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しなやかな指先が、滑っていく。
胸から、腹へ。
いささかのためらいも見せず、揃えられた五本の指は、身体を隅々までまさぐっていく。
腕は、蛇のように絡みついていた。
囚われた獲物は、声すらだせずなぶられるのを受け入れるしかない。
身体を弛緩させ、虚ろな瞳でどこともつかない場所をぼんやりと見ているだけだ。
感覚は複数。
左のわき腹辺りをさ迷っている右手の指先、右手がそうしやすいように左腕を取り、
その指先をやはり弄んでいる左手、
背中に時に強く、時に弱く押し付けられる柔らかな肉の塊。
そのいずれもに縛られ、浸っていた龍麻の五感に、新たな感覚が加わった。
「う……ん」
耳の裏を這い回る、思わず声を漏らしてしまう甘美な温もり。
谷になっている部分を丹念になぞっていく舌は、それ自身だけでなく、
口腔が生み出す分泌物をも使ってくる。
耳の全てをねぶり尽くそうとするかのように蠢く舌と、
時折濡れた皮膚を嬲(る熱い呼気に龍麻が感覚の全てを捧げていると、
突然生温かい何かが耳の中に入りこんできた。
とろとろと、ひどくゆっくりと流れこんでくる液体の正体を知った時、
龍麻は思わず叫びそうになっていた。
身体の中を侵食していくのは、葵の唾液だった。
葵が口の中で唾を溜め、滴(らせているのだ。
喉から爆ぜそうな快感を、龍麻は拳を握り締めることでどうにか抑える。
しかし言いつけを守り、声を出さない龍麻に対して、葵はさらなる責め苦を与えてきた。
「……っ、は……」
唾液よりも熱く、ぬるりとしたものが、孔の中を掻き回す。
一度は落とした唾液を掬い、口中で新たな唾液と混ぜて再び、今度は奥へと直接注いでくる。
大きさから言ってそれほど奥へは入ってこられるはずがないのに、
葵の舌は蛭(のように潜りこんできた。
弛緩させていた身体を、快感を受けとめようと強張らせるが、
葵のもたらす愉悦は脳をじわじわと焼いていく。
そして耳の中でくちゅり、と音が響き、耳全体に熱い吐息がまぶされると、
それだけで果ててしまいそうになってしまうのだ。
滴(が伝う。
耳の中に入った水が、時間を置いて突然出てくるのと似た感覚。
不快感と一体になった快感は、今の方がより強い。
鋭敏さを増していく耳孔を、舌先を巧みに用いて愛撫する葵に、龍麻は搦め取られた獲物だった。
己の命運を悟った贄(は、静かに身体を投げ出すしかない。
耳朶に甘い毒が注ぎこまれる。
生ぬるさと引き換えに、閉ざされていく聴覚。
感覚器官のひとつを満たした毒は、更に支配を強めようと頬を伝っていった。
時を同じくして、ズボンの内側に手が忍び込んでくる。
耳を苛む甘美な刺激に集中していた龍麻は、
ズボンの留め金が外されていたことにさえ気付いていなかった。
下着の上から硬くなっている屹立に触れられ、ようやく意識がそちらに向かう。
すると、その隙を突いて口に指先が押しこまれた。
「んッ……ぶっ」
喉の奥までいきなり入ってきた異物に、翻弄される。
翻弄? 違う。
何故なら龍麻は、葵がそうしやすいように口を開けるからだ。
親すら判らぬ雛鳥のように、奥まで差しこまれた指を懸命にしゃぶり、
恍惚とすることを翻弄されるとは言わない。
奥歯──親ですら知らないといわれる場所の歯を、指先は撫でる。
苦しさが心地良く、考えるのが面倒になっていく。
何もしなくても、葵は快楽を与えてくれる。
だから身を委ね、心を投げうってしまえばいい。
「好きよ、龍麻」
囁きが、心を潤す。
同時に口の中を好きに蠢(きはじめる指を、龍麻は懸命に舌で追いかけた。
葵の指腹が舌を撫でるだけで、
彼女の掌が撫でさすっている下半身には恥ずかしいほど血が集まり、劣情が満ちていく。
だが、それも──
自ら手に入れるために努力する必要はなく、葵がもっとも良い形で与えてくれるのだ。
葵に、全てを任せればいい。
ゆるやかな快感を口内に満たしてくれる指先に今は集中していれば、きっと葵は悦ばせてくれる。
そう信じて龍麻は少しずつ背中を倒し、葵に身を預けていく。
彼女が望むまで上半身を倒していると、艶美な微笑みで自分を見下ろす白皙の顔が映った。
