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「……どした?」
「背中……大きいね」
小蒔の声は小さかったけれど弱々しいものではなく、どこか誇らしげな響きさえ含んでいた。
小蒔が落ちこんでいる訳ではないと知って龍麻は安堵したものの、
今度はむず痒さが全身を走ってその処理に困ってしまう。
「な、なんだよ急に」
「だってさ、背中ってあんまり見ることないじゃない」
盛りあがった肩甲骨の辺りを、感心したように指でなぞる。
筋骨隆隆、の一歩手前辺りで留まっている今ぐらいがバランスが取れていて丁度いい。
そう思うのはひいき目かも知れなかったが、とにかく好きなんだからいいや、と小蒔は思い直し、
龍麻が自分の胸を触る時のように優しく撫でた。
くすぐったさをなお堪えて無言を保つ龍麻の背中に、今度は面の暖かさが伝わる。
「……あったかいね」
ベッドに上がって龍麻の横に寝た小蒔が、剥き出しになっている背中に上半身をもたれかけさせたのだ。
呼吸に合わせて緩やかに波打つ身体を枕にして、軽く目を閉じる。
そのリズムはとても心地良くて、小蒔は学校に居るのも忘れて本当に寝入ってしまいそうだった。
まずいなー、と頭のどこかで言っていたが、
二日に一度は遅刻寸前に起きる小蒔がその声に耳を貸す事は無かった。
わずかに大きくなった呼吸音に、龍麻は小蒔が寝てしまったのではないかとやや焦る。
すべすべの頬を擦りつけ、自分に頼って無防備に眠る女性というものに悪い気がする
……どころか、男としての喜びのようなものまで感じてはいたが、
人が来たら面倒くさいことになるだろうな、とも思ったのだ。
起こして寝起き直後の不機嫌な小蒔と相対するか、それともこのまま小さな幸福を味わっているか。
字面だけ見たら迷う余地の無いような二者択一を、可能な限り息を殺して龍麻が悩んでいると、
そんな優柔不断を責めるかのようにいきなり入り口の扉が開く音がした。
「う、うわッ」
「隠れろ!」
既に半分ほどは夢の国に旅だっていた小蒔もその音に弾かれたように飛び起きる。
ベッドから降りて隠れろ、という意味で言った龍麻だったが、
焦って判断力を失っていたのか、小蒔はあろうことかシーツを引っ掴んで隠れようとした。
「!」
謎の行動にパニックに陥った龍麻は、
それでも小蒔を隠そうと横向きに身体を起こし、急いでシーツを被る。
もう大分楽にはなっていたが、それでも背骨がぐきりと言う嫌な音が確かに聞こえた。
そのまま、今度はあお向けに寝転がろうとすると、背中に柔らかい感触がぶつかる。
龍麻が半身を起こしたことで出来たスペースに、小蒔がハムスターのように潜りこんだのだ。
なるべく目立たないようにしてはいたが、不自然すぎる盛りあがり方は、
カーテンを開けられればすぐにバレてしまう。
半ばやけくそになりながら、龍麻は固唾を飲んで教諭の出方を待った。
「緋勇君、起きてる?」
「はい」
「腰は大丈夫? ……あら? 美里さんと桜井さんは?」
「な、なんか用事があるって出ていきましたけど」
「そう……困ったわね。私もこれからまた出ないといけないんだけど」
「あぁ、いいですよ。もう大分良くなってますし、動けるようになったら一人で帰りますから」
「そう? それじゃ、鍵ここに置いていくから、戸締りだけお願い。
それと、鍵は職員室に戻しておいてね」
本当に急ぎの用事なのか、それとも高校生の男と二人っきりになる状況を避けたのか、
保健の教諭は怪我人に戸締りまで押し付けてさっさと出ていってしまった。
再び扉が閉じる音を聞いても、二人とも身じろぎもしない。
たっぷり三十を数えたところでようやく龍麻が身体をどかすと、
小蒔がシーツの中から飛び出るような勢いで顔を出した。
「ぷはぁっ! ひーちゃん重いよ!」
さっきの賛辞はどこへやら、半ば押し潰されていて呼吸もままならなかった小蒔は
龍麻の肉体に文句をつける。
「何やってんだよお前」
