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鼻と唇の間、古武術では人中と呼ばれる急所。
そこにとろりと落ちた濁液は、龍麻を打ち負かす。
堕ちた体液が放つ異臭はすぐに鼻腔を通じて脳を犯し、新たな恍惚に龍麻を導いていった。
二度、三度、生み出された葵の唾液が顔に落ちる。
三度目は唇を狙って落とされ、紙一枚分開けた隙間を塞ぐように膜を作った。
そして葵は、自ら作り出した膜を破るように舌先を侵入させる。
塞がれた口腔に、流しこまれる体液。
鼻腔を灼く濃密な彼女の匂いと、舌を通って喉の奥へと流れていく粘液は、龍麻を隷属させた。
「う……っぷ……」
小さな水溜りを作るほど注がれた唾液に溺れ、咳が出てしまう。
それでも葵は顔を離そうとせず、犬のように開けた口から舌を垂らし、舌をなぶって愉しんでいる。
生温かい彼女の呼気を吸うと、龍麻は自分が溶けていくような気がしていた。
何か言われていた大切なこと、何かしなければならない大事なこと。
それら全てが春の雪のように溶け、自分という存在すら失われていくような感覚に陥る。
わずかに意識を戻そうとしても、葵の甘美な息は、そんな行為に意味はないとばかり思考を妨げた。
──妨げる?
何が妨げられるのだろう。
何も考えず、何も為さず、ただ快楽だけを貪る行為に心身を委ねるのが、何故いけないのだろう。
誘う舌に応じ、戯れさせながら、龍麻はもはや、
逆らおうとしているのが己のごく一部であることを知っていた。
それほどまでに、葵の、清楚な美しさを持った少女のもたらす愉悦は、
淫婦さながらに凄まじかったのだ。
「あ……」
既にひとつに溶け合っていたはずの舌が、無情にも離れていく。
遠ざかる快感を求めて、溺れていた龍麻は必死にもがいた。
異能の『力』を持ち、出会った仲間をごく自然に統率する、
人を惹きつけずにはおかない声は、今や見る影もないほど頼りなかった。
龍麻は己の発した声が、既に堕落した人間のものだと気付いてはいなかったが、
例え気付いていたとしても改めようとは思わなかったろう。
ただ葵に、葵のもたらす快楽をのみ求めるのが、今の龍麻にとって全てだった。
かつて力感に満ちていた眼光も、ただれた退廃の色に染まっている。
その瞳が映すただひとつの望みが、艶やかに微笑んだ。
「はっ……はぁっ……」
彼女に微笑まれただけで、龍麻の呼吸は乱れる。
それは息苦しくなる、などというレベルではない、息詰まってしまうほどのものだ。
だから龍麻は気付かなかった。
彼女の瞳に宿っている、淫蕩な輝きの奥にある闇に。
春に出会った時にはなかった、常世へと続いているかのような漆黒に、
悦楽という膜を被せられた龍麻が気付くことは、もはやなかった。
「う……っ」
キスと呼べるものではなく、快楽を貪るだけの行為。
顎の疲れさえ忘れさせる、ただただ本能を満足させるだけの交わり。
頭が、落ちる──
それが物理的なものなのか、精神的なものなのか判然としないまま、
龍麻は口の中をぬるぬると這い回る感覚を追い続けた。
葵が顔を離す。
口の周りに風を感じた龍麻は、重い瞼を開けた。
どちらのものかも判らない、淫靡な透明の粘液が、口髭のように付着していた。
だがそれを拭きとろうにも、左腕は彼女の支配下にあり、動かせるのは右腕だけだ。
そうするべきかどうかためらった末、龍麻は右手の甲で彼女の体液を拭うことにした。
許しを請うように目を伏せる。
葵の瞳に変化がなく、安堵と共に甲を押し当てた瞬間。
手首が、抑えつけられた。
力など篭っていない、ただ添えただけと言った方が正しい。
しかし、龍麻はそれだけで心臓が氷漬けにされたように恐怖していた。
彼女の機嫌を損ねてしまった。
彼女の意思に反することをしてしまった。
こんな些細な行為で、今の自分にとっての全てを失ってしまう恐怖は、龍麻に涙すら浮かべさせる。
そんな龍麻の目に映るのは、微笑んだようにも見える葵の瞳。
声も出せない龍麻の、手が除けられる。
手首を優しく摘ままれ、葵の手はそのまま身体の下へと降りていった。
