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濃密な匂いが一気に炙られて龍麻を包みこむ。
脳の最も深い部分にまで立ちこめ、侵していく甘い芳香に、龍麻の感覚は麻痺していった。
「ん……ん、ふ……」
吸盤のように吸いつき、啜りあげる首筋の感覚。
「あむ……ぅ……」
噛み、囓りとられる腹の感覚。
何度も執拗に、範囲を広げて伝わってくる刺激を、脳は余すところなく受け取り、増幅して伝えてくる。
二人に食べられる、という認識は、怖ろしさではなく、甘美な期待を龍麻にさせるのだ。
端正なそれぞれの唇に品評されると想像するとき、龍麻はおぞましさよりも、
自分の肌が彼女たちに美味しいと言ってもらえるかどうか心配の方が先に立ってしまうほどで、
小蒔が徐々に、歯形が残るくらい強く噛むようになっても、痛い、の次に来る感情は安堵で、
さらにその次は恍惚でしかなかった。
ぬらぬらと皮膚を舐めまわす舌にも、当然龍麻は待ち焦がれる。
首筋から胸へ、腕へ、再び胸へ、さらに顔へ。
無節操に、そして片時も離れず身体のあちこちを這う葵の舌は甘く龍麻を蕩かしていく。
肌がチョコレートやアイスクリームでできているとでもいうような優しく、
いたわるような動きに、龍麻は溺れ、少しでも葵の求めに応えようと力を抜いていった。
「緋勇君の身体……たくましいのね……」
「うん……なんか、男のコ、って感じ」
美意識をくすぐる声が心地よい。
肉体を鍛えたつもりはなくても、褒められれば嬉しいし、
二人は絹を愛しむように肌を撫で、あるいは舐める、文字通りの愛撫で全身を褒めそやしてくれるのだ。
一国の王になった気分に龍麻が囚われるのも無理はなかった。
左半身には小蒔の、右半身には葵の身体が触れている。
女の子の柔らかさを初めて経験するのは初めてで、それだけでも舞いあがる心を抑えきれない。
ましておそらく二人は裸であり、素肌が触れあう官能的な刺激は筆舌に尽くしがたかった。
ただし、王であるのはあくまでも気分だけで、実際には視界を奪われ、両手を拘束された、
虜囚に限りなく近い状態だ。
五感を埋めつくすくらいに女の子の感覚に満たされながら、能動的に求めることは一切叶わない。
それはある種の地獄ですらあったが、二人は龍麻の飢餓感を補うように匂いを、吐息を、
肌を、舌を与えてくれ、龍麻に不満はあったとしても極小だった。
「ねえ、ひーちゃん。ボクね、前から思ってたんだ。ひーちゃんて凄くカッコいいなって。葵もだよね」
「ええ……緋勇君が隣に座ったときから、ずっと……素敵な人だって」
「葵ったら今まで男のコと付きあったこともなかったのにさ、それから毎晩ひーちゃんの話ばっかりだもんね」
「こ、小蒔だって……休み時間に私の席に来ると緋勇君と話ができるって言ったじゃない」
思いもよらない二人の告白も、龍麻に届いているかは怪しかった。
焼き切れる、という本人の認識は正しく、口からも酸素を取りこまないととうてい刺激に耐えきれない。
力が篭もる手首に手錠が食いこんで痛みが走るが、それも次々にもたらされる恍惚にどうでもよくなっていき、
だらしなく喘ぐばかりなのだった。
「それでね、お互いがひーちゃんのコト好きだっていうのはすぐに判ったんだ。でもね」
歯を当て、噛み、吸いたて、舐める。
口を使ったあらゆる方法で龍麻の腹部を味わった小蒔は、なお貪欲に手を伸ばした。
心臓の要求に応じて開けっぱなしだった龍麻の口に、いきなり何かが突っこまれる。
むせそうになって口を閉じると、それは詫びるように口の中を優しく擦りはじめた。
舌の腹をくすぐるように撫でる指先に、意識が囚われていく。
「でも、ボク達親友だけどひーちゃんは譲れなかったし、抜け駆けされるのもイヤだって、
葵にはっきり言ったんだ。そしたら葵もね、『緋勇君だけは渡せないわ』って」
瞬間的に二つの手に同時に力が加わる。
痛みと快感に苛まれてたまらず腰を浮かせる龍麻だが、すぐに葵と小蒔の手に宥められた。
柔らかなバターを塗るナイフのような動きが、ささくれだった神経を鎮めていく。
「で、ケンカなんてできないし、ひーちゃんは一人しかいないし、どうしようって考えたら」
指先を吸う。
細くて柔らかい指を、それ自体に導かれるまま、息の続く限り。
口の中に広がる、小蒔の味――感じるはずのない味覚を、龍麻の舌は確かに捉えていた。
「一緒に食べちゃえばいいんじゃない? って思いついて、葵もそれならいいって言ったから」
「私達二人で、緋勇君を食べることにしたの」
葵は食べる、と言ったのだろうか。
何を? 誰を?
