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「…………あぁ」
すぐに返事をしなかったのは、想いの深さを表わそうとしたのだが、
日頃の行いの悪さか、それは小蒔を喜ばせるどころか不審な表情にさせてしまう。
「なんか随分間があったね…まぁいいけど。じゃあもう一つ聞くね。葵とか雛乃とかよりも好き?」
「なんでその二人の名前が出てくるのか解んねぇ」
「だって龍麻クン、黒くて長い髪の娘が好きって前言ったじゃないッ」
「……そんなこと、言ったっけ?」
「言ったよッ!」
「そうか……そうかも知れないなぁ」
「そうなの!?」
再び泣きそうな顔になった小蒔に、龍麻は髪の毛をくしゃくしゃにしてやりたいと思ったが、
それ以上に自分がそんな軽い男に見られていた腹立たしさが出てしまい、少しきつい口調になる。
「阿呆か。そりゃ好みはそうかも知れねぇけど、
それで女の子を好きになったり嫌いになったりはしねぇよ」
「そう……なの?」
「そうなの。だから別にお前の髪が長かろうが短かろうが、
黒かろうが茶髪だろうが関係ないって」
「…………!」
大きく目を見開いたまま固まる小蒔に、龍麻はそっぽを向く。
どさくさに紛れるにしても、
もうちょっとスマートな言い方があったのではないかと顔から火が出る思いだったのだ。
「……エへへッ」
「何だよ急に笑い出して」
「龍麻クン、ボクとキスしたい?」
「! ま、まぁそりゃ」
「いいよ。ボクもね、龍麻クンの事好き。だから、いいよ」
何かが吹っ切れたのか、急に色香を感じさせる表情をしながら小蒔はそう告げた。
全てを見たいとは思ったものの、初めて見る小蒔の新しい一面に龍麻は戸惑いを隠せない。
「どうしたの?」
いつまで経っても顔を近づけてこない龍麻に、小蒔は今日何度目かの泣きそうな顔をした。
女の子の表情は万華鏡のよう──そんな言葉を誰かが言ったのを龍麻は思い出し、
誰が言ったのか思い出そうとして、それどころではない事に気付く。
「い、いや……その……」
「……やっぱり、ボクのコト好きじゃないんだ…?」
「違うよ、そうじゃなくって、その、なんだ……こういうのはさ、もっとこう……」
たった今告白しあったばかりなのに、いきなり『キスしていいよ』と言われても、
女性に対しては実はやや古風な考え方を持つ龍麻にはとても出来るはずがなかった。
しどろもどろになって弁解する龍麻に、小蒔は我慢出来なくなって舌を出す。
「ウソ」
「……へ?」
「キスしてもいいって言ったの、ウソ。やっぱり初めてはちゃんと付き合ってからにしないとね」
「…………」
「怒った?」
「少し」
「んじゃこれ、お詫びのしるし」
そう言って小蒔は鞄から何かを取り出すと、龍麻の手に乗せる。
自然とそっちに意識を向けた瞬間、小蒔の顔が近づいてきた。
「!」
小さな唇が、ごく軽く触れる。
龍麻は耳の裏に音鳴りを覚えながら、
そういえばこんなパターンもどっかで見たなぁ、とぼんやり考えていた。
しかしすぐにそんな事はどうでも良くなって、記念すべき瞬間を余す所無く記憶に残そうと、
慌てて五感の機能を全開にする。
しかし時既に遅く、小蒔の唇は無情にもあっさりと離れてしまった。
「えへへ、……しちゃった」
小蒔は照れたように鼻の頭を掻いたが、
ずっと憮然とした表情をしたままの龍麻に、不安げに顔を覗きこむ。
「もしかして……本当に嫌だった?」
「……違う」
「じゃあ、何?」
「……教えない」
「何だよ、気になるじゃないか、教えてよッ」
「駄目。絶対教えねぇ」
「あーそう! そういうコト言うんだ。せっかく人が勇気を出して……っ!」
恥ずかしさが一気に反転して怒りに変わり、矢継ぎ早になじり始めた小蒔の口を、唐突に塞いだ。
口の中で勢いが急速に弱まり、再び恋する少女の唇に変わる。
いくら普段ボクとか言ってても、やっぱり柔らかいんだな。
龍麻はそんな当たり前の、しかも馬鹿な事を考えつつ、名残は惜しかったがすぐにキスを終えると、
顔が離れても目が真ん中に寄ったままの小蒔に笑いを堪えながら尋ねた。
「今、どんな気分だ?」
「どんな……って、いきなりするなんてズルいじゃ……あ!」
「そういうこと」
「…………あ、あの、ごめん……ね。なんかボク一人で浮かれちゃってさ」
「謝ることじゃないけどさ。……もう一回、してもいいか?」
「そんなの……わざわざ聞くコトじゃないよ」
急にはにかんだ表情になると、軽く目を閉じる。
龍麻は軽く息を整えると今度は寸前までしっかりと目を開いて、
恋人になった少女の顔を網膜に焼きつけながら顔を重ねていった。
キスをしている間ずっと息を止めていた龍麻は、鼻息が小蒔にかかるのを怖れて顔を離した。
龍麻の顔が離れた後もしばらくそのままの姿勢でいた小蒔は、
今まで龍麻がいた場所に人差し指を当てながら、夢でも見ているかような頼りない声で呟く。
「うーん……」
「どうしたんだよ」
「あのね、ボク達、キス……したんだよね」
「あ、ああ」
改まって確認されるとこれほど恥ずかしい物も無く、龍麻はどんな表情をしたら良いか解らない。
小蒔もそれは同じなのか、しばらく呆けたように指を当てたままだったが、突然笑い出した。
それにつられるように龍麻も顔をほころばせる。
「えへへッ」
「なんだよ」
「なんでもないよ」
「本当かよ。なんか顔ニヤけてるぞ」
「龍麻クンだってニヤけてるもんね、お互いさまだよッ」
むず痒く、甘ったるい感覚が身体中を包み、二人を笑わせる。
何の意味もないやり取りが、こんなに楽しいとは思わなかった。
ほんの数言の言葉が、お互いの全てを変えるとは知らなかった。
太陽は西に傾きはじめ、肌を撫でる風は心地良さよりも冷たさを多く与えてくるようになったが、
二人は全く構う事無く、どこから見ても恋人同士と言った風にじゃれあっていた。
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