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帰宅した龍麻が脱いだ制服をハンガーにかけた時、控えめに扉を叩く音が聞こえてきた。
龍麻はそれが誰であるか判っていたが、いや、
いたから返事をせずに忍び足で玄関に近づいて、じっと息を殺す。
二呼吸ほど置いて再び叩かれたドアの音には、さっきよりも少しだけ焦った様子が感じられた。
「どうぞ」
龍麻は小さく、外に聞こえるかどうか、ぎりぎりの声で呼びかける。
待ち焦がれたように扉を開けて、少女が飛びこんできた。
扉のすぐ向こうに龍麻が立っていると確信していたかのように、ためらいなく。
龍麻はその身体を受け止めてやりながら、何の前触れもなく彼女のスカートの中に手を入れた。
「やっ……」
異常な挨拶に少女は尻をくねらせたものの、嫌がる様子もなく、
それどころか歓迎するような素振りさえ見せる。
少女の身体の中心にあてがった指先にはっきりとした熱を感じて、龍麻は満足気に指を離した。
「すごく熱いよ……もしかして、もう濡らしてるの? 葵」
「だって……、一週間ぶりだから、がまん…………」
葵と呼ばれた少女は、普段は深い知性を宿している瞳に、
今ははっきりと欲情を浮かべながら、男の腕の中で甘えた色欲を口にした。
それは、彼女に憧れている真神学園のほとんどの生徒達が目にしたなら、
己の目がおかしくなったのかと疑わざるを得ない光景だった。
しかし龍麻は、学園一の才女がここまで乱れるのに、別に『力』を用いた訳でも、
もちろん薬などの道具を使った訳でもない。
出会い、仲を深めたきっかけこそ多少特別だったものの、
後はごく普通に付き合い、ごく普通に抱いただけだった。
それがいつの日か、ほんの少しだけ龍麻が悪戯っ気を出したところ、
──それもごく普通の恋人達の範囲内での事だった──
葵がことのほか反応を見せたのだ。
真面目な分、一度溺れてしまえば後は早く、後は龍麻が思いつくまま葵を責め、
葵はそれを嬉々として受け入れる。
『龍の器』と『菩薩眼』である二人が惹かれ合うのは宿命である──
そんな言葉で切り捨てるのが馬鹿馬鹿しくなるほど、
龍麻は葵の淫らな情を汲み取り、葵は龍麻を満足させるべく肢体を捧げる。
もはやお互い以外の相手など考えられなかった。
それでも、いくつかの理由から、二人きりで過ごすのは週末の数時間だけに限られてしまい、
今や、二人はほとんど週末の為だけに生きているようなものだった。

