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土曜日の昼下がり。
普段は生活音さえ聞こえない事が多い龍麻の部屋に、若い男女の奇声が満ちていた。
龍麻と小蒔の二人が、弟に勝ちたい、と言って小蒔が持ってきたゲームをしていたからだ。
二人とも最初は軽く遊んですぐ外に出かけるつもりでいたが、
やっている内に本気になりだし、気が付けばもう二時間近くも経っていた。
しかしそれもいい加減飽きたのか、小蒔はゲームを止めて立ちあがると、
腹ばいに寝転がってコントローラーを握る龍麻の腰に跨った。
「ひーちゃん龍なんでしょ。飛んでみてよ」
「龍だって重量制限があ──つッ!」
負けが込んでいたこともあって、
いきなり訳の判らない事を言い出した小蒔にムッとしながら龍麻は答える。
途端に頭が前のめりになり、顎をコントローラーにしたたかにぶつけてしまった。
「だからグーで殴るなって」
「失礼なコト言うからだよッ!」
「……この……」
「おッなンだ、やるかッ!?」
言うが早いか、小蒔は素早く身体を捻ると龍麻の足を自分の足で絡め、首を締めつける。
「痛てててて」
「どうだ、ギブか!?」
勝ち誇った小蒔の声に子供っぽい反抗心を刺激された龍麻は体格差に物を言わせて外そうとするが、
小蒔の締めは完璧に極まっていて、もがけばもがくほど痛くなるだけだった。
一分ほど無駄な努力をした後、力尽きた龍麻は小蒔の腕を叩く。
小蒔はすぐに技を解いたが、想像以上にダメージは大きく、
龍麻はそのままぐったりと床に伏せてしまった。
しばらく呼吸を整えた後、起き上がってあぐらをかくと小蒔を軽く睨み付ける。
「なんで女子高生がSTFの極め方なんて知ってるんだよ…」
「弟と練習してるもん」
「……そうですか……」
「なッなんだよ、そのバカにしたような言い方は!」
ため息混じりの龍麻の口調に、小蒔はカッとなって再び掴みかかる。
しかし今度は龍麻の方が一枚上手だった。
飛びかかってきた小蒔の勢いを受け止めるのではなく、身体ごと後に倒れて受け流す。
バランスを崩してのしかかってきた身体を抱き締めながら、
自分が上になって動きを封じ、一気に唇を奪った。
一瞬の出来事についていけず暴れようとする小蒔の手首を掴み、指を絡めてやると、
安心したように小蒔から力が抜け、手を握り返してくる。
さっきまで暴れていた二人は息も荒かったが、
激しいキスを始めた若い恋人達には既に耳に快い効果音でしかない。
「ん……ふ……」
緩やかに、時間をかけてキスを味わおうとする小蒔の舌を力でねじ伏せて貪る。
彼女を護る、という誓いは忘れた事などなかったが、こういう時はそれとは無関係の、
単純な支配欲めいたものに衝き動かされてしまい、
時々調子に乗りすぎて小蒔にたしなめられてしまう事もあった。
もっとも今日は小蒔もそれが心地良いらしく、
組み敷かれた身体を龍麻に擦りつけてより深いキスを求めてきている。
龍麻も身体を押しつけてそれに応えながら、長いキスを交しはじめた。
キスはとても快いものだったが、ほとんど全体重を預けてきている龍麻に、
小蒔がさすがに少し辛さを覚えはじめた頃、ようやく顔が離れていった。
「ずるい……よ……」
小蒔は龍麻の胸を叩いて抗議しようとしたが、強く自分を抱き締める腕はそれを許さず、
二、三度もがいて、諦めておとなしくならざるを得ない。
なんとかして怒っている事を解らせようと口を開いても、
吐息混じりに甘く掠れた声で言った所で龍麻を興奮させただけだった。
「何が」
「ボクたちプロレスしてたのに……」
「唇固めでフォール勝ち」
「……バカ……」
今時そんな冗談オジサンだって言わない。
小蒔はそう思ったが、何故かそれは妙にツボにはまってしまったようだった。
目の端を照れたように下げると、小声で囁く。
「……ボクも、それしたい」
龍麻は小蒔の言わんとする事を理解するまで少し間を必要としたが、笑って頷くと横に寝転がった。
すぐに重みが腹に加わり、柔らかな手が肩を掴む。
髪の毛の先が頬に触れ、くすぐったさを感じた瞬間、唇が重なってきた。
顔ごと押しつけるようにして、舌が割りこんでくる。
最初から──と言っても二人がこういう関係になってからまだ三ヶ月は経っていなかったが、
小蒔は積極的に龍麻を求め、龍麻もどちらかというとするよりもされる方が好みに合っていたから、
自然とこういう形になる事が多かった。
ほとんど人工呼吸のような格好で口を塞ぎ、奥深くで舌を絡め、
舌先に力をいれずにそよがせながら、踊るように睦ませる。
龍麻から仕掛けて来るキスも無論好きだったが、
小蒔はこのやり方のほうが疲れないから好きだった。
実際長い時は三十分近くも続け、しばらくろれつの回らない舌を二人で笑い合った事もある。
今日はどれくらい続けてくれるのかな。
小蒔はそんな事を考えつつ、龍麻の逞しい胸板に体重をかけ、
どこかで小さく鳴っている時計の針の音を頭の片隅で聞きながら、飽きる事無く舌を交わらせていた。
龍麻はキスは小蒔のしたいようにさせていたが、腕はその間にすこしずつ上着をたくしあげていき、
キスが終わりそうな頃合いを見計らって一気に脱がせた。
身につけているスポーティな下着がいかにも小蒔らしくて、
ブラを脱がせるのはしばらく後にして、わき腹に手を添え、身体の横側を辿っていく。
薄い身体の線が、小蒔が少女だと言う事を教え、
きめの細かい肌の質感が、彼女が恋すべき存在だと言う事を伝える。
普段どれほど物言いが少年っぽくて口より先に手が出る方が多くてSTFの極め方を知っていても、
やはり、間違いなく小蒔は女の子だった。
腰のくびれをなぞり、手を回りこませて再び上らせ、小さな背中の感触を確かめる。
今は自分の手中にある事を確かめるように、隅々まで。
「えへへッ。……あのさ」
幸せそうに小蒔が囁く。
それは彼女の名に含まれている桜というよりも、向日葵に近い笑顔だったが、
龍麻がもっとも好きな表情で、未だにこの顔をされると照れてしまい、
その照れた顔に小蒔が惚れ直すという、どこにでもある恋人同士の一幕が始まる笑顔だった。
「なんだよ」
「ひーちゃんってさ、なんか、触り方、優しいよね」
「そ……そうか?」
小蒔に褒められる事など滅多に無い龍麻は、思いがけない台詞に戸惑ってしまう。
次は何か奢れとでも言い出すのではないかと疑ってしまい顔を軽く覗き込むが、
小蒔は笑顔をくすぐったそうなものに変えただけで続けた。
「うん。もっとさ、『男の大きな手が荒々しく柔肌をまさぐった』とかそんな感じなんだと思ってた」
「どこでそんな言葉覚えてくるんだよ……」
「いッ、いいじゃない。ね、なんで?」
「なんで……って、そりゃ」
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