<<話選択へ
<<前のページへ

(5/5ページ)

 厳次郎は座っていた。
龍介と霊との闘いをずっと見ていた老任侠は、目の前に霊が出現しても巌のように動かない。
視えずとも周りの緊迫した空気から、状況は察しているだろうが、
霊に対する怯えも、仕留め損なった龍介に対する怒りも見せず、半分だけ開けた眼でただ前方を見据えていた。
「やはり、祓うのは無理だったか……」
 呟きにも感情はなく、事実を告げるのみだ。
「客人達ならもしやと思ったが、そう簡単にはいかねェようだな」
 命を奪い、奪われる世界に長年身を置いてきた矜持が、死に際しても醜態を晒させまいとしているのだろうか。
部屋にいるさゆりが促しても、返事さえよこさなかった。
 相手が龍介なら罵倒の十や二十は浴びせるさゆりも、厳次郎の迫力に呑まれている。
霊が視える彼女は、いざとなれば厳次郎を突き飛ばすくらいの覚悟は持ち合わせていたが、
ガンマンの霊は、奇妙なことにその銃口を老人には向けなかった。
部屋にいる生者には目もくれず、何かを探すように漂う。
今のうちだともう一度厳次郎に逃げるよう言おうとしたさゆりは、部屋にもう一人居た生者の異変に気づいた。
 立って龍介達の戦いを見ていた虎次郎がひざまづき、畳に手を突いている。
激しく呼吸を繰り返し、己の胸を掴みながら、眼に異様な光を宿して父親に叫んでいた。
「お、親父……逃げろ……ッ」
「来るんじゃねェ、トラッ!!」
 懇願にも似た叫びを放ち、父親の許に這って行こうとする虎次郎を、厳次郎は病人とは思えない烈しい声で諫めた。
なお近づこうとする息子を眼光でその場に縫いつける。
矜持に縛られているようでもあり、霊を己が身に引き受けて息子を護ろうとしているかのようでもあった。
 厳次郎と虎次郎、どちらを助けるか、束の間さゆりは迷う。
ついにガンマンの霊が厳次郎に銃を向け、中庭から突進してきた龍介が跳躍したのは、その一瞬だった。
 攻撃は間に合わない。
ならば手はひとつしかない。
部屋の中のただ一点、ガンマンの銃が厳次郎に向けて放たれる直線上に向けて、
靴のまま上がりこんだ龍介は一気に跳んだ。
銃口から白く小さな塊が発射されたのを視界の端に捉えた直後、左肩に痛みが弾けた。
目の前が赤く染まるような衝撃に、意識が寸断される。
だが、瞬く激痛の合間に、龍介の思考に流れこんでくるものがあった。
 顔の両側で三つ編みにした金色の髪を持つ一人の女性。
年は十五歳前後だろうか、笑顔に愛嬌のある少女だ。
彼女は微笑んではいるが、微動だにしない。
もしかしたら、生者ではないのかもしれない。
少女は龍介に何も語りかけることなく消えていった。
 さらに別の映像が映しだされる。
今度は日本の屋敷だろうか、厳次郎邸と良く似ている造りの部屋だ。
部屋の中には中年の男と、妙齢の女性が居る。
さらに床には赤で描かれた二重の円に、どこのものかも解らない文字がびっしりと描きつけられた
白い布が広げられ、二人はそれを挟んで会話していた。
「ほッ、本当に霊を喚びだすなんてできるのかよッ!? 俺にゃア何も視えねェがよ」
「霊は誰にでも視えるって訳じゃないのよ。霊感が少しある程度では、視えたり視えなかったりするんだから」
 ひどく色気のある話し方をする女は、円に向かって何事か囁く。
部屋には何も変化は生じなかったが、円の上方で空気がわずかに揺れた。
好色そうな目つきで女をチラチラ眺めつつ、男が小首を傾げる。
「……で、どうやって取り憑かせるんだ?」
「怨霊会の親分ともあろう人が、あわてないの」
 女は艶やかに笑った。
「喚びだしてしまえば、取り憑かせるのは簡単よ。霊がその相手を恨めばいいんだから」
 分かったような分からないような顔をしながら、男は脂ぎった眼を女から離さない。
紫の薄絹に包まれていても瞭然の豊満な肉体を見せつけるように、
しかし決して男の手の届かない位置に置く女は、胸元から一つの封筒を取りだした。
垣間見えた鮮やかな白く深い谷間に、男の目は釘付けになる。
