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 衣擦れの音が聞こえる。
視覚を奪われ、鋭敏さを増した聴覚は、必要以上にそれらの音を増幅して伝えてくる。
頭を抜き、腕を抜いて上半身を晒し、さらには短パンを脱いで一糸まとわぬ姿になるところまで、
あるじに忠義をつくす耳は仔細に報告した。
「……」
 さっき危ういところだった股間のものはもう最大まで硬くなっている。
それを隠すこともできないまま、龍麻はできるだけ二人の気配が薄い方向に顔を向けていた。
しかし、勉学の時にはあまり発揮されない記憶力は、こんな時だけやたらやる気を見せ、
写真を撮ったかのような鮮やかな二人の、着替える直前の姿を脳裏に投影する。
しかも鍛えられた氣を読む力は、目隠しなど無意味とばかりに二人が今どんな仕種をしているかを
察知して、それらの情報を重ね合わせると直視するより危険な画が像を結ぶのだった。
 心臓が痛む。
ホラー映画などで、主人公が胸を押さえたりするのは、恐怖感をわかりやすく伝える演出だと思っていた。
だが、龍麻は今、心臓が飛び出しそうになるという経験とともに、胸を押さえたくてたまらなかった。
少しでも多く酸素を取りいれ、臓器をなだめようとする。
そんな努力をあざ笑うように、今度ははっきりとした二人の会話が鼓膜を撫でた。
「はー、何度も見てるけどさ、葵のおっぱいってホントおっきいね。生で見るとすっごい迫力」
「もう、小蒔ったら」
「何カップあるの? 前はDだったよね、まさかまだ大きくなってるの?」
 言葉だけでも人を殺せるということを、小蒔は知らないらしい。
緋勇龍麻は今、間違いなく桜井小蒔の言葉によって死に瀕していた。
 絶対に折れない矛と化した股間の武器は、異様な膨らみを設けている。
同級生に、それも片方は聖女とあだ名される學園の人気者に対して、その眼前で勃起したなどという
事実が知れ渡っては、龍麻は再び転校生として旅立たねばならないだろう。
 転校する際に「本人の都合で」などと紹介されるのはまっぴら御免である龍麻は、
必死に余計なことを考えて集まった血を散らそうと試みた。
円周率、二十三区、美味かったラーメン屋の名前。
それらの試みは、だが、
「ウソ!? なにソレ反則じゃない!? ボクは一年の時から変わってないのに、親友を裏切るなんてヒドいや」
 というけたたましい叫びによっていとも簡単に砕け散ってしまうのだった。
 級友の胸のサイズを思わぬ形で知ることになった龍麻の、記憶領域の割と大部分は、
制服姿、私服、極秘で入手した水着の写真、それぞれに補正をかけてより正確な寸法にした後、
絶対消去不可として保存したのに費やされ、さらには現在の葵の姿まで、
脳の処理能力を極限まで利用して作成する。
視覚が機能しないがゆえに、かえって細やかな部分まで補完してしまう龍麻の美的な才能は、
もしかしたら画家として大成するものだったかもしれない。
しかし本人はそんなことを知る由もなく、脳裏にカンバスを置いた龍麻は、
葵と小蒔が今数十センチ向こうで取っているポーズを、ひたすらに描き続けた。
 惜しむらくは手が自由でないことだ――
もしも筆と絵の具が使えたなら、生涯に一度の大傑作を描きあげただろう。
あるいは同じように縛られても、足の指で絵を描いた雪舟という偉大な先人のことを知ったら、
龍麻はきっと尊敬し、かつ見習ったに違いない。
 誰にも見せることのない裸婦画を龍麻が黙々と描いているうち、二人が近づいてきた。
どうやら着替えが終わったようで、ある意味で拷問だった時間がようやく終わったのかと
安堵しかけた龍麻だったが、それはまだ早いようだった。
「ね、ひーちゃん。ボク達まだ臭うかな?」
「臭……う?」
「ちゃんと洗ったんだけどね、まだ下水道の臭いなんてさせてたら嫌だから、ひーちゃん嗅いでみてよ」
 小蒔が言い終えるなり、爽やかな花の香りが鼻腔に飛びこんできた。
石けんはこの家にあるのを使ったはずなのに、全然嗅いだことのないような良い匂いに、龍麻は圧倒される。
思わず深く吸いこむと、たちまち五感は小蒔の匂い一色になって、たまらず吐息を漏らした。
「ね、どう?」
「あ……あぁ、いいよ、すごく」