自分の手で、勃起を確かめさせられる。
彼女が怒っていないのは良かったが、
欲望の象徴を上から抑えつけさせられて新たな羞恥が芽生えた。
「キスだけで硬くなっちゃったの? 女の子みたいなのね、龍麻は」
濡れた口の周りにキスを落としながら、葵はその羞恥を炙る。
彼女の言う通り、自分から女性に隷属し、弄られて感じてしまうなど、
普通の男性ではないだろうし、常日頃の自分を知っている人間が見れば目を疑うに違いないだろう。
それでも、彼女に出会わなければ、龍麻はそんな性癖に目覚めるどころか、
気付くことさえなかったかもしれない。
全ては葵が──穏やかな笑顔で常に寄り添ってくれる彼女が、
心に直接触れるかのように、考えを汲んでくれた。
自分ですら知らなかった、昏い欲望を優しく嬲ってくれた。
身体に付着した彼女を拭おうとするなどというのが、
どれほど愚かしい行為なのか悟った龍麻は、おとなしく彼女に従うことにした。
葵は一度腹の辺りまで手を下ろし、着ているセーターの裾をなぞる。
そこから内側に入ってきた手は、更に肌着もめくって素肌に触れてきた。
掌をしっとりと押し当てて、服をたくしあげていく。
鍛えられた筋肉も、彼女が触れるだけで肉の塊と成り果てた。
爪先が胸に触れる。
男性にとってはほとんど不要な器官を、葵は優しく撫でる。
葵に行う時よりも、もっと繊細で、もっと気持ち良い愛撫。
龍麻は身体をばねのように反らせて、受け身の快感に打ち震えた。
「乳首で感じるなんて……本当に、女の子みたいね」
そう言って葵は、ためらいなく突起を口に含む。
「う……ぁッ」
音がする。
吸われている。
熱を感じる。
舐められている。
程よく筋肉を乗せた胸板が、快感にひくつく。
顔に付いているものと同じ液体が、心臓の真上を侵食していく。
粘り気を持った器官は膜を作るほど唾液を塗りたくり、
その中のひとしずくがとろりと垂れていった。
わき腹へと落ちる粘液に、なぜかひどく気を取られた龍麻は、
どうにかしてそれがもたらすくすぐったさから解放されようと身をくねらせるが、
肝心の手が葵に押さえられていてはどうしようもない。
白く泡立った唾液が、泡をひとつひとつ弾けさせながら肌に染みこんでいくのを待つしかなかった。
龍麻がわき腹に気を取られている間に、
葵の手は一切の音を立てずにボタンを外し、ファスナーを下ろし、
下着を押し上げている男性器を愛しげに撫で擦っていた。
既に硬く、はちきれんばかりに大きくなっている勃起に臆することもなく。
直接触れられてもいないのにそんなになってしまっていることを龍麻は恥じたが、
葵は構わずに足の間から臍に向かって、幾度もなぞりあげてきた。
安い繊維の上からだというのに、葵の指は絹のような肌触りを鋭敏な器官にもたらしてくる。
しっとりと包み、圧力を加えられて、屹立は早くも滑稽なほどひくついた。
葵は一言も発しないまま、ただ右手を動かし、龍麻の一部分にのみ触れる。
鋭敏な先端を包みこむ掌の愉悦は、蕩けそうなほどだ。
このまま果ててしまったら、葵の掌を精液で汚すことになる。
そうしたいという欲望と、そうしてはならないという戒めの狭間にいることさえ快楽に変え、
龍麻は必死に堪えた。
そんな龍麻を、葵はどこまで耐えられるか試すように愛撫を繰り返す。
小指を裏筋に添わせ、包みこんだ掌で切っ先を巧みに撫でる。
快感に反応して分泌された透明な液体が潤滑の役目を果たし、
滑らかな葵の掌が更にまろやかになる。
「あお……い……」
たまらず漏らした喘ぎにも、葵は答えない。
微笑を浮かべたまま信じがたいほど淫靡な手付きで男性器を擦るだけだ。
腰を卑猥に跳ねつかせつつ、龍麻は爆ぜてしまわないよう歯を食いしばった。
響きわたる耳鳴りが、轟音に変わる。
頭の中で吹き荒れる暴風に、抗しきれないと覚悟した時、急に嵐が止んだ。
さざ波のように引いていく快感に、龍麻が声を発しようとした瞬間、凄まじい快感が腰に爆ぜた。
それは文字通り、嵐の前の静けさだったのだ。
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