「写真よ」
「写真? 何で写真なんて……」
「霊をこの世に縛りつけているものは何だと思う? 無念の想い?それとも、復讐の念?」
「そりゃ復讐の念だろうよ。だから死んだ奴が化けて出るんじゃねェのか?」
「答えはどちらでもないわ」
 蝶が羽ばたくように女は笑った。
好意的でないのは明らかだが、男はそれすら気づかないで魅入られている。
「霊をこの世に縛りつけているもの――それは、生前に死者と深い繋がりがあった品なの。
例えば髪や爪のような身体の一部。他には生前使っていた愛用品や思い出が宿った品だけが
霊をこの世に繋ぎ止め、縛りつけることができるのよ」
 女は封筒を開け、中の物を取りだす。
ただそれだけの仕種に、したたる蜜のような妖しさがあった。
「この写真はあたしがアメリカで手に入れたある殺し屋の娘の写真。
その男は四十八人を殺した後、同業者に背中から撃たれて命を落とし、そのまま荒野に打ち捨てられた。
遺体は朽ち果て、土に還り、その男を繋ぎ止めておく肉体は何もなくなったけど、
この写真だけが、生前の男の思い出が染みついた品として遺されたの」
 女の話は半分も男の耳に入っていなかった。
それらしく頷いたりはしているが、写真を摘む指先と、その向こう側に透ける女体に関心のほとんどが注がれている。
その証拠に、今度ははっきり嘲る形に唇が曲がったが、それすら男は気づかなかった。
「非常な殺し屋が愛した娘のたった一枚の写真、これが男にとってどれほどの価値があるか。
ある人物の命と引き替えにこの写真を返してもらえるとしたら、男はどうするか。面白いと思わない?」
 手品のように写真が消え、元の封筒に収まる。
さらに再び胸元に収納され、谷間が消え去ったところで、ようやく男は我に返った。
「死者の男をも手玉に取るか……噂通りの毒婦だな」
「時代遅れの任侠と古くさい時代を生きた殺し屋の戦い。どっちが勝っても負けても、見せ物としては最高でしょ?」
「火暮会もこれで終わりだな」
 女に向けた好色な目つきに劣らない、下卑た笑みを男が浮かべる。
女はもはや男になど関心はない様子で、円の上に浮かぶ、彼女にしか視えない何者かに指示を下した……
 厳次郎を庇った龍介が倒れる。
霊の放った弾丸が命中する瞬間を、虎次郎ははっきり視た。
彼がいなければ弾丸は厳次郎に当たっていた。
激しい過呼吸に、虎次郎は胸を掻きむしった。
精神は己の不甲斐なさに獄炎と化しているというのに、肉体は一切の命令を聞き入れようとしない。
吼えようとした虎次郎は、それすらできぬ自分に絶望し、憤怒した。
本当なら、龍介の場所に居るのは俺であるはずだ。
 違う。
 親父を護って闘っているのが俺であるはずなのだ。
 胸を掴み、畳を抉り、虎次郎は呼吸を止めた。
悲鳴を上げる肉体に、さらなる鞭を入れようとして、脳裏に何かが閃いた。
 這って押し入れに向かった虎次郎は、襖を開け、頭から突っこむ。
中に収められている様々な箱を片っ端から取りだし、外に放り出した。
自由に動かぬ身体を無理やり動かし、狭い押し入れのあちこちに頭や腕をぶつける。
呼吸が喉を締めあげ、ひどく掻いた汗が高価なシャツの襟を汚したが、構わずに目的のものを探した。
 押し入れのものをほとんど外に出した虎次郎は、一番奥の隅に、ついにそれを見つけた。
一見して子供用と判る、派手な色遣いとキャラクターが描かれた箱。
自身も今日まで存在を忘れていた、今となってはガラクタでしかない玩具やら何やらを入れた箱を、
虎次郎は震える手で開け、中からひとつの玩具を取りだした。
 それは、銀玉鉄砲だった。
あちこち色は剥げ、玩具としての用をなすかも怪しい、古ぼけたコルトは、
両親に棄てられたというショックで、霊を視るたびに過呼吸に陥っていた虎次郎に、
厳次郎が与えてくれたお守りだった。
 霊が来たらこの銃で追い払え。
厳次郎の言葉は幼い虎次郎の強い支えとなった。
大人になるにつれ霊も視えなくなり、銃のこともほとんど忘れていたが、虎次郎は全てを思いだした。
