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胸の辺りを這い回る気配で、龍麻は目を覚ました。
気取られないよう息を殺しつつ、いきなり話しかける。
「何してるの」
「あっ、龍麻……起きてたの?」
「今起きた。……で、何してるの?」
完全に不意をつかれたのか、普段あまり見られない、驚いた様子の葵に満足しながら、
所在なげにさまよう手を取って重ねて尋ねた。
「別に……触っていただけよ」
どこか拗ねたような声で、掴まれた手に指を絡めながら答える葵に、
龍麻は歯の間から笑いの微粒子を漏らしたが、それ以上は追求せず、
タオルケットを頭から被りなおす。
葵が初めて泊まった次の日、せがまれて買ったタオルケットは、
さほど身体を折り曲げなくてもすっぽりと二人を包む、
布団の大きさに全く不釣合いな大きさの物だった。
どうしてこんな大きいのを欲しがったのか尋ねると、帰ってきた答えはこうだった。
「私ね、好きな人と……一日なんにもしないで、ただ、
大きな布団にくるまって過ごすのに憧れてたの」
目を伏せながらはにかむ葵に、その時はただ、葵も女の子なんだなぁ、
と平凡な感想を抱いて終わったのだが、今では龍麻も葵のそういう気持ちが良く判る。
タオルケットの肌触りと、全身を包まれる感じが子供の頃を思い出させて、
どこかくすぐったくなるのだ。
そして、まだ半ば眠っている身体に、掌から伝わる春の陽射しにも似た温もりは
旅人のコートを脱がせるだけの力があった。
「そっか。まだ起きなくてもいいかな?」
「うふふ。いいわよ」
龍麻がそれ以上追求して来なかったので安心したのか、葵は再び龍麻の素肌に指を踊らせる。
今度は龍麻も同じように葵の肩に指を這わせ、
薄暗い部屋の中の、更に暗い空間の中で、腕を伸ばして身体をまさぐりあった。
つい数時間前まで触れていた場所が、変化してしまっていないか確かめるように。
「龍麻もこれ、気に入ってくれた?」
「うん。なんかさ、隠れてるって感じがしてちょっと楽しいな」
「良かった。変に思われてたらどうしようって心配だったの」
「変には思わないよ。最初に聞いた時はちょっとびっくりしたけど」
腕から腋へ、そして乳房へとさりげなく指を滑らせ、膨らみの下側を撫でる。
少しの無駄も無く見事に張った乳房は、
女性の胸の大きさなどさほど興味の無かった龍麻さえ虜にするものだった。
「びっくり?」
「うん。葵って意外とやらしかったんだな、って……いて」
揶揄にわき腹をつねって答える葵に、龍麻は痛いのをやせがまんしながら、
お返しに、腹の辺りをくすぐってやる。
「やだ、いやらしいだなんて……私はただくるまって過ごしたい、って言っただけよ」
「だって、俺は裸で過ごすなんて思わなかったぞ」
「それは……」
「それは?」
「そうだけど」
何がそうなのかさっぱり解らないまま、唇を奪われる。
とたんにうなじの毛が逆立ち、全身からは力が抜けてしまった。
葵はキスする場所をしきりに変えながらも、決して舌を触れさせようとはしない。
その代わりに口の隅々まで食まれ、ぬるま湯に浸かるような疼きが頭の芯から広がっていく。
恥ずかしくて葵に告げてはいないが、
龍麻はどちらかと言えばセックスそのものよりもキスの方が好きなくらいだった。
それも、激しいキスではなく、小鳥がついばむような、軽いものが。
幾度味わっても、その度に違う甘さを伝えるキスに、
葵の思う壺だと思いながらも、目を閉じて感覚を委ねた。
「ねぇ」
「ん?」
「ひげ、生えてる」
「し、しょうがないだろ。まだ顔も洗ってないんだから」
キスの余韻に浸っていた龍麻は、葵の言葉に現実に引き戻され、
心持ち顔を離して、下半分を隠すように手で覆った。
高校三年生ともなればごく自然な生理現象のはずだが、龍麻はまだ恥ずかしくてたまらなかった。
ところが、葵は隙間から手を差しこむと、あごの辺りにわずかに生えているひげを撫でてくる。
「龍麻はひげ、嫌いなの?」
「好きな訳ないだろ」
「あら、そう? 私は嫌いじゃないけれど」
「……なんで?」
意外なことを言う葵に龍麻は困惑したが、
すまして返ってきた答えはますます困惑させるだけだった。
「なんでって……特に理由はないけれど、好きよ。他にもこことか」
そう言って葵は足指をすねに触れさせてきた。
指腹でくすぐるように滑らせながら下っていき、帰りは爪の甲で戻らせる。
ぞわぞわとした感覚が足から広がり、自分は気持ち良くなりはしたが、
葵が愉しいはずもないという思いが、龍麻に同じ問いを繰り返させた。
「そんな所触って楽しいの?」
「楽しいわよ、龍麻の身体ならどこでも」
「……」
「どうしたの?」
「葵って、そういうこと言うキャラだったっけ?」
「恋は女を変えるのよ」
葵は悪戯っぽく笑って両手で龍麻の頬を挟み込み、
まだ指先にすねを撫でさせたまま、そっと話しかけた。
「ね、脱毛とか、しないでね」
「なんで?」
「つるつるだと、男らしくないもの」
龍麻はどんどん妙なことを言い出す葵に戸惑いを深めながらも、
すねを往復する葵の足に、下半身が熱を帯びていくのを感じる。
それを知られまいと身体をよじると、随分と不自然な格好になってしまった。
しかし今更体勢を元にも戻せず、わき腹がつりそうになるのを懸命にこらえる。
葵はそれに気付かないふりをしながら、そっと足を龍麻が楽な姿勢になれるよう動かしてやった。
すかさず身体を動かした龍麻が、ごまかすように葵の髪の端を握り、早口で喋る。
「もじゃもじゃの方がいいの?」
「それも嫌。今くらいが一番好き」
「うーん……でも、触ってると濃くなるらしいよ」
「だめよ、そんなの」
「だめって」
「龍麻は、今のままでいてもらわないと」
「んな無茶な……」
「無茶でも。約束よ。いい?」
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