<<話選択へ
<<前のページへ
(1/2ページ)
嵐のような検診が終わり、我に返った龍介はいそいそとシーツをかけなおす。
動かせるのが右腕だけのため、若干の苦労をしながら、肝心の部分はなんとか隠しおおせると、さゆりが呟いた。
「どうするのよ、それ」
それが何を示す代名詞であるのか理解するまで、龍介は数秒考える必要があった。
身体の中心にあり、半分動かないなどという事態に陥っていなくて心から安堵した器官は、
おそらく深舟さゆりからは最も縁遠いものの一つであるはずで、
しかも彼女が嫌っているであろう東摩龍介に備わっているものなど、口にすることさえ絶対の禁忌だろう。
なのに言ったというのは、彼女もあの強烈な個性のナースに毒気を抜かれたに違いなかった。
「どうしようもねえよ」
龍介はぶっきらぼうに言った。
それはもちろん恥ずかしかったからだが、小さく咳払いしたさゆりは、とんでもないことを言った。
「わ、私が……し、してあげましょうか」
「はァッ!?」
チュパカブラのような叫び声を龍介は放った。
ちなみにチュパカブラとは南米で目撃される未確認動物の一種で、公式に鳴き声と認められる記録はない。
さゆりの提案は先ほどと同じだったが、意味合いは全く異なる。
用を足すのは生理的なものだから、仕方ない。
同級生にしてもらうという致命的な恥ずかしさを抜きにすれば、理屈においてはまだ筋が通っているのだ。
しかし、性欲を鎮めてもらうというのは、少なくとも反目しあっている女性に頼めるようなことでは絶対になかった。
「だ、だって困るんでしょ。男の人は一度そうなったら直らないって」
「直るよ、どこで聞いたんだよそんな話」
龍介の問いにさゆりはうつむいてしまった。
「ど、どこだっていいでしょ」
龍介が知る限りではあるが、さゆりに男の影はない。
それどころか友人程度の男も見あたらず、さらに言うと友人程度の女も、長南莢の他に見たことがなかった。
おそらくネットか雑誌か、そのあたりから仕入れた耳年増的な知識なのだろうが、
とにかく、さゆりはマスコミの端っこにぶら下がっていることを自覚しているのか、情報源を明らかにしようとはしなかった。
ここで龍介としては、彼女の得た知識が間違っていると胸を張って証明したいところだ。
だが、尋常でない色気を持つナースの名残がまだ顔の周りに色濃く漂っているのと、
長い睫毛を半ばは伏せながら、残った視界で腰の一点を凝視しているさゆりのせいで、
集まり、滾った血流は容易に収まりそうになかった。
「……直らないじゃない」
「う、うるさいな、そんなすぐは直んないって」
「それじゃ、トイレはどうするの」
実は勃起時には尿意を催さない仕組みが人体には備わっている。
しかし男といえども龍介はそのような医学的知識まで持っておらず、さゆりの疑問を解消してやることはできなかった。
返答に詰まった龍介に、さゆりが再び近づいてくる。
「やっぱり私が……し、してあげるわよ」
「いや、あの……」
何を言いたいのか、龍介は自分でも分からなくなった。
受け入れたいのか、拒みたいのか、して欲しいのか欲しくないのか。
ファミレスで何を頼むか迷う、などとは比較にならない混乱は、あるいは体調が完全でなかったからかもしれない。
何にしても、龍介が混乱している間も時は止まらない。
時間を浪費した龍介が気づくと、さゆりの顔が目の前にあった。
「……」
何を言おうとしたのかも判らぬまま、龍介は声の塊を無理やり喉に押し戻した。
そうしなければならないほど、さゆりの瞳は濡れていた。
宝石類などには興味もない龍介だが、今の彼女の瞳と唇は、最高級の宝石よりも美しいと思えた。
「東摩……君……」
さゆりの呟きが唇に触れる。
それを舌で掬った龍介は、ほとんど自動的に飲み下した。
「みふ……ね……」
そして、やはり自動的に彼女の名前を呼ぶ。
彼女が呼んだ名前と同じ、掠れた囁きを、紙一枚ほど開いた唇の隙間から吸ったさゆりは、
意味を確かめるように龍介に口づけた。
「……」
固まっているはずの左半身を含めた全身が、溶けそうになる。
唯一自分の感触が残る、シーツを固く掴む右手がなければ、龍介の幽体は身体を離脱し、ふわふわと漂ってしまったかもしれない。
何が起こったのか、理解していながら受け入れられない。
走馬燈こそ巡らなかったものの、それに匹敵するほど様々な何かが、頭の中で激しく明滅していた。
記念すべき第三種接近遭遇は、十秒ほどでひとまず終了した。
ファースト・コンタクトとして長いのかどうか、龍介には判断がつかないが、
あと三十秒長かったら呼吸困難で倒れていたかもしれない。
格好悪いところは見せられないと、息をずっと止めていたからだ。
横から見た円盤の形に見えなくもない紅のシルエットが、離陸していく。
すると、異星人の特徴であるアーモンド形ではないが大きな眼が、やや不安定に揺れながら龍介を観察していた。
宇宙の深淵のように深い闇色の瞳に、龍介は吸いこまれそうになる。
「あっ……と……」
なぜ俺はさゆりとキスをしたのか?