「ほら……こっち来て、座りなよ」
始まりを期待して、葵がくずれおちるように座る。
龍麻はその後ろに腰を下ろすと、閉じ込めるように腕を回した。
腰まで届く絹髪を手に取り、甘い芳香を存分に嗅ぎ取りながら、うなじを撫でる。
「……んっ………」
早くも熱い吐息を漏らす葵の肌に、紙一枚分ほど微妙に浮かせながら指を滑らせた。
たったこれだけの事で、下腹に芽生えていた熱い疼きが全身に広がって、
肌が粟立ち、更に強い刺激を求めて感覚が研ぎ澄まされてしまう。
葵は過剰とも言える反応を見せる自分の身体に、そら恐ろしささえ感じていた。
しかしそれもわずかな間の事で、すぐに細胞の中心から沸き立つような火照りに思考を奪われ、
ただ龍麻だけを求めよという、魂を蕩かすような本能に溺れていく。
前に投げ出されている脛に手を置いて快楽に備えながら、女は男の愛撫を待ち焦がれた。
身体の力を抜いて自分を求める女に、男が応える。
制服とさほど変わらない白い肌を汚したくなった龍麻は、唇を押し付け、ごくわずかについばんだ。
薄く残った口付けの跡が、征服感を与える。
一応、髪や服で隠せる場所にしか跡はつけないようにしていたが、
龍麻は時々、葵の全身──文字通り、身体の全て──を自分の唇で赤く染め上げるという
想像に浸る事があった。
多分、葵はそれを受け入れてくれるだろうが、そうなった時、
もう自分を抑える術は無くなる事を知っていたから、自分を戒めねばならなかった。
だからその分、少しだけ意地悪く葵にあたる。
「やっ……たつ、ま……」
むずかる葵を抑えつけ、首筋から耳の裏側へと舌を這わせる。
舌に触れた産毛を舌で転がしていると、力尽きたように頭を預けてきた。
「ね……キス……キス、して……」
顔をわずかに、愛撫の邪魔をしないよう傾けて葵がねだる。
龍麻は期待に紅潮する頬に手を添えてそっとこちらを向かせたが、
キスをしたのは唇にでは無く耳にだった。
「んっ…… や、はぁぁっ……」
完璧な形をしている耳の孔深くに舌先をねじ込み、
そのまま反対側まで貫いてしまうかのように激しく潜り込ませていく。
「やぁ……み、み……っ、……中、入って……く、るの……」
快感をいちいち口にしてしまうのが、葵の癖だった。
それは葵自身のみならず龍麻をも興奮させ、
新たな淫語を言わせようと様々な技を試させる、禁断の泉。
もう数えきれないほど身体を重ね、欲望をぶつけあったのに、
この泉からは枯れる事無く淫らな言葉が湧き出てくる。
龍麻は葵の顔中を愛したくなって、手を向こう側に回した。
陶器のように滑らかな頬を通り、唇に触れる。
閉ざされた門に爪の甲で合言葉を伝えると、薄く開いて迎え入れた。
しかしそのまま奥には入れず、歯をなぞっていく。
羞恥に葵の耳が真紅に色づき、閉じた目から涙が一筋流れた。
陵辱にも近いこんな愛撫にも、信じられないほど感じてしまう。
未だ龍麻には言っていないものの、葵は自分の中に被虐願望があるのをいつからか悟っていた。
より正確には、「虐められている自分を省みて感じる」と言うべきか。
だから龍麻にされる事をひとつひとつ口にして、欲望の糧にする。
それを聞いた龍麻が、より深く愛してくれる事を願って。

一方龍麻は、葵がやや受け身な
──有り体に言えば、マゾヒスティック、かつナルシスティックな──
嗜好を持っている事をほぼ確信していた。
だからと言って軽蔑する気など全く無い。
それどころか、自分の前でだけ曝け出す一面があるというのは、この上なく嬉しい事だった。
だから彼女の望む事は、全て満たしてあげようと思う。
それが他人には到底そう見えなくても、二人にとっては紛れも無く愛の形なのだから。

エナメル質の滑らかな感触を愉しんだ龍麻は、ようやく腔内に指を進ませた。
「ふっ……ぐ………む……ぅん……」
天使のような、と評される声を紡ぎ出す舌が、
ある種の粘着質の生物を思わせる音を立てて巻きついてくる。
龍麻は葵が飲み込むに任せて半分ほども指を沈めた。
無骨な、しかし途方もない快感を与えてくれる器官を、葵は舌のあらゆる部分を駆使して愛しむ。
口の中に唾液を溜め、たっぷりとまぶしてコーティングすると、
内頬や上顎に押しつけ、舌で前後に動かした。
目を閉じていたから顔色は伺えないが、かすかに聞こえる乱れた呼吸が、
龍麻が気持ち良くなっているのを教えてくれる。
葵が感じている所を見るのが愉しい──以前龍麻はそう教えてくれた事があった。
もちろんそれは葵にも言える事で、特に感じているのを我慢する龍麻が可愛くて好きだった。
その想いを舌に込めて、丹念に指を愛撫する。
指先の感覚を失うほどの愛撫を受け、
龍麻は最後に舌のざらざらとした部分を撫でると、ゆっくりと引き抜いた。
鮮やかな桃色の唇が、帰すまいとすぼまり、逆に吸いこんでくる。
見ようによっては滑稽にも見えるその表情も、
ぬめった唇と伏せた睫毛がどうしようもなく葵を扇情的な物に演出していた。



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