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「げッ!」
新宿駅の南口に着いた龍麻は、雛乃が隣にいるのも忘れて、思わずうめいてしまった。
人ごみの中で頭ひとつ抜き出ている男は、紛れも無く知り合いだったのだ。
「どうかなされたのですか?」
「い、いや……ちょっと、知り合いがいたような気がしてさ」
「ご挨拶されなくてよろしいのですか?」
「う、うん……多分、気のせいだと思う」
その男はきっと、自分と雛乃のことを誰かに言いふらすことなどしないだろうが、
極力リスクは避けたかった。
と言って今更別の出口に向かうのも無理があり、少しだけかがんだ姿勢で傍を通る。
出来れば気付かれずに通りすぎたかったのだが、運悪く、
横を通った瞬間ちょうど長身の男が振り向き、思いっきり目が合ってしまった。
「や、やぁ……醍醐」
「むっ、龍麻……か」
しかし、醍醐の方も、何故か龍麻と出会ったことを歓迎してはいないようだった。
態度はよそよそしく、眉間にはわずかにしわが寄り、目など全く合わせようとしない。
どうもこれは何かある。
そう直感した龍麻は探りを入れてみようとしたが、その前に醍醐が口を開いた。
「しかし意外だな。お前がその……織部と付き合っているとはな」
「織部じゃない。雛乃だ」
「そ、そうだな。すまん」
謝りながらも妙に辺りを見渡す醍醐にピンとくる物を感じた龍麻は、
ここは強気で行こうと決断する。
「で、お前は何でこんなところにいるんだ?」
「そ、それは……」
明らかに動揺を見せる醍醐の背中から、元気の良い声が三人を呼んだ。
龍麻も雛乃も聞き覚えのあるその声に、醍醐は雷に撃たれたように身体を直立させる。
「醍醐クン、おっ待たせッ! おっきいからすぐわかったよ。……ってアレ!?
なんでひーちゃんこんなところにいるの? しかも雛乃まで」
「……そういうことか」
「なッ、何を誤解しているか知らんがな、俺は小蒔に頼まれて……」
「そうだったっけ? 誘ったの醍醐クンだったような気がするけど」
「そ……そうか、俺としたことがな、すっかり勘違いしていたようだな、はっはっは」
すっかり取り乱して声を乱高下させる醍醐に、龍麻はこの場の優位を確信した。
ただし、それはあくまでも醍醐に対してだけだ、ということをすぐに思い知らされる。
「ひーちゃんはデート?」
「はい」
龍麻が可能な限り婉曲な表現を探している間に、雛乃がこれ以上無いほど簡潔に答えてしまった。
一応、これまでまだ誰にも、雪乃にさえも秘密にしていた関係を、
どういう訳か二つ返事で言ってしまった雛乃に、
龍麻は口の中でもごもごと抗議未満の呟きを発酵させる。
小蒔が親友だから、というのもあるのだろうが、表情からすると、
デートしている、というのを誰かに言いたいだけにも見えた。
そう感じたのは、龍麻も多少なりとも同じ気持ちを抱いていたからではあったから、
責める気にはなれなかったが。
「へー、そうなんだ。いつから付き合ってたの?」
「ええと……二ヶ月ほど前からになるでしょうか」
「そんなに前から!? ひーちゃん、やるね。全然気付かなかったよ」
「ま、まあな」
もう隠すことも出来ず、開き直るしかない龍麻は、意味も無く胸を反らせる。
しかし小蒔はそんな龍麻に目もくれず、雛乃の方を向いていた。
「どう? ひーちゃんと一緒にいて楽しい?」
「ええ……とても」
雛乃は恥じらいながらもはっきりと頷き、小蒔は目と口で三つの丸を形作る。
「へー、雛乃がそんな風に言うなんて、よっぽどなんだね。良かったね、ひーちゃん」
「ま、まあな」
「でも気をつけなよ。雛乃を泣かせたりしたら、雪乃が黙ってないだろうからねッ」
小蒔の口から姉の名前が出た途端、雛乃の身体がびくりと跳ねた。
「ん? どしたの?」
「い、いえ……」
口篭ってしまった雛乃に代わって龍麻が説明する。
きっとろくでもないことになるだろうな、と思いつつ。
「小蒔」
「何?」
「あのさ、俺と雛乃のこと……雪乃にはナイショな」
「なんで?」
「なんでって……まだアイツは知らねぇんだよ」
事情を諒解した小蒔は顔の半分を口にして、幸福そのもの、という笑顔を作った。
その笑顔に、龍麻の頭の中でやはり、と言う言葉が渦を巻く。
「いいよッ。でもボクの口、ラーメンで塞がれてないと勝手に喋っちゃうかも」
「……その話は、また学校でな」
「えへへッ。期待してるよ」
小蒔に勢い良く胸を小突かれ、龍麻は顔をしかめそうになる。
しかし、姫の前では騎士はいつも格好をつけていなければならないことを思い出し、意地で耐えた。
「それじゃ、俺達はもう行くぜ」
「う、うむ。しっかりな」
多分動揺がまだ収まっていないのだろう、
訳の判らない台詞で挨拶をした醍醐に、龍麻はそれを笑う余裕も無く歩き始めた。
昂揚していた気分が落ち着いて弱気が顔を出したのか、雛乃が肘を握ってくる。
「あの……龍麻さん、小蒔様……大丈夫でしょうか」
「うん、大丈夫……多分」
あの口を塞ぐ為にはさぞ大量のラーメンが必要になるだろうが、そのことは言わなかった。
それよりも、ラーメンを脳裏に映像化したことで、何をしに新宿に来たのかを思い出す。
「行こう。そろそろお腹空いてきちゃった」
「ええ、そうですね」
おどけてお腹を抑える仕種をすると、安心したのか、雛乃は笑みを浮かべつつ頷いた。
それを喜ぶように、龍麻の腹の虫が元気良く鳴る。
「あ……」
何故か雑踏の中でも響き渡ったその音に、目をぱちくりとした雛乃は、次の瞬間声を上げて笑い出した。
耳の先まで真っ赤にした龍麻は雛乃の腕を乱暴に掴んで歩き出す。
離されないよう固く手を繋ぎながら、雛乃はしばらくの間笑いを堪えていなければならなかった。



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