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優美な肢体が己の下で強張る。
白く、儚い、男が求める美を体現したような身体が快感の前に屈し、薄朱に肌を燃やす様を、
深い陶酔と共に眺めやった龍麻は、その昂ぶった心を彼女の奥深くに解き放った。
「はっ……ぁ……っ……」
押し寄せた波が返す瞬間に熱い息吹を注がれ、再び身体が跳ねる。
か細い指が腕を掴み、爪が肌に食い込んできた。
「ぁ……っ……」
舞っていた豊かな黒髪があるべき場所へと戻り、特有の甘い芳香が辺りに漂う。
それを存分に嗅ぎながら、龍麻は女の傍らへと身体を横たえた。
シーツを手繰り寄せ、身にまとう雛乃をぼんやりと眺める。
華奢でありながら、女らしい肉付きを有する身体。
男にとって護り、征服したいと願わせずにはいられない躯。
その清艶な曲線を隠してしまう無粋な布にいまいましさを感じながら、
龍麻はずっと雛乃を見ていた。
視線に気付いた雛乃が、シーツで顔の下半分を隠し、目だけを覗かせる。
彼女らしくない素早さで行われた仕種に笑みを誘われた龍麻は、
今は乱れて額に貼りついてしまっている、切り揃えられた前髪に指を伸ばした。
「龍麻……さん……」
羞恥に視線をさ迷わせながら濡れた唇を開く雛乃に、新たな想いが焚きつけられる。
肉体はしばらくの休息を訴えかけていたが、心がそれを拒否し、
龍麻は汗ばんだ身体もそのままに彼女を組み敷いた。
「あ……っ」
驚いている雛乃に顔を近づけた龍麻は、至近で彼女の瞳を覗きこむ。
愛おしい瞳。
愛おしい体。
彼女の火照りを、受け取る。
その熱は彼女もまた求めているように思えて、シーツを引き寄せた、
考えとは全く逆の行動を取る手首を掴んだ。
「……っ」
烈しい眼差しで動きを封じ、じりじりと手を滑らせる。
小さな掌を静かに撫で、そこから付け根を甘く刺激して想いを伝えると、
彼女はふわりと包みこむことで答えた。
深い情愛の篭もったその握り方は、しかし、龍麻を満足させはしない。
包みこむ手を振り払い、細い指の間に己の指をこじ入れ、搦めとる。
猛り狂う節くれだった指に、雛乃は怯え、戸惑っていたようだったが、
やがて諦めたのか、静かに指先が折れ曲がった。
赤ん坊のように弱々しい手は、良く見ればぴったりと龍麻の手に貼り付いている。
わずかに鼓動を早めた龍麻は、その指に込められた意思を確かめたいという想いを封じ込め、
薄く合わさった唇に口付けた。
身体から力が抜ける。
閉じられた唇は、自分から開きはしないものの、舌で合わせ目をなぞってやると拒みはしない。
彼女の内に入ることの出来る数少ない器官を、しかし龍麻はすぐには入れず、一度戻した。
唇に吐息が当たったのは、錯覚か否か。
短い時間に足元から舌先まで、彼女の感触を再確認した龍麻は、
いささかその激情を抑え、唇を食み、舐めた。
交互に繰り返される淫らな刺激に、雛乃がわななく。
龍麻は彼女の舌に触れるその瞬間を味わうべくあえて目を閉じ、
唇の裏側から缶を開けるように舌を潜りこませた。
「ぁ……」
歯を舐められ、たまらず雛乃が声を漏らす。
耳朶はたちまち薄暗い赤に変わり、睫毛が微かに震えていた。
目を閉じている龍麻には見えなくとも、息遣いと、強くなった指先の力で充分に伝わってくる。
むしろその方が想像を喚起し、興奮を高めるのだということを、龍麻は経験によって熟知していた。
唇を深く食み、舌を滑らせている時、彼女はどんな顔をしているのだろう。
決して見ることの出来ない光景を想像しながら、
笑う時でさえあまり見せない白い歯をなぞっていく。
「はっ……は……」
