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目が覚めたら、ベッドの上だった。
「あれ、オレ……?」
いつの間に寝てしまったのだろうか。
雪乃はまばたきして天井をはっきりさせると、点けっぱなしになっていた灯りが眩しくて手をかざした。
制服の袖が視界の端を掠め、着替えてもいない事に呆れかえる。
まだ起き上がる気にはなれなくて、頭だけを傾けた。
何故か頭の芯がズキズキしたが、考えるのも面倒くさかった。
(でも、制服シワになったらまずいよなァ……)
他人事みたいに考えながら、何か違和感を感じて視線を動かす。
「!?」
いつも必ず最初に目に入る位置に置いている、愛用の薙刀が無い。
そして部屋の真ん中には、お茶をすすっている龍麻と雛乃。
龍麻と雛乃!?
のんきに談笑している二人を見た途端、全てをはっきりと思い出して跳ね起きた。
「おッ、お前らッ!!」
「あら姉様、おはようございます」
「やぁ、雪乃」
落ち着き払った雛乃の態度に、声を詰まらせる。
あまりに悠然としている妹に、思い出したのは、
実は夢の中の出来事ではないかと思ったくらいだったが、
それにしては龍麻がここに居ていいはずが無かった。
「何でオレがお前の部屋で寝てる……いや、その前にお前ら、外で一体何してやがったッ!」
声を荒げて問い詰めても、雛乃は毛ほども動じた様子はなく、
殊更音を立ててお茶を飲み干し、のんびりと自分の方を向く。
「ですから、外でしていたのは何で、今はお茶を飲んでいます」
「…………」
妹に話しかけてもらちが開かないと思った雪乃は、矛先を龍麻に向けた。
「てめェもなに呑気に茶飲んでんだよッ! ……なに見てんだよ」
「雪乃もやっぱり女の子なんだね。寝顔、すごい可愛いかったよ」
「だッ……! ばッ…………! ンな事聞いてんじゃねェ!!」
褒めているように見えて実は失礼な事を言っている龍麻に、
雪乃は怒りのあまりとっさに言葉が出てこず、
凄みを効かせようとベッドから降りて二人の前に陣取った。
……そこまでは良かったものの、そこではたと気付いた。
こいつらを問い詰めるって事は、その、なんだ、アレの話をするって事じゃねェか!
威勢良く開いた口が、空しく閉じる。
そのタイミングを測っていたかのように、雛乃が話しかけてきた。
「姉様、頭の方は大丈夫ですか? 派手に転んでしまわれたようですけど」
「あッ……ああ、少し痛いけど平気だぜ」
「良かった……龍麻様がここまで運んできてくださったんですよ」
「そ、そうか……ありがとよ」
躾の厳しい家で育てられた雪乃は反射的に礼を言ったものの、その直後に後悔する事になった。
「いや、礼を言われるような事じゃないよ。雪乃の身体、柔らかくて抱いてて気持ち良かったし」
「なッ……!! バ、馬鹿言ってんじゃねェ!
……もういいよ、やっぱ調子悪いみたいだからよ、ちょっと寝るわ」
昼間とは全く違う二人の態度に頭の痛みがいや増すのを感じて、
雪乃は部屋に戻ろうとしたが、雛乃がそれを制した。
今まで見た事のない不気味な笑顔を浮かべる妹に圧倒され、浮かしかけた腰を戻してしまう。
「……そうはまいりませんわ」
「何がまいらないんだよ」
「ですから、わたくし達がここにいるのは、姉様にも仲間に入って頂こうと思ったからなんですよ」
「……仲間、って」
「わたくし達の秘め事の、です」
秘め事……?
聞き慣れない単語が頭の中で像を結ぶまで数瞬を要する。
そして結んだ途端、雪乃は両の掌を思いきりテーブルに叩きつけていた。
「誰がンなコトするかッ!」
まるでそうする事が判っていたかのように湯のみを持ち上げていた雛乃は、
浮いた湯のみを慌てて抑える龍麻を横目で見ながら落ち着き払って続ける。
「ふふっ、時々姉様が龍麻様のことを想って一人慰めているのは知っているんですよ」
「!! な、なッ、なんでンなコト知ってるんだよ!」
いくら双子とは言え、もちろん秘密はある。
その中でも最大級に隠している事を何故妹は知っているのか。
雪乃は一瞬でパニックに陥ってしまい、唾を飛ばしながら雛乃に詰寄った。
お淑やかな、という言葉がそのままあてはまる、雪乃自慢の妹は
ごく小さな動きで飛んでくる唾を躱しながら、にこやかに答える。
「だって姉様、夢中でされているから、わたくしが扉を開けても全然気付かないんですもの」
「そ……だ………ばッ……嘘つけよ! いつの話だよそりゃ!」
「ええと、近い所だとおとといの晩ですよね、それからその二日前……
確かこの時は三回なさっていましたよね。後は……」
「わッ、わかった、もういいから数えンの止めろッ!」
苦し紛れに言ったのを指折り数えられ、更に折り曲がろうとする雛乃の小指を必死に止める。
もう手遅れもいい所だったが、この場をどう切り抜けるか、
雪乃は燃え盛る頭の中で懸命に考えはじめた。
しかしそんな名案が咄嗟に浮かぶはずもなく、
焦りが募って狭まる視界に、口元に微笑を湛えている龍麻の顔が映る。
「なッ、何見てんだよッ!」
その途端、雪乃は頭の中で何かが切れた音がして、身体を捻じ曲げて龍麻に殴りかかった。
その拳は速度も角度も申し分無かったが、冷静さに欠けていたために、
顔面を捉える寸前に掌で受け止められてしまった。
「そうなのか?」
「なッ……何がだよ」
「お前、俺のこと好きだったのか?」
龍麻の声には馬鹿にしたような響きなど全く無いものの、
それでも、今の雪乃には辛すぎる一言だった。
大切な想いをなんだか馬鹿にされたような気がして、
雪乃の顔が限界を越えて赤く染まり、握られた拳を無理やり顔に叩きこもうとする。
その力は龍麻が掌に本気を込めてもなおじりじりと迫ってくるほどだったが、
龍麻は力較べをする気などないらしく、不意に力を逸らすと、
勢い余って胸に飛び込んできた身体を受け止めた。
「はッ、離せ! 離せッたらッ!」
頭を胸板に押しつけてくる龍麻から逃れようと暴れても、背中に回された腕はビクともしない。
悔しさと恥ずかしさと情けなさがこみ上げてきて、雪乃は泣きたくなってしまったが、
こんな所で涙を見せる訳には絶対いかなかった。
歯を思いきり食いしばって、逃げだそうとする涙を抑えつける。
しかしそんな必死の努力も、龍麻があっさりと台無しにしてしまった。
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