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きまぐれな女性のように機嫌を変えた空は、
だらしない男に愛想を尽かすように雨粒を落とし始めた。
東京に久しぶりに降った雨は、うっぷんを晴らすが如く容赦なく銀の槍で地面を貫く。
暴力的ともいえるほどの突然の雨に、傘を持っていない人がほとんどで、
彼らは全身濡れねずみになりながら建物に逃げ込み、恨めしげに空を見上げていた。
その、いわれのない被害に巻き込まれた善良な人々の中に、龍麻と亜里沙の姿もあった。
新宿で買い物がしたい、という亜里沙に付き合って、二人はデートを楽しんでいたのだ。
もう買い物を済ませていた二人は、
滝のような雨に急いで龍麻のアパートを雨宿りの場所と定めたのだが、
陸上部に所属していたこともある亜里沙の俊足も、
地球の力を操ることが出来る龍麻も、悪意を持って降り注ぐ水飛沫には勝てず、
玄関を蹴破るようにして部屋に飛びこんだ時には、
体重が何割か増えたのではないかと言うほど多量の水気を服に吸わせてしまっていた。
争うように部屋に上がった二人は、一緒に入ろうか、
などと艶めかしい冗談を飛ばす余裕も無く順番にシャワーを浴びる。
「服洗っておいて」
「おう」
とりあえず頭だけを拭いた龍麻がタオルを洗濯機に放りこむと、浴室から亜里沙の声が響く。
答えた龍麻は脱衣所にある、いかにも無造作に脱ぎ捨てられた衣服と下着を拾い上げた。
今更下着のみに興奮するような関係でもないが、
つい今しがたまで履かれていたものとなるとやはりただの布地として扱えないのは男の性で、
無造作に脱ぎ捨てられたブラとショーツを拾う龍麻の顔は、とても他人にはみせられないものだった。
「変なこと考えたら承知しないわよ」
「わかってるよ」
心を読んだかのようなタイミングの亜里沙の声に、龍麻は危うくブラを取り落とすところだった。
落としたところで誰も見ていないのに、
思いきり動揺してしまうのはやはり心にやましいことがあるからだろう。
やましい心に太い釘を差された龍麻は、イメージ通りと言うべきか、それとも意外と言うべきか、
細やかなレースの施された黒い下着を、惜しむような手付きで洗濯機の中に入れた。
洗濯機が音を立てて回り出す。
自分の服も全部一緒に洗った龍麻は、手持ち無沙汰になってしまってパンツ一丁で洗濯機を見つめていた。

どれくらい過ぎたのか、浴室への扉が開き、バスタオル一枚を羽織った亜里沙が現れる。
不快な水滴を洗い流してご機嫌の亜里沙は、扉の真横でぼんやりと洗濯機を見ている龍麻を見て、
勝気な瞳をうさんくさげに細めた。
「何見てんのよ」
「……いや、ちゃんと洗えてるかどうかって」
「馬鹿じゃないの」
呆れる亜里沙にいたたまれなくなった龍麻は、逃げるように浴室へと入った。
思いきり栓をひねり、熱い飛沫を思い切り浴びる。
冷えた身体が一気に熱を帯びていくのは、生きかえる気分で気持ちが良かった。
亜里沙の三分の一ほどの時間でシャワーを浴びた龍麻は、
とりあえずタオルを腰に巻きつけただけで浴室から出る。
機嫌良く牛乳でも飲もうかと思ったところで、ふと冷蔵庫の反対側にいる、
あぐらを掻いて髪を乾かしている亜里沙を見て、そのまま固まってしまった。
彼女が着ているのは、自分が学生服の下に着るワイシャツだったからだ。
下は何も着ておらず、太腿のほとんど全てが伸びやかに露になっている。
小声で鼻歌を歌いながらドライヤーを操っている亜里沙は、
龍麻の気配に気付いたのか、顔だけを後ろに振り向かせた。
「お前……それ」
「借りたわよ。それともバスタオル一枚の方がよかった?」
そりゃワイシャツの方が……と思わず答えそうになって、龍麻は慌てて口をつぐむ。
いや、口をつぐむ必要もなかったのだが、それよりも素顔の彼女に見惚れてしまっていたのだ。
悪戯な雨は、口紅や化粧と一緒に大人びた彼女まで洗い流してしまったようだった。
実年齢よりも二歳程度は上に見せていた化粧が落ちると、亜里沙はむしろ年下のような顔立ちだった。