朦朧とする龍麻の意識に、答えは浮かんでこない。
屹立を上下する葵の手と、いつのまにか咥えさせられていた、前後する小蒔の指。
単純ながらも丁寧で淫靡さに満ちた動きが、瞼の裏で光輝となる。
「いいよね、ひーちゃん。ちゃんとボクたちが、残さず食べてあげるから」
「緋勇君……私達、緋勇君のためなら、どんなことだってしてあげられるわ」
葵の指先が亀頭に触れる。撫でる。
今までの数段飛びの快感に龍麻は思わず呻き、小蒔の指を噛んでしまう。
小さな悲鳴が鼓膜を撃ったが、指が引き抜かれることはなかった。
「エヘヘッ……ひーちゃん、ボクも食べたいの?」
耳を舐められ、口の中にもう一本指を挿れられる。
細い指は舌をつまみ、ねぶり、爪で掻く。
口腔を自由に動き回る指は、噛めと誘っているかのようだ。
「いいよ……ひーちゃんが食べたいならボクの身体、食べても」
その言葉に偽りはない、とばかりに小蒔が耳を噛んだ。
歯を当て、ゆっくりと顎に力を加え、緩める。
口の中に取りこむような動きに、そして耳のすべてを舐め尽くす舌に、
龍麻は本当に耳を囓られたような気になってしまう。
そして、食べられたのなら食べればよいという本能めいた欲求が、
なぜ口の中に物があるのに噛まないのかと命令を発するのだ。
食べたい――このままでは食べてしまう。
かろうじてひとかけら残っていた理性に命じ、龍麻は口を閉じさせる。
歯を当てないよう閉じた口に、二本の指の感触がひどく鮮明に伝わってきて、
ほとんど反射的に吸いあげた。
「んっ……!」
耳を囓っていた小蒔の口から熱い吐息が放たれる。
さんざんにねぶられていた耳に温風を吹きかけられて、たまらず龍麻は肩をすくめた。
「ひーちゃんは……吸うのが好きなんだね、エヘヘッ、葵と一緒だ」
龍麻の耳の奥に舌を差しこみながら小蒔が囁く。
同時に指も前後に抜き差しされて、二つの感覚が統合され、龍麻は彼女の舌の動きをまねし始めた。
すると小蒔は褒めたたえるように龍麻の髪を撫で、話を続ける。
「葵ってばね、練習したいから付きあってって、バナナ持ってきたんだよ」
息継ぎのたびに耳を舐めていく舌と、絶えず口の中をかき回している指。
そして、下半身をまさぐり続けている手。
それらに龍麻は、ゆるやかに支配されていく。
「両側から咥えて吸いはじめたときはなんだか変なの、って思ったんだけどね、
ほら、バナナって舐めてるとだんだんぬるぬるしてくるでしょ?
そしたらなんかエッチな気分になってきちゃってね」
葵は何も言わないが、下着の中に入りこんでいる手は一瞬たりとも動きを止めない。
それどころか、陰嚢にまで触れ、揉みしだくようにまでなったのは、
小蒔の発言を肯定しているからにほかならないからだろう。
小蒔と違って一言も発しない葵の想いは、すべて彼女の手から伝わってきた。
もうじき、ここを舐めてあげる。
貴方のために、バナナで練習した舌遣いで。
いやが上にも龍麻の期待は高まり、拳を知らず握りしめた。
「エヘヘ……その後はナイショだけど、葵ったら『緋勇君のもこんな味なのかしら』って、
バナナの味なんかするわけないのにね、ボク大笑いしちゃったよ」
小蒔が喉の奥で笑った。
耳に吹きこまれる笑いの微粒子につられ、龍麻も口を綻ばせかけた。
その途端、葵の体温が数度下がる。
物理的にはあり得ないその現象は、具体的には葵の触っている男の最も大事な部分を通して察知したので、
本当に葵が恒温動物でありながら体温の調節機能を持っているかどうかについては定かではない。
その部分がきゅっと縮み、背筋を冷え冷えとした何かが走り抜けたのはごく短い時間のことで、
ほどなく団子を作るような掌の動きは蕩けそうな快感を龍麻にもたらしたからだ。
「でもね、葵、その後も練習したみたいで、すっごく上手になったんだよ」
今度はほんのりと熱を感じる。
寒くて縮みかけたところを熱せられて、龍麻の顎が跳ねあがった。
快感、と表現するのも生ぬるい、生命そのものを慰められたような恍惚。
左右に張った腕の、手首に手錠が食いこんだが、その痛みすら超越した快楽だった。
「緋勇君……お願い、腰を少し浮かせてくれないかしら」
「葵……凄いコト言ってるよ。男のコからの告白ずっと断ってきたのに、
