<<話選択へ
<<前のページへ 次のページへ>>
(4/5ページ)
翌日、龍介達はふたたび厳次郎の屋敷に来ていた。
ガンマンの霊に関する有力な手がかりは得られなかったが、霊が厳次郎を襲う以上、排除する必要がある。
今回は昨日の三人に支我を加えた四人で対応することになった。
といっても、萌市はまた及び腰になっており、さゆりは霊に対抗できないので、実質龍介が一人で戦うことになる。
同行者がこの二人だけだったなら、龍介も再考を千鶴に求めただろうが、
今日は支我も来てくれるというので、彼を頼みにする龍介なのだった。
左戸井の運転する車で江戸川区まで来た龍介達は、屋敷内に車を置いて降り立った。
左戸井は自分の役目は終わったとばかりに機材を下ろすのさえ手伝おうとはせずに運転席でうたたねを始めている。
程度の大小はあれども共通の感情で彼を見た四人は、彼らのなすべきことを始めた。
萌市と共に機材を運ぶ龍介は、その重さに小さく毒づいた。
なんとかパックやらいう掃除機の化け物のような物体が特に重く、
確かこれはマンションの女幽霊を退治するときに萌市が装備していたが、
期待に反して使われることなく終わったブツのはずだ。
今回も使わないのなら持ってこなければ良いのにと思いつつ、龍介は萌市のところに運んだ。
「あ、東摩氏、ありがとうございます」
「結構重いんだな、これ」
萌市が背負ったらひっくり返ってしまうのではないか。
そんな薄い嫌味を含ませて言ってみたが、通じなかったのか、萌市はおっとりと頷いた。
「もう少し軽量化ができるといいのですが、電源がどうしてもこのサイズが必要で」
「ふうん……?」
電源ということは何かを発射するのだろうか。
まさか霊を吸うということはないとしても。
疑問に思いながら龍介は他の荷物を運ぶためその場を離れた。
火暮家は塀に囲まれた半分ほどが屋敷で、残る半分が庭になっている。
庭の三分の一ほどが池になっていて、いかにも金持ちの庭園といった風情だった。
きっと池には鯉がいて、手を打ち鳴らして呼んだりするのだろう。
車に戻る途中で、龍介はさゆりと出くわした。
さゆりは女なので荷物の運搬はさせないが、龍介一人でほとんどを運ぶ中、
こんな風にふらふらされると当然気分は良くない。
さゆりは龍介を一瞥すると、中庭に視線を戻して言った。
「ここが火暮会の屋敷? ヤクザって儲かるのねェ」
さゆりの感想は正しいかもしれないが、ヤクザ達が居る屋敷の中で言うべきではない。
冷や汗を背中に伝わせた龍介が辺りを見渡すと、ちょうど虎次郎が来るのが見えて、背中に続いて肝を冷やした。
幸いにして虎次郎には聞こえていなかったようで、爆弾発言をした少女をじろりと睨んだだけで激発はしなかった。
龍介が一安心すると、いきなり胸ぐらを掴まれた。
「おい、東摩」
「何だこの女ァ。遠足じゃねェんだぞ、わかってんのかコラ」
「は、はい」
このとき龍介が媚びるように頷いたのは、虎次郎だけを怖れたからではない。
極めて危険な二体の危険物から、一刻も早く逃げる必要を覚えたからだ。
だが、時遅く、虎次郎の啖呵を聞きつけたさゆりは、敵を見つけたオルレアンの聖女のように二人の許にやってきた。
「誰、この人。若頭? そうなんだ」
胸ぐらを掴まれたまま龍介が説明すると、さゆりは同僚を助けようともせず挑発的に虎次郎を見た。
見た見られたが稼業である虎次郎は、当然敏感に反応し、一層強く龍介を締めあげた。
「こんな女に何ができるってんだ。きっちり説明してもらおうじゃねェか、えェ、東摩よ」
「男女平等の現代社会において化石化した考えね」
おそらくヤクザとなって以来、こんな反論をされたのは初めてだろう。
虎次郎は毒気を抜かれた態でさゆりを見た。
さゆりの方は虎の尾を踏んだことなど路傍の石を蹴ったのと同義にしか考えていないようで、さっさと虎次郎の許を離れた。
彼女の度胸、というか無謀は龍介も感心するほかないが、尾を踏まれた虎は当然怒るわけで、
「おい、東摩……わかッてんだろうな? 今日がてめェの命日になるかもしれねェんだぞ?」
「は、はい、努力します」