 銃を両手で握り締める。
震えていた照準は、いつしか霊に向かって正確に向けられていた。
「親父……親父は俺が護るぜッ、くたばりやがれ、ゴースト野郎ッ!!」
 虎次郎が引き金を引く。
玩具の鉄砲ではそれにふさわしい弾しか撃てない。
部屋にいる者の五感を刺激したのは、カチリ、という安っぽい音だけだった。
 しかし、彼らのうちの何人かは視た。
銃口から出た銀色の丸い弾が、一直線の弾道で霊に向かって飛んでいったのを。
 思わぬ方向からの銃弾を肩に受けた霊が苦悶にのたうつ。
虎次郎はさらに、装填されている弾を全弾撃ちつくした。
それら放たれた弾丸は全て霊に命中したが、斃すには至らない。
 それでも動きは止まっており、こうなったら細切れにするしかないと龍介は鉄パイプを構えなおした。
「龍介ッ!!」
 そのとき、ひどく訛りのある声が龍介を呼んだ。
驚いた龍介が、背中の痛みも忘れて身体をねじると、昨夜怨霊会の屋敷で会った龍蔵院鉄栴が塀を乗り越えるのが見えた。
 下駄の音を響かせながら走ってきた鉄栴は、庭から龍介に向かって叫んだ。
「写真じゃッ!! 写真がどこぞにあるはずじゃッ、そいつを探すんじゃッ!」
「写真……?」
 閃くものがあった龍介は、立ちあがり、部屋の中を探し始めた。
「ちょっと、何やってるのよッ、あんな奴の言うこと信用するの!?」
 答える労すら惜しみ、龍介は先の虎次郎に劣らない乱暴さで部屋中をひっくり返す。
彼のあまりの剣幕に、さゆりも圧倒され、写真を探し始めた。
 厳次郎の居た部屋は、一方が中庭に面し、一方が隣の部屋へと続く造りで、二面が襖になっているため、
探す場所はそう多くないのが幸いし、部屋の中でも物が多く置いてある床の間から、
龍介は目的の物を発見することができた。
 掛け軸の裏側に、真新しい封筒が貼りつけてある。
封筒には朱で何かの模様が描きつけてあったが、龍介は構わず破り、中に入っているものを取りだした。
それは予想通り、古ぼけたセピア色の、龍介がさっき視た少女が映っている写真だった。
 立ちあがった龍介は、迷わずガンマンの霊に向かっていくと、彼に写真を差しだした。
「……! ……!! オオ、オオオッ……!!」
 龍介から奪い取るように写真を掴んだ霊は、頭上に掲げ、怒りとも喜びともつかぬ叫びを放つ。
前に立つ龍介に目もくれず、ひたすら写真を注視する彼の姿が、やがて薄れ始める。
ひとたび生じた現象は、急速にその度合いを早め、十秒と経たないうちに霊は完全に消え去り、辺りに静寂が戻った。
 ガンマンの霊が消失すると、残った写真がゆらりと漂い、落ちていく。
龍介達が見守る前で、どのような力によるものか、先に消失した霊体同様写真は薄れていき、
地面に落ちきる前には完全に消え去った。
「……霊体反応消滅」
 事実を告げる支我の声に、龍介達は我に返った。
それでもしばらくの間はお互いに見交わすだけで、誰も声を発しない。
 沈黙を破ったのは、最後にこの場に現れた龍蔵院鉄栴だった。
彼は縁側から龍介に親しく声をかける。
「おんしはやるのう、龍介」
「龍蔵院……どうしてここに?」
「ちゃちゃっ、調べてみるち言うたがぜよ。
ほしたらおまんらの言う通り、ここの親分に悪霊を憑かせるちゅう話を聞いたんじゃ。
わしゃあ喧嘩が好きじゃが、悪霊を憑けて弱らそうなんちゅうのはしびったれじゃ」
 訛りのため完全には理解できなかったが、いずれにしても敵地に単身乗りこんでくるというのは並の勇気ではできない。
彼の助言がなければガンマンの霊を除霊することはできなかったのだから、龍介は素直に礼を言った。
「ありがとう、助かったよ」
「水くさいぜよ。同じ龍の字を持つもん同士、わしらは兄弟じゃ」
「あ、ああ」
 ずいぶんと安い兄弟もあったものだと思うが、これは言わない。
鉄栴は手を差しだしてきて、龍介が応じると、豪快に笑って肩を叩いた。
「わしゃあおんしが気に入ったぜよ。ちゅうわけでこれからもよろしゅうな」
 何がちゅうわけなのか? 何がよろしゅうなのか?
