていた。
本当に申し訳無く思ったが、と言ってこれ以上どう謝ればいいのか困った龍麻に、
小蒔はいきなり声のトーンを明るくして言った。
「じゃあさ、顔出してよ」
「……へ?」
「一発で許してあげる」
「……お前、最近『走れメロス』でも読んだのか?」
「うッ、うるさいな、いいから早くしなよッ! さもないと葵達に言っちゃうからねッ」
「わかったよ」
なんだか良く判らなかったが、それで機嫌を直してくれるのなら、と龍麻は目を閉じる。
三つ数えてまだ何も起こらないので、薄く目を開けようとしたら、物凄い痛覚が鼻を襲った。
「痛ってぇ!」
たまらず鼻を抑えて悶絶する龍麻を見て、小蒔は腹を抱えて笑い出す。
龍麻は何か言い返してやりたかったが、鼻の痛みに邪魔されて気の利いた言葉を思いつけなかった。
「ったく、なんて事しやがる……折れたかと思ったぞ」
「へへーんだ、本気でやったもん、痛くて当たり前だよッ!」
なんとか話せるようになった龍麻は憎まれ口を叩くが、
小蒔の表情を見ると全く効果が無いのは明らかだった。
「大体よ、こういう時はごめんね、ちゅっ。とか言ってキスするのが定番だろうが」
「はぁ? 何それ? 龍麻クンこそヘンな少女漫画でも読んだんじゃないの?
なんでおしおきするのにキスしなきゃならないんだよッ」
「そりゃ、お前にキスされたら最高の罰ゲ……」
最後まで言い終える事は出来なかった。
今度は指などではなく、拳が顔面を直撃したからだった。
眉間の中央やや下、人体の急所に的確に入った一撃に、身体がスローモーションのように崩れ落ちていく。
薄れいく意識の中、ようやく事態の深刻さに気付いた小蒔が自分を呼んだ、ような気がした。

龍麻が目を覚ますと、心配そうに自分を覗き込む小蒔の顔が飛びこんできた。
その近さに、頭の後ろの柔らかな感触が、小蒔の足なのを知る。
軽く頭を動かしたとたん、鈍く、激しい痛みが頭全体に広がった。
思わず顔をしかめると、小蒔はたちまち目を細め、申し訳無さそうに謝る。
「あ、あの……ごめんねッ。あんな綺麗に入ると思わなかったから……」
「全くだ。三途の川を半分渡ってきたんだぞ。ちっとは加減してくれよ」
「ほんとに……ごめん」
いくら隙を突いたとはいえ、どんな敵との闘いでも膝をついた事の無い龍麻が気を失ったのだ。
小蒔がしょげかえるのも無理はなかった。
がっくりと肩を落として落ちこんでいる小蒔に、
鼻と眉間の痛みはまだ龍麻の中で即興の交響曲を奏でていたが、精一杯やせがまんをして慰める。
「なんだよ、そんな気にすんなよ。
別に怒ってねぇし、小蒔の膝枕なんて貴重なものも堪能できたからな」
「なッ……な、なに言ってんだよッ! も、ももももういいでしょ、起きてよねッ!」
「ちょ、ちょっと待……っ!!」
小蒔の眉毛が跳ねあがり、不潔なものを触るかのように龍麻の頭を膝から押しのける。
まだ完全には回復していなかった龍麻がそれに反応できるはずもなく、
後頭部は鈍い音を立ててベンチと激突した。
「あ……」
「…………!!」
頭の前と後と、どちらを押さえれば良いのか判らない様子でのたうち回る龍麻に、
小蒔は再びしょげかえる。
「あの…ごめん! 本当に、ごめんね」
龍麻はもう起きあがるどころか演技をする余裕さえ無く、弱々しい声で呻いていたが、
小蒔のその言葉に額に当てた手で表情を隠したままさりげなく頼んだ。
「悪いと思ってるんならよ、もう一回、膝枕してくれ」
「え? ええ? あの……本気で言ってるの?」
「ああ」
これ以上混ぜっ返すと帰りは桜ヶ丘中央病院に寄らなくてはいけないのは間違いなかったから、
精一杯真面目な調子を作って答える。
「……うん、いいよ。しょうがない、よね」
小蒔は小さく頷くと、スカートの裾を直した。
その声にはごくわずかに嬉しそうな響きが含まれていたが、
頭の中が総動員で悲鳴を上げている龍麻は不幸にもそれに気付かなかった。
頼んでおいて今更気恥ずかしさを覚えつつ、龍麻が頭を膝の上に乗せると、
小蒔が、いつもはつり上がっている方が多い眉尻を一杯まで下げて顔を覗き込んでくる。
いつもよりずっと近い所で見る小蒔の顔が急に可愛く見え、
頭の中に響く痛みに、胸の鼓動までもが伴奏をはじめてしまった。
表情を読まれないよう顔を傾けると、勘違いした小蒔が心配そうに尋ねてくる。
「……まだ、痛い?」
「だいぶ、マシにはなってきたけどな」
「うん……ごめんね」
「もういいって。そんな謝られると調子崩しちまうよ」
小蒔は笑ったが、その直後に龍麻の額に何か熱い物が降りかかった。
「小蒔……?」
「え……? ! あ、あれ? なんでかな、ボク、泣いてる……」
泣き笑いの表情のまま顔を擦る小蒔に、龍麻は慌てて身体を起こす。
しかしそれがかえって弾みになってしまい、小蒔は両手で顔を覆って大粒の涙を零し始めた。
どれほど辛い目にあっても見せた事の無い小蒔の突然の涙にどう対処して良いか判らず、
おろおろするしかない自分が不甲斐ない。
ハンカチを渡そうとして、それすら持っていない事に気付き、
舌打ちした龍麻の耳に、小さな嗚咽が聞こえてきた。 「龍麻……クン……」
自分に向かって呼びかけたのではなく、思わず吐露してしまったようなその呟きに、
龍麻は突然自分の中の気持ちに気付いた。
それは気付いた、というよりも、内側から殻を破って出てきた、といった方が正しかったが、
とにかく、何故今まで気付かなかったのか不思議に思うくらい、その感情は強烈なものだった。
傍らで泣きじゃくっている小蒔を不器用に見守りつつ、龍麻は暴れ回る想いに必死で手綱を付け、
泣き声が小さくなり始めた頃、ようやく気持ちを抑える事に成功した。
「落ちついたか?」
「うん……」
しかし小蒔はそう答えたきり口を閉ざす。
龍麻も自分の小蒔への気持ちには気付いたものの、いきなり告白など出来る訳もなく、
頭の中で意味の無い言葉がぐるぐる回るだけで、
とりあえず今日は帰るか、などと度胸の無い事甚だしい結論に逃げようとした時、小蒔が顔を上げた。
「あのね。こんなコト聞くのボクらしくないかも知れないけどさ、
……でも、やっぱり……はっきり、聞いておきたいんだ」
小蒔は心持ち姿勢を正すと、まっすぐに龍麻の顔を見て話しかけた。
恐らく覚悟を決めたのだろうその表情を、龍麻はずっと見ていたいと思う。
凛とした表情だけでない、笑顔も怒った顔も悲しんでいる顔も、全てを見たい。
だから龍麻は小蒔が次に口にする言葉が解ったし、それに対する答えももちろん決まっていた。
高鳴る鼓動が多量の酸素を要求してきたが、口を真一文字に引き結んで格好をつける。
「龍麻クンはさ、……ボクのコト、好き?」



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