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目を覚ました龍麻は、顔の半分ほども口を開けてあくびをした。
周りを見渡せば同級生は数人しかおらず、彼等ももう帰る寸前、というところで、
京一と醍醐も眠っている自分を置いてどこかに行ってしまったようだ。
席替えであまりにも寝心地の良い窓際の席に当たったのが良くない、
と放課後のまどろみを場所のせいにして大きく伸びをすると、
自分も帰るべく教科書を鞄に詰め始める。
随分とくたびれた鞄を掴んで立ちあがると、
どこに行っていたのか、教室の外から小蒔が入ってきた。
何が楽しいのか尋ねたくなるような笑顔を浮かべて近寄ってくる小蒔に、
まだ眠たげな目を向けた龍麻は、あくびの半分混じった声で話しかけた。
「帰ろうぜ」
「んー、その前にさ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど」
「なんだよ、帰りながらじゃダメなのか?」
教室を見渡し、もう誰も残っていないのを確認した小蒔は何故か声をひそめた。
「ちょっとさ、かがんでくれる? あ、もうちょっと頭前に出して……そうそう」
小蒔の頼みは意味不明だったが、とりあえず言われた通りにかがんでみると、小蒔が一歩近づく。
すると本人は全く意識していないのだろう、顔の真正面にスカートを見ることになって、
なんでもいいけど出来るだけ時間をかけてくれ、と龍麻はつい願ってしまった。
そんな龍麻の内心を読んだかのように小蒔は片足を上げ、
その短いスカートから少し濃い目のピンクの下着が露になり──
「痛ててててててて」
あまりにもパンツに意識を向けていた為に、何が起こったのか最初判らなかった。
首に足を掛けた小蒔が、右腕を逆手に極めている。
顔のごく一部だけは足が密着して気持ちが良かったが、
それ以外の場所は全て激痛で邪なことを考えようという気力さえ失わせていた。
「なっ、に……してん、だお前……ッ」
「昨日弟で試そうとしたら逃げられちゃってさ。忘れないうちに」
どうやらまたテレビだか本だかで技を覚えてきて、手ごろな実験台を探していた、と言う訳らしい。
「んっと……これで良かったんだっけ? まんじ固めって」
「しッ、知るかッ。こんなの醍醐で試せ醍醐でッ。あいつレスリング部だろッ」
「えー、だって醍醐クン身体おっきいし、硬そうじゃん。それにひーちゃんじゃないと」
「俺じゃないとなんだよ」
やっぱり頼れるのは俺だけってことか。
こんな状況にも関わらず龍麻は愚にもつかないことを考える。
しかし、その考えをあっさりと打ち砕く一言が背中の辺りから聞こえてきた。
「ひーちゃんじゃないとパンツ見ようとして引っかかったりなんてしないもん」
「…………と、とにかく、もういいだろ。外せよ」
「えー、せっかく出来たんだから、もうちょっとさせてよ」
「痛ぇんだよ」
「そんな効くの!? へへッ、いい技覚えちゃった」
恐らく今夜か、少なくとも二、三日中に彼女の家族の誰かが犠牲になるのだろう。
まだ会ったこともない小蒔の弟達に龍麻は深い同情を抱いた。
それはともかく、そろそろ痛みが無視できないものになってきている。
今回の間抜けな龍麻のように餌に引っかからなければ極まるものでもないが、
完全に極まれば逃げ道は無いと言われるこの技、体格差があっても力で外せるものではない。
徐々に頭に酸素が届かなくなるのを感じ、身の危険を覚えた龍麻は少々卑屈に頼んでみた。
「小蒔さん」
「なに?」
「そろそろ……限界なんですけど」
「ちぇッ、しょうがないなぁ」
段々か細くなっていく龍麻の声に、小蒔はぶつぶつ言いながらも技を外そうとする。
そこに突然、ガラガラと扉の開く音がした。
生徒会の仕事に一段落つけた葵が戻ってきたのだ。
「あ、葵ッ……うわぁァッ」