訊きたいが訊けない龍介をよそに、鉄栴は悠然と来た方に戻っていった。
来た方、つまり中庭の端まで行くと、塀を乗り越えて去っていく。
あまりに堂々とした不法侵入及び退場に、虎次郎も、家主である厳次郎でさえ黙って見送る始末だった。
「何だ、あいつァ」
 虎次郎の機嫌を損ねずに彼との関係を説明するのは不可能に近いので、龍介は聞こえないふりをしておいた。
いいタイミングで支我からの通信が入ったので、虎次郎から離れる。
「こちら支我だ。状況を報告してくれ」
 三人もいながら誰も説明しないので、支我の声はかすかに苛立っていた。
それを察知したのか、萌市がやや早口で応対する。
「あッ、はい。東摩氏が銃で撃たれましたが、霊の未練を晴らすことで除霊に成功しました」
「撃たれた? 東摩は大丈夫なのか」
「あッ、ああ。今のところは何ともないけど」
 龍介は肩をぐるぐる回してみるが、特に痛みも感じない。
ふと視線を感じて振り向くと、さゆりがいた。
「何よ」
「何ってお前、こっち見てるのはお前だろ」
「別にあなたなんか見てないわ、私はちょっと考え事をしていただけよ」
「そうかよ」
 かなり疲れていたので、それ以上龍介はやり返さず、代わりに、萌市に疑問をぶつけてみた。
「霊は結構な日数厳次郎さんのところに来ていたんだよな。それなのに、どうして写真を見つけられなかったんだろう」
「写真が入っていた封筒がありますか?」
「ああ」
「たぶん、この模様のせいですね。どのような意味があるのかは解りませんが、
霊から見えなくする効果があると思われます」
 さらに萌市は語る。
「霊というのはその人に強い繋がりのある物に引き寄せられてこの世に留まると言われています。
遺品を燃やしたり供養したりすることで霊が成仏するのは、その繋がりが断たれるからです。
つまり、裏を返せば、亡くなった人の遺品や繋がりのある物を使えば――」
「霊を喚びよせられるってこと?」
「はい。写真はおそらく、あのガンマンの霊の持ち物でしょう。
誰かがあの写真をこの部屋に隠したから、霊が取り返そうとして親分氏を襲っていたんだと思います」
 誰が隠したか、というのを探るのは夕隙社の仕事ではない。
人に害をなす霊を、この世から消滅させる――それこそが、彼らの仕事だった。
「あの霊を喚びよせていた写真を返した以上、もう親分氏も大丈夫だと思いますよ」
 萌市の説明を聞くまでもなく、龍介とさゆりは、
厳次郎を苦しめていたガンマンの霊が成仏したのだと理解していた。
「霊の未練を利用するなんて、ひどい奴もいるものね」
「そうだな」
「死んだ後にまで誰かに利用されるなんて、たまらないわ」
 さゆりの呟きに、龍介は思い当たることがあった。
 銃弾を肩に受けたときによぎった映像。
あのとき目にした円は、封筒に描かれた円とどことなく似ている。
もしかしたら、あの女が霊を喚びだした黒幕なのではないか。
そういえば、女が怨霊会の親分と言っていた気がする。
「どうしたのよ」
「あ、いや」
 しかし、龍介はさゆりに自分の考えを語らなかった。
あの映像が真実かどうかもわからないし、女の人相もよく見えなかった。
うかつに離せば火暮会と怨霊会に要らぬ火種を撒くことになりかねない。
「さっさと片づけて帰るわよ。ぼんやりするのはそれからにして」
「わかったよ」
 教師のような物言いにうんざりしながら、龍介は頭を振って帰り支度を始めた。
 部屋の別の場所では親子が話している。
「トラ、おめェ、発作が……」
「東摩が親父を庇う姿を見てたら、夢中で銃を構えてた」
 照れたように笑う虎次郎に、厳次郎は黙って肩を揺さぶった。
その力は思いの外強く、虎次郎が顔をしかめるほどだった。
だが歪めた顔には喜びも何割か混じっている。
父親には笑顔を見せないよう努力する虎次郎に、風格を取り戻した厳次郎が言った。
「おい、トラ」
「何だよ?」
「中庭で戦の後始末を手伝ってこい」
「今からかよ? 俺がいねェでも――」
「いいから行けッ!」
「わかったよ……ったく、元気になった途端にこれだ。口やかましいったらねェぜ」