 答えてから、いかにも変態的な返事をしてしまったことに龍麻は慌てた。
うっかり本能をダイレクトに口にしてしまうほどに、シャワーを浴びたばかりの小蒔の匂いは良かったのだ。
身体の左側からほのかに漂う香りを、もっと良く嗅ごうとして顔をそちらに向けそうになってしまう。
「良かった、ありがと、ひーちゃん」
 小蒔は気づかなかったようで、龍麻は胸を撫で下ろした。
深く、静かに息を吐いたところに、今度は右側から声がした。
「緋勇君……私の臭いも、大丈夫かしら」
 小蒔と同様に、やたらと耳の近くでした葵の声に、龍麻は息を呑む。
それが長く続かなかったのは、嗅覚が、漂うかすかな香りを捉えたからだった。
小蒔と同じ石けんを使ったはずなのに、微妙に異なる匂いを龍麻の鼻はかぎ分ける。
 甲乙はつけられない芳香を、可能な限り深く吸おうとする龍麻の、肌に何かが触れた。
鋭敏さを増している肌は、それが葵の身体の一部であるとすぐに察知する。
たちまち龍麻の全身に、最大級の警戒を告げる警報がけたたましく鳴り響いた。
 想像の限界を遙かに超えた熱さと柔らかさを、神経がひとりでに追っていく。
葵がどのような姿勢をしているのか、心眼を会得したかのように手に取るように浮かぶ。
氣を読んで敵の動きを見るときでさえ、ここまで鮮明に読むことはできなかった。
 耳元で、しなだれかかるように囁いた葵は、正面に移動すると、上体を近づけてくる。
ふわりと漂った熱気が、おそらく葵のもっとも前にせりだしている部分から発せられたものだと思うと、
龍麻の股間は危険も顧みずに血がたぎっていった。
 龍麻は両手を後ろで拘束されているから、上体は少し反っている。
その反りに合わせるように、つまり上半身の全てに葵の気配を感じるのは、一体どういうことなのだろうか。
本能はさっさと答えを導きだしていたが、理性はそんな馬鹿なと
脳内の黒板にチョークで書かれた答えを必死で消している。
実際、そんな馬鹿なことがあるわけがないのだ。
葵が膝立ちで、グラビアアイドルが取るようなポーズで迫っているなどと。
風呂上がりの、頭がクラクラする、男には一生かかっても解明できない甘い芳香を漂わせつつ、
その香りを嗅がせようと、肢体を差しだしているなどということが、
半魚人が東京の地下をうろついているこの世紀末でも、ありえるはずがないのだ。
「どう……かしら……?」
 額に葵の、これまで耳にしたことがない艶っぽい声が当たる。
それはすなわち、少し顔を突きだせば、今では大きさを具体的にイメージできる双つの膨らみに
触れることができる距離に葵が居るという意味だった。
それどころか唇を舐めるふりをしてほんの少し舌を伸ばせば、
魅惑の美乳に禁断のタッチをすることができるかもしれない。
 もはや龍麻の視覚は、実際に目を開ければ広がっているであろう楽園を、
急に視力を取り戻した時に混乱しないよう、思い浮かべておくだけの器官となり果てていた。
「緋勇君……?」
 葵のいぶかしむ声が、すぐ近くに聞こえる。
あまりの近さに慌てる龍麻に、反対側の、やはりすぐ近くからの小蒔の声が追い打ちをかけた。
「ひーちゃんてば、何考えてたのかな? ボク達が今どんなカッコしてるか、とかだったりして?」
「ち、違うよ」
「違うの?」
 残念がるような声に、龍麻は口ごもってしまう。
翻弄されていると気づく余裕もなかったが、あったとしても、
右に左にとひらめく蝶を追いかける醜態を晒すのをやめられたかどうか。
それほどまでに、交互に注ぎこまれる葵と小蒔の蠱惑的な成分は、
龍麻の内部に染みこみ、乗っとりつつあった。
「じゃあ、どうせだから考えてみてよ。ボクと葵、結構すごいカッコだよ」
 小蒔の声は時に掠れ、時に低く、龍麻の聴覚を弄ぶ。
細い糸のようにするすると耳の奥まで入ってきて、そこから更に他の神経までも侵食していくのだ。
 何かを察知して反射的に身体を引こうとする龍麻だが、足が動かない。
いつのまにか両方の足が二人に挟まれて、完全に身動きを封じられていた。
息を呑み、喉元に溜まる何かを吐きだそうとすると、
耳朶に、半ば塗りこめられるように吐息を浴びせられる。
熱いのか冷たいのかも判らない、耳の近くに滞留する淫靡な気体から逃れようと首を振るが、
反対側には葵が待ち構えていて、同じように掠れ、低く、そのくせ全く異なる音色で耳の中に、