彼女の、深い黒を湛(える瞳の中にいる、指を咥え、呆けた顔をしている自分に羞恥が走るが、
葵は意に介した風もなく、赤子に乳を飲ませるように微笑み、口腔をまさぐってきた。
赦(された龍麻は、精一杯の情感を込めて指をねぶりあげる。
乳房に頬を預け、母親の乳を吸うように、ただひたすらに。
細く長い指は、折れ曲がり、口の中を奔放にさ迷い、戯れてきた。
その根元を離れてしまわないように吸い上げ、舌で追いかける。
ただそれだけの単純な行為に、龍麻は股間を膨らませて没頭した。
口を閉じている為に、自然と膨らむ鼻腔に香りが漂ってくる。
豊かで淡い、女の香り。
龍麻にとって初めての──そして、比類なき芳香は、これまで培ってきた全てを忘れてしまうような、
脳の中にまで染み入ってくるような匂いだった。
龍麻は舌を動かすのを止め、できる限り一杯に葵の匂いを嗅ぐ。
舌に触れる指はとうにふやけていたが、葵は何も言わず、ただ龍麻のしたいようにさせてくれていた。
限界まで息を吸いこみ、それをわずかたりとも外に逃がしたくなくて、息を塞ぐ。
苦しさと引き換えに麻薬めいた恍惚を得た龍麻は、赤黒くなった顔を葵に向けた。
「龍麻」
滑稽な姿を晒しているであろう自分にも、葵は変わらぬ笑みを向けてくれる。
その上そのまま息絶えてしまいそうな自分に顔を近づけ、より芳醇な香りを与えてくれた。
「葵……」
口を開けた龍麻は、口と鼻の両方から酸素と、葵の匂いを取りこむ。
鼻のすぐ側にまで顔を近づけてきた葵は、更に新たな快感で龍麻を翻弄してきた。
頬が、濡れる。
葵は舌腹を、それもほとんど根元から頬に貼りつけてきていた。
あまりに倒錯的な愛撫に、龍麻の理性はたちどころに麻痺していた。
筋肉の一筋すら動かせなくなった頬が、蟻走感に支配されていく。
龍麻からは見えないが、感触から葵があさましいほど口を開き、
ほとんど噛みつかんばかりに顔を当てているのが伝わってきていた。
腹の奥からの彼女の吐息が、舌が通り過ぎた跡を灼いた。
皮膚が犯されている、という認識は、ひどく気だるい気分に龍麻をさせる。
彼女の唾液に塗れた舌が、時間の感覚を狂わせるほどゆっくりと、
淫靡に蠢くと、思考が途切れ途切れになった。
数秒前に何を考えていたのか──何も考えていないのかもしれないが、
確かに記憶はあいまいになりつつある。
だが龍麻は、失われた記憶を追うよりも、今与えられる至福を享受する方を選んだ。
舌のあらゆる部分が頬に触れる。
唇、歯、それに唾液と呼気とが爆発的な感覚となって右半面を嬲る。
悦楽。
およそ味わったことのない、肉も骨も魂もぐずぐずになってしまいそうな心地良さ。
指の先端まで弛緩させ、龍麻は淫らな悦びに耽(った。
大きく開かれた口はやがてすぼまり、舌の代わりについばんでくるようになっていた。
直接的な快感では劣るものの、幾度も押し当てられる口唇は、むしろ精神的な幸せにおいて優った。
感覚が痺れている頬を、鬢(の近くも目許も構わず葵はくちづけ、そして口の端に、唇が落ちる。
皮膚に触れる体温、肌を撫でる髪──
たったそれだけで、龍麻は息が止まりそうになる。
初めて見た時から、いつか触れてみたいと願わずにはいられなかった美しい口唇(。
艶めかしい紅に濡れるその部分は、今、眼前にある。
ほんの少し顔を突き出せば、たちまち貪ることが出来る──だが、四肢には力が入らない。
いつのまにか、快楽と引き換えに力を吸い取られてしまったようだ。
しかしそれを敢えて取り戻そうと──快楽を手放す気にはなれず、
龍麻はぼんやりと葵を見ていた。
紅が、滲む。
葵が、唾液を閉じられた唇の隙間から押し出しているのだ。
ゆっくりと泡立っていく唇は、汚らしく、なのに目が離せない。
美が淫に染まっていく光景を、龍麻はまばたきすら忘れて凝視していた。
だらしなく垂れる唾液は、顎へと道筋を作っている。
このままでは、滴った唾液は──その瞬間を、龍麻は待ちうけた。
待ちうける数秒の、なんと心地良いことか。
先端から滲む分泌液が下着を汚すが、それにさえ気付かず、
焦らすように垂れる葵の唾液が自分の顔に落ちるのを、龍麻は渇望していた。
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