龍介は記憶を辿ってそのような心境に至った原因を探しだそうとした。
そもそもさゆりとは後ろ手に拳骨を握って話し合うとまでいかなくても、
非友好的中立というのがせいぜいの関係であったはずだ。
それがいきなり反対方向に針が振り切ったとあっては、再び彼女は何か悪い霊に憑かれているのではないか
という懸念がネッシーのごとく鎌首をもたげても無理はないのだ。
だが。
そう面と向かって疑いを口にするには、彼女との距離は近すぎた。
さゆりは唇を離しこそしたものの、半身が動かない龍介でも、少し顔を動かしただけでまた触ってしまいそうな距離にいる。
なぜ彼女が離れないのかという新たな疑問が龍介をさらに混乱させた。
頭の中でビッグフットとジャージーデビルとヒバゴンが輪になってダンスを踊る中、新たな異変が龍介を襲う。
五感のほとんどは至近距離にたたずむさゆりに奪われていたが、感覚器官の一つが鋭い警報を発したのだ。
足の間に備わった、今はアンテナのようにそびえ立つ、排泄と生殖の機能を備えた器官。
より大きな衝撃で一時失念していたが、男の身体の中でも最も敏感な器官が、突然何者かに襲われたのだ。
「うッ……! お、おいッ……!」
キスの前にさゆりが何をしようとしていたか思いだして、龍介は慌てた。
このままでは貞操が危ない。
奪われた陣地を取り戻そうと、龍介は右手を突入させた。
丘に陣取るさゆりの手は、敵襲にも動じなかった。
払いのけようとする龍介の手に、逆に襲いかかる。
短いが深刻な戦闘の末、龍介の手は、丘の上でさゆりの手と絡まりあっていた。
「……」
股間の上でさゆりと手を繋ぐという意味不明な状況を、龍介の脳は処理できなかった。
力ずくでどかそうとも考えたが、少し力を込めたら折れてしまいそうな少女の指の細さにためらってしまう。
力ずくが無理なら平和的に、と会話を試みようとするも、未だ至近にある瞳に、情けなくも交戦の意志をくじかれてしまった。
薄く開いたままのさゆりの口が、視界の下端に映る。
赤く濡れたその部分に、数秒前触れたことを思いだし、不覚にも龍介はまた下半身に血を集めてしまった。
「……」
丘がぐっと持ちあがるのを、龍介は自分の手で感じた。
当然、繋がっているさゆりも感じているだろう。
末代まで言われそうな恥に、龍介が顔を火照らせると、その熱を感じ取ったかのようにさゆりの白い喉が動いた。
「す、するから……してあげるから、脱ぎなさいよ」
脱げば同意したことになるし、右手だけでは脱げないし、その右手も現在さゆりの手と戦闘中だ。
しかし龍介は腰抜けにも、できないと声に出して言えず、頭を水平に動かすのが精一杯の意思表示だった。
拒絶する龍介に、さゆりの唇が小さく動く。
彼の根性なしを罵ったのかもしれないが、さゆりのさゆりたる所以は、そこで引き下がらないところだった。
眉を逆八の字にたわめたかと思うと、占領していた股間を一時放棄し、彼のズボンに襲いかかったのだ。
「わッ、おい、ちょい」
またも奇襲を受けた龍介は敵を退けようとするが、龍介が右手しか使えないのに対し、
さゆりは卑怯にも両手で脱がそうとしてくる。
多勢に無勢であえなくも龍介はズボンを脱がされ、しかも、勢い余ったさゆりに下着まで奪われてしまった。
「ば、馬鹿、見るな、見るなって」
またも敗北を喫した龍介は、この激戦にあってなお佇立する己のシンボルを、必死で護ろうとする。
だが、さゆりは降伏さえ許さぬとばかりに、残された最後の砦にも容赦なく魔手を伸ばした。
「……」
泣きたい持ち主の心情とは裏腹に、雄々しくそびえる剛直を、さゆりは何を思ったのか、じっと見つめる。
そして、左手で龍介の右手首を押さえたまま、右手で陰茎の根本を、おもむろに握り締めた。
「あ、ああ……」
