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「マ……リィ……」
汲々と締め上げるマリィの媚肉に、
脊髄を鷲掴みにされたような快感を受けつつも、なんとか彼女を気遣おうとする。
「平……気……」
マリィはそう言うものの、龍麻が呼吸をするだけで伝わる微細な動きでも苦しいらしく、
顎を上向けてどうにか苦痛を和らげようとしていた。
そのマリィの目の端から、光る物が滴り落ちた。
消えようとする儚い輝きを、龍麻は指に掬う。
組み敷いた少女がかけがえのない大切な存在なのだと気付いたのは、その時だった。
理屈ではなく、マリィのことを大切に想う。
それにこれほどまでの痛みを与えてしまった以上、責任は取らなければならないと、
龍麻はやや前時代的とも言える決心を新たにしていた。
大仰な、しかし極めて大切な決意をした龍麻に、マリィの途切れ途切れの囁きが聞こえる。
「いい、よ……動い、ても……」
そんな風に言われても、明らかに痛みを堪えている少女に対して、
欲望に任せて動くことなどできるわけもないが、このままではどうしようもない。
龍麻はなるべく痛みを与えないよう、慎重に抽送をはじめた。
「んあっ……ひ、んっ」
それでもマリィの口から悲鳴が消えることは、しばらくの間なかった。
早く終わらせてやりたいという思いと、もっとこの快美な感覚を味わっていたいという欲望が、
屹立を抜き差しする都度せめぎあう。
それが一定の方向に傾き始めたのは、マリィの声に含まれるものが変化を始めたからだった。
「う……ん…………あ、ぁ……」
ゆるやかに、しかし確実に。
マリィの声は、甘く、爛(れたものへと移ろっていた。
それが抽送に合わせて音色を変えると気付き、龍麻の欲望は一気に爆ぜた。
激しく屹立を締めつける媚肉は相変わらずだが、いつしかしっとりと蜜が絡みつき、
異物を受け入れようとしている。
脳が焦がれるような快感に龍麻は酔いしれ、破瓜を迎えたばかりの少女の膣に抽送を繰り返した。
「あ、っ……んっ、はぁ……っ」
尖ったガラスの破片のようだった声が、丸みを帯びた、スポンジのような声になっていた。
媚声に一層昂ぶった龍麻の、腰の辺りにたゆたっていた感覚が、屹立に集まっていく。
すぐに抑えきれないほどの圧力となったそれは、一瞬の空白の後、解き放たれた。
龍麻は全身を打ち震わせて、射精の快感を貪る。
「あ……っ!!」
体内に吐かれた熱い飛沫を感じたのか、マリィが応じるように身を震わせた。
「あ……あっ……」
精魂尽き果て、傍らに横たわった龍麻に、マリィはしがみついてくる。
上気した肌を擦りつけあいながら、龍麻は彼女に応え、
短いキスを交わしながら、手に入れた大切なものの温もりを実感していた。
翌日。
目を覚ましかけた龍麻は、隣にある温もりの心地良さを手放す気にはなれず、起きないことにした。
幸福そうな寝顔のマリィを薄目で見て、自分も幸福を噛み締めるものの、
この後のことを考えると手放しで喜んでもいられない。
だがそれは、目覚めてからのことだ──と、龍麻が目を閉じると、それを妨げるように玄関が叩かれた。
目を閉じたまま眉をひそめた龍麻は、沈思の末とぼけることにしたが、マリィが目を覚ましてしまう。
「お客さん?」
「そうみたいだ」
寝ぼけ声で訊ねるマリィの髪を撫で、仕方なく龍麻は立ち上がってパンツを履いた。
昨夜脱ぎ捨てたトレーナーを被りながら思ったのは、さっさと無粋な訪問者を追い返して
もう一度マリィと寝よう、あるいは寝まいということだった。
しかし、扉の向こうに立っていたのは、新聞の勧誘や訪問販売ではなく、
昨日順位が変動した、めでたく今最も会いたくない人一位に輝いている女性だった。
「あ、葵……」
マリィの義理の姉が訪れることは当然予想していなければならなかった事態だ。
にも関わらず、その可能性をすっかり忘れていた龍麻は、
その報いとしてたちまち頭が真っ白になってしまった。
名を呼ぶのがやっとの龍麻に、刺客は考える暇を与えずにたたみかける。
「おはよう、緋勇くん。女の子の前でその格好はないんじゃないかしら」
「! ……ちょ、ちょっと待って、すぐ着替えるから」
転げるように部屋へと舞い戻ってやはり昨日脱ぎ捨てたズボンを履く。
しかしあまりの動揺に足がもつれ、自分の部屋の中で思いきり転んでしまった。
昨日は後頭部から、今日は顔面から落ちる。
潰れるかというくらいしたたかに鼻を打ちつけた挙句、
その物音でマリィが目を覚まし、転んだ隙に葵に部屋への侵入を許し、
龍麻は何もできないうちに人生最大の危機を迎えてしまった。
「緋勇くん……まさか」
ベッドで動く金色の髪と、わずかに覗く剥き出しの肩を目撃し、葵の表情が変わる。
それを見て、龍麻は死を覚悟した。
いずれ最終的には結ばれたことを報告するとしても、
結ばれて一夜明けた翌日に義姉に発見されては何をどう取り繕っても無駄だろう。
しわの一つもない、能面のような笑顔で近寄ってくる葵に、
聖戦(が始まる前というのはこんな感じなのだろうか、と大げさでもなく龍麻は思った。
「あ……アオイおねえちゃん」
その背後で、映画の女優のように、シーツで胸元を隠してマリィが起き上がる。
ずきずきする鼻を押さえながら、
龍麻は短い人生のダイジェストが上映されるのを脳内特設劇場で見ていた。
一方目の前の特設劇場では、姉妹の感動の再会が行われている。
どちらを観れば、観なければならないのか混乱に陥っている龍麻の脳に、何かが瞬いた。
感動の再会?