「けッ、てめェも男なら女なんざ引っぱたいて言うこと聞かせやがれッてんだ」
さゆりが聞いたら激怒するに違いないことを言う虎次郎に、胸ぐらを掴まれたまま龍介は壊れた人形のように頭を振った。
もちろん彼の言うことに同意したのではなく、その場凌ぎに頷いたに過ぎない。
虎次郎はなお絡みたがっているようだったが、そこに支我が来たので龍介を解放して屋敷へと戻っていった。
「胸ぐら掴まれてヘラヘラしてるなんてだらしないわね」
ようやく解放された龍介に、さゆりが追い打ちをかける。
お前が余計なことを言わなければ、と言いたい龍介だが、
虎次郎が居なくなった途端に威勢良く喋るのもみっともない気がしてやり返さなかった。
黙っている龍介を哀れむように見ていたさゆりは、彼が何も言わないと見ると身を翻してどこかへ行ってしまう。
俺が悪いわけではないと思いつつも、ため息をつかずにいられない龍介だった。
「ふう……」
「どうした、何かあったのか」
「いや」
ヤクザに屈していたとは言いづらく、龍介は自分から話題を振った。
「支我は今回の件、どう思う」
「ガンマンの霊か……そうだな、二日に一度という変則的な出現からしても、
浅間の分析したとおり、誰かが喚びだして火暮厳次郎氏を襲わせているのだと思う」
支我の落ちつき払った態度は、龍介に安心を与え、彼こそが夕隙社の要なのだと確信させるのだ。
「火暮氏を襲わせる動機……つまり、霊にとっての未練が何なのか、突き止められなかったのは痛いな。
今日だけでは除霊できないかもしれない」
「……すまない」
「そう気にすることはないさ。中々特殊な状況だからな、マニュアル通りにいかないのも仕方がない」
本来なら龍介と萌市で担当するところを駆りだされたのだから、面白くないのかもしれない。
しかしそうした感情を一切表に出さず、逆に励ましてくれる支我に、龍介は深く感銘を受けていた。
これがさゆりなら、手伝うにしても容赦なく罵倒した挙げ句なのは、昨日実体験している。
今日来たのだって龍介の失敗を見届けてやろうというだけのことかもしれないのだ。
願わくば支我とコンビを組みたいものだと龍介は思い、彼が車椅子で行動の自由が制限されているのが本当に残念だった。
機材の配置を終えた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
火暮厳次郎は夜は暗くあるべきと考えるタイプなようで、これほど広大な屋敷に灯りは驚くほど少なく、
その数少ない灯りもLEDのように煌々とは照らさない。
霊を視認するには都合がよいが、昨日今日来たばかりの龍介達にとっては、
どこに何があるか判らず、気をつける必要があった。
「よし、そろそろ始めるか。……こちら支我だ。聞こえるか」
「こちら深舟、良く聞こえるわ」
誰も居ないのにいきなり話し始めたさゆりを奇妙に思ったのか、虎次郎が手近にいた萌市を捕まえた。
「おい、ネジが飛んでんのかこいつ?」
「深舟氏は車の中にいる支我氏と話しているんです。この端末に様々な情報を送ってくれるんですよ」
「ハイテクってやつか」
虎次郎にかかれば携帯電話でさえハイテクになってしまうかもしれない。
常なら詳らかに説明する萌市も、虎次郎を相手に弁舌を振るう気にはなれなかったようだ。
「ま、まあ、そんなところです」
「三人とも配置についてくれ」
支我の指示に従い、三人は事前の打ち合わせで決めた場所に向かった。
萌市は中庭に、さゆりは厳次郎の部屋に。
龍介が広い中庭をカバーするため、萌市とは別の方向に向かおうとすると、虎次郎に呼び止められた。
「待てや、俺も行くぜ」
「虎次郎さんは厳次郎さんの傍に居てください」
これはあらかじめ四人で相談して決めておいたことだ。
虎次郎が本当に霊が視えるとしても、対霊戦闘の経験はないはずだ。
彼は怪我をしたからといって夕隙社の責任を追及するようなことはないだろうが、
闇雲に動き回られて段取りをメチャクチャにされるのは避けたいところだと、ここまでは全員の意見が一致した。
一致しなかったのは誰がそれを虎次郎に告げるかということだ。
萌市は断固として拒否し、さゆりは当然のように無視した。