好きなコの前だとあんなに大胆になっちゃうんだ」
要求に応じて龍麻が腰を浮かせると、あっという間に短パンが抜き取られてしまう。
手品のような手際の良さの種明かしは、葵一人ではなく小蒔も手伝ったからで、
ついにこの部屋で着用されている衣服は、龍麻のシャツだけになってしまった。
もっともそれも葵と小蒔が舐めたり吸ったり噛んだりしているので、すでに服の態は成していない。
胸の辺りなど特に酷く、外を出歩いたら変態として通報されること間違いなしというほどに乳首が透けていた。
それでも何か着ているだけマシなのかもしれない。
葵と小蒔によって下着まで一気に剥ぎ取られた下半身は、生まれたままの姿を晒している。
いや、へその下で隆々とそそり立つ男性器は生まれたままなどではなく、欲にまみれた状態だ。
その勃起を左右から葵と小蒔が、まばたきもせずに凝視していた。
「これが……緋勇君の……凄い……思っていたよりも、ずっと大きいのね……」
「葵、すっごいやらしい顔になってるよ」
「もう、小蒔ったら。小蒔だっていやらしい顔、しているわよ」
「エヘヘッ、そっかな、そうかも。でもホント凄いよねこれ。ホントに咥えられるのかな?」
まだ触るのは怖い様子の小蒔を尻目に、葵が顔を近づけていく。
が、何を思ったのか、急に身体を離した。
「あれ、どしたの?」
親友の問いに答えず、おもむろに龍麻の頬を両手で挟みこんだかと思うと、一気に唇を重ねた。
「あッ……!」
小蒔が絶句してしまうほど情熱的なキスは、一分近くも続いた。
そのため葵はともかく龍麻は、息も絶え絶えになってしまっていた。
「あー、葵ズルいや、ボクもする」
言うが早いか小蒔も龍麻の頬を掴み、強引にひねって唇を奪う。
呼吸を整える暇もなく口を塞がれた龍麻は、ただただ熱い唇の感触を受けいれるしかなかった。
「はあ……っ、もういいよねひーちゃん、ひーちゃんのこと……食べちゃっても」
およそ二分の間に何が起こったのか、把握もできないでいる龍麻には、
小蒔の囁きが意味するところも理解できない。
ただ、一時的に薄れた快楽が恋しくて、動くのもままならない身体を必死に揺すった。
手錠が金属音を立て、いっとき理性を醒ます。
だが、それだけでは爆ぜそうなほどに熱せられた理性は、とうてい冷却しきれなかった。
「どっちが先に食べるかね、凄く揉めたんだよ」
再び耳のすぐそばから小蒔の声がする。
同時に焦げつかないよう鍋をかき混ぜるかのように、一時止んでいた愛撫が再開された。
「どっちも譲らないからじゃんけんで決めたんだけど……ひーちゃんはどっちから食べたかった?」
「それは訊かない約束でしょう、小蒔」
「あっ、そうだった……ごめん、葵。ひーちゃんも今のは忘れて」
返事を吟味する間もなく、質問は打ち消された。
それとほとんど同時に、上向いた屹立の先端に、何かが触れる。
何かの液体のようなぬるりとした、たまらない感触。
しかしその正体を確かめる術はなく、龍麻は、覆われた眼で液体の上、つまりすぐ近くに感じる気配を見上げた。
「緋勇君……そ、それじゃ……挿れる、わね……」
いれる、なにを、どこに。
健全な男子である龍麻は、答えをもちろん知っている。
だが、すっかりふやけた脳みそは考える機能をほぼ停止していたし、
葵の「挿れる」という囁きは、百の知識も吹き飛ばすほどの破壊力があった。
肉の柱に重みが加わる。
圧倒的な情報が敏感な先端に一気に入力され、一瞬で限界を迎えそうになった。
けれども龍麻が味わったことのない快感はそこに留まらず、柱の根元に向かって侵食してくる。
「あ……うっ……!」
葵の悲鳴めいた喘ぎが、額の辺りを熱する。
同時に葵そのものをより近くに感じ、彼女の手が肩に食いこむ痛みに龍麻も小さく喘いだとき、
ついに腰が溶けたかのような一体感が襲った。
「凄いや……葵ってば、いきなり奥まで食べちゃったよ、ひーちゃんの。どう葵、痛いの?」
「えっ、ええ……痛いわ、とても……こんなだとは、思っていなくて……!」
葵の激しい呼吸が、柔らかく包まれたペニスを通じて伝わってくる。
目の前がどんな状況になっているのか、狂おしいほどに知りたい龍麻だが、
暗黒の視界はどれほど目を凝らしても晴れることはない。
「ひーちゃん……ついに葵を食べちゃったね。それとも、食べられちゃったのかな?」