精神的な辛さを隠すためにそうしてきたのだろうと考えると、龍麻は胸が詰まる思いだ。
ただ、彼女に対するいたわりの念はともかくとして、
その顔立ちにアンバランスとも言える身体は股間にとって極めて危険であり、
はしたないところを見られまいと龍麻はパンツを履こうとした。
パンツの入っている収納は、今亜里沙が座っているすぐ側だ。
終わったばかりのテストの点数を考え、なるべく亜里沙のことを考えないように近づく。
すると何を考えているのか、髪を乾かし終えた亜里沙はなんとバスタオルを掴んできた。
こんな風に脱がされてはたまらず裾を抑えた龍麻は、そのまま強引に座らされてしまった。
ワイシャツ一枚の亜里沙と、バスタオル一枚の龍麻が、あぐらを掻いて向かい合う。
露出度で言えば龍麻の方が上だったが、抱いた興奮は比較にもならなかった。
「何恥ずかしがってんのよ」
確かにこんなに堂々とされては、恥ずかしがっている方がおかしいのかもしれない。
しかし、男の、しかもLサイズのシャツをもってしても彼女の胸を包みきることは難しいらしく、
結構な大きさの丸みが形を描いている。
しかも、その頂にある突起を、くっきりと浮かび上がらせて。
エロスの本質は、想像力を掻き立てることにある──
どこかで見たような、もしかしたら今思いついたような格言を頭に浮かべ、
龍麻は魅惑的な隆起に目を凝らした。
「どこ見てるのよ」
こんな至近距離で一点を見つめたら気付かれないはずがなく、
亜里沙の声には鋭い棘がびっしりと含まれている。
今更悪びれず龍麻が目だけを上に向けると、額を思いきり指で弾かれた。
「痛っ」
容赦のない一撃に悲鳴を上げると、快さそうに亜里沙が笑う。
だがその拍子に乳房が揺れ、龍麻は己のシャツの内側で移動する、
その豊かな胸の大きさに較べると随分と控えめな突起をまた目で追った。
「ッとにエロいんだから」
見上げた根性と言うべき龍麻に、亜里沙は呆れたように両手を広げて肩をすくめてみせたものの、
その腕を胸の横に添え、挑発するように足の前についてみせる。
寄せられた乳房はイヤらしさを凝縮して迫ってくるようで、簡単に挑発された龍麻は生唾を飲んでしまった。
その動きを愛おしむように、亜里沙は人差し指を喉に這わせる。
龍麻が唇に視界を奪われる寸前に目に入った、白いワイシャツの隙間から覗いている黒い蔭りは、
彼女の下着ではもちろんなかった。
甘い唇が口腔を浸す。
一度目は、軽いキス。
ただ触れ合わせ、そして離す。
乾いた唇は中々離れようとせず、龍麻と亜里沙は思わず噴き出してしまった。
そして笑いながら、二度目のキス。
まだ軽やかなキスを、少しずつ潤いを帯びてきた唇の欲求に任せるように、位置を変えて何度も。
キスをしながら、龍麻は床についたままの亜里沙の手を探る。
重ねようとすると、跳ねのけられ、絡めとられた。
睦む指先に競うように、唇も結びつきを強める。
甘く合わさった唇の間から伸びてきた舌は、二人のちょうど真ん中で出会い、触れ合った。
既に数え切れないほどの逢瀬を果たしている果肉が、心得た動きで相手を迎え入れ、戯れる。
微動だにしない二人の、全ての意思を体現した舌は、時間をかけてひとつに絡みあっていった。
「ふふ……その気になった?」
亜里沙の言う通り、結局下腹のモノは判り易すぎるほどにバスタオルを押し上げている。
だがさっきとは違い、亜里沙もその気になっているのが判ったとなれば、
昂ぶるのはむしろ歓迎すべきことだった。
現に亜里沙は空いた方の手でバスタオルを力強く持ち上げている猛りの、
裏側の部分を撫でると、自分では妖艶だ、と信じているであろう笑みを浮かべて顔を寄せてくる。
だが、何故化粧をしているのか問い質したいくらいきめ細やかな肌に乗っている目鼻立ちは、
彼女が裡に秘めているのだろう素直さを、控えめに表に出している。
特に目はシャドウのきつさが取れると、少し丸みを帯びているのが判って嘘のように可愛らしい。
返事をする手間すら惜しんだ龍麻は、彼女の腰を引き寄せた。



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