残るは支我と龍介で、龍介は本当なら支我に頼みたかったのだが、
それも情けない気がして、結局、いささか勇気をふるってヤクザの行動を掣肘するという役割を引き受けたのだった。
「あァンッ!?」
予想通り虎次郎は顎をしゃくりあげて龍介を威圧する。
これ以上我を通されたらさゆりの前であっても情けない姿を披露する羽目に陥っただろうが、
父親を護るという大前提には逆らえなかったのか、なんとか折れてくれた。
中庭に立った龍介は、愛用の鉄パイプを見やった。
握りの部分に滑り止めが巻きつけてある以外は、至って普通のパイプだ。
先日の虎次郎ではないが、こんなどこにでもある道具が霊に効果があるとは、
理論的な説明を受けてもまだ信じがたい。
だが、実際にこの現在のところ龍介専用となっている鉄パイプは、もう何体も霊を打ち倒している。
手放せぬ相棒となりつつあるが、今回はやや厳しいかもしれなかった。
鉄パイプ対銃。
ガンマンの霊は霊体の弾を撃ってくる。
霊が視えない、たとえば厳次郎のような人間に対しては、じわじわと生命力を削るに留まる弾丸も、
龍介のように視える人間には、なまじ視えるがゆえに、弾丸であると認識してしまうことで
より大きなダメージを受けてしまうのだという。
これは弾に限らず、霊が行う全ての攻撃があてはまるらしく、
患者に効果を偽って薬を与えても病状が回復してしまう、プラシーボ効果というものの一種らしいが、
研究する人間が少ないのではっきりしたことは言えない、と昨夜萌市が説明してくれた。
そんなことを言われても困る龍介に、萌市は急ごしらえで盾を作ってくれ、現在龍介の左手に装着されている。
盾は何を参考にしたのかいささか大きく、しかもパイプと同様霊への効果が高い鉄製なので、
ずっと持ち続けるには負担が大きそうだが、彼の好意を無下にもできないので、
とりあえずは着けてみたのだ。
錆びてこそいないものの、素材感が剥きだしのパイプと盾は、どう見ても伝説の勇者には見えない。
どちらかというと子供のごっこ遊びに近く、あまり同級生に見られたくはないと龍介は思った。
それでも仕事はきちんとしなければならない、と気合いを入れなそうとしたところで、視線を感じる。
振り向いてみれば、同級生が無表情で見つめていた。
大きな瞳が何度か開閉したほかは、鼻も口も微動だにしない。
彼女を知らない男であれば、舞いあがって骨抜きにされてしまうだろうが、
彼女を多少は知っている龍介は、見た目だけは端正な唇からいつ針か槍か、はたまたミサイルが発射されるか、
左手に装備しているものではなく、心に盾を構えて待ち受けた。
「気をつけなさいよ」
失敗したら承知しない的な脅しか、見た目が悪い的な嘲りが飛んでくるとばかり思っていたので、
思いもかけない励ましを、龍介は防ぐのに失敗してしまった。
無防備な心に命中した彼女の声が、浸透していく。
その威力は龍介の心臓を普段の一割ほど早く動かし、アドレナリンを分泌させた。
「……おう」
悩んだ末のあまりに味気ない返事に、もう少し何か言うべきではないかと龍介は自問する。
しかし、悪口や嫌味の類ならすぐに出てくる語彙は、普通の会話となるとテストの最中のように思い浮かべられなかった。
さゆりは何か言いたげであるが、声にはしない。
龍介の方から話しかけるのを待っているのではないかという疑念が、
ますます見習い剣士風の男を焦らせ、とにかく喋ろうと口を開けたとき、彼の声以外の音が鳴った。
その小さな鈴の音は聞き覚えのある、か細くもはっきり聞こえる不思議な音色だった。
「……」
鈴の持ち主である深舟さゆりと目が合った龍介は、困惑と怯えを彼女に見た。
風はなく、そもそもポケットに入れてある鈴が突然聞こえるのは普通ではない。
前回も確か、このように霊退治の配置についていた時に聞こえたはずで、何か関連があるのだろうか。
だが龍介は、さゆりにそれを訊くのはなんとなくためらわれた。
龍介の沈黙に耐えきれなくなったのか、さゆりの方から唇を開いたとき、二人のインカムから支我の声が流れてきた。
「気温の低下を確認。光の遮蔽率と大気中の硫黄濃度の上昇も確認」