「だって急に先生来たんだからしょうがないじゃない。それに隠れろなんて言うからさ、つい」
やや明るい、茶色がかった髪の毛を乱し、息を止めていたからか、
紅潮している頬を膨らませる小蒔に、龍麻の呼吸はリズムが狂い出す。
「痛てて……無理な姿勢したからまた痛くなってきちまった」
それと悟られないよう、龍麻はベッドの上をごろごろ転がって再びうつぶせになったが、
さっきまでとはどこか違う。
微妙に腰の辺りが盛り上がっているのだ。
「……れ? 何してんの?」
「何が」
「なんかお尻浮いてるよ」
「き、気のせいだろ」
「……はっはーん」
薄い唇に人差し指を当てて間違い探しをしていた小蒔は、
突如現れた謎の隙間にいきなり手を潜り込ませ、巧みな手つきで股間をまさぐる。
そこは予想通り硬く膨れ上がっていた。
「あ、やっぱり」
「しょうがねぇだろ。あんなにぴったりくっついてたら。ていうか離せ」
自分が今どんな格好をしているのか思い至って急に恥ずかしくなった龍麻は強い口調でたしなめる。
ところが、それともやはり、と言うべきか、
悪戯っぽく目を輝かせた小蒔は太腿の上に跨ってきてしまった。
「へへー」
「何だよ」
「しよっか」
屈託の無い笑顔で告げる小蒔に、龍麻は軽い頭痛を覚える。
「小蒔さん」
「何?」
「俺は今、腰を痛めているんですけど」
「へーきへーき。ボクがしてあげるから」
ちったぁ時と場所を考えろ、などと龍麻が柄にもなく思っていると、
はだけたシャツの隙間から手を入れた小蒔は胸板をまさぐり始めてしまった。
「どッ、どこ触ってンだッ!」
「ひーちゃんここ弱いもんね」
「馬鹿、止めろって!」
背後から乳首と下腹を同時に触られて、否応無しにむずむずとした感覚が目覚める。
それに追い討ちをかけるように小蒔が首筋に息を吹きかけてくると、あっさりと龍麻は折れた。
「判った、判ったからちょっと待て」
龍麻が自力で身体を横に立てると、手伝ってあお向けにした小蒔は
そのままのしかかって顔を近づけた。
「エへへッ」
「なんだよ」
「ひーちゃん動けないからさ、なんでも出来るって思うとドキドキするね」
「……なんか、ヘンな事考えてないか?」
「考えてるかも」
更に顔を近づけた小蒔は、龍麻の前髪をかき分けると額に軽く唇を当てた。
そこから鼻、頬、顎と片っ端からキスを浴びせ、顔中に柔らかな跡を残していく。
ごく軽い、甘ったるいキスにむず痒くなった龍麻が顔を擦ろうと腕を上げると、
手首を押さえつけられてしまった。
「駄目だよ……動いたら」
ぞくり、とした律動が龍麻の背中を打つ。
ごく軽く抑えつけているだけの小蒔の掌が、熱い封蝋となって全身を固めてしまう。
更に、枯木のように力無く曲がったままの指の間に指が絡まってくると、
もう龍麻は全身の力を抜き、心地良い服従に身を委ねた。
自我を失ったかのように口を半ば開き、瞼をゆっくりと閉じていく龍麻の顔を、
小蒔は最後まで見ていない。
龍麻がそうなることは、小蒔にとってもう判っていたことだったから。
抑えつけた手首はそのままに、耳の少し手前辺りに唇を貼りつかせたまま、ごく小さな声で囁く。
「──好き」
その言葉を、龍麻は聴覚を通して聞いたのでは無かった。
皮膚を、肉を浸透して緋勇龍麻を形作っているもの全てに直接響いてきたのだ。
「俺も──好きだ、小蒔」
その言葉に、びっくりしたように小蒔が跳ね起きる。
「あ……いや、今のは、その……無意識に……」
髪の色よりも少しだけ濃い茶色を宿した瞳に至近から見つめられ、
自分が何を言ったか気付いた龍麻は、しどろもどろになってこれ以上無い墓穴を掘った。
「ひーちゃん」
「な……なんだよ」
暴れ回る心に必死で手綱をつけて抑えつつ、
怪我の功名ってこういうのを言うのかな、などと考えながら小蒔は口を動かす。
「キス……して欲しい?」
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