肉体を良いように弄ばれる情けなさと、さゆりの手のあまりの気持ちよさに、
龍介はかつて発したことのない悲鳴を漏らした。
「こ、こうする……のよね」
龍介の悲嘆に耳を貸さず、さゆりはどこかで得た知識を披露する。
握り締めた熱い肉の柱に沿って手を上下させると、龍介の上半身が反り返った。
「あッ……痛ッ、頼む、もう少し優しく」
「こ……こう?」
さゆりは男根を見つめたまま、真摯に龍介の要請を実行する。
加減をすぐに体得した彼女が何度か扱くと、龍介の口から吐息がこぼれた。
「う……っ……あ……」
「気持ち……いいの……?」
初めて目の当たりにする男性の生理に、少なくない関心を抱いたさゆりが問う。
その頬はうっすらと上気し、いつもは真一文字に閉じられていることが多い唇も、薄く開いていた。
初めて目の当たりにするさゆりの女らしさ――というか、色っぽさに、少なくない関心を抱いたのは龍介も同様だった。
だが、龍介とさゆりで異なったのは、龍介は魅入られたのに対し、さゆりは知りたいと思った点だった。
そしてこの差が、この後の二人の関係を決定的なものにした。
まっすぐ見つめる潤んだ瞳に、抗えないものを感じて龍介はうなずく。
するとさゆりは目を逸らさないまま、反応を確かめるようにさらに数度手を動かした。
「っ、く……」
「気持ちいいなら、はっきり言いなさいよ……我慢なんて、してないで」
そんなことを言われても、はいそうですかと応じるわけにはいかない。
いかないのだが、さゆりの大きな瞳は全てを見通しているようで、隠れる場所などないような気がしてしまう龍介だ。
おまけに意図してか否か、さゆりは扱く速度を絶妙に遅くして、
龍介の忍耐心だとかプライドだとかいったものの集合体を、鉈で桃の皮を剥くようにざくざくと削っていく。
結局、大してプライドを守ることもできないまま、短時間で龍介は屈してしまうのだった。
「気持ち……いい……」
さすがに大声では言えず、顔を斜めに向けて小声で呟く。
「感じてる……ってこと……?」
「ああ……感じてる」
嫌がらせとも取れる再度の質問にも、龍介は答えた。
この異常な状況に順応しつつあった。
それどころか、性器への刺激による快感だけでなく、真面目な表情で訊ねるさゆりに、倒錯的な快感をも覚えつつあった。
さゆりは再び屹立を扱きはじめる。
だが、その手はすぐに止まった。
「ねえ、これ、何? 下に着いてるの」
これが意図していないのだとしたら、さゆりは恐ろしい才能を持っているのかもしれない。
そんなことを考えながら、龍介は男の人体について説明した。
「それが……金玉だよ」
「えッ!? だ、だって、玉になってないわよ」
どれほど恥ずかしい質問なのかようやく気づいたさゆりが狼狽する。
その拍子にペニスを掴んだままの右手に微妙な力が加わり、龍介に痛みをもたらしたが、
それを指摘はしないまま、説明を続けた。
「中に入ってんだよ。二個あるのは知ってんだろ?」
「し、知らないわよそんなこと」
そう言いながら、さゆりは一度右手を離して説明が嘘でないか確かめる。
「本当だわ……こんなのぶら下げてて、邪魔じゃないの?」
文句を言いながらも、さゆりは構造に興味がでたようで、あれこれと触りはじめた。
「ねえ、どうしてここに線が入ってるの?」
「し、知らねえよ」
裏側まで覗いて観察するさゆりに、龍介はむず痒さを覚える。
彼女が直に触れている手のみならず、性器にかかるわずかな呼吸や足をくすぐる髪の毛は、
いささか心臓への負担が大きく、病み上がり、というより病んでいる最中の身体には辛いものがあるのだ。
だからと言って止めようとも思わず、口を開けて空気をたくさん取りこむ努力をする龍介に、更なる試練が訪れる。
ひとしきり男性器の観察を終えたさゆりが、今度は実地研修を始めたのだ。
「っ……!」