唇を咥えられている為に、雛乃の口からだらしない呼吸が漏れる。
その押し殺した呼気を吸うと龍麻の、張り詰めた屹立が脈打った。
「ぁ……」
押し殺した声は、間違い無くその脈動を感じ取ったから。
だから龍麻はそれをもっと知らしめるべく、屹立を肌の上で滑らせていく。
屹立はもう充分過ぎるほど熱を持っているが、彼女の体温ははっきりと感じられる。
身体を密着させていきながら、龍麻は更に雛乃の奥を知ろうと舌を差し入れた。
「んっ、ん……」
むずかるような声。
その声が聞きたくて、龍麻の舌の動きはまだゆっくりとしたものだ。
ぬるりとした感触、恥ずかしがりながらも合わせようとする動き、
二つの舌の間で奏でられる唾液の卑猥な音をじっくりと味わう。
汗が滲む掌を握りなおすと、それ以上の力で雛乃が返してきた。
左手を雛乃に任せ、空いている右手で耳に触れる。
沸騰しそうに熱い耳たぶを撫で、耳孔から全体をくすぐると、雛乃の口が動いた。
感じてしまったのだろう、雛乃は左手を龍麻の背中に回し、髪を掴む。
それが彼女特有の仕種だと知ったのは、どれくらい前のことだったろうか。
逢瀬のほとんどを受け身で過ごす彼女の、数少ない意思の表明。
そしてそれは、龍麻に変調を迫る合図でもあった。
泳がせ、踊るように睦ませていた舌を、一転、情欲のままに巻きつかせる。
上顎も、歯茎も、所構わず舐めたくり、彼女の舌を甘く吸いたてた。
「ん……んふぅっ、ふっ、あっ」
息継ぎする暇さえ惜しむ龍麻の口から唾液が伝う。
それを雛乃は嫌がりもせず、あるがままに受け入れ、飲み下した。
精液を注ぐのと同じ位の興奮を覚えた龍麻は、再び唾を彼女の舌に乗せる。
これが世の恋人達の交わす愛の形の中でも、かなりただれた行為であることを雛乃は知っているだろうか。
恐らく、いや、間違い無く知るまい。
知らないからこそ受け入れているのだろうが、もし知ったら、彼女はどうするだろうか。
そんな自虐的な問いに脳裏の一角を浸しながら、龍麻はキスを止めない。
自分の体液を小さな音を立てて嚥下する彼女に、愛おしさと心苦しさを同時に向け、
龍麻はキスを止めようとしなかった。
生温かい塊が喉を滑り落ちていく。
感じるはずのないそれが、胃に落ちたのを確かに知った瞬間、
雛乃の、薄く開いた足の間から蜜が滴った。
続けて舌に乗せられる唾液を、同じ動作で身体の中心に流しこむ。
この行為が普通ではないと雛乃は薄々感づいてはいたが、
それは彼女に何の影響も与えなかった。
龍麻がこの行為を好んでいるのは明らかであったし、ならば雛乃に拒む理由は無い。
最初の頃こそ目隠しをしたり身体を縛ろうとする龍麻に恐怖と嫌悪を感じもしたが、
今はもう、ただ彼の望みを受け入れようと雛乃は心に決めていた。
しかし、それは欺瞞だった。
自己への。
彼の望みを受け入れるのではない、彼の望みを受け入れたい、という。
淫靡にまとわりつき、絡めとっていた舌が離れていく。
二人の唇を繋ぐ、この、ただれた関係を示しているような濁った糸が切れた瞬間、雛乃は口を動かした。
「龍麻……さん……」
名を呼ぶと、龍麻はすぐにまたくちづけてくれる。
しかもその時は決まって、切なくなるような優しいキスで。
だから雛乃は彼の名を呼ぶこと、文字通り雛の如くだった。
行為の合間に交わされる、暗黙の了解。
雛乃はそれまでの激しさを咎めるようにねだり、龍麻はそれまでの激しさを謝るように応える。
だから二人はどれほど滑稽さを感じていたとしても決して名を呼び、
応えるという手順を省くことはなかった。
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