吸着して離れない囁きを注ぎこんでくるのだった。
「わた、し……こんな格好をするの、初めて、で……」
 カッコウ、というのが服装のことなのか、それともポーズのことをさしているのか、龍麻には判らない。
そもそも二人は着替えを見られないように、目隠しと手錠という、
厳重な予防策で龍麻の万一の暴走を防いだはずなのに、なぜさっきから際どい行動を繰りかえすのか。
龍麻が絶対動けないという安心が、少し彼女たちを大胆にさせているだけなのか。
それともそうではない、もっと秘めた理由があるのか。
 耳にキスするように身体を密着させる小蒔と、それよりは幾分低い位置で、
やはりしなだれかかりながら、胸の中心を直接触る葵。
二人の肢体に布きれめいたものは、一切感じられなかった。
足に絡みつく足、胸板をまさぐる手、そして腕に触れる乳房、その全てに二人の生の息遣いがあった。
 荒くなった呼吸が、柔らかな肌を押し返す。
けれど柔らかさに多少の違いはあっても、二種類の肌は荒ぶる皮膚を優しく受けとめ、
ぴったりと密着して包みこんできた。
 二人は匂いを嗅がせることに夢中になっているのか、肌が触れている。
身体のほとんど全てに及ぶ彼女たちの肌触りは、匂いと同じ、
あるいはそれ以上に強く思考を支配し、龍麻は、置かれた異常な状況も気にならなくなっていた。
「ひーちゃんの匂いも、嗅いであげるね」
 男が女の匂いを嗅ぐのならともかく、女が男の匂いを嗅いで何が楽しいのか。
けれども実際にすぐそばから、小蒔が息を吸う音が聞こえてくる。
こんなことならもっと良く身体を洗っておけば良かった、と掠れる思考のまま後悔する龍麻に、
今度は息を吐く音が聞こえた。
「はぁ……っ、いい匂いだね、ちょっと男っぽくって」
 掠れた、妙になまめかしい声が、直接肌に当たる。
まるで香辛料のような、触れた部分を熱する声に、龍麻は意識して筋肉を締めた。
そうしないと焦げてしまいそうな気がしたからだが、料理人はまだ調理を止めるつもりがないようだ。
「ほら、葵も嗅いでみなよ、こんなチャンスめったにないんだから」
 唆す声が腕を炙り、さらに小蒔は焼き具合を確かめるように掌を当て、中まで火を通してくる。
身をよじることもできず、高火力でじっくりと焼かれるという、焼かれる側にとってはたまらない方法は、
葵が手を添えることで火の元が二つになり、一層龍麻を焼いていった。
「緋勇……君……」
 葵の吐息はさながらフランベに用いるブランデーのようだ。
表面を炙って香りをしっとりと残し、される側の気持ちなどお構いなしに心を奪っていく。
 熱くされた部分のむず痒さに龍麻は身を揺するが、もちろん背後で拘束された腕は決して自由にならない。
もどかしい、と龍麻は思うものの、今両手が自由だったら、
檻から出たライオン以上に危険な獣になってしまうだろうと自覚もしている。
だから、これでいいのだ――
こうしておとなしくしていれば、この、ぞくぞくする快楽を堪能することができる。
あえて鉄格子を囓らずとも、勇壮なたてがみを見ようとして世話をしてくれるのだから。
 葵に続いて小蒔も掌を押しあててくる。
小蒔ははじめからシャツの内側に、それも胸のあたりをしきりに撫でてきた。
「ひーちゃんの身体ってやっぱり格好いいよね、脂肪なんてないし、すごく鍛えてる感じ」
 見せびらかすために鍛えたわけではなくても、褒められれば悪い気はしない。
そうかな、別にそんな鍛えてないけど、などと謙遜している間に、
シャツが腹の上までたくしあげられても、小蒔の触り方が掌から指先へ、より繊細にうつろっていても、
龍麻は気にならなくなっていた。
気になったのは葵の手が小蒔とは反対方向、つまり下半身のほうをさかんに撫ではじめた時で、
そこは隠しようがないほど大きく佇立した勃起が、布地の内側で存在を誇示している。
すでに龍麻の思考能力は煮込みすぎて原形を留めていないじゃがいもの如しだったが、
わずかに残ったかけらが、それを二人に気づかれてはまずいと警告を発した。
「う……あ……」
 だが、両手は拘束され、両足ものしかかられて動かせず、
声すら掠れて出なくなった龍麻には、どうしようもない。
二人の息遣いを至近に聞きながら、破滅の時が至るのを待ち受けるしかなかった。