熱い刺激に思わず背がのけぞる。
半身だけが動いたので、引きつる感じの痛みが生じた。
「な、何よ、痛いの?」
「い、いや、びっくりしただけ」
さゆりは警戒するネコのように身を縮めたが、再び戻ってきた。
このまま放り出されたら辛いものがあるので、龍介は胸を撫で下ろした。
「こんなに硬いものがついてて邪魔じゃないの? それに、とても熱いし」
「いつも硬くなってるわけじゃねぇよ。知らないのか?」
「知らないわよ。知ってるわけないでしょ」
さゆりが嘘を吐いているようには見えず、龍介は意外に感じた。
彼女くらいの美しさなら、何人か付きあった男がいても良さそうなのに。
とはいえ、性格の方は外見から想像もできない強気なので、それが原因でこれまで恋人がいなかった可能性は大いにある。
ならばなぜ、さゆりは今龍介のペニスを検分しているのか?
という最初の疑問に戻るのだ。
「それじゃ、普段は柔らかいの?」
「ああ。それに熱くもない」
妙な会話だ、と思いながらも、気持ちが良いので続けてしまう。
「不思議よね……なんで硬くなる必要があるのかしら」
「そりゃ、お前……」
言いかけて龍介は口を閉ざした。
すでに百パーセントセクハラ領域ではあるが、それを説明するのは百パーセント中の百パーセントだ。
ここで刺激が強すぎて我に返られるのは、できれば避けたいところだった。
「何よ、知ってるなら教えなさいよ」
しかし、半端な中断はよけいに好奇心をそそってしまったらしく、さゆりは身を乗り出してくる。
「近い、近いって」
また第三種接近遭遇しそうになって、龍介は頭を反らした。
すると、現在さゆりが握っているモノの付け根の部分が頭と連動して動き、彼女の手の中で暴れる。
当然挙動は伝わっているはずなのに、さゆりは近づけた顔を動かさなかった。
ほぼ水平の高さで見つめる瞳に、龍介は平静を保つのがやっとで、他のことにまで頭が回らず、つい喋ってしまった。
「だ、だから……ちゃんと受精させられるようにだよ。柔らかいままだと、まっすぐ出せないだろ、その……精液を」
「……」
話が生々しい領域に及んでいるとようやく理解したさゆりの頬が、火が点いたように赤くなる。
同時に三十センチほど顔も離れたが、硬いままの性器を握る手はそのままだった。
「せ、精液……って、ここから出るのよね」
龍介から龍介の身体の一部に視線を移してさゆりは呟く。
「出るところ……って、ひとつしかないの?」
「ん? ああ、そう、一箇所」
「どうして間違えたりしないの?」
「どうしてって……いや、どうしてかは知らないけど、混ざって出たりはしないようになってんだ。
なんか上手くできてるんだよその辺は」
さすがに性器についてそこまでの知識は龍介にはない。
ただ、見た目は正統派美少女のさゆりが恥じらいながらそんな質問を重ねるというのは、興奮をそそらずにおかないのだ。
「……」
さゆりはじっとペニスを眺めている。
まだ萎える気配はないけれども、刺激がそろそろ必要となってきた龍介は、ためらいつつさゆりを促そうとした。
変化は急激だった。
さゆりは龍介の股間に陣取ったかと思うと、肉茎に勢いよく唇を触れさせたのだ。
「お、おい……!」
さゆりに握られた時も、自分の手と較べて百倍ほども衝撃があったが、唇は十万倍はあった。
なにしろ、龍介に対してはこれまで攻撃にしか使われてこなかった器官なのだ。
言葉とはいっても急所を抉る発言の数々に、龍介はこれまでかなり精神的なダメージをこうむっている。
それがまさか、最も親密な仲になってもまだしてもらえないかもしれない、
夢というか憧れというかほとんど自分には縁がないと思っていた行為を、
この女とだけは恋愛関係になることなど、宇宙人と地球人が友好を結ぶ時代が来るよりも
ありえないと信じていた女性に行われたのだ。