 ぼやいて虎次郎は子分達を呼んだ。
 彼が庭に下りて子分達に指示を出し始めるのを見ていた厳次郎は、龍介を手招きした。
彼の顔色は明らかに良くなっていたが、立ちあがりはしないので、龍介の方が正座する。
「身体が鉛のように重かったのが嘘みてェだ。客人方のお蔭で悪霊は消滅したんだな」
 どうやら完全に任務を果たせたらしい、と安堵する龍介に、厳次郎は頭を下げた。
「さて、客人方……特にあんた、東摩って言ったか? 今回は世話になったな、ありがとうよ」
「いえ、そんな」
「謙遜するこたァねェ、若ェのに大したもんだ。段平の振り回し方はもうちっとだったがな」
 『本物』に駄目出しをされて龍介は恐縮するしかない。
闊達に笑った厳次郎は、わずかに身を乗り出すようにして話し始めた。
「俺に憑いた悪霊だけじゃねェ……トラの心に憑いていた影も祓ってくれた。
これはあいつも知ってることだがよ、トラと俺とは実の親子じゃねェ。あいつは餓鬼の時分に親を失くしてな。
事故や病気ってんじゃねェ。霊が視えるってだけで、あいつの親は我が子を捨てたのよ。
『普通じゃない』『化け物だ』ってな」
 厳次郎による驚きの告白を、龍介は声もなく聞きいる。
「身寄りのないトラを俺が引き取った。だってそうじゃねェか。
人とどこかが違うってだけで何でひとりにならなきゃならねェんだ」
 おそらく初めて他人に話すのだろう。
彼の声はしゃがれていたが、熱く深い想いが底に流れているのが、はっきりと龍介には伝わってきた。
「俺達極道は世間のはみ出し者よ。だがそんな俺達にだって帰る場所も親兄弟や仲間の温もりもある。
俺は雨の中道ばたでうずくまっていたトラを見過ごすことなんてできやしなかった。
人はそれぞれ、誰かどこか違うもんだ。それがたまたま幽霊が視えるってだけの話じゃねェかよ」
「……」
「俺はあいつを実の息子と思って育ててきた。だが俺には霊は視えねェ。
あいつの本当の悩みを理解してやることはできねェのさ。だから客人――東摩さんよ、あんたに頼みてェ。
あいつの友達になってやってくれ。極道にこんなこと頼まれちゃ迷惑かもしれねェが、
こいつはトラの親としての頼みだ」
 血の繋がっていない息子を真剣に案じている老人を無下にはできない。
かといって、正直に言ってこれ以上ヤクザと関わりを持ちたくもない。
いくら厳次郎が親として、と言ったところで彼こそが火暮会の会長であり、
安易に断ればどのような手段に訴えてくるか予想もつかない。
 即答できないでいる龍介に、澄んだ声が代わって答える。
いつのまにか、さゆりが横にいた。
「東摩君はきっと虎次郎さんのいい友達になると思います」
「なッ――」
「霊が視えたからって親に捨てられてしまうなんて、あんまりだと思わない?」
「それは……」
 言い返そうとして龍介は、さゆりの瞳の奥に、真剣な輝きを垣間見た気がした。
頭を掻き、厳次郎に向き直って頭を下げる。
「俺で良かったら、よろしくお願いします」
「……ありがとうよ、東摩さん。恩に着るぜ」
 実際のところ、友人といっても何をすればいいのかわからないが、とにかく龍介は頷いた。
そこに部下に指示を出し終えた虎次郎が戻ってくる。
「よッしゃッ、親父も治ったことだし、今日はパァッと行くぜッ!
おい、寿司だッ、特上を三十人前、大急ぎで持って来させろッ!!」
 彼が部下に出した指示に、身の危険を感じた龍介は、素早く撤収を試みた。
「お、俺は報告書が……」
「あアンッ!?」
 怒鳴り声もさることながら、肩にがっちりと回された腕が龍介を怯えさせる。
助けを求めて辺りを見回すと、同僚達はすでに遠く離れていた。
「それじゃ東摩君、私達は先に帰るわね。報告書は書いておいてあげるから」
「失礼します、東摩氏。また明日」
「おい、ちょっと……」
 インカムで聞いているはずの支我からもフォローはなく、それ以上の救援要請はかき消され、
龍介は二十人からなる火暮会の会員全員から頭を下げられ飲み物を注がれるという、
彼にとっては悪夢に他ならない大宴会の渦に呑みこまれていくのだった。



<<話選択へ
<<前のページへ