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風に運ばれた枯葉が制服に別離を惜しむように絡み付き、嫌でも感傷をかき立てられる季節。
道の端を歩いていた龍麻は制服の襟を立てなおすと、なんとなく後ろを振りかえった。
殺風景な街路は人どころか生き物の気配さえなく、木枯らしだけがその存在を主張し、
たまたま一人になっただけなのに、
何かずっと以前から孤独だったような嫌な錯覚をもたらし、頭を軽く振ると小道を先に進む。
今日は部長会議があるとかで、葵や小蒔、醍醐はもちろん、
珍しく京一までもがそれに参加するなどと言い出し、
部活に所属していない龍麻はあぶれてしまったのだ。
持て余した時間をどうするか考えた時、最初に脳裏に思い浮かんだのは、
常に一歩控えた位置で、自分に付き従って闘ってくれるたおやかな少女の顔だった。
彼女に、会いたい。
その想いに衝き動かされるまま、龍麻は織部神社を目指して歩いていた。

神社の中はうっそうと茂る木のせいで既にほとんど陽も射さず、
逢魔が時の名に相応しい雰囲気を醸し出している。
雛乃か、せめて雪乃が外に居れば──
そんな、万に一つもない確率に頼ってあてもなく来てみたものの、
龍の力とやらも万能ではない事を改めて確認させられただけだった。
龍麻は心の中で神様に文句を言って、
神社の中であまりにも罰当たりなのに気が付いて慌てて取り消す。
境内に入ってはみたものの、雛乃の家を訪れる勇気までは出ず、お参りだけをして、
少しの満足と大きな落胆を胸に抱いて踵を返すと、
そこにはどこか外に使いに出ていたのか、
珍しく制服でも巫女姿でもない、私服を着た雛乃が立っていた。
さっきまで悪口を言っていたのもきれいさっぱり忘れて、
お参りしたご利益が早速現れた事を神様に感謝しながら、彼女に近寄る。
「緋勇様、どうなさったのですか?」
「うん、なんとなく……ね」
「そうですか……姉様がいればきっと喜んだでしょうに」
もともと龍麻は用事があって織部神社を訪れた訳ではなく──いや、雛乃に会いたくて来たのだから、
用はあるのだが、とにかく、実際に会ってしまうといざ何を話して良いか判らず、
また雛乃も口達者では無い為に、すぐに不器用な沈黙が二人を包む。
龍麻には敵を倒す『気』などよりも、こういう時に粋な一言でも思いつける能力
──例えば雨紋のような──の方が余程ありがたいのだが、
今それを言ってもどうしようもなかった。
口を開いては空しく閉じ、その都度あ、とかう、とか意味の無い言葉を吐く龍麻に、
雛乃は軽く首を傾げた後、声をかける。
「よろしければ、少しお散歩でもいたしませんか?」
いつもなら雛乃と二人っきりになる事があっても──そもそもその機会が少ないのだが──
二、三言葉を交わすだけですぐに別れてしまうのだが、
今日は何か思う所があったのか、珍しく彼女の方から龍麻を誘ってくれた。
「う、うん」
小さく、しかし龍麻が誰のものよりも貴重だと思っている笑顔で答えた雛乃は、
ぎこちなく頷いた龍麻の前に立って歩きはじめる。
お散歩、と言っても境内の中をしばらく歩くだけのものだったが、
織部神社はそこそこの大きさを持っていたし、雛乃と居られれば別にどこを歩こうが構わなかった。
しかし、季節は時を瞬く間に黄昏から夜へとうつろわせ、龍麻の想い人の姿を朧なものにしてしまう。
半歩ほど後ろを歩いていた龍麻はさりげなく歩幅を広げ、彼女の横に並んだ。
それを待っていたかのように、雛乃が口を開く。
「それにしても、緋勇様の学校からは、ここは随分と遠いのではありませんか?」
「そう……かな。でも、き……」
本当は、君に、会いたくて──
一生のうちで言う事などきっと無いだろうそんな言葉でも、
今なら言えそうな気がして口を開いたが、それはやはり喉から出る寸前になって泡と消えてしまった。
「……?」
「あ、いや、なんでもないんだ」
あからさまに取り繕う様子の龍麻に、雛乃は目だけを残念そうに俯かせると、
境内の隅にあるベンチへと歩き出す。
龍麻は雛乃の表情の微妙な変化を捉えてはいたが、
それが自分が千載一遇の機会をものに出来なかったからだとは判らず、
せっかく隣に並べたのも束の間、歩き出した雛乃の後を間抜けについていくしか出来なかった。

一人でさっさと腰掛けてしまった雛乃の隣に龍麻も座る。
密着してよいかどうか散々迷った末、
肩が触れるか触れないかの位置を選んだ龍麻はそっと雛乃の顔を覗った。
雛乃が自分の方を向いていてくれないか、そんな淡い期待を抱いていたが、
彼女は空を──虚空に浮かぶ月を見ていた。
当然の結果に落胆を押し殺しつつ、自分もそれに倣う。
わずかに紫がかって見える空に雲は無く、雛乃の顔を照らし出す月光は与えられた役割を存分に務め、
彼女の美しさを余す所なく引き出していた。
三日月にどんな思いを馳せているのか、雛乃の物憂げな面差しに、
龍麻の視線はどうしても地上に引き寄せられてしまう。
「……? どうか、なさりましたか?」
「あ……さ、寒くない?」
「ええ……お気遣い、ありがとうございます」
小さく微笑んだ雛乃に勇気付けられるように龍麻は話を始める。
学校の事、仲間達の事、闘いの事──
話が終わった瞬間に別れなければいけないのではないか、
そんな思いに囚われてほとんど一方的に話し続けたが、
雛乃は時折相槌を打ちながら黙って聞いてくれた。

それでも満ちた月が欠けるように、やがて話題も尽きてしまい、龍麻は困ったように雛乃の顔を見る。
雛乃は軽く首を傾げて龍麻と向きあったが、再び月に視線を向けると、不意に口を開いた。
「緋勇様は、三日月はお好きですか?」
何気無い問いだったが、龍麻は真剣に考える。
「そうだね……満月よりは、三日月の方が好きだな」
それは龍麻自身が好きというよりも、雛乃に一番似合うのが三日月だと思ったからだった。
夜を煌々と照らす満月ではなく、ひっそりと、けれどその存在をしかと主張する三日月が。
「そうですか。わたくしも、三日月が一番好きなんです。
姉様はお団子を思い出すから、って満月が好きなんですけど」
雛乃はそれが冗談である事を示すように軽く微笑んだが、龍麻は硬い笑いで返すのがやっとだった。
それきり雛乃も口を閉ざして、再び沈黙がたゆたう。

そこでまた黙りこくってしまった龍麻を哀れに思ったのか、夜の女王が救いの手を差し伸べた。
雛乃を照らし出す光の量を調節して、彼女の身体を白く輝かせる。
地球の力をも制御しうる能力を秘めた人間にしてはあまりに不様だったが、
それだけに微笑ましくもあり、また、自分の一番好きな姿を褒めてくれる少女に免じて、
つい贔屓をしてやる事にしたのだ。
でも、これで上手くいかなかったら──彼女はいささか意地の悪い期待と共に、
滑稽だけれど、しかし当人達はいたって真剣な恋物語を見守る事にした。



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