<<話選択へ
次のページへ>>

(1/3ページ)

初めて会った時から、他の子達とは違う何かを感じていた。
後で彼が教えてくれた事によると、彼は黄龍の器とかいう『存在』だそうで、
それが為に彼と、彼の同級生が、江戸の古きから連綿と続く宿命により、
人ならざる者達と日夜闘いを繰り広げているという。
そんな事をいきなり言われてもピンと来なかったが、
実際に私もいくつかの異常な事例を身をもって体験してしまうと、信じざるを得なかったし、
それに、その宿命のせいで私と彼が出会えたのなら、私にはそれを疎む理由も無い。
今、私は彼を受け入れ、彼も私との情事を愉しんでいる──それで充分だった。

「それじゃあ絵莉ちゃん、頼んだぜッ」
「ええ、何か解ったら連絡するわ」
彼の同級生達は、親しげに手を上げると、元気良く歩き出す。
私よりもずっと長い時間彼と一緒に居る事が出来る彼等に無意味な腹立たしさを覚えつつ、
私は目だけを動かして彼の方を見た。
彼は全く無視していたが、動作を少しずつ緩めて巧みに同級生達から距離を置くと、
彼等から私を隠すように立ち、ポケットから何かを取り出した。
ピンク色の無機質な輝きを放つ、卵の形をした道具。
彼と出会うまではこんなものを使いたいと思った事は一度も無かったけれど、
出会ってからは、これが会えない時間、唯一の繋がりだと思うと妙な愛着さえ感じてしまう。
「これ、夜まで付けていてよ」
「そんなの……」
そうすると彼が喜ぶから、形だけ抵抗してみる。
案の定彼は唇の端をわずかに曲げて、彼自身はサディスティックだと信じている表情を作ると、
無造作に私のスカートの中に手を入れ、内腿を撫でまわした。
もちろん周りに人が居ない事を確認してそうしているのだろうけど、
もし誰かに見つかったら──ううん、その時は私一人がおかしいと思われるだけ。
十近くも年が離れている男女で、年下の男が主導権を握っているなんて誰が考えるだろう。
しかしそれは、自ら望んだ、紛れも無い事実だった。
初めはごく普通に愛し合っていたのだけれど、ある日、
彼の気紛れで下着を履かずに一日デートした時からこの倒錯の日々は始まった。
性に目覚めたばかりの彼の雄の欲望は日増しにエスカレートし、
私はそれを止める事も無く受け入れる。
まだ自分を見失ってはいないつもりだったが、実際はそれもどうだか怪しい。
常識のある大人なら、こんな街中で愛撫を受けて嬉しいなどと思うはずがないのだから。

彼の手はせわしなく、それでいて優しく私を弄び、
それを期待していた私の秘所は、軽く撫でられただけで熱を帯び、わずかに潤いを見せ始める。
「や、こんな……所で……」
「──ね? 8時に西口で待っててよ。それまで、スイッチ切ったら駄目だからね」
私の下着の中にローターを忍ばせると、
ご丁寧にスイッチを留める為のバンドまで用意していた彼はそれを太腿に巻きつけ、スイッチを入れた。
「はっ………ん……」
もうすっかり馴染んでしまった、甘ったるい振動が恥ずかしい所から伝わってきて、
私は膝をほんの少し内側に折り曲げて始まった快感に耐える。
「おーい龍麻、何やってんだ!」
「今行くよ! それじゃあね」
呼びかける友達に手を振って答えると、彼は最後に私のお尻を軽く触って走り去った。
その後姿を見送りながら、私は下腹の疼きを忘れる努力をするべきかしないべきかしばらく迷っていた。

──7時55分。
私は新宿駅西口の雑踏の中で一人彼を待っていた。
本当はもう少し調べ物があったのだけれど、
下着の中で微弱な振動を絶え間無く送り続ける物のせいでそれどころでは無くなっていた。
イキそうでイケないもどかしさに、無意識のうちにお尻を振ってしまい、
そんな自分の姿を歌舞伎町で立っている女性達に重ねてしまう。
彼女達はお金の為に身体を売り、私は彼との淫らなゲームの為に身体を差し出す。
本質的にはそんなに違わないのではないかという考えは、私の身体を羞恥に悶えさせてしまう。
多分、もう私の顔は隠し切れない快楽がはっきりと出ていたはずだけど、
薄闇が隠してくれていたのか、誰かに声をかけられる事も、不審な視線を感じる事もなかった。
柱の陰に隠れるようにして、彼を待ち続ける。
何度も時計を確認して、その度に小さなため息をついていた私に、変化が訪れたのは突然だった。
「っん!」
微弱だったローターの振動が強まり、思わず壁に手を付いてしまった。
求めて得られなかった強い刺激に、人がいる場所なのも忘れて指を噛んでしまう。
彼が近くで見ている。
その事実は、私の興奮をかき立て、それまで必死に抑えていた快感を解き放ってしまう。
どこかに座りたかったけれど、多分その方がもっとローターを感じてしまうし、
スカートが汚れてしまうのは避けたかった。
溢れ出した愛液が内腿を伝い出し、不快な感覚が足を濡らしていく。
時計を見る──8時5分。
まだ彼は来ない。
柱によりかかりながら彼を探していると、突然後ろからお尻を掴まれた。
最後の瀬戸際で堪えていた私はあっけなく弾け、必死に彼にしがみつく。
「遅くなってごめん、絵莉」
学生服のままの彼は、さも今来たかのように謝り、
もちろん私もそれをとやかくは言わず、火照った身体をひた隠してゲームを続ける。
「どうする? 外でご飯食べる? それとも、絵莉の家にする?」
背の高い私は、彼の身体に隠れる事ができない。
それを知っていて、彼は傍目からは恋人同士に見えるように、
実際は私の身体が人目につくよう計算した位置で優しい抱擁をしながらそっと耳打ちした。
「い、家……私の家に、行き、ましょう……」
もう声が上ずって震えてしまうのはどうしようも無かった。
彼の腕の中にいる、それだけで私の身体は期待に泡立ち、熱く火照ってしまうのだから。
「ん? なに?」
けれど聞こえないふりをしながら、彼は私の耳たぶを撫でる。
普段はそれほど感じる場所では無いけれど、こんなに昂ぶっていてはもうどこでも同じだった。
耳の中まで入ってくる指が、ひどくいやらしい音を立てて私の中を掻き回す。
「んっ……お願、い……私の、い、え……いっ、て……」
「うん。それじゃ、行こうか」
そう言ってさっさと歩き出した彼の袖を慌てて掴む。
急な動きは抑えていた快感を甦らせ、私はよろめいてしまった。
バランスを崩した私の身体を彼の腕が支えてくれる。
「ま、待っ、て……スイッチ、お願いだから……弱く……」
「スイッチ? 俺はなんにも触ってないよ?」
彼はわざとらしく掌を見せて、何も知らない、とばかりに首を振る。
それっきり問い詰める事も出来ず、私は諦めてゆっくりと一歩を踏み出した。
「……っ……」
頭の中を直接揺さぶられるような激しい振動と、
それに伴う快美な感覚がへその下辺りまで侵食していく。
私は立ち止まり、一度呼吸を整えようととしたが、彼は私の腰を抱くと強引に歩きはじめた。
反射的に彼が憎いと思うけれど、どこかでこうやって強引にされる事への悦びも抱きながら、
私は彼に従ってホームへと向かった。



<<話選択へ
次のページへ>>