身体中の細胞が、ほとんど一瞬で燃えるような錯覚に龍介はとらわれた。
屹立の裏側に唇を押し当てたさゆりは、わずかに眉間に皺を寄せて戸惑っているようだったが、
そろそろと舌が伸び、そびえる肉茎を舐めあげた。
唇が触れたときほどではないにせよ、龍介の全身――正確には、感覚がある右半身――に電流が走る。
なかなか激しくはあるものの、なんとか我慢はできそうだ。
そう思ったのも束の間、目玉が飛び出そうな刺激に突如として襲われ、龍介はたまらず呻いた。
「な、何よ……!」
「い、いやその、敏感なんだよそこ」
「そこってどこよ」
「先っぽの、色が違うところ」
「何よこれ……なんで色が違ってるの」
さゆりはなぜか怒っているので、龍介は説明せねばならない。
「だから、皮が……お前本当に何も知らないのか?」
「知ってるわけないでしょう、こんな変なもの」
今どきの女子高生にしては、かなり珍しいのではないか。
そう思いつつも龍介は、説明を求める強い目力に圧されて、男性器の構造について解説した。
「それが剥けてるって状態なんだよ。そこに皮があるだろ」
「大きくなると剥けるってこと?」
「いや、ずっと剥けっぱなし」
「じゃあいつ包まれてるのよ」
「いつって……子供の頃か?」
さゆりは納得がいかぬ表情で赤い先端の部分を眺めている。
「……痛くないの?」
「慣れるんだよ」
いつから痛くなくなったのか、正確なところは龍介も覚えてなどいない。
「でも、敏感って言ったじゃない」
「そりゃまあ、皮があるところと較べたら敏感だよ。だけどしょうがないだろ、そんなとこ舐められるの初めてなんだから」
するとさゆりはなぜか顔を赤らめた。
両目を寄せて凝視していた男性器から、逃れるように視線を逸らす。
「だ、だって収まらないじゃない、いつまで経っても」
「あ、ああ、それは悪いと思うけど」
むしろこんな途切れ途切れの刺激でも勃起を持続しているのは、凄いことなのだと説明してやりたい龍介だが、
幾重にも言ってはいけない気がして自重した。
「だ、だから……続けるわよ」
視線を戻したさゆりは、小鼻を膨らませて宣告した。
舌を出し、空振りすること二回、三回目にしてようやく、誤差を修正して屹立に触れる。
ようやく触れたのも急降下爆撃といった趣で、触れるが早いかさっと顔を離し、
龍介が満足するだけの刺激を得られたのは四回目からだった。
さゆりの舌が、柱の中心辺りから先端に向かって舐めあげる。
動きに技巧はなく、単に一直線に舐めるだけだが、龍介にとっては強すぎるくらいの刺激だ。
しかも、さゆりは髪をかきあげたり、龍介の反応を見るためか、上目遣いで見たりするので、
あっという間に射精感がこみあげてきた。
「ま、待った」
「何よ?」
「もう……出そうなんだよ」
声に少し棘が含まれているのは、まさか中断させられたためではないだろう。
そう思いつつも、常よりも鋭い針が肌を刺すのを、なぜか龍介は心地よいと感じていた。
「出そうって、どうするのよ」
「どうって」
ここで龍介は深刻な事態に陥っていると気づいた。
このまま射精してしまうのは絶対に避けねばならない。
といってトイレへ行くまで我慢するのも難しそうで、そもそも半身が動かず、行くことさえままならない。
どうすれば良いのか知恵を絞るが性欲に妨げられて何も浮かばないでいる龍介に、さゆりが動いた。
口を大きく開けたかと思うと、一気に屹立を咥えたのだ。
「お、おいっ……!」
予想外の出来事に、一瞬龍介の意識が緩む。
そこに彼女の口腔の温かさが襲いかかって、一気に龍介は爆ぜてしまった。
「……ッ……!!」
ここが病院であることも、半身不随であることも忘れてしまうほどの強烈な快感が脊髄を駆けのぼる。