 葵の手が腹部を過ぎる。
どうして触られているのかも、すでに良く判らなくなっていた龍麻の頭の中では、
ただその心地よさと、もう少しで股間に辿りつかれてしまうという、
ぼんやりとした危険だけがかき混ぜられている。
それらは丁寧に溶かされて新しい恍惚となるばかりだった。
 へその下を過ぎた手は、急な斜面を上りはじめる。
その瞬間、龍麻は大きく腰をひくつかせたが、
葵は何事もなかったかのように盛りあがった峻嶺を極め、冠雪のように頂点を包みこんだ。
「あぅっ……!」
 葵の掌が亀頭を弄ぶ。
短パンごしのために過敏すぎない、絶妙な加減の刺激に、龍麻はついに悲鳴をあげた。
こんな快楽は経験したことがない。
射精しなかったのが不思議なくらい、一気に昂ぶった。
「ひーちゃん、どうしたの……?」
 火加減を見るような声の小蒔に、龍麻は首を左右に振る。
すると小蒔は両足を、龍麻の左足に絡めてさらに囁いた。
「エヘヘッ、ひーちゃんの身体、ちょっと熱くなってきたね」
 小蒔の言うとおり、それでなくてもハンバーグに乗ったチーズのように密着しているのに、
さらに炙られて、龍麻の身体からは汗が滲んでいる。
けれども、小蒔はそれが嫌ではないようで、素肌をより強く押しつけてきて、
龍麻を熱するのを止めない。
それどころか、小蒔に呼応するかのように葵まで身体を擦りつけてきて、
龍麻を最大火力で焼いてきた。
「あぁ……っ、緋勇君……っ……!」
 同じチーズでも、葵の方がいくらか柔らかく、よりとろける感触となって龍麻を侵食する。
龍麻の右半身の感覚は、葵と半ば以上一体となっていた。
「葵ってば結構ダイタンだよね」
 大半の感覚を二人に奪われた龍麻には、小蒔の囁きも届かない。
 調理師としての二人の腕は明らかに不足しており、食材はもはや黒こげだ。
龍麻がもし身動きの取れない状態でなかったら、二人はたちどころに襲われているに違いなかった。
けれども自分が今どんな状態にあるのか顧みる余裕もなく、ひたすら二人にされるがままだった。
 龍麻に今聞こえているのは、己のまったく制御できない呼吸と、やはり制御できない心臓の音だけだ。
さっきは目隠しをしていても二人の動きを読み切ったが、
こうまで呼吸を乱されてしまっては読むどころではない。
全身をくまなく刺激されて、なすすべもなかった。
 葵の手はいつのまにか短パンの内側に滑りこんでいて、盛りあがった部分をしきりに撫でている。
かと思うと、下着に設けられた開口部から巧みに屹立を取りだし、じかに弄りはじめた。
「あ、ぅあ……!」
 鋭敏な部分を触られて、龍麻の腰は塩の瓶を振るようにびくびくと動く。
それが塩ならば、振りすぎではないかというほど跳ねているのに、葵は擦るのを止めようとしない。
それどころか、バターを塗るが如き手つきはますます滑らかに、少しの淀みもなく何度も擦りあげていた。
「エヘヘッ、ひーちゃんッ……!」
 さらには小蒔までもが加勢して、龍麻の身体のあちこちをやたらに撫でまわしはじめる。
 世界で最高の食材を手に入れた料理人でも、こんなに情愛をこめて触ることはないだろうというくらいの
二人の手つきだが、それでも不足なのか、ついにもっともふさわしい器官を使って吟味を始めた。
「緋勇君っ……!」
 葵の喘ぎを、龍麻は皮膚で聞いた。
これまでで一番熱い吐息を首筋に感じたと同時に、その吐息を閉じこめるような蓋が何かでされ、
首の一点が溶けそうなくらい熱せられた。
「あ……っ、う……!」
 全身の力が抜けていく。
それはあまりにも心地よい脱力感で、手錠がかけられていなかったら、
床に崩れ伏してしまいたいくらいだった。
「もう、葵ったら、さっきボクがちょっと先にしちゃったからってすごくムキになって……
でも、ボクももう我慢できないや」
 小蒔の囁きは、葵とは異なり遠くから聞こえた気がした。
けれども、それを確かめる時間は与えられず、腹の辺りに鈍い刺激が走る。
痛みというほど痛くはない、無視するにはやや強い、
生暖かさと気持ちよさを伴った刺激に龍麻が小さく身悶えすると、
上半身を葵に、下半身は小蒔に、ほとんど同時に押さえこまれた。



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