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しかし、幸せな時も長い間は続かなかった。
不意にうなじの辺りに不快な気配を感じて、龍麻の表情が険しい物に変わる。
恐らくなにがしかの怨念が龍麻の持つ氣に惹かれて集まってきたのだろう。
小蒔はしばらく気付かなかったが、
闘いに備えて氣を放ち始めた龍麻に反応して立ち上がり、弓を取り出した。
「全く……恋路を邪魔する奴等は馬に蹴られて死んじまえよ」
今までの闘いでも見せた事のないような不機嫌な表情で構える龍麻に、
小蒔は状況も忘れてつい笑ってしまう。
「なんだよ」
「だってさ、馬に蹴られて……なんておじいちゃんが言うみたいじゃない」
「悪かったな。おっさんくさくて」
「そんな怒んないでよッ。勝ったらまたキスしてあげるから」
思わず小蒔の顔を見なおした龍麻だったが、直後に思いきり顔を捻じ曲げられてしまった。
「痛てて、何すんだよ!」
「いちいちこっち見なくていいから! ほら、来たよ!」

集まってきた妖気は、数こそ多かったがそれほど危険なものではなかった。
それに加えて本気で怒っていた龍麻が容赦なく攻撃した為、
この世に未練を残した怨霊達は文字通り蹴散らされていった。
「ふうっ……」
辺りを見渡して敵が居なくなった事を確認した龍麻は、
自分の背後で小蒔が転んでいるのに気が付いて彼女の許に駆け寄る。
「おい、大丈夫か?」
「うん、そんなに酷くは無いんだけど……ちょっとくじいちゃったみたいなんだ」
闘いの昂揚も一瞬で失せ、真っ青な顔で身を案じる龍麻を、小蒔は安心させるように笑ってみせたが、
なかなかその場から立ちあがろうとしないのが負った怪我の度合いを示していた。
血が出ていない事に安堵しつつ、
龍麻は急に小蒔を失う恐怖に駆られて未整理の心情をそのまま口走る。
「そっか……な、お前さ」
「やだよ。もうボクはずっと一緒に闘うって決めたんだから」
何故言おうとしている事が判ったのか、小蒔は先回りして龍麻の言葉を奪った。
「でもよ」
「やだッたらやだ。
聞いてくれないんだったらさっき好きって言ったのもキスしたのも全部ナシだからねッ!」
「そんな、子供みたいな……」
龍麻は呆れたように首を振りながら、内心は小蒔の想いに泣きそうになっていた。
友達と、戦友と、恋人を一度に手に入れられた男など、世界中探しても自分しかいないだろう。
その喜びは意味も無く大声で叫んで走り出したくなるほどだったが、
だからと言って今更ストレートな物言いが出来る訳もなく、
気遣う調子を不器用に込めるのが精一杯だった。
「……わかったよ。せいぜい怪我しないように気をつけろよ」
それは、毒舌というオブラートで包んだ、自身に向けての決意だった。
絶対に、護る。
その決意は龍麻の背に翼を産み出し、凄まじいばかりの昂揚を与える。
それは宿命に定められた闘いから、自分自身で選んだ運命へと変わった瞬間でもあった。
軽い武者震いをしながら、龍麻は小蒔を改めて見る。
自分の一言がどれだけ目の前の男を変えたのか小蒔は知る由も無かったが、
ついさっき恋人になったばかりの同級生が急に大人びて見え、眩しげに目を細めた。
二人は少しの間見つめあい、お互いだけをその瞳に宿す。
もう数秒沈黙が続いていたら甘い口付けを交わせただろうが、
龍麻が思いきって顔を動かした瞬間、腹の減った鴉が高らかに邪魔をした。
未だ何がしかの意思が働いているのではないかと疑いたくなるくらいタイミングの良いその声に、
龍麻は先ほどの怨霊に対してとも劣らないくらい厳しい視線を空に向ける。
「鴉に怒ってどうするのさッ」
「いいじゃねぇか。俺が何に怒ったって」
しかしさすがに大人げない事に気付いたのか、
ふてくされていた龍麻も幾分機嫌を直して小蒔の方に向き直った。
「ね、おんぶしてくれる?」
「……やだ」
どさくさに紛れて甘えてみた小蒔だったが一蹴されて、ふぐのように頬を膨らませて拗ねる。