耳に歯を当てながら小蒔が囁く。
その囁きも、耳の中には入ってくるが、伝達系統に混乱が生じているようで、
脳に届くまでにバラバラになっていた。
食べる、食べられる、葵を食べる、小蒔に食べられる。
今、小蒔に耳を食べられているのだから、葵を食べればよいのだ。
「み、美里さんを……食べ……る……」
「うわぁ……葵、ついにひーちゃん言ったよ、葵のこと食べちゃうって」
「ああ……緋勇君、緋勇君……!」
肌の熱量が増し、唇が塞がれる。
なぜそうされるのかなど考える余裕はない。
小蒔が叫んだ食べる、というキーワードと、貪られている舌が繋がり、
触れているものをやみくもに舐めまわした。
「んッ……んふ、あぁ、緋勇君……ぁっ、あッ、はぁッ、んん……ッ……!」
激しく絡まる粘塊は、すぐにどちらがどちらであるか判らなくなった。
重さを感じる唾液が舌で捏ねあわされ、口の奥へと押しこまれる。
勢いのままに嚥下すると、落ちた腹が強いアルコールを摂取したときのように灼けた。
だがむせかえって笑われるばかりだった、半ば無理やり呑まされた時とは違い、股間が狂おしいほどに滾る。
その情動が命じるままに腰を突きあげ、腹に劣らず熱くなっている性器に刺激を与えた。
「う……ッん、ひ、緋勇君っ、あ、あぁんっ、あぁ……!」
葵のねっとりとした喘ぎが耳を焦がす。
苦しんでいるようにも、悦んでいるようにも聞こえる彼女の声を、
確かめるには目を開けるしかないが、その手段は龍麻にない。
続けるべきか否か迷う龍麻に、小蒔が耳打ちした。
「葵、すごく気持ちよさそう……ひーちゃん、次はボクの番だからね」
ふぅ、と注ぎこまれる淡い囁きが龍麻の限界を誘う。
もう少し我慢しなければ、との思いは、ペニスを包みこむ温かな、しかし激しい快感に溶かされ、消え失せた。
「あ……うぅッ……!!」
ほとんど無意味だった我慢は、快感だけを倍増させて砕けた。
爆発的な脈動が腰を襲い、弾け飛ぶ勢いで精液が噴出する。
身体の自由と視覚を奪われての射精は、いままでのどれよりも気持ちよく、
意識を失うほどの快楽だった。
腰の上に乗っている、温かな重みもものともせず、龍麻は腰を二度、三度と突きあげる。
ようやくそれが収まったあとも、快楽は鈍い痺れとなって全身にたゆたい、
龍麻は何がどうなったのか最後までわからぬまま、剥がれていく意識を束の間手放した。
「あぁ……っ……」
龍麻の眼前で、葵も弛緩する。
激しい勢いで入ってくる男の精を、全身で受けとめるかのように優美に上体をくねらせ、
龍麻の上半身へとしなだれかかった。
龍麻の肌に指を滑らせ、まだ大きく上下動している肉体にくちづける。
口の端に小指をあてがう表情には九割の満足と一割の不満が同居していて、ひどく官能的だった。
龍麻の視界は閉ざされたままだが、上体に感じる人肌と、
腰にたゆたう外と内、両方からの重みは、なにか途方もないことをしてしまったのではないかと予感させる。
けれども過去形で語るにはまだ早すぎるのだと、程なく龍麻は思い知らされた。
「葵……もういいでしょ、代わってよ。ボク、もう我慢できないよ」
葵はわずかに、供されたデザートに甘さが足りないような顔をしたが、
口に出しては何も言わず、小蒔に場所を譲った。
すぐさま小蒔は空いた場所に陣取り、龍麻に囁きかける。
「ひーちゃん……ボクも食べて、きっと葵より美味しいから」
食べる、という言葉に屹立が反応し、一度は失われた大きさを取り戻す。
それを見た小蒔が、嬉しそうに笑った。
「ううん、やっぱりボクが食べてあげる。……ひーちゃんの、ぜんぶを」
そうして龍麻に再び快楽が訪れる。
「だからひーちゃんもボクのぜんぶ……残さず食べてね」
「小蒔の後はまた私を……うふふ、緋勇君、隅々まで味わってほしいの」
「えへへッ、葵ってばもうおかわりもするつもりなんだ。ボクでお腹いっぱいになっちゃうかもしれないのに」
「大丈夫よ、緋勇君なら」
「うん……そうだね」
交わされる二人の囁きは聴覚を通じて味覚へと変わり、龍麻は喉を鳴らす。
晩餐は、まだ始まったばかりだった。
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