「来ますよ……!」
萌市の囁きが消え去る寸前、龍介は走り出した。
「F−2地点に霊反応出現!」
緊張を孕んだ支我の報告が耳を打った時には、もう霊の出現地点に到達している。
白い、人型のもやがガンマンの象を取り、認識した龍介に発砲した。
銃弾が正確に龍介めがけて飛んでいく。
弾丸は本物の銃弾と較べても遜色ない速度で飛来したが、
龍介が身体の正面に構えた盾に当たり、生者に傷を与えることはなかった。
さらにガンマンが二発目を撃つ。
無音の悪意が肉体を貫くより早く、この時点で充分に接近していた龍介は、
ガンマンに対して斜めに移動し、鉄パイプで水平に薙いだ。
夜風を断つ勢いの一撃は、しかし、やや無理な体勢で振ったため、霊体を捉えることはできなかった。
それでも霊の方も体勢を崩し、至近にいる龍介に三射目は放てない。
距離を置こうとする霊と、間合いを保ちたい龍介とが激しく揉みあう。
ガンマンの霊は手足の先に至るまで人間の形を保っており、
支我や萌市に教わったところによるとそれだけ未練が強固なのだという。
闘う相手としては人間の形をしていた方がやりやすいのは確かだが、移動や動きまでもが生前と同じではないので、
その辺りも把握しておかなければならない。
右から振り下ろした鉄パイプを、ガンマンの霊が半身で躱す。
同時に飛んできた蹴りを盾で受け、さらに反撃しようとしたが、鉄パイプの間合いに一歩届かない。
後ろ足に力を溜め、踏みこもうとした龍介に、萌市が指示を出した。
「右に跳んでください、東摩氏ッ!!」
インカム越しとはいえ、聴覚の大半を占めた萌市の声の大きさを意外に思う暇もなく、
つま先に込める力の向きを変え、龍介は右に身体を放った。
急だったのできれいに着地はできず、肩から地面に転がる。
土を巻きあげながら半回転した龍介が見たのは、視界を覆いつくすほどの青白い光だった。
「ガアアッ……!!」
まばゆい光は霊に何らかの影響を及ぼしているらしく、悶え苦しんでいる。
何事が起こったのかと考えるより早く、萌市から二度目の指示が来た。
「長くは保ちませんッ、今のうちですッ!!」
龍介は立ちあがり、両手に鉄パイプを握り締めた。
剣道の心得はないが、上段に構え、一気に振りおろした。
「オオオッッ……!!」
断末魔の悲鳴を残して霊は消え去った。
細かく引き裂かれた紙のように霊体の残滓が漂い、消えていく。
元の静寂が戻ったところで、龍介は大きく息を吐いた。
「お見事です、東摩氏」
インカムに入ってきた萌市の賛辞に、龍介は彼の方を向いた。
「浅間こそ凄いな。えーと……プロトンパックだっけ?」
敬意を表して名前を思いだした龍介に、萌市は嬉しそうに頷いた。
「はい。まだまだ課題も多い武器ですが、東摩氏のお役に立てて何よりです」
「課題?」
無事任務を達成できた安堵に、龍介は気分良く萌市に話しかける。
萌市も饒舌だが、これは彼の得意分野について訊けばいつものことだ。
「ええ。まず充電時間ですが、十二時間かけて五秒しか放出できません。
それに屋内では使用できませんし、人体への影響も不明なんです」
「……」
最後の一言が龍介は何気に気になったが、強くは言わないことにした。
このコンビネーションが毎回使えれば、霊退治もやりやすくなるだろうと信じて。
いずれにしても今回も無事任務終了した。
引き上げようとする龍介のインカムに、支我の鋭い警告が刺さった。
「霊体反応確認ッ!! Dー4からこれは……厳次郎氏の部屋に向かっているぞッ!!」
「しまったッ!」
盾を捨てて龍介は走りだした。
広い中庭を全力疾走で厳次郎の許へと向かう。
「霊の念が強いんです。彼の未練を解き放たないと、完全な除霊はできません」
「霊体北西に移動中。霊体反応に変化あり。気をつけろ、凶暴化しているぞ」
萌市と支我の声を聞き流しながら、三十メートルほどの距離を一気に駆け抜けたが、
砂利に足を取られ、霊の方が速かった。
開け放たれた襖の向こうにいる厳次郎の部屋に、白いもやが立ちこめる。
「くそッ……!!」
焦りに滲んだ汗を拭いもせず、龍介はひた走った。
<<話選択へ
<<前のページへ 次のページへ>>