「アオイおねえちゃんの言った通りにしたら、上手くいったよ」
嬉しそうに葵の胸に飛び込んだマリィが押さえているのは前だけだから、
背中から昨日触れそこねたお尻まですっかり露になってしまっている。
喜ぶマリィと彼女の鮮烈な裸と脳内で絶賛上映中の緋勇龍麻一代記とが結びつかず、
龍麻はぼんやりと視線を送っていると、義妹を優しく抱き締めた葵に鬼も怯むような眼差しで睨まれた。
「でしょう? 良かったわね、マリィ」
さりげなくシーツを巻いてやりながら、葵は穏やかな笑顔をマリィに向ける。
程なく古のギリシアの女神のようにシーツをまとったマリィは、今度は龍麻の胸に飛びこんできた。
抱きとめはしたものの、まだ龍麻には事情が飲みこめない。
間の抜けた顔で葵を見ると、マリィの義姉は満面の笑みを浮かべて言った。
「よろしくね、お義弟ちゃん」
「おにい……ちゃん?」
ここに至ってようやく、龍麻は自分が美里家の姉妹に巧妙な罠にかけられたことを知った。
どこからどこまでが罠なのかは解らないが、きっと全部だろう。
とにもかくにも事実を作ってしまい、自分の気持ちに気付いたので、
騙されたとは思わないものの、あまりに巧妙な罠とマリィの演技にしてやられた感は拭えない。
しかし時既に遅く、彼の命運はしっかりと鎖に繋がれた後だった。
「私ずっときょうだいが欲しかったのだけれど、二人もできるなんて幸せだわ」
「きょうだい」
舌足らずな鸚鵡(のように繰り返す龍麻の足元に、何かが触れた。
柔らかく、温かな、黒い生き物。
「お前……!」
レポートを採点する教授のような黄玉色(の瞳を投げかけている小動物を見た瞬間、
龍麻の昨日から抱いていた疑問はたちまち氷解した。
飼い主と意思を通じ合い、今では里親の言葉も理解する、
マリィの忠実な守護者(である黒猫のメフィストが、
理由もなくマリィの許を離れるはずがなかったのだ。
それに気付いていれば、結果は同じでも、もう少しましな展開が送れたかもしれない。
龍麻は脱力し、床に座りこんでしまった。
「ナァゴ」
座りこむ龍麻の、頭の上にメフィストは登り、丸まる。
どうやら前よりも高さにおいて勝るそこを新たな住処(と決めたようで、
ある意味でマリィのもう一人の親とも言える黒猫は、
そこから飼い主と葵に一度ずつ顔を向け、心地良さげに一鳴きした。
一日ぶりにメフィストと戯れているマリィを横目で見ながら、
龍麻は義理の姉となりそうな、半ばは既になっている人物に囁きかけた。
「なぁ」
「なに?」
「どこまで教えたんだよ」
「何を?」
明らかにとぼけている葵に、龍麻は微かに苛立ちを込めて告げた。
「何をって、大変だったんだぞ、昨日は。マリィ何度も泣いちまうし」
穏やかだった葵の表情に、稲光が走る。
「泣かせたの?」
心臓に直接衝撃を受けたような気がして、龍麻はたまらず胸を押さえた。
「!! い、いや、そんなことはないけど」
「そう、良かった。マリィを泣かせたら許さないわよ」
泣かせなくても許さないだろうに、とは言えなかった。
心肺機能が圧迫されていて、それどころではなかったのだ。
金魚のように口をぱくぱくとさせるだけの龍麻の耳に、
昨日の姿が嘘のような無邪気なマリィの声が聞こえる。
「アオイッ! 夕方までタツマの家で遊んでいこうよ。マリィね、昨日シチュー作ったんだよ」
「本当? お昼になったら食べさせてちょうだいね。
それと私もね、ケーキ買ってきたのよ。皆で食べましょうね」
楽しそうに笑う女性二人と、嬉しそうに鳴く猫一匹をよそに、
この家の住人だけがいつまでも呆けていた。
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