あわてふためいた小蒔が無理やり身体を離そうとする。
そこでおとなしくしていれば良い物を、
龍麻までが同時に身体を抜こうとした為に余計にこんがらがってしまい、
バランスを崩した小蒔はとうとう倒れてしまった。
「ぐぇっ」
哀れにもあり得ない方向に腰を捻じ曲げられた龍麻は、
出来そこないの蛙の鳴き声のようなものを残して潰れる。
「小蒔!? 緋勇くん!?」
「あたた……ありがと、葵」
もつれあって盛大に倒れた二人の元に駆け寄った葵は、呆れ、驚きながらも小蒔に手を貸した。
その手を取って立ちあがった小蒔はスカートの裾を払ってなんでもないことを葵に告げ、
床に這ったままの龍麻に声をかける。
「大丈夫? ひーちゃん」
「……立てない」
「嘘!?」
龍麻が悪ふざけをしていると思い、ついそんな風に言ってしまったが、どうやら本当らしかった。
両腕に力を入れて、腕立て伏せの要領で身体を持ち上げたものの、再びべちゃりと潰れてしまい、
助けを請うように仰ぎ見る龍麻に、小蒔は思わず葵と顔を見合わせた後、
慌てて助け起こそうと膝をついた。
数分後、被害者と加害者は揃って保健室にいた。
今一つ、例えば桜ヶ丘中央病院の院長などと較べて影の薄い
保健の教諭は二人の女性に支えられて入ってきた龍麻に驚いたものの、
その片方が生徒会長であることに安心すると用があるとかで入れ替わるように出て行き、
葵も自力では歩けない龍麻に肩を貸し、ここに連れてくるまでは一緒に居たが、
まだ用事が残っているとかで生徒会の方に戻ってしまい、今は二人だけだ。
「あいててて……」
ベッドにうつぶせに寝た龍麻が腰を擦る。
そんなにヤワでも無いつもりだったが、余程に変なひねり方をしたのか、全く腰に力が入らない。
龍麻に戦闘不能なまでの怪我を負わせるという、
鬼道衆でさえ為しえていない武勲を立てた小蒔はさすがにばつが悪そうにしていた。
「……ごめん」
「あー、まぁ……そんなにヘコむなよ」
「うん……」
しょげかえっている小蒔など見たくもない龍麻はなんとか慰めようと試みるが、
なにしろ枕に顎を付けたままなので、その声には迫力が無い事おびただしい。
これが腕や足だったら無理やりにでも平気な顔が出来ても、場所が腰ではなんともならず、
しばらく安静にしているしかなさそうだった。
それでも、ショートカットの髪が顔を覆ってしまうほどうなだれている小蒔をこのままには出来ない。
うっとうしい空気が自分達のいる一角を完全に汚染してしまう前に、
龍麻は努めて声を明るくし、腰の応急処置を頼むことにした。
「あのさ、湿布貼ってくれよ」
「……うンッ」
龍麻の意図が伝わったかどうか、威勢良く立ちあがって棚に向かった小蒔は、
数える間もなく戻ってきて手際良く湿布を切りわけた。
「この辺?」
「もうちょい下がいい」
龍麻が指示した場所は腰の下端で、半分くらいがズボンに遮られている。
指示通りに貼ろうとした小蒔は、始めは湿布をズボンの中に押しこもうとしていたが、
やはりそれでは上手く貼れず、脱がせることにした。
「ズボン邪魔だね……脱がすよ」
「ぬッ、脱がさなくても貼れるだろ」
「何照れてんの、今更」
確かに今更ではあるが、尻を見られるというのに堂々としていられる訳も無く、
止めるよう説得する龍麻だったが、
今やまな板の上の鯉よりも悲惨な状態の彼の言うことなど聞く者はいない。
あっと言う間にズボンを脱がされ、パンツ一丁にされてしまった。
もちろん何をするつもりも無い小蒔はさっさと湿布を二枚、
いかにも腰を痛めてます風に貼ったが、そこで何故か黙ってしまう。
何かは見当もつかないが、また小蒔を沈ませるきっかけを与えてしまったかと思い、
龍麻は平静を取り繕って尋ねた。
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