その頬を突ついてみたい衝動に駆られながら、龍麻はさりげなく自分の位置をずらしていく。
「いいじゃないかッ、ケチ。いいよ、一人で歩くから」
「そうじゃなくってさ」
龍麻は小蒔の鞄を左手に掴むと、突然小蒔を正面から抱きかかえて立ちあがった。
腕に加わった軽さに驚き、改めて彼女を護るという想いが身体を沸騰させる。
「なッ、なに!?」
「お前のスカート短いから、おんぶしたら丸見えだろ」
「あ、そ……そっか。エヘヘ、そうだよね。でもコレ、ちょっと恥ずかしいな」
「そのくらい我慢しろよ。俺だって恥ずかしいんだから」
龍麻の妙に子供っぽい言い方が引っかかった小蒔は、
その顔が赤いのは夕日のせいだけではないのを知ると頬が自然に緩んだ。
こころもち頭を傾けて龍麻の胸に預け、うっとりと囁く。
「なんかさ、お姫様みたいだよね。実はこういうの、一回やって欲しかったんだ」
「本当は俺もおんぶした方が胸が当たって嬉しいんだけどな。
あ、でもお前じゃあんまり嬉しくな……痛てっ!」
顎を下から突き上げられて、龍麻は思いっきり舌を噛んでしまった。
口の中が爆発するような痛みに、涙が滲んでしまう。
「なんへこほすんはよ!」
「それ、セクハラってやつだよ! 全く、どうして男の子って二言目には胸って言い出すかな」
意外に本気で怒っている様子の小蒔に、龍麻は舌の痛みも忘……れはしなかったがとりあえず謝る。
「ほ、ほめん……ほんなひにひへふほほもわなはっは」
「何言ってるか全然わかんないよ……」
しかし良く考えれば今日は合計四発も貰っているのに、なぜ謝らなければならないのか。
舌の痛みがさっきまでの真摯な想いも忘れさせ、龍麻は腹が立ってきたが、
何しろこの状態ではなんとも締まらず、小蒔を睨みつけながらひたすら舌が回復するのを待った。
「お? なンだよッ、何か言いたいコトでもあるのッ!?」
目の端を光らせたまま怒っている龍麻に小蒔は失笑を堪えつつ、軽く拳を握って挑発する。
「お前、もう歩けるんじゃないのか? 肩くらいは貸してやるから、降りろ」
ようやく舌の痺れが収まってきた龍麻は、
腕の中でいつもと変わらない位元気に暴れる小蒔に、ついそんな事を言ってしまう。
それで本当に降りられてしまったらさぞがっかりしただろうが、
小蒔は思いきり舌を出して拒絶した。
「やだよ、絶対降りてやんないもんねッ」
小蒔は龍麻の首に腕を回すと、手をしっかりと握りあわせる。
温もりは心地良かったが、首を引っ張られては前が向けない。
「わかった、わかったからもう少し手を緩めろよ。これじゃ歩けねぇって」
「まいった?」
「参りました」
「よしッ、それじゃこのままボクの家まで、出発しんこーう!」
「……電車使ったら駄目か?」
「ダメ。どれだけ時間かかってもいいから、このまま歩いていくの」
龍麻は小さく頭を振ったものの、それ以上は反論せず歩きはじめる。
しかしその歩みをすぐに止め、不思議そうに自分を見上げる小蒔に真顔で言った。
「そうだ、勝ったらキスしてくれるって」
「覚えてたの……」
呆れたように呟く小蒔に、龍麻は自分がひどく間抜けに思えたが、もう後には引けなかった。
「あいにく物覚えは良い方なんだよ。はい」
冗談めかして唇を突き出す龍麻に腹を抱えて笑いつつ、
涌きあがる衝動を抑えて腕で小さくバツ印を作る。
「今はダメ。また今度ね」
「何でだよ」
「だって、今ボク自分で動けないんだよ。キスしたら龍麻クン興奮して何するか判らないじゃない」
「あのな……」
「ほら、早くしないと晩ご飯に間に合わないよッ!」
夕日に向かって指差す小蒔に、龍麻は俺は種馬じゃねぇ、ちょっとは信用しろ、
とかなんとかぶつぶつ言いながら、ゆっくりと歩き出す。
それを小蒔は咎める事もなく、このペースならあと1時間は腕の中にいられるな、
と計算をして独り小さく笑った。



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