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「お兄チャンッ!」
雑踏の中で突然響いたその声に、通行人が皆一斉に振りかえった。
皆に合わせるように龍麻も振り向くと、自分が注目を浴びていることも構わず、
一直線に駆け寄ってくる少女がいた。
「やっぱりお兄チャンだ!」
ほとんど抱きつくような勢いでやってきた金髪の少女は、龍麻の手を取ってぶんぶん振り回す。
微妙に不機嫌になる雛乃に気づかないふりをしながら、龍麻はとにかく手を下ろさせた。
「どうしたんだよ、マリィ、こんなところで。一人か?」
「ボクも一緒デース」
突然走り出したマリィによほど慌てたのだろう、肩で息をしながら、
うさんくさい日本語と共に現れたのは、アラン蔵人だった。
「なんか珍しい組合せだな」
「アランが遊園地連れていってくれたの」
マリィは龍麻の顔色を伺いながらそう言いつつも、
アランと一緒にいることにまんざらでもない様子だった。
マリィが笑うのは龍麻にとっても喜ばしいことだったが、
隣にいるのがアランではどうにも不安が拭えず、
呆れるほど脳天気な笑顔のアランの肩を引き寄せて耳元で囁く。
「お前、葵狙ってたんじゃないのかよ」
「Oh、タツーマ、それ違う。確かに葵はマイスイート、だけど、綺麗な花はひとつだけじゃないよ」
「何勝手なこと言ってやがる」
都合の良い持論を展開するアランを冷たい視線でひと撫でしたが、
もちろんアランは一向に堪えたようすもない。
「それに、タツマも人のコト言えないネ。隣のレディ、ユーのラバーでしょ?」
龍麻が雛乃とマリィに聞かれまいと思って小声で話しても、
アランはバカでかい声で努力を全く無に帰してしまう。
額に手をやる龍麻を尻目に、アランは実に馴れ馴れしく雛乃に挨拶した。
「ハジメマシテ、ボク、アラン言いまース」
「あ、あの、織部……雛乃……です……」
初めて見る人種──陽気で、女性に声をかけることを義務だと思っている外人──
にすっかり怯える雛乃に、
どさくさに紛れて手にキスしようとするアランの手の甲を龍麻がぴしゃりと叩く。
「イタイ、何するね、タツマ」
「何するじゃねぇだろ! 雛乃が怖がってるじゃねぇか」
「……ボク、ちょっと挨拶しただけヨ。ナゼ、そんなに怖がりますか?」
「雛乃はよ、箱入り娘なんだよ。わかるか? 箱入り娘」
「oh、ワカリマース。大和撫子、とても両親に大切に育てられた子ネ」
「そういうのだけやたら詳しいじゃねぇか」
皮肉も意に介さず、隙あらば雛乃に近づこうとするアランを身体でブロックしながら、
龍麻はマリィが笑っているのに気付いた。
「ん……マリィ、どうした?」
「タツマとアラン、面白い」
「そ……そっか」
マリィの中ではなんとなく自分とアランが同列にいる気がして面白くなかったが、
弾けるようなマリィの笑顔に免じて、今日はこれ以上アランに絡むのは止めることにした。
アランもきちんとマリィを葵の家まで送っていくようだし、万が一、
雛乃にまでアランと同格に思われてしまったら大変困る。
ただし、アランとの会話で葵の名前が出てきたことで、
マリィが葵と一緒に住んでいるのを思い出し、念の為に一言言っておくことにした。
今日何度目だろう、と考えつつ、かがみこんでマリィと目の高さを合わせ、小声で囁く。
「マリィ、ちょっといいか?」
「なに?」
「今日俺と雛乃が一緒に居たってこと、葵に言っちゃダメだぞ」
さすがに女の子らしく、マリィは龍麻が言いたいことを察知したようだ。
神妙な顔で頷いたあと、妙に大人びた笑顔を作る。
「うん、いいよ。葵オネェチャン、怒ると怖いもんネッ」
「そ、そう……怖いからな。約束だぞ、マリィ」
「ウンッ! マリィ、秘密は守るよ。でもその代わり、今度ケーキ一杯食べさせてねッ」
「う……わかったよ……」
「ゴチソウサマ、タツーマ」
「お前は自分で払えよ」
「タツマ、冷たいネ。いつからそんな風になってしまったノ」
おどけるアランにマリィが笑い、つられるように雛乃も笑みをこぼす。
ひとり憮然としていた龍麻もやがて笑い出し、それが収まったところで二人と別れた。
「じゃあねタツマ! ヒナノも!」
「タツーマ、アディオスね!」
最後まで賑やかに手を振る二人に苦笑しつつ、雛乃の方を振り返る。
「っとに、うるさいよなアイツら」
「でも、とても楽しそうでした」
「うん、まぁ、それはそうだけど」
「わたくし達も、参りましょうか」
雛乃に促されて龍麻は帰路についた。
雛乃が、それまでよりも少しだけ距離を縮めてきたのに気付かないまま。
あまり遅くなると雪乃が怪しむから、陽が沈むまでには雛乃を神社まで送っていくことにしていたが、
今日はまだ時間があったので、近所の公園で最後のひとときを過ごすことにした。
ベンチに腰掛けた龍麻は、今日一日のことを思い出し、大きく伸びをする。
結局、朝考えていた予定はだいぶ狂ってしまったが、
雛乃が楽しそうだったのでよしとすることにした。
「あああ、今日はなんだか色んな奴に会ったな……ちょっと疲れちゃった」
「ふふ、それも龍麻さんの交友が広いおかげ……人徳です」
「人徳……ね」
そう呟いた龍麻の脳裏に、翡翠と小蒔、それにマリィの顔が浮かぶ。
今日一日でどれだけの損害を被ったのか、考えるのも恐ろしいほどだったが、
嫌なことは後回しにしようと、頭を振って三人の顔を追い出す。
それを見た雛乃は、夕陽に顔を撫でさせながら龍麻の顔を見上げた。
「あの……龍麻さん、かんざし、本当にお願いしてしまってよろしいのですか?」
「あぁ……うん」
珍しく念を押す雛乃に驚きつつ、頭の中の電卓にかんざし代を加算する。
どうやら翡翠に頼まれなくても、何度かは旧校舎に入らなくてはいけないようだった。
なんとなく少し考えこんだ龍麻に、瞳に悪戯な光を踊らせながら、雛乃は急に顔を近づける。
龍麻が気配に気付いた時には避ける間も無く、顔の一部が触れた。
「……!」
「これは、予約の前払いです。……お願い、ね」
唐突に訪れた記念すべきファーストキスと、もしかしたらそれよりも記念すべき砕けた口調、
とどめに恥ずかしそうに頬を染めて俯く雛乃。
その全てが脳髄を直撃して、龍麻の肉体の時計の針は一時的に動きを止めてしまった。
「あの……龍麻さん?」
「う、うわ、雛乃っ」
心配そうに呼びかける雛乃の声に、時計は再び動きはじめる。
止まっていた分を取り戻そうと、大急ぎで鼓動を早めつつ。
「…………するよ、絶対プレゼントするから待ってて」
力強く頷く龍麻に、小さく微笑みかえした雛乃は急いたように立ちあがった。
「それでは、今日はこれで帰りますね。……さようなら」
少し足早で雛乃が去って行った方向を、龍麻は飽きもせず、陽が完全に沈むまでずっと見送っていた。
頭の片隅で、どうやって京一を騙して旧校舎に付き合わせるか計画を立てながら。
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