鈴口が割れるかというほどの激しい射精感は数秒で収まったものの、腰が溶けるような多幸感はむしろそこから始まった。
だが、ベッドにくずおれたくなる余韻に浸る余裕などないことに龍介は気づく。
深舟さゆりが身体を起こしたからだ。
「……」
睨みながら身体を起こした彼女に、龍介は恐怖した。
向こう一生あらゆる権利を奪われ、奴隷として死ぬまで酷使する。
大粒の涙が浮かぶ瞳はそう告げているようにしか見えず、逃れる術はもうないと思われたのだ。
「お、おい……」
声をかける龍介を無視したさゆりは天を仰ぐ。
渾身の一撃を見舞うために振りかぶったのだと覚悟する龍介の眼前で、白い喉が大きく動いた。
ひどく艶めかしい蠕動を、龍介は呆けて見る。
咳と嚥下を二度行ったさゆりは、スカートのポケットから取りだしたティッシュで口を拭った。
再び睨みつけているが、その瞳がわずかに揺れている。
赤く染まった頬と相まって、龍介はこれまでにない感情を彼女に抱いた。
「……何よ、これ……何てもの呑ませるのよ!」
「わ、悪い」
無理やり呑ませたつもりは毛頭ないのだが、とにかく龍介は謝った。
すると、常から計算すると、百万本は降り注ぎそうな言葉の槍を、
なぜかさゆりは投じようとはせず、微妙な体勢のまま動かなくなった。
精液に毒となる成分は含まれていないはずだが、本来注ぐべき場所ではないところに注いだのだから、
悪影響が出たのかもしれない。
何にせよ原因の一旦を担っているのは間違いないのだから、龍介はさゆりを気遣おうと手を伸ばした。
その途端、さゆりは飛び退き、ベッドから降りた。
猫のヒゲに触ったとしてもこんなに鮮やかには飛び退かないだろうというくらい見事な回避で、
ふわりと舞ったスカートが彼女の細身に収まったときには、すでにまっすぐ背を伸ばして立っていた。
今日何度目か、真意が全く読めずに呆然とする龍介に、帰り支度を整えた彼女は目もくれず帰っていく。
ところが、ドアを開けたところでさゆりはちらりと部屋を振り返り、小声で言った。
「……また明日、来るから」
言い終わらないうちに音高くドアを閉め、軽やかな足の音を残して彼女は去った。
龍介は彼女の置き言葉を反芻している。
また明日? 来る?
弁護士を伴って訴訟の準備を携えてということだろうか?
それとも凶器の用意が明日までかかるということだろうか?
そもそも、さゆりはなぜあんなことをしたのだろうか?
噛み千切るつもりでもあったのだろうか?
龍介は完全に混乱していたので、再びドアが開く音がするまで、自分がどのような状態であるのか全く把握していなかった。
「こら〜ッ! 病院でおっきな音を出しちゃダメ〜ッ!」
甘ったるくて大きな声と同時に入ってきた、巻き毛の看護士は、龍介を見て目を丸くした。
彼女の瞳が向いている方向を龍介も見て、愕然とする。
龍介の下半身をさゆりは元通りにしていかなかったので、ズボンと下着は膝まで脱げ、性器は完全に露出していたのだ。
「あッ、こ、これはッ……!」
慌ててズボンを引っ張り上げようとして、龍介は掴みそこねてしまう。
何事かと思う間もなく、地響きと共に巨大な物体が龍介の前に姿を現わした。
先の看護士より身長は頭一つ高く、横幅は二倍に近い女性は、この病院の院長だ。
眠たげな眼を看護士と同じ、龍介の股間に集中させた彼女は、地の底から悪魔が這い出すような笑い声を立てた。
「イヒッ、イヒヒヒ……なかなかイイものを持ってるじゃないか。
わざわざ見せつけるなんて、よっぽど溜まってたのかい? ひとつ可愛がってやろうじゃないか」
「いッ、いえッ、これは違……!!」
ズシン、と響く床の音に、龍介はかつてない恐怖を抱く。
動かぬ左半身を必死に動かそうともがく龍介を、影が覆った。
「た、助け……!!」
その悲鳴は、遠く夕隙社にまで届いたという。
<<話選択へ
<<前のページへ